Linuxが誕生して20年、さまざまなディストリビューションが世に広まっているが、Linuxが現在のように普及するまでにはいくつかの劇的なターニングポイントがあり、そこには必ず起爆剤となったディストロが存在した。『Linux Magazine』において、Steven J. Vaughan-Nichols氏がLinux普及に貢献した5つのディストリビューションを挙げているので、それを紹介しよう。
Slackware
Linuxをかなり初期からいじり倒しているユーザなら、フロッピーを何枚も使ってSlackwareをインストールした経験があるのではないだろうか。1993年に登場したSlackwareはまさしく、Linuxの歴史を大きく変えた最初の"ディストリビューション"である。インストールするにはソースをビルドしてmake、そしてコンパイルという手順を踏む必要があった時代、プログラミングの知識がない人にも簡単にLinuxにトライする機会を与えてくれたその功績は大きい。もっとも現在、Slackwareは決して初心者にとって"やさしい"ディストロとは思われていないのだが…。
ファウンダーのPatrick Volkerding氏は現在もSlackwareのトップとして開発を続けている。
Debian
SlackwareがVolkerding氏という1人のすぐれたプログラマによって誕生したディストリビューションであるのに対し、その翌年に登場したDebianは"コミュニティ"が生みだした初のディストリビューションである。現在はSun Microsystemsのバイスプレジデントを務めているIan Murdock氏が中心となり、まったく新しい形でLinuxディストリビューションを作り出そうという動きが起きた。GNUの精神にのっとり、開発の進捗をオープンに公開し、参加者の意見を採り入れながら、みんなでひとつのディストリビューションをリリースする─現在ではごく当たり前の開発スタイルだが、これをはじめて地で行ったのがDebianだ。
当然、多くの人が集まるため、意見の食い違いや激しい論争も起こる。トップの交代も何度かあった。だが、そういった困難をひとつ乗り越えるたびに、Debianは確実に力強くなっていった。現在も最も人気のあるディストリビューションのひとつであり、Ubuntuをはじめとする数多くのLinuxのベースOSとして、その地位はゆるぎない。
Caldera
若いLinuxユーザの中には、Calderaの名前も存在も知らない人が多いだろう。だがこのディストリビューションは、はじめてのビジネスユースLinuxとしてその名を残す。もっともその後のCaldera→SCOの迷走ぶりを知る者にとっては、それ以上に感慨深い名前ではあるが。
Caldera社は元Novell社員のRansom Love氏とBrian Sparks氏によって設立された。Love氏はLinuxに触れてすぐ、「これは売れる! ひょっとしたらWindows NTを打ち負かすかデスクトップOSになるかも」と直感した。そして当時のNovell CEOであった故Ray Noorda氏の支援を得て、1995年にCaldera Network Desktopをリリースする。オープンLinuxを標榜していたCalderaは、同社のNASDAQ上場を果たす牽引役となった。
Linuxを心から愛し、ビジネスLinuxという市場を開拓したLove氏が同社を去り、Darl McBride氏がCEOの座に就いてからの一連の裁判で、Caldera、もといSCOは"Linuxエネミー"として、全世界のユーザから憎まれることになった。なんとも皮肉な話である。
Red Hat Enterprise Linux
Red Hatは2004年、それまでの歴史を捨てるかのように「個人向けLinuxディストリビューションは今後開発しない」と宣言し、多くのユーザから反発を買った。ハッカーの集まりからスタートした会社なのに、それを忘れたのか、と。
だが、同社はその方針を変えることはなく、エンタープライズソリューションの提供にビジネスを一本化する。「企業へのオープンソース導入を促進することで、大幅なコスト削減とパフォーマンス向上が得られる。その成功体験を拡げていくことこそがオープンソースの地位向上につながり、コミュニティの発展に貢献することになると信じているからだ」とRed HatのバイスプレジデントMichael Tiemann氏は語っている。
Red Hatは個人向けデスクトップの販売をしない代わりに、オープンソースのFedoraプロジェクトを全面的にサポートしている。FedoraはLinuxディストリビューションの中でも"先進性"を標榜していることで知られており、たとえばファイルシステムのext4などは真っ先にFedoraで採用された。Fedoraでの取り組みはRHELに反映され、エンタープライズの世界へと拡がっていく─これがRed Hatのビジネスモデルである。同社がLinuxの歴史に果たした役割は、やはり大きい。
Ubuntu
数あるLinuxディストリビューションの中で、いま最も勢いのあるものをひとつ挙げるとするなら、やはりUbuntuをおいてほかにないだろう。Linuxの普及に伴い、ユーザの裾野が拡がるにしたがって、「もっとやさしく、もっと簡単に」という要望も当然ながら増えてきた。Debianユーザで南アフリカ出身の若き大富豪Mark Shuttleworthは、そのニーズをすくい上げ、Debianをベースに"easy-to-use"にこだわったディストリビューションを作り上げた。
2004年10月、最初のリリースである"Warty Watchdog(イボだらけの番犬)"が登場、以来、毎年4月と10月の年2回、定期的にリリースされている。バージョン番号はその年と月から作られ、2009年12月現在の最新版はUbuntu 9.10、コードネーム"Karmic Koala(業の深いコアラ)"である。その後、Dellがネットブックに搭載するなど急速に市場に浸透し、現在ではデスクトップLinuxにおいてNo.1の人気を誇る。
Ubuntuの開発資金は、Shuttleworth氏が英国に設立した会社 Canonicalから拠出されている。つまり、ほとんどShuttleworth氏の個人支援によるものと言っていい。同氏は自身のことを「心優しい独裁者」と表現しており、実際、新バージョンの方針やコードネームは同氏がすべて決定している。まさに、はじめにMark Shuttleworthありきのプロジェクトであるが、最近、同氏はCanonicalのCEOを辞する旨を発表している。長く続いた独裁体制にも少しずつ変化が起こっているようだ。