ふるーい話で恐縮だが、その昔(といっても1998年だが)、Microsoftの社内で「ハロウィン文書」というレポートが出まわった。社内で回覧されただけでなく、かのEric Raymondにリークされ、世界中のOSS関係者を驚かせ、そして怒らせた。レポートにはいかにLinuxやOSSがMicrosoftにとって危険な存在であるか、これらをぶっつぶすためにいかなる戦略をMicrosoftは取るべきか、といったことが、非常に論理的な視点で分析/解説されていたのだ。そしてMicrosoftはとくに言い訳もせず、この文書は本物だということを認めている。
それから少し後の2001年、Bill Gatesの跡をついでMicrosoftのCEOの座に就いたSteve Ballmerは「Linuxはガン細胞だ(Linux is a cancer)」と公言した。あまりのストレートな悪口に怒る気も失せた関係者も多かったが、その後も同氏は「Linuxが世の主流になるなんてあるワケないじゃないか、IBMは何考えてるんだか」「LinuxはMicrosoftのパテントを数多く犯している。いつかその代償は払ってもらわねば」等々、いい悪役っぷりを存分に発揮する発言を続け、Linuxユーザの心にしっかりと"MicrosoftはLinux/OSSの敵"という概念を植えつけた。
ところが、である。そのBallmer CEOの下で働くMicrosoft幹部のひとりがなんと「我々(Microsoft)はオープンソースを愛している(We love opensource.)」と堂々とのたまったのである。発言者はMicrosoftでInteroperability & XML部門のゼネラルマネージャを務めるJean Paoli氏。XMLの世界で多くの成果を出してきた大物だけに、名前を聞いたことがある読者も多いだろう。Interoperability、すなわち異機種間での相互運用性におけるスペシャリストでもあることから、彼が言うならさもありなん、という気はしなくもない。だが、それにしてもMicrosoftの重要人物が、公の場(『Network World』のインタビュー)でそんなセリフを口にしたら、"Microsoftは敵"と思い込んでいたユーザたちは、それは驚くでしょうよ。
実際、この発言はLinux/OSS関係者にさまざまな波紋を投げかけている。『Computerworld』の人気コラムニスト Steven J. Vaughan-Nichols氏は「イヌとネコが一緒に仲良く暮らせるとでも言いたいのか?」「Paoliの言うことをすべて信じないわけじゃないが、あのときBallmerが"ガン細胞"と罵ったことは忘れない。MSを100%信用するのは無理!」と疑念をたっぷり投げかけている。ちなみにPaoli氏はくだんのインタビューでBallmerの"ガン細胞"発言については「あー、あれはちょっと(Ballmerの)勇み足だったかも。でももう昔のことだし、いいじゃない」とさらり。
Linuxカーネル開発のリーダー的存在であるGreg Kroah-Hartman氏はPaoli氏の発言について「結構なことじゃないか。僕はいいと思うよ」と好意的に見ている。もっともさすがに、"Microsoft=Linuxの友人"にすぐに立場が変わるかというと、それは違うとしている。「こういうことは結局は個人の関係がモノをいうのであって、会社との関係を変えるわけじゃないから」─つまりはPaoli氏個人の発言と思って受けとめたほうが無難だとしている。Paoli氏はあえて主語に"We"をもってきているのだが、それは軽くスルーしときなさい、ということらしい。
もっとも、いくらオープンソースの世界に比較的近いところにいるPaoli氏とはいえ、Microsoftが自社の幹部にこういう発言を許可したことは非常に興味深い。改めて時代が変わったことを強く感じる。ハロウィン文書が流出した時代、そしてBallmerがLinuxをガン細胞呼ばわりした時代とはもう違う。世界一のソフトウェア企業といえども、自社の技術ですべてのITの分野をカバーすることはもう無理なのだ。"愛している"は多少言い過ぎな気もするが、自社の存続と発展のために、Microsoftがオープンソース側と良好な関係を築こうとするのは決して悪い判断ではないように思える。
Microsoftが"脱OSSの敵"を図っている一方で、現在、OracleがAndroid/JavaをめぐってGoogleを訴えたことでLinux/OSSユーザから非常にきびしい視線を浴びている。OpenSolaris開発中止の噂も良くないイメージ作りに一役買っているようだ。Oracleとしては、ビジネス上の権利を行使しているだけなのだろうが、どんな理由があるにせよ、OSSユーザはみんなで作り上げている成果に対して一企業が権利を主張することを心底嫌う。訴訟なんてもってのほかである。カーネル開発などにおけるOracleの貢献は無視できないだけに、第2の(かつての)Microsoft的存在にならないことを祈る。