「いまとなってはDebian GNU/Linuxという名前なんかにするんじゃなかったと後悔している。どう考えてもGNUはいらない。でもRMSにそうしろと言われたときは、"LinuxはGNUの下にあるし、妥当かな"と思ったんだ」 - こう述懐するのはかのDebianファウンダーのIan Murdockである。コメントに登場するRMSとは説明するまでもないが、Free Software Foundationの御大であるRichard M. Stallman。いま、RMSが発したひとことが世界の多くのAppleファン(にわか信者含む)を怒らせ、ちょっとした騒ぎになっている。
ITに多少なりともかかわる人間ならSteve Jobsの死に衝撃を受けなかった人はいないだろう。彼の死を惜しむ有名/無名の人々の声は、逝去が発表されて1週間経った現在もやむことはない。聞けば日本でも銀座のアップルストア前は献花であふれていたとか。いかに彼が世界中の人々から愛されていたかが偲ばれる。生前からその気配はあったが、死をもって完全にJobsは神格化された、そんな空気さえ漂う。
そして得てしてこういう場合、たとえApple嫌いであっても"空気"を読んでAppleおよびJobsに対する批判的なコメントは差し控えるのが普通である。せいぜい仲間内での発言に留めるか、TwitterやFacebookのタイムラインにずらずらと表示されるJobs哀悼のコメントを多少苦々しく眺めるだけで何もコメントしない、といった態度を取るのが妥当なところだろう。
だがそんな空気などものともしないのがフリーソフトウェアの普及に全人生をかけて闘うRMSである。10月6日、彼は自身のサイトにこうコメントした。
- 06 October 2011(Steve Jobs)
- URL:http://stallman.org/archives/2011-jul-oct.html
Steve Jobsが亡くなった。監獄(jail)としてのコンピュータをクールなものに変え、愚か者を自由から切り離すように仕向けたパイオニアである。
(前)シカゴ市長のHarold Washingtonが(その前の市長の)Daleyの腐敗について述べたコメントを引用する: 彼が死んでうれしいとは言わないが、彼がいなくなってよかった
死ぬべき人など誰もいない。Jobsもそうだし、Mr. Bill(おそらくBill Gatesのこと)もそうだし、彼らよりもっと悪行を行った人々でさえそうだ。だが我々は皆、Jobsがコンピューティングに及ぼした有害な影響を終わりにする権利がある。
不幸にもこの影響はJobsがいなくなっても続いている。願わくば彼の後継者たちがそのレガシーを継続させようとしても、Jobsほど影響力ないことを祈るのみだ。
このコメントにメディアをはじめ、世界中のAppleファンが噛みついた。「Jobsが死んでよかった!? なんてひどいコトを言うんだ」的な非難がRMSに集中、このままではOSS/FOSSにも悪影響が出るのでは、と事態を憂えたEric Rayomondが「RMSの発言の真意はそういうところにあるんじゃない」とかばいはじめるという騒ぎにまで発展している。
- Eric S Raymond Defends Richard M Stallman Over Steve Jobs
- URL:http://www.muktware.com/news/2623
もっとも、RMSの日ごろの行動や発言を多少なりとも知る人であれば、今回のコメントに対してそれほど驚きはしないだろう。彼の発言に悪意を感じる人がいるとすれば、それはRMSの過去の発言や功績を知らないからではないだろうか。むしろ、プロプライエタリの権化のようなApple製品に対して、オープンな世界の住人が感じていたことを正直に(多少過激な表現ではあるが)吐露したRMSのスタイルに、個人的には拍手を贈りたい。
余談ではあるが、我らがLinus TorvaldsはRMSから何度も「LinuxではなくGNU/Linuxと呼べ」と言われたはずだが、さらりとスルーし続けてきた。歴史に名を残すハッカーには、空気を読まないといわれても、ぶれない姿勢を保ち続ける資質が求められるのかもしれない。