行政にカネがないというのは何も日本に限った話ではなく、世界の自治体に共通する悩みであり、当然ながらそれはIT予算にも反映される。行政がOSSに強い関心を示すのはほとんどコストのためと言い切って間違いない。加えて、欧州では米国製のプロプライエタリ製品に支配されることに我慢ならない傾向も強く、LinuxをはじめとするOSSの導入事例はかなり多い。
そんな欧州からちょっと残念なニュースが飛び込んできた。ドイツ東部のザクセン州にある人口5万人弱のフライベルク市は2007年にOpenOffice.orgを導入したものの、「パフォーマンスが悪い」「使いにくい」といった市職員の不満が積もり、ついに11月20日、市議会は「OpenOfficeをやめて、以前利用していたMicrosoft Officeに戻す」という決定を行った。逆のパターン、つまりMS Office→OpenOfficeもしくはLibreOfficeという話はよく聞くが、OSSからプロプライエタリ、それもMS製品に戻るという話はほとんど聞かないいだけに、このニュースはOSS界隈でちょっとした話題になった。やはり、オフィススイートの使い勝手に関してはMicrosoftにかなわない、といった意見も聞かれた。
当然ながらOSS関係者にとって耳障りのよくないこのニュースに対し、フライベルク市の対応を批判するメディアやジャーナリストは少なくない。OSSの重鎮で、Open Source Initiativeのプレジデントを務めるサイモン・フィップス(Simon Phipps)氏もそのひとりだ。フィップス氏は『COMPUTERWORLD UK』において「Intended to Fail?(わざと失敗しようとしていた?)」という記事を執筆、同時期にアナウンスされたドイツ・ミュンヘン市がWindows 7からLinuxに移行して約10万ユーロを削減したというニュースと比較し、同じドイツのOSS事例でありながら、一方は大成功し、一方は残念な結果に終わっていることについて「非常に奇妙に感じる」としている。
フィップス氏がドイツ在住の友人に依頼して調査したところ、フライベルク市は2007年にOpenOffice 3.2.1を導入する前には、Microsoft Office 2000を採用していた。そして、Microsoft Officeとの相互互換性を維持するため、多額のライセンスフィーをコストとして計上していたという。Microsoft OfficeとOpenOfficeが混在する環境では使い勝手は向上しないのは容易に想像がつく。市職員の間でとくに不評だったのはスプレッドシートのCalcとプレゼンテーションツールのImpressのパフォーマンスの悪さだったという。この使い勝手のあまりの悪さに「Microsoft Officeに戻せ」という声が上がり始めた。
調査ではさらに、OSSの最大のメリットであるコスト削減がフライベルク市では実現できていなかったことが伺える。Linux/LibreOfficeの組み合わせで大幅なコスト削減を実現したミュンヘン市とは対照的に、Windows上でOpenOfficeを動していたフライベルク市では、マイグレーションのためのコンサル費用や開発費用、Microsoft Officeとの互換性を維持するためのライセンスィーなどが計上されていたが、その額はなんと46万ユーロにも上る。しかもこの4年間、OpenOfficeのバージョンアップは行われていない。一方、ミュンヘン市の場合、移行時から4年間で7回のアップグレードを実施し、マイグレーション費用のトータルは27万ユーロ。フライベルク市とはあまりに対照的だ。
フィップス氏はフライベルク市の"失敗"事例について
- OSSに移行したにもかかわらずプロプライエタリ製品のライセンスに投資し過ぎ。一人あたり250ユーロ、トータルで50万ユーロの運用コストは相互互換性の維持のために使われている
- マイグレーション費用がかかりすぎている。もっと低く抑えることは可能だったはず
- コミュニティの構築やオープンソース関連の活動にまったくコミットしていない
と指摘、この事例から「運用にはコストがかかるというプロプライエタリによる刷り込みがいかに強力か、逆に思い知らされた」と記している。
フライベルク市は来年夏をめどにMicrosoft Office 10への移行を開始するという。