いまや世界最高峰のスーパーコンピュータ、たとえば「天河2号(中国国防技術大学)」「Titan(Cray)」「Sequoia(IBM)」などに載っているOSは、言わずもがなLinuxである。かつて世界一に輝いたこともある理化学研究所の「京(富士通)」も、CPUはSPARC64だが搭載OSはLinuxだ。いまではスパコンOSといえばデフォルトでLinuxを指すと言っても過言ではない。
昨年、京を超えるスパコンを日本から!と東大や富士通が協力してLinuxではないスパコンOSを開発するという発表が行われたが、仮にプロジェクトが順調に進んだとしても、スパコンOS=Linuxというトレンドを覆すほどの成果を出すことは…たぶん甘く見積もっても2014年中はないだろう。
スパコンOSのほとんどがLinuxであるならば、Linuxクラスタをつなげていけばスパコンの自作も理論的には不可能ではない。だが大学や巨大企業の研究室のようにスパコン用の広大なスペースや高価なハードウェアを大量に用意できる環境ならともかく、自作好きのギークがオフィスや自宅の片隅でスパコンを作成するなど、これまでは夢物語の範疇を出ることはなかった。
だがARM搭載のシングルボードPC「Raspberry Pi」の登場により、この小さなボードをつなげたデスクトップサイズの"プチスパコン"を作る動きが拡がりつつある。
昨年末にテキサス大学ダラス校を卒業し、現在は求職中というDavid Guill氏もRaspberry Piに魅せられたひとり。もともとは子供向けプログラミング教材として開発されたRaspberry Piだが、シンプルで拡張性の高いアーキテクチャと名刺大というコンパクトなサイズに加え、1台40ドル程度と手に入れやすい価格のため、子供たちだけでなく世界中の電子工作好きを惹きつけ、市場では品薄状態が続いている。
Guill氏はこのRaspberry Piを40ノード接続して、700MHz/40コア、トータル20GバイトのRAM、5T~12Tバイトのディスク、最大440Gバイトのフラッシュディスクという構成のハイスペックマシンを組み上げた。サイズは約250mm×394mm×554mm、以下の動画を見ればわかるが、一般のデスクトップマシンと変わらない大きさだ。各ノード間は10/100 Ethernetで接続され、外部接続用として4個の10/100 Ethernet LANポートと1個のギガビットLANポート、1個のルータアップリンクポートが搭載されている。これらのパーツをアクリルケースに詰め込んだ製作費用は約3000ドル、日本円では30万円強といったところだろう。
Guill氏のように、Raspberry Piを複数台接続してハイスペックマシンを作ろうとした開発者は少なくないものの、40台ものボードと各パーツをこれほどコンパクトに美しくアクリルケースに収納した例は非常に稀だろう。後部に配置された4個のファンやケーブルの配線などに、「機能と効率を意識した設計を心がけた」というGuill氏のデザインセンスの高さが伺える。「必要な部品を揃えたら、あとはCNCレーザーカッターとマスキング/エッチングのテクニックさえあれば誰でもできるよ」と語るGuill氏だが、おそらくレーザーカッターを扱うスキルにも相当習熟しているのだろう。
このRaspberry Piクラスタは当初、大学に提出する課題のひとつとして作り始めたそうだが、しだいにGuill氏自身の個人プロジェクトになったという。現在の目標は、このクラスタマシンで本格的な分散コンピューティングを行うため、Apache Mesosなどのソフトウェアを導入しつつ、環境を構築していくことだが、将来的には「オリジナルのクラスタ管理ソフトやシミュレーションエンジンを自分の手で作ってみたい」とのこと。一見、誰にでもできそうで、実際にはかなり特殊で高度なスキルが必要な自作マシンだが、一般ユーザには手の届かなかった存在のスパコンを身近に感じさせるプロジェクトとして高く評価されそうだ。