自動車業界のデジタルトランスフォーメーションといえば、コネクテッドカーや自動運転車といった話題にスポットライトがあたることが多く、実際、トヨタやフォード、ボルボ・カーズといった世界的な大メーカーをはじめ、GoogleやAlibaba、Uberといったテクノロジ企業も参入していることもあり、ITや製造業にかかわらず一般的な関心も高い。
その一方で、自動車の組立ラインにおけるプラットフォームの標準化という地道な取り組みを重ね、業界全体をリードする存在となっているのがBMWだ。ここではBMWのソフトウェアカンパニーであるBMW Car ITに所属するシニアソフトウェアエンジニア Helio Chissini de Castroが、10月末に仏リヨンで開催された「Open Source Summit Europe(主催:Linux Foundation)」で発表したセッション資料「Adopting Linux on BMW」の概要を紹介する。
- Adopting Linux on BMW(PDFプレゼンテーション資料)
Castroは自動車業界が抱える大きな問題として「1つの組立ラインで複数のモデル(車種)が生産され、それぞれにユニークなメンテナンスが必要」な点を挙げている。1台の車を組み立てるためにはいくつものツールやプロセスを要する。したがって1つのラインで並列的に複数のツールが混在することになるが、当然ながら管理は煩雑になり、生産の非効率化を招く。かといって、新しいモデルが出るたびに新しい組立ラインを作ることも現実的ではない。
BMWはこの問題における打開策として、まずヘッドユニット(カーオーディオのメインユニット)の組立ラインのプラットフォームにLinuxを採用したという。Castroはこのプロジェクトの特徴として大きく以下の3点を挙げている。
- OSはスクラッチから制作(Yoctoベース)
- レガシーのGUIコードをLinuxに移植
- インハウス(内製)での継続的インテグレーションを徹底、外部のバイナリ持ち込みはいっさい不可
このプロジェクトを通し、組立ラインをLinuxで統合するには
- 安全性(Safety)
- セキュリティ(Security)
- コンプライアンス(Compliance)
- エコシステム(Ecosystem)
という、Linux/オープンソースにおける4つの課題を長期的、かつ業界横断的に克服していく姿勢が重要だとCastroは指摘している。
たとえば安全性のところでは「Linuxは"まだ"機能的に安全といえる品質ではない」ことから、BMWはLinux Foundation傘下の「ELISA(Enable Linux in Safety Applications)」プロジェクトにトヨタとともにプレミアムメンバーとして参加している。ELISAプロジェクトは「Linuxベースのセーフティクリティカルなアプリケーションを、自動車業界だけでなく医療や製造業などあらゆる企業が構築することを支援する」というもので、たとえば自動運転車や医療機器、スマートファクトリーなど、安全性が何よりも重要視されるシステムにおいて、Linuxやオープンソースを使ったツールやプロセスが十分な安全基準に達しているかを評価する明確なフレームワークの構築をめざしている。
自社の優位性や独自性が重要な部分はインハウスで、安全性やエコシステムなどの標準化は業界横断で、というアプローチを取っている点にも注目したい。BMWは2015年ごろからデジタル化への積極的な投資を続けているが、その中にはKDEコントリビュータとして著名なCastroのように、業界で著名なオープンソースエンジニアを数多くハイアリングしていることも含まれる。彼らの技術をインハウスとして抱えることで、自動車メーカーとしての市場競争力を向上させつつ、Open Source Summitのようなパブリックな場において積極的に事例を発表し、成果物をオープンソースとしても公開することで、業界全体の発展にも寄与していく。地味ではあるが、地に足がついたデジタルトランスフォーメーションの実例として、日本企業が参考にすべき点は多いように思われる。