2020年のUbuntu
Ubuntuにとっての2020年は「いろいろな環境への対応」 、“ Adaption” の年だったと言えるでしょう。大きなリリースとして、Raspberry Piの正式サポート、そしてWSLを前提にしたWindows 10との融合、各種クラウド環境におけるUbuntu Proイメージの提供がありました。加えて、Subiquity(Ubuntu Serverのインストーラー)へのインストールの自動化機能の実装 やWireGuard への対応 のような、比較的地味な、しかし重要な拡張も行われています。
2020年を振り返る上では避けることができないCOVID-19への対応についても、いくつかのステートメント が出される等、“ Adaption” のための活動が行われています。
トピックごとに2020年を振り返りつつ、2021年のUbuntuを予測していきましょう。
Ubuntu CoreとROS、Armのサポート
Ubuntuの「DesktopやServer以外の顔」として、Ubuntu Core を飛ばすことはできません。
2020年は、Bosch RexrothのctrlXシリーズへのUbuntu Coreへの採用 など、「 実際に使われる風景」をいくつか観測できるようになった年でした。「 いろいろな可能性がある」存在から、「 気付かない場所で利用されている」存在に転じていく年だったと言えるでしょう。また、Ubuntuは各種ロボットをソフトウェア制御するためのデファクトスタンダードであるROS のベースでもあります。ROS2 Foxy が登場したのも2020年でした。
2021年には、Ubuntu Appliance とあわせて、Ubuntu CoreやROSを中心にした「Ubuntuの新しい使い方」がもう少しだけ見られるようになるかもしれません。
Ubuntu Coreの現実的な使われ方を考慮すると、Armサポートのことを忘れることはできません。あまり明確なリリースノート等は存在しないものの、9月にはさりげなく64kページを前提にした arm64用のバリエーションカーネル[1] が登場しています。また、Raspberry Piが「公式な」サポート対象となり 、さらにやろうと思えばk8sすら動かすことができる 状態になりました(インストールできるのはMicroK8sなので、用途との適合性 に注意する必要はあります) 。
[1] 64kページはメモリ効率が(粒度の問題で)若干低下するものの、CPUのTLBの利用効率を改善させることができます。Ubuntuでは現状、generic(4kページ)とgeneric-64k(64kページ)の二種類から選択できます。
また冒頭で触れたとおり、20.04 LTS以降の「Raspberry Piの正式サポート」は、Ubuntuにとって大きな出来事でした。これにより、数千円から1万円程度の価格レンジで「公式なUbuntuが動く」環境を手にできるようになったからです。
これまでも5,000円程度のSBC(Single Board Computer)がUbuntuをサポートするケースは多かったものの、カーネル回りは独自にパッチされたツリーが提供される形が多く、「 UbuntuのユーザーランドとSBCベンダー独自のカーネル」という組み合わせがほとんどで、カーネルの更新や継続性に大きな不安があった状態でした。そこに「公式な形で」「 LTSの対象に含める形で」イメージを提供するようになったことで、Ubuntuが使われる局面を増やすことになります。
こうした事情を考慮しなくても、Raspberry Piサポートは、教育向け市場でUbuntuが、しかもUbuntu Desktopが使われる可能性を引き上げることに成功したと言えます(この市場の本命はキーボード一体型であるRaspberry Pi 400で、これが広く使われるようになり、OSがUbuntuだ、という展開が起きると、Ubuntuが未来のデファクトスタンダードデスクトップに化ける可能性が出てきます) 。
劇的な進化をする要素はそこまで多くはないものの、2021年には、Ubuntu Applianceをサポートするデバイスや、そこで登場するアプリケーションによって大化けする可能性があります。たとえばChillHub の後継となるようなプロダクトが出てくるといった、夢が広がるタイプの展開も考えられるでしょう。
そしてArmといえば忘れてはいけない存在として、「 Apple M1を搭載したMacBook」があります。もしもLinux KernelがApple M1チップをサポートするようになれば、おそらく「M1 MacBook用Ubuntu」という存在が誕生する可能性もあります(が、これが1年で、すなわち2021年に実用レベルに至るのはやや厳しく、少し遠い未来になるのではないかと筆者は予想しています) 。
RISC-V
Ubuntu CoreやROSと並んで「今後のフォーカス」と言えそうな組み込み向けの技術要素が、RISC-Vアーキテクチャのサポートです。RISC-Vをサポートすることで直ちに大きな需要が生まれるというものではないものの、「 組み込みに向けた選択肢を増やす」という意味で重要な要素です。
UbuntuではRISC-Vのサポートは20.04 LTSのリリースのタイミングで 追加されており、「 これから」というタイミングです。
組み込み等での利用においては「どのSoCを採用するか」によって左右される話です。現実として「このアーキテクチャを採用する」といった発想になることは少ないものの、「 アーキテクチャとして対応していないのでUbuntuが利用できない」といった事態を防ぐことができます。一方、Armとは「どちらを選ぶか」という関係にあたることになり、すべてを継続的にサポートすることは難しい話でもあるため、今後どちらが生き伸びるのか、という点では少しだけ気をつけておく必要があるでしょう(ただし、2021年のごく初期のうちに、どちらかのサポート終了が宣言されるという可能性はあまり高くありません) 。
OEMの拡充
2020年のUbuntuには、「 各種PCやワークステーションでの採用が目立つようになった」という変化がありました。
“ Sputnik” で10年近く「オフィス向けのUbuntuプリインストールマシン」だけでなく「箱から出してすぐに開発が始められる開発者向けマシン」を提供してきているDELLだけでなく、LenovoやHPからも「Ubuntuプリインストール」「 箱から出してすぐにやりたいことができる」ことにフォーカスしたモデルが登場しています。
これはUbuntuが「特定の用途」( Web開発や機械学習といったワークロード)のデファクトスタンダードになりつつあること、そして「OSに依存しない開発環境」であるVisual Studio Codeが広く使われ、WindowsやMac以外の環境でも作業ができるようになったことの証明と言えます。
OEMの拡充は20.04 LTSのリリース情報 でも明示的に触れられています。ここで記載されている『Ubuntuの一般リリースをインストールすることによって認定済みのデバイスエクスペリエンスを得られるようになりました』という惹句のとおり、モデルさえ選べば「普通のUbuntuをインストールするだけで」ハードウェアのほとんどの機能を期待通りに利用できるようになっています。「 あまりにも新しい」ハードウェアについてはOEMカーネルが提供され、そちらを利用することで「通常の」Ubuntuにサポートできないモデルであっても十分なユーザー体験が提供されるようになっています。
OEM向けのカーネル等の調整は最終的に「通常のリリース」にも反映されるため、「 Ubuntuを気軽に利用できるハードウェアが増える」という捉え方もできます。この動きは2021年も継続されるはずで、「 Ubuntuを使える場所」は着実に増えていくことになるでしょう。
WSL
2020年から2021年にかけて、Ubuntu関連でもっとも「アツい」技術要素はWSLでしょう。2020年前半にWSL2からGPGPUによる計算機能を利用できるようになったことに始まり、WSL2向けのDirectX12 のような、「 可能性を感じさせる」リリースが(希望的観測では)2021年の間には行われるはずです。
また、「 おそらく」というレベルではあるものの、『 WSL専用のUbuntu』とでもいうべきUbuntu on Windows も登場することになるはずです。もしこれが理想通りに(依存する各種テクノロジーが2021年の間に)登場するようであれば、「 DirectX12が利用でき」「 Ubuntuのデスクトップ体験がそのまま動作する」「 WindowsとUbuntuをシームレスに利用できる」環境を、2021年の間には手に入られることになります。
このリリースが首尾良く進むと、Windowsと併用するような用途だけでなく、現在macOSが強い存在感を示している「Unix的なターミナル操作が可能な、開発環境とDockerホストを兼ねた開発者向けのスタンダード」を狙えるようになります。これは「OEM向け市場をさらに開拓できる可能性がある」ということでもあり、Canonicalのビジネスを拡張する手としても機能する可能性があります。技術的にも、そして市場的にも興味深いセクションと言えるでしょう。
16.04 LTSのEOL
2021年は、16.04 LTSがEOLを迎えるタイミングでもあります。4月になる前に、ESM(Extended Security Maintenance )を利用してあと5年の延命を行うのか、あるいは18.04 LTS・20.04 LTS等へのアップグレードを行うかを検討する必要があるでしょう。正常なプランニングが行われた環境であれば、「 導入時に検討したEOLプランを順次適用する」という形になるはずですが、COVID-19でアップグレードが遅れていて後継となる環境がまだ準備されていない、状況を把握していた担当者が退職した、といった場合にはESMを用いることになります。
ESMを利用するには、Ubuntu Advantage を保持しているか、Ubuntu Pro を利用している必要があります[2] 。企業利用の場合は「Ubuntu Advantageのコスト」と「アップグレードのコストとリスク」を天秤にかけて検討することになります。5年後に問題を持ち越さないためには、「 ESMが終了するタイミングまでにどのように乗り換えるか」をあわせて検討しておくことをお勧めします。
[2] Ubuntu 16.04 LTSの場合はほとんどの場合(Ubuntu Proを利用しているケースはほぼ存在しないため)Ubuntu Advantageを利用することになるでしょう。コミュニティユーザー向けには、3台まで 無料でESMを利用できるので、「 延命するホストを3台に留める」検討を行うのが良いでしょう。ユーザーランドの古さがそこまで問題にならないような用途の場合、留まるのも選択肢のひとつです。
21.04と21.10、そして22.04 LTS
2021年にリリースされるUbuntu、すなわち21.04(hirsute)と21.10(“ I” )はいずれも非LTSの「通常版」であり、9ヶ月のサポート期間となる予定です。現時点ではまだ21.10で行われる開発プランは見えていないものの、「 22.04 LTSへの準備」としての2リリースとなる見込みです。
22.04 LTSまでの間に「おそらく」行われるであろう最大の変化は、DesktopにおいてはWaylandのデフォルト化というタスクが存在します。いろいろな事情から数年間保留されてきた(そしてリスクの回避のために20.04 LTSでは回避された)こと、「 LTSの前の通常リリースで影響を計測するべきであるという点から考えると、21.04での変更となる可能性が高いと見ています(が、Waylandそのものの開発状態や周辺ドライバの成熟にも左右されるため、2021年の間、つまり21.10への延期も十分にありえます) 。
CanonicalのIPO
なんとなく例年の定番となりつつある気配 がありますが、CanonicalのIPO(株式公開)も2021年には注目されるべき事項です。
COVID-19によって金融市場が混乱しつつも、全体的に見ると「マネー余り」の傾向を持つ現状は、ビジネス的な観点ではIPOには最適のタイミングと見ることもできます(一方、「 やたらと跳ね上がった株価」という厄介な問題が、さまざまな社内的な軋轢や、企業に対する期待の過熱といった災いの種を生む可能性もあり、純粋に「企業としての未来」や「Ubuntu/Canonicalの未来」を考えると、良いことだけが起きると言いにくいのが難しいところです) 。