22.04 LTSとWSL2
2022年のUbuntuにとってもっとも重要なイベントは、4月の22.04 LTSのリリースでしょう。GUIの基盤をXからWaylandへ切り替えた後の最初のLTSリリースであり、同時にいろいろな戦略の基盤となるリリースでもあります。22.04 LTSはWayland以外の劇的な変化こそそこまで大きくないものの、周辺を取り巻く状況として、「MicrosoftのWindows 10が、Windows 11への切り替え時期を徐々に迎えていく」という大きな変化があり、「代替となるデスクトップ」として注目されていくことになるでしょう[1]。現時点では「Windows 10は十分に動作するが、Windows 11の動作要件を満たさない」ハードウェアが一定レベルで存在しており(同時にこれは5年後にも相当数が「Windows 10に取り残される」可能性があることを意味します)、そうしたワークロードの待避先としてUbuntuが選択される可能性があります。
もうひとつ、2021年のUbuntuにとって楽しみな変化としては、Diataxisベースのドキュメントデザインへの移行という点があります。短期的な変化は起きないと思われるものの、LTSを機に更新されるドキュメントはDiataxisベース、つまり、原理の解説(Explanations)、HowTo、チュートリアル、リファレンスの4種類のいずれかに属する形で整理される形になるはずです。
一方、Windowsとの共存という観点では、2021年に大きく進展したWSL2も見逃せません。WSL上でのGUIアプリケーションの動作や機械学習ワークロードの実行といった要素はすでに2021年中にプレビューとして投入されており、「WindowsにUnix的な動作体験をもたらす」キー機能となりつつあります。
この観点では、ubuntu-wsl-oobe(Ubuntu WSL Onboarding Experience。WSL上にインストールしたUbuntuにおいて、簡単に初期設定を行うためのユーティリティ)がUbuntuにとって重要な要素となります。ubuntu-wsl-oobeを用いることで、GUIアプリケーションのための設定のような「面倒な」作業を省略し、本来集中したい作業にすぐに取りかかれるようになるでしょう。Dockerがデファクトスタンダードとなりつつある中、「WSLを用いてWindows上で開発する」というアプローチが基本になる可能性があります。
FlutterへのシフトとUbuntu Coreの展開
2021~2022年にかけて、Ubuntuでは「インストーラーなどの各種独自ツールをFlutterベースに切り替える」というアクションが取られています。Canonicalによって 2020年から開始されているFlutterそのもののサポートビジネスもあわせて、「Flutterベースのインストーラーになった最初のLTS」として22.04 LTSがリリースされることになります。
Canonicalの、という側面ではUbuntu Coreの展開もポイントです。Ubuntu Coreは現在ではFlutterワークロードを走らせることもでき、Ubuntu Frameとあわせて、いわゆるキオスク端末として利用されることも考えられます。また、Ubuntu Coreだけでなくデスクトップを支えるSnapパッケージも順調に維持されており、「いろいろな環境で安定的に利用できる」「簡単にアップデートできる」といった特性を役立てています。
また、組み込み用途で利用される各種ハードウェア(たとえばAAEONやAdvantechのデバイス)向けのサポートがOEMカーネル[2]に投入されており、上記とあわせると「街中でUbuntu搭載組み込みデバイスを見かける」こともありえます。また、ROSやロボット方面、そしてIoT方面での展開も考慮すると、気付かないうちにUbuntu搭載デバイスが広がっている展開もありえそうです。
コーポレートデスクトップへの展開
2021~2022年のUbuntuで知るべきこととしてもうひとつ、「おそらくエンタープライズ向けのデスクトップ環境を目指そうとしている」という点があります。
これまでのLinux環境では、「AD(Active Directory)に対応する」ためのソフトウェアといえば認証系、つまり「ADに登録されたユーザー情報でログインできる」といった対応に限られることが定番でした。この「対応」はADのLDAPとKerberos互換の側面を用いたもので、ADによるグループポリシーによる各種一括設定には対応していないことが定番となっていました。
しかしながら21.04で導入されたUbuntu/Canonical独自の「MicrosoftのADに対応するためのユーティリティ」であるADSysは、グループポリシーをサポートするための拡張が積極的に行われており、GPO(Group Policy Object)の読み込みと、GPOに基づいたクライアント端末の設定が可能になりつつあります。
また、この傾向を後押しするのがua-client(Ubuntu Advantage Client)で、こちらはESM(Extended Security Maintenance)を含むソフトウェアアップデートや拡張サブスクリプションを管理するためのクライアントソフトウェアです。このソフトウェアを利用することで、複数の端末のUbuntu Advantageサブスクリプションをまとめて管理できます。ESMによるサポート期間の延長は、「更新」コストを無視できない、コーポレートデスクトップ(企業における従業員向けデスクトップ環境)にとって有利な機能です。
ここまでに登場したキーとなる機能を組み合わせると、「2022年には、システム管理者がAD経由でデスクトップ・サーバー両方のUbuntu環境を一括で設定し、複数の端末をまとめて管理できる状態が実現する」「有償のUbuntu Advantageを用いることで、10年間、同じ環境を利用できる」「デスクトップで利用するソフトウェアはSnapパッケージにより、OS側の制約とは別にアップデートできる(=ブラウザなどのキーコンポーネントは新しいものを利用できる)」という構図が実現することになります。これは「Windowsに代わって、ブラウザ中心のデスクトップ環境を実現しうる」ということでもあります(この観点では現在のUbuntuにはリモートデスクトップ的な機能が不足しているため、そちらの進化にも期待できるかもしれません)。
ユーザーの視点では、「Ubuntu Advantageを使うには有償のサブスクリプション契約が必要になるものの、5年で良ければ無償でも近似する環境を構築できる。それよりも長く扱う場合はサブスクリプションを購入する」という選択肢が生まれることになります。これは、Canonicalのサブスクリプション・サポートビジネスとして非常に強力な形に育つ可能性があります。
CanonicalのIPO
Ubuntu CoreやADSys、そしてJujuによるOpenStack環境の管理といった、「Ubuntuを用いたビジネス」への展開が可能なプロダクトが充実する中、毎年恒例になりつつある「CanonicalのIPO」(株式公開)という側面も気にしておく必要がありそうです(COVID-19の影響で各種予想が困難になったので保留している側面もあるはずで、その意味では「いつなのか」に答えるのはやや難しい側面もあるでしょう)。とはいえ、ビジネスの根本になる「売れるプロダクトを持つ」という点では着実に作業が進んでいるとは言えます。