2022年には22.04 LTSがリリースされ、数多くのRISC-Vボードへの対応が進む など、地味ではあるものの多くの変化が訪れた年でした。今回は、2023年にはどのようなことが起きうるのか、昨年の動きを元に考えていきます。
日本国内での組み込みビジネス
日本国内における、2022年のUbuntuにとってもっとも大きな動きは、株式会社SRAとAdvantechによる日本国内での組込みサービス・サポートに関する業務提携 が発表されたことです。これにより、日本国内で「Ubuntuを利用した産業用デバイスやエッジコンピューティングデバイス」が利用される場合の「ワンストップの相談先」が誕生することになります。これまでの「デバイスを自力で調達しつつUbuntuに詳しいソフトウェアベンダーを探す」といった対応に比べると、Ubuntuを採用するハードルが下がることになります。また、これまで英語での対応が要求されてきたサポートサービスについてもSRAを経由することで日本語サービスが得られるため、そうした面での壁も低くなると言えそうです。
この方向の動きを増幅させる動きとしては、非クラウド環境向けのUbuntu Pro がリリースされ、有償サポートサービスの確保がシンプルになったということ、そしてIntel製CPUを始めとする各種IoTプラットフォーム 向けのイメージが積極的にリリースされるようになった点も特筆するべきでしょう。
特にIntel製CPU向けイメージは「ワークステーションとも兼用」という強みがあり、「 手元のPCではUbuntu Desktop」「 組み込みデバイス側はUbuntu Core」という形でOSをインストールしておき、Snapパッケージを用いて「手元でも組み込みデバイス側でも動作する」作業フローを構築できます。
これらの動きにより、「 簡単に」商用サポートを調達し、開発を行い、OTA(On The Air=オンラインアップデート)やデバイスの提供終了期間を踏まえたライフサイクルを設計していくことができるようになります。もちろん、組み込みデバイスやエッジコンピューティングのたぐいが市場に投入されるまでには一定の時間がかかるので、2023年に大きな動きとして観測されるか、という点では微妙なものがあるものの、「 水面下では色々な開発が進められている」という状態になるはずです。
いろいろな動き
SOAFEE SIGへの参加:自動車
画期的な動きと言い切ることまではできないものの、2023年(や、その先)に向けた楽しみな動きとして、Canonicalの SOAFEE SIGへの加入 があげられます。これだけで「2023年には車載Ubuntu」といった方向性のことは言えないものの、「 Automotive Technical Architect - Ubuntu and open source 」といったロールの募集も進められており、今年にはなんらかの気配が見えてくるかもしれません。
Chisel:より小さなコンテナイメージ
昨年リリースされたChisel/Chiselled Ubuntu は、「 徹底的に不要なファイルを除去したコンテナイメージ」をUbuntuベースで作成するためのツールです。コンテナベースのワークロードにおいては、「 いかにイメージを小さくするか」が動作の効率や取り扱いに影響するため[1] 、Ubuntuとしての動作を維持しつつ、Chiselによるコンテナのシェイプアップが可能になることは競争力に直結する可能性があります。
いわゆる「コンテナ専用ディストリビューション」とChiselの最大の違いは、「 あくまでUbuntuの最小バイナリ構成である」ということです。glibcを始めとする各種ライブラリは標準のUbuntuそのもので、「 手元で動いているもの」と同じ環境を元にしたものが準備されます[2] 。
[1] K8sのようなコンテナオーケストレーション環境では、「 必要に応じてコンテナイメージをダウンロードしてきて動作させる」という動作が頻繁に行われます。イメージサイズが十分に小さいことは「イメージのダウンロード」にかかる時間を短縮させる方向に機能するので、動作コストや効率を改善する方向に機能します。Alpine Linuxなどの軽量ディストリビューションが採用される理由でもあります。
[2] いわゆる「コンテナ専用ディストリビューション」では、サイズを優先してglibcなどのライブラリを、より小さな(ただし動作が異なる場合がある)もので置き換えている場合があります。Chiselled Ubuntuはこの方向に舵を切るわけではなく、「 できる範囲で」のサイズ圧縮という方向になっています(よって「究極的にサイズを圧縮したい」という場合はこれらのディストリビューションに比べるとややサイズが大きくなることがあるでしょう) 。
ネイティブ.NETパッケージ
2022年の大きな動きとして、.NET関連のパッケージがネイティブにサポートされた ことも忘れずに抑えておくべきでしょう。近年のMicrosoftのLinuxサポート(たとえばSQL ServerはLinux上でネイティブ動作 しますし、.NETが動作するのはUbuntuに限ったものではありません )の動きからすると『Ubuntuだけが優遇』ということを言うことはできないものの、「 インストール直後に、なにもドキュメントを読まずに.NETが動く状態を作ることができる」という点がメリットです。
特に、Chiselと組み合わせることで「非常に小さな、しかし.NETワークロードが動作するコンテナイメージ」というものを作成できます。Ubuntuはすでに「Ubuntu上の環境から、手元で動作を確認しつつ、コンテナとしてデプロイする」という作業の流れを実現するためのエコシステムが構築されています。Chiselと.NETのネイティブサポートにより、「 できるだけ小さなサイズの、.NETワークロードも動作させることができる」という特性が加わります。
ここから大きな変化が起きるかどうか、という点では議論の余地はあるものの、楽しみな動きの一つのはずです。
ROSとロボット
地道な進展という意味ではROSと、それを用いたロボットもいろいろなものがリリースされています。これについてはTwitterのUbuntu公式アカウントのツイートの動画 が象徴的です。
ADとの統合
「LinuxはActive Directory(AD)を用いて認証できるものの、『 管理』はできない」というものが以前の常識でした。Canonicalが提供するADSys は、ログインの管理だけでなく、GPO(Group Policy Object)を経由したドメインに参加したPCに対して「特定の設定の強制」を実現するソフトウェアです。
2022年は、ADSysの進化による、「 ADによって管理されるデスクトップやサーバー」を実現する下地作りの年でもありました。実現された機能はそこまで多くはないものの、Proxy設定やネットワークまわりの設定 はすでにGPOを経由して設定できる状態になっており、UbuntuをADに組み込んで利用できるようになりつつあります[3] 。
また、必ずしもイコールではないものの、AzureADとの連携のための機能開発も続けられています。2023年には「AzureADやADを用いて認証や設定を集中管理するUbuntu」という姿が見えてくるでしょう。
ただし、GPOによる管理だけでは限界もあるため、当面の間はLandscapeのような他のツール も併用して管理することになるでしょう。
[3] ADによる管理においては、グループポリシーを用いてドメインに参加するシステムに特定の設定を強制することが定石の一つとして行われています。Windowsはグループポリシー(によるレジストリ操作)を用いて様々な設定が可能なように設計されており、たとえば「USBリムーバブルディスクの利用を禁止する」「 リモートデスクトップの利用を禁止する」「 あらかじめ特定の設定を適用する」といった、( その是非はともかく)大規模管理で必要になるような設定を簡単に投入できるようになっています。
ゲーミング
2022年にはSnapパッケージ版のSteam の新バージョンがアーリーアクセス扱いで登場し、非常に簡単にUbuntu上でゲームを動作させられるようになりました。このSnapパッケージの提供者はCanonicalで、「 Snap版Steamでのゲームの動作やパフォーマンスの向上」というゴールを目指して、一定の開発リソースが投入されています。
ゲームとLinuxという組み合わせは、これまでは「まともに動かない」という単語がつきまとうものでした[4] 。ハイエンドハードウェアの性能を活かしてゲームを遊ぶためにはWindowsが必須、というのが古典的な発想です。
しかしながらWineの進化とProtonの登場により、現在では「エミュレーションレイヤを経由するものの、それなり以上に動作する」という状態が作られつつあります。また、Steam DeckがLinuxベースのOS(SteamOS)を搭載していること、そしてその改良がデスクトップ版のProtonにも反映されるであろうこと から、「 ゲームをする以上はWindows」という前提は徐々に薄れていくと期待できます。また、最新ハードウェア向けのドライバーも、昔に比べるとかなり早いタイミングでLinux向けに提供されるようになっています。展開によっては、今後、「 ゲームをするならSnap版Steamで」という展開になることもありえるかもしれません。
直接ビジネスに繋がる、あるいは今年大きくなにかが動く、という気配は今のところなく、2023年のUbuntuにとってゲームがどのような影響を与えるのかは読み切れませんが、少なくとも「Linux上でSteamを動かす場合のスタンダードのひとつ」として[5] 、一定のメンテナンスが続けられていくだろうということは言えますし、もしかすると「Ubuntuを搭載したなんらかのゲーミングデバイスが登場する」といった展開もありえるでしょう。
また、「 Linuxゲーミング」というビジネスの進展によっては、「 七色に光るUbuntuプリインストールマシンが登場」という方向の「ゲーミングUbuntu PC」がOEMビジネスとして登場してくる可能性もありえます。
[5] もちろんSnapはUbuntu以外の環境でも動作するため、「 Snap版Steamが存在する」ことはUbuntuだけの強みではありません。とはいえSnap版SteamパッケージのメンテナンスはCanonicalなので、「 Ubuntuを使っておくとメリットを得やすい」ということは言えそうです。
23.04と23.10
2023年のUbuntuとしては、Ubuntu 23.04 “ Lunar Lobster” と、まだコードネームの決まっていない23.10の存在も忘れることはできません。これらのバージョンは「24.04 LTSに向けた布石」という性質が強いものの、その分、多くの変化とチャレンジが含まれることになります。
特に23.04はFluttterベースの新しいインストーラーの導入や、GNOMEの更新に伴うデフォルトアプリケーションの変更、そしてnetplanのNetwork Managerへの統合など、「 宿題」に属するアップデートが多く取り込まれることになります。また、ここまでに見てきた傾向の影響はこれらのリリースにも現れることになるでしょう。
また、Flutterを利用するインストーラーが使われることは、「 Flutterを用いるアプリケーション開発環境が整う」ということでもあります。これはおおむねイコールで「AndroidやiOS、macOSやWindowsも含めたクロス開発の環境が整う」ということでもあります。
WSL2
組み込みや.NET、Flutterを併用する開発環境などの文脈において、「 手元の開発環境と実際のデプロイ環境で、まったく同じイメージが同じように動作する」という点がUbuntuの強みのひとつです。
このメリットを機能させるには当然、「 OSとしてUbuntuを使う」ということが必要になります。OEMビジネス(=Ubuntuがプリインストールされたハードウェアの普及)という形で、「 Ubuntuが動作するマシン」を手に入れるハードルは下がっていますが、その一方、「 開発者にとって馴染んだ環境」はWindowsとmacOSで、「 Ubuntuが第一選択になる」という状態には至っていません。
この状態への解がWSL/WSL2です。WSLはWindows 10/11に導入できる「簡単に使えるUbuntu」兼「Windowsに追加されるUnixライクツール」という位置づけを確保しており、「 Ubuntuが得意とするような、手元とデプロイ先を揃えた環境」をWindowsに追加できます。これまではコマンドラインアプリケーションが主で、GUIアプリケーションを利用するためには一定の工夫が必要でしたが、2022年にはWSL2の進化により、WSLg を用いることで「インストールするだけでGUIアプリケーションも利用できる」という状態になりました。また、GPUを利用すること も可能であり、マシンラーニングの文脈でもWSLを利用すること ができます。
現在も熱心な開発が続けられており、2023年にどのような変化が起きるかを予測することは困難なものの、「 Windowsと併用する」「 開発からデプロイまでを同じ環境で利用できる」というUbuntuの強みを増幅する要素になるでしょう。