IT系のカンファレンスに足を運んだことがある方であれば、その会場でインターネットへの接続をしたことがあるでしょう。もし会場で無線LAN接続が提供されていたら、ぜひそれを利用してください。自前のWi-Fiルータやスマホのテザリングで十分? いえいえ、それこそがネットにつながりにくくなる原因かもしれないのです。
カンファレンスネットワークとは
昨今はITに関連した勉強会がたくさん開催されるようになりました。勉強会の多くは参加者が数十~100名程度ですが、人気のあるものは大きなイベント会場を1日~数日間使用するITイベントとして開催されます。たとえばYAPCやLL Diverなどの言語系やWeb開発者が多数参加するカンファレンスの場合、その参加者は数百~1,000人以上になることがあります。カンファレンス参加者はセッションに参加しながら、手元のPCやスマートフォンなどからSNSや調べものをするためインターネットを使用します。しかしながら、このような大規模カンファレンスの場合、イベント会場にはインターネットアクセスができる無線LAN設備があるにもかかわらず、インターネットにつながりにくかったり、あるいはまったくつながらないケースがよくあります。
本特集では、このような大規模カンファレンスにおけるネットワークについての考え方やノウハウなについて記述していきます。カンファレンスネットワークの解説を通して、オフィス環境などでのネットワーク作りの参考にしていただけたら幸いです(以降、ネットワークをNWと省略する場合があります) 。
“つながらない”のはなぜ?
大規模カンファレンスが行われるような会場には備え付けの無線LANネットワーク設備があることが多いですが、カンファレンス会期中につながりくくなることはしばしばです。この原因の多くは、既設の設備で想定していた以上の無線LAN接続が発生してしまっていることにあります。
とくに昨今はスマートフォンやタブレット端末の普及により1人で複数の端末を使用するケースが多くなり、会場内には来場者数以上の無線LAN端末が存在することが多くなっています(写真1 ) 。また、モバイルルータなどを持つ人も多く、これが無線環境を悪化させる要因の1つにもなっています。
写真1 参加者の多くはPCやモバイル端末を使用している
たとえば、筆者は日常的にPC、スマートフォン、タブレット端末およびモバイルルータを持ち歩いています。これらがそのままイベント会場に持ち込まれることになるため、無線LAN端末は来場者数が100人なら端末数は200以上といったように倍以上になることが珍しくありません。
“つながらない” 最大の原因は会場内に多数の無線端末が稼働していることです。多数の無線端末は次のような副次的な要因を引き起こします(図1 ) 。
① 無線LAN(Wi-Fi)の混雑(802.11b/gの2.4GHz帯、802.11aの5GHz帯)
② スマートフォンやモバイルルータが使用する3GやLTEなどの混雑
③ インターネット接続に使用する通信機器(ルータなど)が通信量に耐え切れない
④ インターネット回線の飽和
図1 つながらない理由
①と②は無線環境による要因、③と④は有線NWによる要因です。とくに悩ましいのが①で、カンファレンスが開催される多くの会場では、会場内や近隣にもともと無線LAN設備が多数設置されていて、電波環境が大変混雑していることがあります(これを“ 電波が汚い” と表現したりします) 。その環境にさらにカンファレンス専用の無線を設置することで無線LANがさらに混雑することになります。③や④はルータを持ち込んだり新規回線を敷設することで対応できますが、会場によってはそのような手段を講じることができない場合もあります。さまざまな制約のなかで「使える」カンファレンスNWをいかに構築するかを本稿で触れていきます。
家庭の無線LANと何が違うのか
みなさんの家庭にも無線LAN AP(アクセスポイント)やブロードバンドルータが設置されていることと思います。無線AP機能とルータ機能が一体型になったブロードバンドルータが量販店では一般的ですし、通信販売でも気軽に購入できます。スマートフォンを契約するとモバイル事業者から無料で提供されることも多く、テレビを置くのと同じ感覚で設置することもあります。さらに、NINTENDO 3DSやPlayStation Portable/Vitaといった携帯型のゲーム機や、WiiやPlayStationなどの据え置き型ゲーム機、加えてテレビ、ビデオ、プリンタなども無線LANを使用してインターネットに接続しているでしょう。
カンファレンスNWといえども、基本的な構成は家庭のNWと同じです。ただ、そのNWの設計思想は対極にあるともいえ、制限事項も多くあります。まとめると表1 のようになります。カンファレンスNWにとくに特徴的なことは無線APの台数、無線出力強度、ルータでしょう。無線APの台数は家庭であれば(よほどの広い家でなければ)1、2個あれば十分でしょう。対してカンファレンスNWの場合、クライアント端末数が大変多いため、1台のAPにそれらをすべて収容することは不可能であり、多数のAPが必要になります。
表1 家庭のネットワークとカンファレンスネットワーク
家庭 カンファレンスNW
クライアント数 数個~十数個程度 数百個~1,000個以上
無線AP台数 1~2台 10台以上
無線APの無線出力 家全体に届くように出力を強くする 狭い範囲に限定するため弱くする
無線APの通信速度 とくに制限はしない 低速(数Mbps)の通信は拒否する
無線の混雑状況 空いている~やや混雑 大変混雑している
電源コンセント個所 多くある 特定個所に制限される
LAN配線の距離 数m~数十m 数百m以上
インターネット回線 自由に選択できる かなり制限される(例:既存回線のみ、新規でも特定方式のみ)
ルータ いわゆるブロードバンドルータ SOHO向けやソフトウェアルータ
設営に要する時間 あまり制限はない 数時間
無線APをたくさん設置すればいい?
ここで無線APをたくさん並べるだけでよいかというと、そう単純にはいきません。電波出力の強度調整が重要です。家庭向けの場合は家の中のどこからでも通信ができるように、できるだけ強い電波を出力することが多く、家電量販店では高出力を売りにした無線LAN一体型ブロードバンドルータも多数見かけます。ところが、カンファレンスNWでは逆にできるだけ出力を弱くします。これは狭い空間に多数の無線LANクライアントが密集するため、無線AP1台あたりの収容クライアントをAP周辺だけに限定することで高速な通信を確保するためです。遠くの無線APにつながると通信が低速になりがちなため、そのような無線APにはつながらないようにしているといえます(図2 ) 。詳しくは第2章で触れます。
図2 電波の強弱
カンファレンスNWでも家庭NWと同じくNAPT(Network Address Port Translation)を利用しますので、ルータでNAPT処理を行います。ただ、カンファレンスNWではクライアント端末数が1,000台以上になることもあるため、それだけの端末数を処理するためのNAPTセッション数を十分確保するなどが重要です。また、ブロードバンドルータで行っているDHCP処理やDNS処理についても家庭用とは異なるケアが必要になります。このあたりは第3章で触れます。
ネットワークの稼働状況
ネットワークを流れている通信を可視化することは大変重要です。カンファレンスNWは構築にかけられる時間が短いため、構築後の確認作業に十分な時間はかけられません。会場には多数の無線APを設置しますが、クライアント端末が特定の無線APに偏りなく収容されているかを確認することが重要です。無線LANの電波は人間に吸収されてしまう特性があるため、会場に大勢の人が入ると無線の伝搬に偏りができ、事前の想定とは異なる無線APに多数の端末が収容されてしまうことがあります。言い換えると、実際に大勢の参加者が会場に入り、かつ通信が発生してはじめて確認できることになります。
そこで、会場の物理的な位置関係と通信状況を対比しながら確認できると、もし通信状況に偏りが発生していても迅速な発見と修正が可能になります。図3 は「Weathermap」と呼ばれるツールによりトラヒックを会場図に重ねて表示した模様です。Weathermapによるトラヒックマップの作り方はJANOG32のページ が便利です。
図3 YAPC::Asia Tokyo 2013でのWeathermap
トラブルは発生する前提で対策する
大規模なカンファレンスは大勢の参加者が来場するので、トラブルは必ず起こります。会場に多種多様なPCやスマートフォンが持ち込まれるため、事前の準備段階では洗い出しきることはできません。よくあるトラブル例として「VPNがつながらない」「 DHCPアドレスが付与されない」「 DNSの名前解決ができない」などがあります。
これらのトラブルに早く気づくことが重要です。トラブルに遭遇した参加者がそれをNW担当者に伝えてくれることは期待できません。トラブルが少数であっても、その対象者が会場のNWを使わずに持ち込んだモバイルルータを立ち上げたり、スマートフォンでテザリングをはじめると、会場の無線環境が汚染されてほかの参加者にも影響が出はじめます。すると、ほかの参加者も会場NWにつながりにくくなり、その人たちもモバイルルータを立ち上げます。このようにしていつの間にか多数のモバイルルータやスマートフォンによる独自のWi-Fiが立つようになると、会場の無線LAN環境が極端に汚染されてしまい、ついにはNWが破綻します(図4 ) 。
図4 モバイルルータにより会場無線が破綻する様子
このような状況になる前に、まずトラブルに気づくことが重要です。トラブルに気づかなければトラブル対応も始められません。ZabbixやNagiosなどのNW監視ツールによる監視は当然として、TwitterなどのSNSでの情報収集は非常に有効です。トラブルに遭遇した人がそれをNW担当者に申告してくれるとは限りませんが、それでも、何かがおかしいとSNSでコメントすることがあります。たとえばTwitterであれば、イベント名やイベントのハッシュタグで検索してトラブルの声を拾いあげましょう。
LAN配線は撤去を想定して敷設する
会場にNWを敷設する場合、イーサネットケーブルによるLAN配線は必ず発生します。会場が大きかったり部屋が多数あると配線の本数は100本近く、長さは数百mに及ぶこともあります。さらに、カンファレンス終了後にはこれらの敷設したケーブルは必ず撤収する必要があります。
ケーブルは人が通るところでは足に引っかからないように養生テープなどで養生しますが、養生をやり過ぎると撤収に時間がかかりすぎてしまいます。よって、人が通らないところはできるだけ簡易な養生にしたり、会場の既設配線を利用するなどそもそも配線をしない工夫が必要です。写真2 は面ファスナーによるケーブル養生で、敷設や撤収作業が非常に早く行えて便利です。
写真2 面ファスナーのケーブルガード
カンファレンスネットワーク原則
カンファレンスNWを手がけるうえで、念頭においておくと良いと思う原則をまとめてみました。
ネットワークとは人のネットワーク。機械をつなぐだけではない。人間関係を何よりも大切にしよう
当日に「手を抜く」ための準備をしよう
設営作業は撤収作業の第一歩。撤収を想定して設営しよう
稼働状況は会場に人が入ってはじめてわかる。状況を拾うアンテナをたくさん持とう
想定どおりにはまずいかない。第2、第3のプランを持っておこう
CONBUの紹介をすこしだけ
冒頭でも触れたように、最近のIT系カンファレンスでは会場NWが必須になってきています。カンファレンスも多数開催されるようになりましたが、会場NWの構築運営を行える人は十分とは言えません。とくにプログラム言語系やWebアプリ開発などのカンファレンスの場合、NWを作れる人はかなり限定されています。また、個別のカンファレンスのそれぞれがゼロからNWを作るのではたいへん非効率です。そこで、カンファレンスNW作りを支援していこうとNW技術者のコミュニティであるJANOGやLightweight Language ConferenceのNWチーム(LLNOC)の有志メンバーに呼びかけ、CONBU (Conference Network Builders)が結成されました。
CONBUのメンバーはおもにNW技術者です。CONBUの目的はIT系コミュニティのエンジニア同士がお互いに関心を持ち合うことで、コミュニティの垣根を越えて交流していくことです。インターネットではたくさんのプレイヤーが活躍していますが、Webアプリ開発などのコミュニティとネットワークを手がけるコミュニティの交流は十分とは言えないと思います。お互いに関心を持っていくことで、インターネットはより発展するのではと考えています[1] 。
結び
カンファレンスNWは短時間で構築して、多数の端末が期間限定で接続され、短時間で撤去するというものです。本特集の内容はイベント以外にも、引っ越しが多かったり短期間で移転することの多い企業や組織などのオフィスNWにも応用できるかもしれません。
Column チーム内の情報共有に有効なホワイトボード
トラブルに限らず、運用していると監視情報やtipsなど、チーム内に伝えておきたい事柄が多数発生します。チーム内での情報共有は非常に重要です。情報共有の手段は多数ありますが、短期決戦のカンファレンスNWの場合に最も有効なのがホワイトボードです。気づいたことはともかくなんでもホワイトボードに書き込み、メンバーは常にチェックする運用にしましょう。ホワイトボードがない場合はシート状のホワイトボードシート(※・写真A )を持ち込むと便利です。
写真A 情報共有用のホワイトボード。シート状になっていて壁や窓などに貼れて便利
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