長ーい夏がやってきた
夏に北米やヨーロッパを旅すると心底実感するのだが、本当に、いつまでたっても陽が沈まない。夏至の前後なんかは、夜の10時を過ぎても空はほんのり明るく、もう少しで1日が終わるはずなのに、まだ時間がたっぷり残っているような錯覚を起こす。これだけ昼が長ければ、夏の期間だけ時計を1時間進めるサマータイムという制度が、生活上必要になってくるのもわかる。ちなみに日本では「サマータイム summer time」という呼び方が定着しているが、アメリカ人はあまりこれを使わず、daylight saving time(DST)と言うほうが多い。
しかしいくら何でも、まだ春分も来ていない3月第2日曜日から、ハロウィンを過ぎた11月第1日曜日までを"サマー"にひっくるめるのは、かなり無理があるんじゃないの?という気がする。そう、実はこの前の日曜日(3月11日)から、アメリカではサマータイムが始まっているのだ。
アメリカは2年前、ある法案を成立させた。何という法律かというと「エネルギー政策法 The Energy Policy Act of 2005」- この法案の中にサマータイムを4週間延長することも含まれ、今年から実施の運びとなったというわけ。サマータイム延長で省エネを! って、別に間違っちゃいないと思うけど、もっと効果的な規制はいくらでもあるんじゃない? 京都議定書を足蹴にした国のやることはよくわからない。
マシン(をお守りする人たち)は急に変われない
ここまでを読んで「へー、アメリカってもうサマータイムなんだ」と思った人と、「そんなのとっくに知ってるよ!」と思った人のどちらが多いだろうか。残念ながら前者だろう。なぜ残念なのかというと、このことがあまりにも知られていないがために、システムが誤作動を起こすケースがあるからだ。ひょっとしてもうすでに「冗談じゃないよ、聞いてないよ!」と火を噴いている現場があるかもしれない。
Blackberryのようなモバイルガジェットから一般のデスクトップPC、企業の基幹サーバ、はたまたスーパーコンピュータに至るまで、アメリカのコンピュータのほとんどは、4月の第1日曜日に夏時間に、10月の最終日曜日に標準時に自動で切り替わるように設定されている。だが今回のサマータイム延長により、すべてのマシンにおいてその設定を変更しなければならないのだ。たかが1時間じゃん…とほおっておけばどんなことになるか、ITに詳しくなくとも、1時間遅れた時計で生活してみればすぐにわかる。
2年の準備期間があったとはいえ、ぎりぎりにならないと動き出さない人間のほうが多いのはどこの国も一緒で、アメリカではつい最近まで、企業のIT担当者たちはこのタイムシフト対応に追われていた。サーバの運用スケジュールのずれ、タイムスタンプ、アプリケーションの不具合など、修正すべきモノは山積みで、IT担当者やアナリストたちは現場の混乱ぶりを「プチ2000年問題 mini-Y2K」と呼んでいた。作業量の多さもそうだが、まだ大丈夫…と余裕をかましているうちにタイムリミットが目の前に迫っていた状態も当時とよく似ている。
もっとも当然なのだが、大手IT系企業はこの問題にきっちり対応している。たとえば、MicrosoftはVistaに関しては発売時から対応済みで、その他のOS/ソフトウェアについてもアップデートを進めている。専門のサポートセンターも開設しており、さすがに抜かりはない感じ。また、IBMや日立のようなグローバル企業は、日本語でも注意を喚起している。
他人ごとではありませんYO!
それでもやはり、しばらくは混乱が続くのだろう。今回のサマータイム延長で、一説には10億ドルとも言われる巨額の改修費用が発生したというが、たとえ自分の会社がそれで儲けたとしても、ほとんどの現場担当者にしてみれば「勘弁してよ」というのが正直な声。システム変更に伴って起きたトラブルの事後処理もこれからだ。全世界で認知されていたY2Kと違い、アメリカ(とカナダ)以外の国には知られていないため、世界の各地から「おい、どうなってんの!?」という問い合わせが寄せられてくるだろう。げんなりである。「どこがエネルギー節約なんだ! オイラのエネルギーはもう空っぽだYO!」
日本でもサマータイム導入を推進する動きはあるが、各方面からの反対が強く、まだ実施の目処は立っていない。個人的には、推進派はITシステムの変更に関して、かなり甘く見積もっているように思える。また、反対派の意見の中には感情的すぎて辟易するものも多い。できることなら、今回のアメリカのケースを参考に、現状を把握した実りある議論を展開してほしいと願う。