カリスマ創業者の影を払え
「もう税金は払いたくない- 以前勤めていた会社の社長が全社員を前に悪びれもせずこう言い放ったとき、卑しくも一企業の代表取締役が口にするべき言葉ではない、と諌めた社員は一人としていなかった。自浄能力のない企業は必ず衰退する。数年経った今、その会社の業績がどうなったかは想像に難くない。…まあ、出て行った人間があとから偉そうに言うのもすこし卑怯な気がするんだけど。
もっとも、こういう経営者はいつの時代、どこの国にも少なくない割合でいるわけで、彼らはつねに脱税と節税のボーダーライン上で税吏との熾烈なバトルを繰り広げている。いやはや、その情熱の矛先は仕事に向ければいいのでは? とつい思うのだが、奴らにしてみれば節(脱)税が仕事なんだろう、きっと。
だが、ひとたび「脱税」「粉飾決算」の烙印を押されれば、その企業が失ったもの-信用、株価、社員のモチベーション-を取り戻すには長い長い時間がかかる。4月11日にComverse Technologyの新CEOに任命されたAndre Dahanも、前CEOで創業者のJacob "Kobi" Alexanderが残した負の遺産を片付けるにはかなりの時間を要するだろう。Kobiのキャラと生き様はあまりに強烈すぎて、絵に描いたようなITエリートのDahanが同社からKobi色を簡単に拭い去れるとは、悪いけどとても思えないからだ。
Steve Jobsが辞任する!?
4月、米国だけでなく世界中の投資家、アナリストが毎日必ず目を通すメディア『Wall Street Journal』紙が2部門でピュリッツアー賞 Pulitzer Prizesを受賞した。受賞対象のひとつは拡大を続ける中国経済のレポート、そしてもうひとつが、あのSteve Jobsもその渦中にいるストックオプションのバックデート問題の報道だった。
知っている向きも多いだろうが、米国ではストックオプションをボーナス代わりに社員に付与する企業が多い。起業したばかりで現金が足りない企業にとって、優秀な社員に去られないためにストックオプションを支給するのはよくある話だ。会社の業績が上り調子になり、収益が上がれば株価も上がる。ストックオプション付与日と売却日における株価の差が大きければ大きいほど利益幅も大きくなる。Netscape、Yahoo!など、創業時に数人しかいなかったメンバーも皆、ストックオプションで大金持ちになった。
このストックオプションを、実際の付与日より前に遡って日付を書き換えて付与するバックデート backdateは、実は違法なことでもなんでもない。違法になるのは、そのことをきちんと会計処理せずに、つまり脱税した状態で受け取ってしまった場合である。
2006年3月、WSJが100社を超える企業のトップが不正にバックデーティングで利益を享受した疑いを報じると、すぐさまSCEやFBIが調査に乗り出した。すると大物が出るわ出るわの大騒ぎ。有名どころではApple、McAfee、CNET Networksなどの幹部が不正受給に関わっていたことが判明し、McAfeeやCNETのCEOは責任を取るため辞任にまで追い込まれた。Jobsの周囲もいまだに不正バックデーティングによるキナ臭い噂が絶えず、このまま何の釈明も行われないならJobsのCEO辞任も十分にあり得る話である。
地の果てまでも逃げてやる
この米国IT業界を今も揺るがす一大スキャンダルにあって、ひとり、史上最強の悪役(ヒール)を演じる男がいる。それがKobiだ。
Kobiが、自分も含めた3人で1982年にComverse Technologyを立ち上げたとき、この会社が世界有数のIT企業になるとは誰も予想していなかった。インターネットなんて言葉もなかった時代にあって「コミュニケーションを売り物にすれば間違いなく大きなビジネスになる」と信じてやまなかったKobiを除いては。
共に会社を立ち上げた仲間は去り、何度も倒産の危機に晒される中、Kobiはひとり奮闘した。明確なマーケティングポリシーを打ちたて、同業他社が弱い分野に積極的に攻め入った。ときには身の程を超えるM&Aを行い、シリコンバレーの投資家たちを驚かせた。そしていつの間にかComverseは従業員6,000人を超える大企業になっていた。Kobi自身も紛れもないビリオンダラーになった。
こういう人物のキャラが弱いものであるはずがない。強烈な個性で会社を引っ張ってきたKobiが、会社と自分を同化して考えても何の不思議もない。-バックデーティング? 何抜かしてやがる、俺の立ち上げた会社だ。カネを支給するのは会社、つまり俺だ。苦労の対価を少し遡って貰うくらい、当然の権利だろうが。だいたい、お前らのような奴がこの俺を裁けると思ってるのか?
2006年5月、ComverseはKobiを解雇した(表向きは辞任)。一緒に刑事告発された幹部2人は罪を認めた。だがKobiは裁かれることを全身全霊で拒否した。同年6月、家族と共に故郷のイスラエルを経由し、アフリカのナミビアに逃亡したのだ。口座凍結前の資産をごっそり持って。
ナミビアと米国の間には犯罪人の引渡し条約が締結されていない。それでも米国とインターポールに要請され、とりあえずナミビア警察は9月にKobiを逮捕してみたが、ナミビアにはバックデートの不正受給を裁く法律などないのだ。逮捕から6日後、140万ドルの保釈金(ナミビア史上最高額だそうな)で、あっさりと釈放されたKobi。彼は今、ナミビアでさかんに投資活動を行っており、最近では地元の子供たちのために奨学金まで出しているという。米国への身柄引渡しを決める公聴会が4月25日に行われる予定だったが、スーパー弁護団の力でもってそれも延期になった。引き渡されれば禁固25年は間違いないと言われている。そして、現在54歳のKobiはおそらく残りの人生を賭けて逃げ切るつもりでいる。はたして彼は犯罪人として再び米国の地を踏むのか、それともナミビアの名士として彼の地に留まり続けるのか。第2ラウンドは始まったばかりだ。