ホットなのは"ミュージックビデオ"だけじゃない
YouTubeなんかで"Intel"と検索すると、同社のTVコマーシャルがたくさんヒットする。日本で放送されていないものや、メイキングビデオなんかもあって、英語が聞き取れなくてもけっこう楽しめる。莫大な予算をかけ、超一流のクリエーターたちが手がけているのだから、面白くないはずがない。
なかでも最近の話題は、稀代のプロデューサーで今や伝説的存在のクリストファー・ゲスト Christopher Guestが監督したミュージックビデオ。"Set IT Managers Free""Everything Has Changed" と題された2篇のフィルムでは、IT用語がいっぱいにちりばめられた歌詞を、シンガーソングライター風のデュオとヘビメタバンドが、オフィスワーカーたちが忙しく働いている職場で情感たっぷりに歌い上げている。今ならIntelのサイトで公開されている ので、興味ある向きはぜひ見てほしい。「 なんだかなあ~」と思いながらも、楽しい気持ちになること受け合いだ。
だが今、Intelの広告で最もホットな話題になっているのは、残念ながらゲストのミュージックビデオではない。8/6の時点でIntelのトップページに載っている「Apologies from Intel」 の文字を見れば、明らかにネガティブな意味で話題をさらってしまったことがわかる。
Intelは昨年から、同社のデュアルコアプロセッサのプロモーションを目的とした広告キャンペーン"Multiply" を世界中で大々的に展開している。「 Intelのデュアルコアプロセッサはあなたの仕事の効率を大幅に向上させる 」 - "増やす/拡大させる"という意味をもつ"Multiply"をキーにして、Intelはさまざま表現でメッセージを発信していった。ゲストのビデオもその一環だ。
速さを表現するつもりが…
問題の広告は、ビデオではなく印刷物としてあるカタログに掲載された。それがまず、ヨーロッパで物議を醸し出した。
Multiply Computing Performance and Maximize the Power of Your Employees. - コンピュータの処理能力を向上させ、社員の力を最大限に
こう謳われた文字の下に、満足気に堂々と立っている白人男性、その両脇には屈強な黒人アスリート が3人ずつ、クラウチングスタートのポーズをとっている…のだが、この構図、白人の主人に頭を垂れている(bowing)黒人たち 、のようにも見えてしまうのだ。「 過去に何度も"黒人アスリート=速い"というメタファを広告で用いてきた」(マーケティング担当VP Nancy Bhagat氏)というIntel、今回もその延長線上で考えたコンセプトだったのだろう。おそらく「人種差別」などはこれっぽっちも頭になかったはずだ、今回の騒ぎになるまでは。
ブロガーたちの間では「人種差別も甚だしい」「 悪趣味」といったIntel非難から、「 とくに差別だとは思わない」「 ただの広告、過剰反応しすぎ」といったIntel擁護(?)まで、多くの議論が乱れ飛んだ。騒ぎの始まりから2ヵ月後の8月2日、Intelは謝罪文 を出し、件の広告をもう使わないと発表した。すでに配布された分に関しても回収・破棄に努めるようだ。
巧まずしてやったことだが、しかし、今回の広告が少なくない人々に不快感を与えてしまったことは間違いない。「 不幸なことに、我々がOKを出した広告は、我々が意図するメッセージを正しく伝えなかったばかりでなく、無神経で侮辱的なものだった」とNancy Bhagatはブログで謝意を表し、一般からの批判も含めたコメントを受け付けている。この辺の対応はさすがで、今回の騒ぎが同社の今後の広告展開にとって、大きな障害となることはないだろう。だが、人種差別云々よりも、むしろ「悪気がなかった」ことのほうが問題 なのだ。Intelほどの大企業で、マーケティングの専門家がずらりとそろう環境にあっても、こんな騒動が起きてしまう、ITではカバーできない人知のミスとはこういうことを指すのだろう。