ここ1、2年で特に、エンジニアの海外志向という話題が増えてきているように思います。実際、ネット系のベンチャー企業がUSにブランチ(子会社)を作るケースも増えてきていますし、US発の企業に就職して日本オフィスではなくUS本社勤務という人も増えているようです。筆者の周辺でもそういう話はよく耳にします。
プロ野球で大リーグに行く選手も増えてきていますが、それだけ日本という国を出て海外に行くということが普通になってきているのかもしれません。筆者も2004-2005年の2年間、ベイエリアで起業してRedSIPという会社を運営していました。
シリコンバレーとベイエリア
ここでちょっと余談ですが、日本だとよく「シリコンバレー」という単語を見聞きします。筆者も実際、渡米して起業するまではシリコンバレーといっていましたが、実際に渡米してみるとシリコンバレーという名称はほとんど使っているのを見たり聞いたりすることはなく、あのあたりのことはベイエリアといっていました。
ただ、シリコンバレーとベイエリアはすこし定義が違います。
ベイエリアはサンフランシスコ湾の周辺全部、まさにベイエリアですが、シリコンバレーはベイエリアのうちの、ペニンシュラ(湾の西側)とサウスベイ(湾の南側)あたりのことを指しているので、シリコンバレーのほうがより局地的ということになります。ベイエリアにはサンフランシスコ市は入ってますが、シリコンバレーには入ってないってことですね。
それはさておき、日本にいるエンジニア、特にネット系エンジニアが海外を目指すというと、そのかなりの割合がベイエリアを目指すのではないでしょうか。
感覚的には、サンフランシスコ、パロアルト、マウンテンビュー、あとちょっとクパティノやサンノゼ、あとサンマテオという感じがします。これはやはり、日本でもメジャーなサービスを展開している企業の本拠地という影響があるような気がします。
サンフランシスコにはTwitter、パロアルトにはFacebook、マウンテンビューにはGoogle、クパティノにはAppleがあります。10年前ならシリコンバレーといえばサンノゼでしたが、成田サンノゼ直行便がなくなったせいか、最近ほとんどサンノゼで起業や就職という話は聞かなくなりました。
ですので、今回の「海外志向」はほとんどそのまま「ベイエリア志向」という意味で書いています。
「和訳モノ」からネイティブな情報交流に
筆者は、エンジニアが海外志向を持つことは、とても良いことだと思います。やはりこれからは、特にネットサービスなどにおいては、グローバルな感覚なくしては良いサービスは作れませんし、習得するスキルにも影響がでてきます。
ちょっと批判的なことをいえば、以前日本では「日本語情報が多いものがメジャーになる」という現象があったと筆者は思っています。あくまで私見ですが。
たとえば1990年後半、日本ではFreeBSDがLinuxよりメジャーでした。これはFreeBSDコミュニティやコミッタに日本人が多く、日本語での情報が充実していたからだと思います。
また同じくその頃、OSSのRDBでいうと、日本ではMySQLはほとんど普及しておらず、もっぱらPostgreSQLが主流でした。これも、石井さんの尽力などによって、日本でPostgreSQLのコミュニティが活発に活動しており、また日本語情報がとても多かった(当時MySQLの日本語情報は皆無といっていい状況でした)ためだと思います。
またPerlも日本では一時期LL言語の主流派だったと思いますが、これも同様に、近藤さんの訳本をはじめとして、日本におけるコミュニティの活発さと情報量が寄与していたと思います。逆にいえば、日本のエンジニアは「英語を避けたがる」という傾向が間違いなくあったのです。そしてこれは今でも少なからずあるとは思います。
しかしながら今すでに、そしてこれからはなおさら、英語の情報の入出力に躊躇しない人のほうが、よりエンジニアとして成長していくことは自明だと思います。
では、なぜ以前よりも英語というものが重要になってきたのでしょうか。
それはひとつには、TwitterやFacebook、Skypeといったサービスの普及があげられると思います。以前は海外のエンジニアとやりとりをするといえば、まずメールが主な手段でした。もちろんメールでは即時性のあるやりとりや意思疎通はハードルが高いのは言うまでもありません。メールにはメールの良いところはもちろんありますが。
これによって、海外のエンジニアと接する機会も増え、ハードルも下がってきたという要因があると思います。
また、TwitterやFacebookは国や言語を越えたコミュニケーションを容易にすると同時に、そもそもワールドワイドなサービスなので、こういったサービスが登場しかつ日本でもメジャーになることで、エンジニアが海外もしくは世界というものを意識しやすくなった、という要因もまた別にあるのだと思います。
こういった要素などが積み重なって、ベイエリアに移住したり頻繁にやり取りする人などが増え、そういった人たちに触発されて、その他の人たちも海外を意識するようになったり、「なんだ海外に行くってさほどハードル高くないんだ」といった考えが波及してきているのが現状ではないでしょうか。
「とにかく海外に行け」では通用しない
とはいえ、よくある「日本でぐずぐずしているくらいならとにかく海外に行け」的な紋切り型のトークは筆者はあまりいいとは思いません。一見矛盾しているかもしれませんが、海外に行くことは思ったほど大変でもないし、とはいえ思ったほど簡単でもないとも思います。
遊びにいくのは別として、ここではあくまで仕事を見つけて現地で頑張るケースについてですが、仕事をして収入を得る以上、まずビザが必要です。ビザはその国で働いて収入を得るためのものですが、本来はビザは「働くためのもの」ではなく「働かせないためのもの」です。
自国民の利益を優先するのは当然なので、USにしても国内にUS市民ができる仕事があればそれは外国人ではなくUS市民にやらせようと思うのは当然です。「この人くらいのレベルだったらUSにもいるしわざわざビザを発行して自国民の就労のチャンスを奪うことはない」というのがビザの基本的な考えかたです。
なので就労ビザを取得するには、「この人は自国でもなかなか見つけられない有能な人で国の発展に寄与してくれるだろうから働くことを許可しよう」と思ってもらわなければなりません。
先日もある人に「USに移住して働きたいんですがどうするのがいいでしょう」と相談されて、筆者の友達でその助けになるような人を何人か紹介したのですが、その中でも筆者と仲のいいある一人が「ビザなんて簡単だよ」とコメントしました。
そうなのです、実はビザの取得はそれほど難しくなく簡単なのですが、「この簡単なビザの取得が何のツテもアテもない大半の人には難しい」のもまた事実なのです。
簡単なのも難しいのもどちらも事実で、この2つの間にはかなりのギャップがあると思います。大半の人は移民弁護士に知り合いもいないし、ビザスポンサーになる企業のアテもないというのが普通だと思います。
あと、ビザにはその年ごとの事情があります。
筆者が渡米していた2005年当時は、いわゆるHビザと言われる一般労働ビザが、募集の数に対して応募が多すぎて、1年分のビザの申請がわずか1週間で埋まってしまう状況でした。それを逃すとまた1年待たなければならなかったのです。それが、先月知合いの移民弁護士(筆者のビザを担当してくれた)と会って話したら、いまはHビザは1年を通じてだいたいいつでも応募できる状況だということでした。
ともかく、そういった状況をすっとばして「日本でぐずぐずしていないでとっとと海外に(でも実際にそれで君がビザを取得するスポンサーを自分はしないけど)」と言うのは、どうかと思うのです。
また、ビザ以外にも、ある程度の資金が必要という現実もあります。
サンフランシスコやバークレーに住むならいいですが、ペニンシュラやサウスベイに住むなら車はないとかなり困りますし、アパートメントや携帯の契約のデポジット(預け入れ金)や、その他いろいろ考えたら、ある程度のお金はないと生活を立ち上げられません。
いずれにしても、一時的な滞在でなく仕事を見つけて生活を立ち上げるなら、なんらかの突破口は必要です。
日本にブランチのある会社に入社して本社勤務を希望するとか、逆にUSブランチのある日本企業に入社して駐在を希望するとか、TwitterやFacebook、LinkedinでUSの企業にコンタクトしてアピールするとか、すでにUS企業で働いている日本人と仲良くなるとか、なんのアテもなく普通に応募してみる等、方法はさまざまです。
筆者も昔、渡米して企業するより数年前に、オーストラリアにあるAPNICにメールで応募して、英語の電話面接をなんとか通過してブリスベンにあるAPNICオフィスに二次面接に行ったことがあります。面接自体は通過したのですが、給与条件があわなくて結局就職には至りませんでした。APNICは非営利団体なのでそれほど職員の給与が高くなかったのです。
今こそベイエリアへ出て行こう!
話を戻すと、そういった実際に渡米するためのハードルは、高くはないよとはいえ実際には高い部分もあるのですが、それでも今後のエンジニアは世界に出ていくことが必要だと思います。
実際に移住しなくても、日本にいてもFacebookやSkypeなどで海外のエンジニアたちと情報交換して切磋琢磨することもできますし、自身でサービスを作ってワールドワイドで展開することもできます。もちろん、目的と手段が逆転しては駄目で、理由もなくただ「海外でサービスをしたい」ではなく、明確な目的があって、日本に閉じていないワールドワイドなサービスを展開するのでなくては意味がありません。
そして、起業家ではないエンジニアの場合には、サービスを考えることも必要ですが、その技術力を伸ばす上で、英語力や海外とのコミュニケーション力が高いというのはもはや必須条件になりつつあります。
エントリレベルの情報や若干古い情報は翻訳したものでも手に入る可能性が高いですが、やはり最新の情報や、踏み込まないと必要にならない情報は、英語で存在している確率がかなり高いのは間違いありません。
また自身の成果も、日本語で公開するよりも英語で公開するほうが、より多くの人目に触れるという意味で、より良い情報公開になっていると言えます。というか、逆に自分の持つスキルがハイレベルになっていけば自然と、英語でないといけない状況が増えてくるのです。
目的と手段でいえば、英語はあくまで手段ですから、必要になって使うものです。オリジナルのドキュメントを読もうとすれば英語、ソースコードのコメントを読もうとすれば英語、レアケースのbugの事例についてMLを追えば英語、詳しい人に聞いてみようと思えば英語、最新の情報をTwitterとかで追うと英語、そんなケースは山ほどあります。
そして、誤解のないように言えば、こういった技術力に関する状況は「以前と同じ」なのです。別に以前から日本語で十分な情報が得られたわけでもないですし、最新の情報やハイレベルな情報が不要だったわけでもありません。ただ以前は、今ほどネットサービスというものがインフラ化していなかったため、そういったスキルは一部の限られた人がもつだけでも事足りていたという違いはあるかもしれません。
つまり、ここまでの内容を整理すると、英語が必要だと思われる理由として、
- ①ネットサービスが国という敷居を越えてワールドワイドであることが多くなってきている
- ②エンジニアとして極めていけば英語というものはいずれ不可避な要素である
の2つが挙げられます。①は以前と今で違うものですし、②は以前と今でさほど変わりません。
また、これに加えて周辺環境として、
- ③以前よりも日本から海外というかベイエリアに出て行きやすくなっている
という違いがあります。
つまり、エンジニアとして考えれば本来②が一番重要で、これは前から変わっていないのですが、①や③という変化がでてきたために、②を追求するのがより自然でかつ容易になってきていると言うことはできると思います。
最後に、筆者はたった2年ベイエリアにいただけですが、それでもその経験に基づいていくつかアドバイスするとしたら、
- 英語や世界に触れるのであれば、やはり現地、特にネットサービスならベイエリアに移住して、その環境の中に身を置くことには困難もあるがメリットもある
- 「行きたいから行く」だけではなく、渡米して働いて収入を得ることが、経済の発展や雇用の促進など、USという国にもメリットになることを心がける
- 今は以前と違って日本人がベイエリアに移住して働いている事例がどんどん増えてきて、またそういった人たちとソーシャルメディアで触れあうことができるのだから、そのチャンスをめいっぱい活用する
- そして、異国に住む以上は楽しいことだけではなくて大変なこともあるけど、へこたれない
ということが挙げられます。
ぜひ海外にも目を向けて、エンジニアとしての成長を追求してみてください。