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第5回日本におけるブロッキング

ブロッキング、ネット検閲、傍受という文脈で真っ先に思い浮かべるのは中国の金盾でしょうが、最近のインターネットでは、中国以外でもそれらが徐々に増加しています。日本も例外ではなく、来年4月から児童ポルノを対象としてISPによるブロッキングが行われる予定であると思われます。来年から開始すると言われているブロッキングですが、⁠ISPによる自主的な取り組み」というのが大きなポイントの一つです。

児童ポルノを取り締まるということそのものは正しいだと思いますし、通信の秘密とブロッキングに関して今まで非常に時間をかけて検討がなされてきたこともわかります。しかし、技術的な視点で言えば、今まで存在していなかったブロッキングの仕組みがISPに入ることになり、日本のインターネットに大きな変化が発生すると言えます。

この記事は、以下のような構成で書いています。

  1. フィルタリングとブロッキングの違い
  2. ISPによるブロッキングへの流れ
  3. 今年に入ってからの動き
  4. 一部ISPが来年4月から運用開始へ
  5. オーバーブロッキングの問題
  6. 児童ポルノブロッキングの後に続きそうな話を妄想
  7. その他、色々
  8. 最後に

フィルタリングとブロッキングの違い

この話題では、フィルタリングとブロッキングの違いを理解することが重要です。

フィルタリングは、ユーザの同意を得たうえで一定のサイトやURLに対するアクセスを遮断するものです。一方、ブロッキングは、ユーザ側の同意を得ずに一定のサイトやURLに対するアクセスを強制的に遮断します。

このように、ユーザ側の同意を得ているものをフィルタリング、得ずに強制的に行うものがブロッキングと呼ばれています。

ISPによるブロッキングへの流れ

日本におけるブロッキングは、突然湧いて出た話ではありません。インターネットインフラ屋界隈では今年に入ってから大きく話題になっていますが、流れとしてはそれ以前から続いています。

話題の中心は基本的にWebです。議論の大まかな流れとしては、携帯電話フィルタリングから始まり、PCを含むインターネットへのフィルタリング及びブロッキングへと向かっています。

携帯電話フィルタリング(2005~2007)

2005年6月に、政府の「IT安心会議」「インターネットにおける違法・有害情報対策についてPDF⁠」を公表しました。そこでは、集団自殺志願者募集サイトなどの違法・有害情報を念頭に、フィルタリングソフトの普及啓蒙、フィルタリング技術の開発、プロバイダ等による自主規制の支援に関して述べられています。

2006年9月に警察庁の「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」「携帯電話がもたらす弊害から子どもを守るために-これまでの審議から-PDF⁠」を公表しました。そこでは、携帯電話による子どもへの弊害が述べられています。それらの弊害に対処するために、携帯電話でのフィルタリングが重要であるとしています。

2006年11月に総務大臣から携帯電話事業者3社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル)及び業界団体である電気通信事業者協会に対して、未成年者が使用する携帯電話におけるフィルタリングサービスの普及促進に向けた自主的取組を強化するように要請しました。同日、総務省からの要請を受けた事業者3社と電気通信事業者協会は、フィルタリングサービスのさらなる普及促進を表明しました(参考:フィルタリングサービスの普及促進に関する携帯電話事業者等への要請(2006年12月、PDF⁠。

2007年12月に総務大臣が、携帯電話・PHS事業者(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、ウィルコム)と電気通信事業者協会に対して、フィルタリングサービス導入促進のために、18歳未満の既存契約者に対するフィルタリングの原則化と、不使用の場合には親権者の意思確認を行うことを要請しました。要請を受けた携帯電話事業者各社と電気通信事業者協会は、同日付で大臣要請を実施する発表が行われました(参考:青少年が使用する携帯電話・PHSにおける有害サイトアクセス制限サービス(フィルタリングサービス)の導入促進に関する携帯電話事業者等への要請⁠。

このような流れで、18歳未満に対する携帯電話でのフィルタリングサービスが原則化されました。

インターネットに関する議論 (2008~2009)

2007年に18歳未満のユーザに対する携帯電話でのフィルタリングの原則化が行われましたが、その次に話題の中心になったのがインターネットです。

2008年6月に青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律が国会で成立しました。この法律は、18歳未満の青少年に対する携帯電話フィルタリングの義務づけとともに、ISPが利用者の求めに応じてフィルタリングソフトやサービスを提供することを義務づけています(参考:INTERNET Watch: ⁠青少年ネット規制法⁠が成立、携帯事業者にフィルタリング義務付けなど⁠。

2009年1月に総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」最終取りまとめが公表されました。

同報告書では、諸外国での事例を紹介していますが、そこではブロッキングまでをISPに法的に義務づけている国は少ないとしています。別紙1-3PDFの97~98ページに以下のような文章があります。

このような背景から、日本においても「ISPの自主的な活動」としてブロッキングを行うことが、ISPに対して要請される方向性で議論が進んでいるのだろうと推測しています。 ⁠これはあくまでISPの自主的な取り組みですよ」という話になっているようです。 しかし、この「自主的な取り組み」というのはISPに重くのしかかっています。 たとえば、⁠通信の秘密を侵している」という訴えを起こされるのは各自の判断でブロッキングを行っているISPということになります。

2009年3月に警察庁の、平成20年度の報告書として総合セキュリティ対策会議がインターネット上での児童ポルノの流通に関する問題とその対策についてを公表しました。 この報告書は、児童ポルノ流通防止協議会によるもので、ブロッキングによって児童ポルノ流通を防止するための具体的な仕組みの提案も行っています。

今年に入ってからの動き

ISPによるブロッキングの話は、2010年に入ってから大きく動きました。同時に、インターネットインフラ界隈でもブロッキングの話題が急激に増えていきました。

アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン

2010年3月25日に児童ポルノ流通防止協議会が「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン案」に対する意見の募集結果についてを公表しました。2010年1月15日~1月29日まで行われた意見募集に対する対応などが公開されています。

児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドラインでは、アドレスリストの作成や対象に関して以下のように記しています。

ブロッキングに関する法的解釈

2010年3月30日に、安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループが児童ポルノ対策作業部会 中間発表 法的問題検討の報告を公表しました。

同報告書の4ページで、ブロッキングは通信の秘密の侵害となるという解釈が示されています。

しかし、例外的に通信の秘密を侵すことが許容される場合があることを6ページで述べています。

そのうえで、ISPによるブロッキングは正当業務行為とは認められないとしています。 OP25B/IP25B、DDoSへの対処、帯域制御などはネットワーク安定運用等に必要であるため正当業務行為と認められますが、ネットワーク安定運用等に必要というわけではないブロッキングは正当業務行為とは認められないとしています。 10~11ページに小括として以下のように記述されています。

次に「正当防衛」ですが、正当防衛と解することは困難であると述べられています

次に「緊急避難」ですが、報告書では児童ポルノは緊急避難に該当し得るとしています。20ページに以下のように記述されています。

最終的には以下のように総括されています。

個人的には、ISPによるブロッキングは緊急避難阻却事由により通信の秘密の保護を規定した電気通信事業法に抵触しないという検討結果がまとめられたのが非常に大きな影響を与えているという感想を持っています。 これにより、一気にブロッキング実現に向けた動きが加速したようにも思えます。

ただし、来年4月に多くのISPで一気にブロッキング導入が進むかどうかはわかりません。 阻却事由を公式に満足させるためには、業界によるガイドライン作成とその遵守が慣例となってていることもあり、通信関連4団体(電気通信事業者協会、テレコムサービス協会、日本インターネットプロバイダー協会、 日本ケーブルテレビ連盟)によるブロッキングのガイドラインが策定されるまでは、対応を保留するISPもありそうです。

日本インターネットプロバイダー協会の見解

2010年5月18日に、日本インターネットプロバイダー協会(JAPIA)が見解を発表しました。

児童ポルノブロッキングについての当協会の見解

要約すると以下のような内容となっています。

  1. 安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループで、児童ポルノに関するブロッキングと通信の秘密の保護を規定した電気通信事業法に関しての整理が行われた
  2. ISPがブロッキングを行うかどうかは、各自で判断をする問題
  3. ISPがコンテンツに対して個別に児童ポルノであるかどうかの判断はできないので、第三者機関が必要
  4. 児童ポルノブロッキングを実現するには多大な負担が発生する。ISPのみにその負担をおしつけないで! ⁠参考:INTERNET Watch: 児童ポルノのブロッキングリスト作成・運用に年間3000万円との試算結果
  5. 児童ポルノ以外にブロッキングを拡大されるべきではない

さらに、最後の方に拡大に関する懸念が詳しく述べられています。

「発見しだい即時遮断」

2010年6月2日に、⁠発見しだい即時遮断」という報道による誤解について日本インターネットプロバイダー協会が声明を公開しています。

インターネット接続サービスをご利用の皆様へ

その声明は、以下のような文賞で始まっています。

報道も一部加熱していたようです。

犯罪対策閣僚会議

2010年7月27日に、内閣府の犯罪対策閣僚会議が児童ポルノ排除総合対策を公表しました。

その中で、ISPによるブロッキングに関して述べられています。

仮想環境で2011年3月まで実験中

現在、実際にブロッキングをISPで行うための試験運用が行われています。 ブロッキングを行うことを検討しているISPが試験運用に参加できるというものです。 この試験運用は2010年9月から2011年3月までです。

INTERNET Watch: 児童ポルノのブロッキング、ISPはやらなきゃダメ? 近く試験運用開始

このように、日本のインターネット上でブロッキングを行うための環境が2010年後半に、ほぼ揃いつつあります。

一部ISPが来年4月から開始へ

このような流れの中で、来年4月には自主的に取り組みとして一部のISPが2011年4月にブロッキングが開始すると言われています。直接関係あるかどうかはわかりませんが、今のところ、ぷららがブロッキングに関するプレスリリースを出しています。

ぷららと言えば、Winny遮断を開始して総務省から違法性を指摘された事件を思い出す方々も多いと思います。 実際、今回のブロッキングの話題がネット上で語られるときに、Winny遮断の事例を出す人がいます。

ぷららは、2006年にWinny遮断を行おうとしましたが、通信の秘密の保護を定めた電気通信事業法に違反していると総務省が見解を示し、一度実施を中止しています。その後、ユーザがWinnyのブロッキングを選択可能である形でサービスが提供されました。

2006年当時は遮断に関する発表直後に計画を変更するという事態になっていましたが、今回のブロッキングに関しては事前に総務省や警察庁と調整のうえ行われているので、2011年4月にブロッキングを開始したとしても、同様な状況にはならないだろうと思います。

今回は時間をかけて法的解釈等が議論されていますし、どちらかというと粛々とブロッキングの実績を作るための作業が進められていくという形になりそうだというのが感想です。

オーバーブロッキングの問題

ブロッキングには、オーバーブロッキングの問題があります。

たとえば、DNSブロッキングを行った場合、児童ポルノであると判定されたコンテンツと同じホスト上にある他の全てのコンテンツがブロックされてしまいます。複数の組織や利用者が巻き添えを喰らってブロックされてしまうこともあり得ます。

そのような問題は実際に発生しています。 今年の7月に行われたJANOG26で楠正憲さん@masanorkがフィンランドでのオーバーブロッキングの事例を紹介していますJANOG26 ブロッキング⁠。

JANOG26で紹介された事例は、まさにオーバーブロッキングそのものでした。xdvi日本語化のページが、オーバーブロッキングによってフィンランドでは見られなくなっているという事例です。

ブロック対象となっている日本のホスト名がリストにあるのですが、そのホスト内には、たとえば「xdvi日本語化・機能拡張パッチ」というページがあります。 しかし、そのホスト名と一緒に「ロリ」という単語で検索を行うと、検索結果から削除されているページがあるので、何かがそこにはあるのだろうとのことでした。

このように、同じホスト内に複数のコンテンツが存在しているときに、一気にホスト単位でブロックされてしまうという事例があります。

児童ポルノブロッキングの後に続きそうな話を妄想

来年から日本においても一部のISPでブロッキングが運用開始されそうですが、恐らくそれはゴールではなく始まりであると妄想しています。

一度ブロッキングの仕組みが出来れば、その仕組みを活用して著作権侵害コンテンツを即時遮断すべきだという主張が登場するのは時間の問題だろうと思います。アメリカで、著作権侵害コンテンツを掲載するホストをインターネットから遮断するという内容を含む法案を出そうとしているという記事が11月にありましたが、こういった試みは今後世界中で増えそうです。

そして、ブロッキングの仕組みが既にあるのであれば、それを著作権侵害コンテンツに対しても使いたくなる人が多く発生するのだろうと推測しています。そのため、そのような法律を作ろうという動きも出てきそうな気がしています。

法的検討を行った、安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループの報告書では、その法令そのものが通信の秘密の保護及び検閲の禁止を規定した憲法21条2項に反しないものであることが前提であるとしつつも、法令に基づく正当行為であればISPによるブロッキングは可能であるとしています。

さらに、著作権侵害だけではなく、名誉毀損等に関してもブロッキングの仕組みを適用させたい人々が登場するものと思われます。たとえば、東京都が独自に条例を作ってISPに対して「自主的な規制が条例を遵守するように」と強く要請するということが発生するかも知れません。JAIPAの発表資料でも懸念が示されていますが、このような感じで、⁠ISPによる自主的な取り組み」に対する要求は、際限なく広がりそうだという感想を持っています。

その他、色々

  • 非実在青少年が登場するアニメがいつのまにかブロッキングされたりするのだろうか?ただし、その場合は緊急避難に該当しないので、どういう解釈になるのだろうか?
  • 不特定多数のユーザによるコンテンツ投稿を許すCGM(Consumer Generated Media)は時間をかけて徐々に存続が難しくなるかも
  • CGM上で行われる著作権侵害行為に対抗するために、児童ポルノを理由としてCGMサイトに対するブロッキングを行うという方法も可能になりそう
  • DNSブロッキングは基本的にISPのDNSキャッシュサーバで行うけど、Google Public DNSを使えばユーザはDNSブロッキングを回避可能?
  • DNSポイズニングによるブロッキングや、ハイブリッド方式など、ブロッキングを行う製品は今後増えるだろうし、その技術はこれから急激に発展しそう
  • DPIやブロッキングは世界的に大きなマーケットになりそう。言い換えると、世界中がそういう方向に動いているように見える
  • 検索エンジンの表示結果からの児童ポルノの削除は、インターネット・ホットラインセンター(IHC)の提供している情報を検索エンジン側が自主的に受け取る形で既に行われています。これはフィルタリングソフト会社に対するURLリストのフィードと同じ仕組みです。海外では、GoogleがNCMEC(National Center for Missing & Exploited Children)やIWF(Internet Watch Foundation)からのリストを基に検索結果からの削除が行われています。⁠参考1:Official Google Blog: Building software tools to find child victims, 参考2:IWF Members

最後に

今まで速度やアクセスの向上が主軸だったインターネットのインフラの発展ですが、最近は外部から要求される「機能」が徐々に変わりつつあり、その結果、10年前の「インターネット」と10年後の「インターネット」は大きく異なるものに変化してそうな気がしてならない今日この頃です。

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