突入
「お義姉さん!」
「あら、真由ちゃん!久しぶりねぇ。…髪切ったのね!」
あれ? 様子が変だ(笑)。
「実は、お義姉さんにプレゼントがあるの」
「まあ!何かしら?」
と、ショートの女性=義妹の真由はウェディングドレスのカタログ写真を取りだした。
「え…?これって?」
「実は、きみには内緒だったんだけど、真由に協力してもらってドレスをピックアップしてもらったんだ。……結婚式のために」
「え?え?結婚式?」夫人はめちゃめちゃ面食らっている。
しかし探偵事務所の三人には、そろそろ展開が読めてきた(笑)。
「真由の発案なんだ。結婚式、そろそろ挙げたらどうか、ってね」
「わたしの進学とかのことで、いっぱい面倒かけたのに何も恩返しできてなくてお義姉さんに申し訳なくて…」
おもむろに伊波羅がマシンを持って立ち上がり、現場に突入した。二人も後に続く。
「お邪魔してます」
「ん?この方たちは?」
夫人はあまりのことに言葉が出てこない。かわって伊波羅が、
「お宅のパソコン、調子が悪いようで、その調査にうかがったのです」とフォローに入る。
「ああそうですか。ご苦労様です」
「ところで奥さん、見つかりましたよ」
伊波羅はパソコンの画面を夫人に示した。思いがけずウェディングドレスを試着して「嬉しそう」な真由の写真。綺麗なドレスを目の前にして、つい自分も試着してみたくなったのだろうか。
「よかったですね」と伊波羅はすぐにイメージを閉じた。
「……ええ。ありがとうございます」伊波羅の言葉に夫人はようやく、気持ちの落ち着きどころを見つけたようだった。
残された謎
「結局あのメール、結婚式サプライズのやり取りだったってことかあ」
結婚式のプランで女性陣が華やかに盛り上がっている別室から離れて、今日香と健二は撤収の準備中だった。
「そうね。厳密にはどうとでも読める文面だったわけだけど、思いこみで読んじゃいけない、ということよね」
「しかし、浮気じゃなくて良かったよ。奥さん幸せそうだったし」
「健二があのとき顔を撮ってさえいれば、こんな大騒ぎにならなかったのよ」
「そうは言うけど、後つけながらの写真撮影って難しいんだよお」
「あの、吉沢さん」夫人が顔を出した。
「もし良ければ、わたしたちの結婚式、出席していただけませんか?」
「ええ?良いんですか?」
「もちろんですよ。そちらの「彼氏」もぜひご一緒に。伊波羅さんもご都合が良ければ…」
「あれ?そういえば伊波羅さんどこに行ったの?」
聞かれた健二は茶菓子の片づけに忙しく(笑)、ただ首を縦に振るだけだった。
「ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」と、台所で皆井氏を前に伊波羅は切り出した。
「妹さんに渡されたデータはこれですか?」
伊波羅自身のノートパソコンの画面を示す。妹の真由が各種ウェディングドレスを着て映っているイメージが、折り重なって表示されている。
「そうです。妻のを選んでいるうちに、自分の分も、とか言いながら妹が試着ショーをやり始めてしまいまして(笑)、それを撮影しました。まだ相手も居ないのに…」
「画像データが8個ですね。みんな同じデジカメで撮影されたものみたいですね」
「ええ。ドレスの写真を撮るので持って行ったものです。持ってきましょうか?」
「あ、いえそれには及びません。……差し支えなければ教えていただきたいんですが、このデータだけ大きさが違いますね。なぜですか?」
「……解像度が違うんじゃないですかね?デジカメまだ買ったばかりで操作に慣れないもので、設定ミスったのかも」
たしかに、解像度や圧縮率が異なると、データのサイズはかなり異なってくる。それに、見たところそのデータだけ解像度が大きくなってはいるようだ。しかし……
「実は、大きな方のデータをこのツールで読み込んでみたんですよ。これ、ステガノグラフィって言うんですけどね」
伊波羅はおもむろにステガノグラフィのツールを起動して、突出して大きくなっているファイルを読み込ませた。すると、パスワードを聞くダイアログが出現した。
「パソコンの中に、このツールが入っていた痕跡がありましてね。撮影時にひとつだけ解像度を変えるというのも妙だと思って、さきほどちょっと調べてみたんです」
「…そ、そうですか」
伊波羅は皆井氏に向き直った。
「皆井さん、わたしは警察ではなく、ただの探偵です。ですから、喋りたくないことがあれば、もちろん何もおっしゃらなくて結構ですよ。しかし、もしよろしければ教えていただきたいんですけど、皆井さん、もしかしてかなり危ない橋を渡ろうとしていませんか?」
皆井氏は沈黙したままだ。
「最近、『告発』とか『データの不正操作』とか、そういう単語が書かれた文書を作成されませんでしたか?」
伊波羅の声音はあくまで穏やかだ。しかし皆井氏は答えようとしない。
「妹さんは雑誌の記者さんでしたよね?」
黙っている。
答えられないのかも知れなかった。
真相は写真の中に
「…そうですか。では、今の話は聞かなかったことにしてください。あ、依頼人の秘密は絶対漏らしませんのでどうぞご安心を」
「待ってください!」
堪えかねたように皆井氏が伊波羅を呼び止めた。
「…い、妹はまだ、何も知りません」
「そうですか。でもデータは渡されたんですよね?」
「ええ。でもまだあのデータに何かが入っているということは言ってません。妹には……、わたしが逃げてから知らせるつもりでした」
「内部告発ですか?」
「ええ、実はウチの会社の製品に欠陥が見つかったんですが、その調査報告データの不正操作に偶然気づいてしまったんです。その証拠となるようなデータを集めて、何かあったときのために保管しておいたのですが、欠陥のせいで被害に遭われた方のことを考えるといたたまれなくなりまして、それで告発しようと……」
「なるほど。……もしかして、結婚式を挙げようというのも、逃げる前にせめて、ということなんですか?」
皆井氏は黙って頷いた。
「妻には苦労かけっぱなしでしたし、わたしが居なくなるとその後もつらいことになりそうですので、離婚を考えていました。その前に思い出だけでも、と思いまして…」
皆井氏を見る伊波羅の視線は柔らかい。
「しかし、内部告発するのなら、リークしたデータから身元がわからないようにしないと危ないですね。皆井さんが告発したと誰にも知られないようにする方法が……」
「えっ!そんなやり方があるんですか……」
--だんだん音声が遠くなって、会話の最後は聞き取れない。同時に二人から視点も遠ざかっていく。まるでヒッチコックである(笑)。
エピローグ
数ヶ月後。
今日香と健二、そして伊波羅は例によって喫茶ハニーポットでお茶していた。結婚式帰りである。
「ステキな結婚式だったわねえ」
「いやほんと。ご飯も美味しかったしなあ」
「ウェディングドレス、綺麗だったわあ」
「デザートも最高だったよね」
「……あんたはもー、食べ物のことしか言えないの?」
健二の相変わらずの食い意地に今日香は「台無し」気分である。まったく、この食い意地はウチの妹と良い勝負だわ……
「そういえばこないだ、あのダンナさんの会社の調査データ不正操作が新聞に出てましたよね」健二は最近、かわすワザも上手くなってきた。
「そうそう。あれどう見ても内部告発っぽいんだけど、結局誰が告発したのかわからないみたいね」
伊波羅はゆっくりティーカップを置いた。
「まあ、今は告発のやり方を間違えなければ、ちゃんと保護されますしねえ」
「そうなんですか?」
「あーでも、前に告発制度というか告発した先が会社からの問い合わせに応じちゃったとか、そういうどうしようもない例もありましたよね」
健二は意外なところで物知りだったりする。
「それって「告発制度」とは言えないわよね」
「少なくとも、内部告発者を「保護」はできてないですかねえ」
「……でも、皆井さんは全然関係なさそうでしたよね。部署とか違う話なのかな?」
「会社は痛手でしょうけどねえ」
今日香はそっとカップを置いた。
「……そういえば、あんたさっき真由さんにさかんに話しかけてたよね?何の用事だったの?」
ギクリとなる健二。実にわかりやすい。
「……電話番号とかメアドとか、聞 い て ど う す る の ?」
「い、いやあのその…」さすがの健二も、このド直球はかわしきれないようだ。
「ごめん!」と言い捨てると、ぴゅっと逃げ出す健二。「くおら!」それを追いかける今日香。
伊波羅は黙って新聞を読んでいる。どこかのどかな、ハニーポットのいつもの光景だった。