IPv6対応への道しるべ

第6回IPv4アドレス─移転か返却か

IPv4アドレスのIANA中央在庫が枯渇してから1年が経過しました。

各事業者が事業拡大のために必要なIPv4アドレスを確保できなくなる「本当の枯渇」が徐々にはじまりつつありますが、そのような状況下でIPv4アドレスを確保する方法の一つに「移転」および移転に伴う金銭的取引き伴う通称「IPv4アドレス売買」があります。

一方で、IPv4アドレス保持者が持っているIPv4アドレスを「返却する」という動きもあります。

第6回は、IPv4アドレスを移転すべきかそれとも返却すべきかに関して、NECビッグローブの川村聖一氏、日本ネットワークインフォメーションセンターの川端宏生氏、奥谷泉氏にお話を伺いました。

返却されたIPv4アドレスは現在「埋蔵中」

─⁠─川村さんは、先日開催されたJANOG29で返却されたIPv4アドレスの扱われ方を質問されたり、JANOGメーリングリストで移転という選択肢をもっと知ってもらった方が良いのではないかという問題提起をされていますが、それに関して教えてください。
JANOG29: IPv4アドレス移転の実際
URL:http://www.janog.gr.jp/meeting/janog29/program/addrxfer.html

川村:まず最初にJANOG29で質問したIPv4アドレス返却に関してですが、現時点のルールでは、返却されたIPv4アドレスがいつ再分配されるか不明です。IPv4アドレスが返却によって「埋蔵」されているような状態です。

次に移転に関してですが、今の現状って、仕組みがあって、それをどう使って行くのかが宙ぶらりんになっている状態だと思います。こうなることはわかってはいたのですが、仕組みを作るだけで終わってしまっていたり、ポリシー作成側もコンセンサスに達することが難しかったです。

NECビッグローブ 川村聖一氏
NECビッグローブ 川村聖一氏

まずは枠組みを作りましたと。で、次はどうやって、そもそも移転を促進させるのか、移転を普及させるのか、今まで「IPアドレスは使わなくなったら返却しましょう」という一般概念があって、それを変えてしまうかもしれない移転という選択肢が出てきたという状況です。

この状況を指定事業者やユーザがどうやって考えて行くのがいいのかという議論が今後は必要だと思います。

川端:APNICフォーラムでのIPv4アドレス移転ポリシーに関する議論の際には、IPv4アドレスの闇取引を防ぎ、IPアドレスの分配先を登録するという従前からのレジストリの役割を維持するために必要だという雰囲気がありました。JPNICにおいても同様の考え方のもと、移転ポリシーを適用するための検討が行われてきました。

この1年でアドレス売買への“空気が変わった”

奥谷:レジストリとしてやろうとすることと、コミュニティが必要とすることってやっぱり少し違うと思います。レジストリはデータベースが維持されるというのが非常に大きなポイントですが、コミュニティにとっては必ずしもそうではない。たとえば、ARIN地域では、コミュニティから「⁠⁠移転元と移転先に関する)リスティングサービスを提供して欲しい」というリクエストがあって、それに対応するポリシーが作られました。

IPv4アドレス移転のためのマッチングまでを行うのはレジストリの役割を踏み越えているので、JPNICからそういった提案をするのは難しい。しかし、日本ではコミュニティから提案が出ていないので、今のところはそういったポリシーはない状況です。

川村:コミュニティ側でどのようなものが必要であるかをちゃんと議論して明確にしていくというプロセスが非常に大事だと思います。しかし、これまでのところ、それが今までやれていなかったというのは、そういった仕組みがあるんですよというプロモーションが足りていないという側面もあるとは思います。

川端:APNICやJPNICにおいて移転ポリシーに関して議論をした際に、今回のような議論がもっとできていればよかったなと思うことはあります。

川村:当時は、まだリアリティがなかったのかも知れません。

─⁠─IPv4アドレス移転に関しては情報通信業界内での雰囲気が変わりましたよね? 1年前ぐらいは「IPv4アドレス売買なんてとんでもない」という雰囲気に溢れていましたが、いつの間にか推奨するような雰囲気を感じます。いつの間にか雰囲気が真逆になってます。

川村:真逆ですね。IPv4アドレスが本当にないんですから(笑⁠⁠。

川端:2011年4月15日にAPNICの通常在庫が枯渇しましたが、通常在庫の枯渇以降にIPv4アドレスの追加割り振りが受けられなくなり、サービスを提供し続けるためにIPv4アドレスをどうやって確保するか、ということを考え始めている事業者が増えてきているのではないかと思います。

当時は実感がなかったのかもしれません。ようやく「他人事ではない」という意識をもつ方が増えてきているのかなと思います。

川村:必要が差し迫っているから、こういう動きになっているんだろうなと思います。

奥谷:あと、日本固有の事情もあると思います。アジア太平洋地域の中では日本の状況はちょっと特殊です。世界的に見ても特殊と言えるかもしれません。

歴史的経緯を持つプロバイダ非依存アドレス(歴史的PIアドレス)が多く存在しているのは日本とアメリカですが、アメリカが所属しているARINでは、まだIPv4アドレスは枯渇していません。

一方、アジア太平洋地域のAPNICではIPv4アドレスの通常在庫が枯渇しているのですが、歴史的PIアドレスが多いのは日本とオーストラリアだけです。そういった背景もあり、APNIC地域でのポリシー策定は「だいたいみんなそんなに返却しないだろう」という前提で作られています。

─⁠─現状で、どれぐらいのIPv4アドレスが返却されましたか?
日本ネットワーク
インフォメーションセンター
川端宏生氏
日本ネットワークインフォメーションセンター 川端宏生氏

川端:過去1年半の総量ですが、JPNICからIPアドレス管理指定事業者への在庫枯渇前の約1~2ヵ月分の割り振りサイズに相当するIPv4アドレスが返却されてきています。

川村:それを少ないと見るか多いと見るかは人それぞれですねー。言い方を変えると、大規模ISPの1年分ですよ。

アドレス再配布への課題

─⁠─返却と移転に関して、実際のIPv4アドレスを割り振られた側の意見としてはどのようなものがありますか?

奥谷:JANOGメーリングリストでの議論は二手に分かれている気がします。まず、返却される前に移転された方が良いという意見がある一方、歴史的PIアドレスの割り当て先組織の意見は、移転という面倒なことをするよりもJPNICに返却してしまいたいというものです。たとえば大学で担当部署の方が自分から移転先を見つけたうえで、価格等の交渉も行うことは、最終的に収入があったとしても逆にそれが面倒だという場合もありそうです。実際、面倒なことをしたくないと思っている場合は、JPNICに返却するのが最も簡単だと思います。外から強い移転への働きかけがあれば対応するかもしれませんが、⁠返却したい」と思っている組織が自発的に移転を選択しない可能性も考えたほうがよさそうです。

これは個人的な意見ですが、わざわざ誰がIPv4アドレスを必要としているかを探したうえで、自分から積極的にコンタクトをとって移転を行うことを返却側に求めるのは現実的には難しいだろうと思います。やはり必要としている側が何らかの形でコンタクトを取っていただく方法を考えられるとよいので、今後こういった方法についても議論できればと思います。

川村:今の返却側のモチベーションとしては、これからお金がかかるからIPアドレスを手放したいのであって、それで売りたいと考えているわけではないんです。PIアドレス(Provider Independent Address:プロバイダ非依存アドレス⁠⁠、PAアドレス(Provider Aggregatable Address:プロバイダ集成可能アドレス)に関係なく、持っているだけで保有サイズの維持料がかかるので、⁠だったら返します」と思うのではないでしょうか。

返却したいという人がいて、そのときに移転という選択肢があるのを知っていて返却を選んでいるのであれば、それは仕方が無いのですが、そうではなく移転という選択肢を知らないだけであれば、それを伝えて行くのが良いのかなと考えています。

現在、枠組みはあるのですが、それをどうやれば使いやすくなるのかに関してコミュニティ内で話あうのも良いのではないかと思います。

─⁠─今のところの再割り振りの可能性が低いという前提があるのですよね? もう少し詳しく教えてください。
日本ネットワーク
インフォメーションセンター
奥谷泉氏
日本ネットワークインフォメーションセンター 奥谷泉氏

奥谷:はい。今のところのポリシーでは、最後の/8ブロックからの分配ポリシーに基づいて処理されます。ただし、返却されたアドレスがその在庫に収容されたとしても、まだそのための在庫がほどんど残っている状態なので、使うとしてもかなり先になりそうだと思います。

─⁠─返却されたIPv4アドレスがJPNICのIPv4アドレス在庫に戻されたとしても、最後の/8ブロックからの分配ポリシーに基づくと、各法人は/22を上限とするアドレスサイズしか[3]割り振りを受けられませんが、事業継続のためにIPv4アドレスが必要な法人はすでに最後の割り振りを受け取ってしまっているはずなので、新たに法人を設立して取得しなければならないという状況になってしまいませんか?

今までIPv4アドレスの割り振りを多く受けていた人々は、初めてIPv4アドレスを割り振られる人々ではなく、以前から何度もIPv4アドレス割り振りを受けて事業を拡大してきた人々であると思うと、最後の/8ブロックからの分配ポリシーで運営されると「一番多く必要とする人々は受け取れない」という状況になりそうだと思います。

川村:現時点での最後の/8からの割り振りは0.05%ぐらいなのですが、103/8って経路の数がもの凄いです。経路テーブルのほどんどが/22か/24なので、見ていると涙が出てきます。これは痛いと。

川端:単純に計算すると、約16,000件程度の/22割り振りが可能です。最後の/8在庫からの/22割り振りが終了すると、その時点までにAPNICに返却されているIPv4アドレスからの/22割り振りが始まることになっています。

─⁠─返却されても必要な人々には渡らない可能性が高いということですね?

川村:新しい法人を立ち上げて取るというのも、IPアドレス管理指定事業者[4]にならなければならないので、それにお金がかかります。法人を設立して、IPアドレス管理指定事業者になったうえで、申請が通って初めて受け取れるのが/22なので、苦労の割に受け取れるIPv4アドレスが小さいです。事業をやっていると、そのような小さいアドレスブロックでは足りないと思われます。

画像

日本だけでは解決できない問題

─⁠─ただ、最後の/8ブロックからの分配ポリシーが現状のままである限りは、これまでIPv4アドレスを多く申請してきた人々のところには、返却されたIPv4アドレスは絶対に割り振りされないことだけは保証されるわけですよね? しかも、最後の/8ブロックからの分配ポリシーは一気にIPv4アドレス在庫がなくならないためにあるものなので、それが近い将来に劇的に緩和される可能性が低いと思うと、返却されたIPv4アドレスはブラックホールに吸い込まれるようなものなんですかね?

川村:インドなどではそもそもIPv4アドレスが全く足りていません。日本一国の事情で、国内で必要だからといってポリシーを緩和するというのは難しいと思います。

─⁠─それは、JPNIC独自に何かをしてしまうと、それがAPNICやARINなど他の組織にも影響を与えるということですか?

川村:最後の/8ブロックからの分配ポリシーを改訂しようと思うと、それはJPNIC内ではできなくて、APNICでのポリシーをまず改訂しなければならなくなります。そのため、JPNICコミュニティ内でどうにかしようと思ってできる問題ではありません。

川端:IPアドレスのポリシーには、JPNIC単独で実装することの可能なポリシーと、JPNICを含むAPNIC地域全体で実装することの必要なポリシーがあります。最後の/8在庫からの分配については、APNIC地域全体で実装することの必要なポリシーに該当します。APNIC地域全体で実装することの必要なポリシーを変えるためには、APNICでの議論が必要となってきます。

奥谷:最後の/8ブロックからの分配ポリシーを改訂するのが不可能というわけではなく、制度上は改訂は可能です。仕組みとしては変えられます。ただ、問題は地域全体の合意できる内容が作れるかどうかということだと思います。

川村:最後の/8ブロックからの分配ポリシーも3年ぐらい議論しましたからね。結構かかりました。

奥谷:IANA中央在庫からRIRへの最後の分配に関するポリシー[5]とセットだったので、それもあったと思います。カウントダウンポリシーが決まってからは1年ぐらいでしたかね。

─⁠─最後にひとことお願いします。

川村:最終的に移転をするのか返却をするのかの判断をするのは、IPv4アドレスを持っている組織になるので、それに関しては他者が口を出す話ではありません。しかし、返却されるとどうなるのかと、移転という選択肢があるという事に関しては、知っていただいても良いと考えています。

川端:JPNICから直接分配を受けているIPv4アドレスの管理方法を、関係する方々に広く知らせていく必要があると考えています。

IPアドレス管理指定事業者の担当者であれば、IPv4アドレス移転制度について非常に理解されているのですが、歴史的PIアドレスの割り当て先組織の担当者の方々にはまだ周知不足の部分もあります。歴史的PIアドレスの割り当て先には、インターネットに関わらない業種の組織も多く、IPアドレスの登録情報の管理については全くの初心者、という方から問い合わせをいただくことも増えてきています。

奥谷:選択肢があることを周知するのことは前提として大事ですが、その先実際にどの選択肢が選ばれるのかはまた別の課題として整理したほうがよいと思います。どのような方法が有効なのかは、今後議論が必要なテーマだと考えています。

─⁠─ありがとうございました。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧