仮想化技術の進展により、レンタルサーバ・ホスティングサービスの新たな形態である「VPS(Virtual Private Server)」が急速に広まっています。1台のサーバを複数のユーザで利用するのは従来のレンタルサーバと同様ですが、大きく異なるのは仮想化技術を使って1台のサーバが複数の仮想サーバに切り分けられているという点です。これにより、低価格でありながら専用サーバと同等の自由度の高い運用が可能な点が大きな特徴となっています。
今回、レンタルサーバ・ホスティングサービスにおいて絶大な人気を誇るさくらインターネットが、「さくらのVPS」としてVPSを本格的に展開すると発表しました。今回、同社の代表取締役社長である田中邦裕氏にインタビューし、さくらのVPSが誕生した経緯、そしてサービスの特徴などを伺いました。
「劣化専用サーバ」発言からサービス提供への理由
VPSについて、かつて田中氏が「劣化専用サーバはやらない」と発言したこともあり、同社からVPSサービスが提供されると聞いて驚いたユーザーも多いのではないでしょうか。田中氏は、こうした考え方の背景には、インフラからサーバまでを一気通貫で提供できるさくらインターネットの強みがあったと話します。
- 「さくらインターネットの強みは、データセンターやサーバ、ネットワーク構築まで自社で対応している上、サーバ自体の設計まで行えるといった部分にあります。この強みを活かせば、仮想化技術を使わなくても低価格でハードウェアを提供できるという考えがありました。また、仮想化技術は種類が限られているため、他社のサービスと差別化しにくいことも、VPSサービスに消極的だった理由の1つでした」
レンタルサーバ、ホスティングサービスの競争が激化する中、ハードウェアの価格の限界を突破して安価なサービスを提供する事業者も現れたと語り、こうした競争環境の変化、そして何よりユーザニーズの変化に対応するため、VPSサービスに踏み切ったと言います。
- 「現状を見ていると、ユーザの納期に対する感度が上がってきているという現状があります。それこそ、サービスを申し込んだら5分後や10分後には使いたいというものです。低価格で短期間で提供できるサービスを提供するには、仮想化技術を使いつつ、さくらインターネットの強みを活かしたサービスの投入が不可欠だろうという結論に至りました」
同社において仮想化技術が蓄積されていたことも、サービス提供に至った理由の一つとのこと。
- 「さくらインターネットでは、一昨年前からKVMを利用して古いサーバの集約・統合を始めていました。これによってサーバ仮想化に対するノウハウが蓄積されており、こうした経緯から仮想化技術を使ったホスティングサービスが提供できるのではないかと判断しました」
では、具体的にどういったサービスに仕上がったのでしょうか。続けてさくらのVPSの特徴を見ていきたいと思います。
さくらのVPSの特長
さくらのVPSにおいて、まず注目したいのは月額利用料がわずか980円という安さです。
田中氏は、「海外の低価格VPSサービスと比べても、非常に低価格なサービスにできたと考えています。特にさくらインターネットの場合、自社でバックボーンを持っているため、転送量について制限を設けていないのも特徴です」と、単に安価であるだけでなく、転送量制限の不安がないこともメリットとして挙げています。
さらに単に安価であるというだけでなく、完全仮想化技術を使った「KVM(Kernel-based Virtual Machine)」の採用や、高いハードウェアスペックを使ったマシンを利用している点にも注目すべきでしょう。
1台のサーバを複数の仮想サーバに分割する仮想化技術は、大きく「完全仮想化」と「準仮想化」に分けられます。完全仮想化は独立したプラットフォーム上でOSを実行する方法であり、基本的に仮想サーバ上で動作させるOSを選ばないのが特徴となっています。一方準仮想化は仮想環境用に手を入れたOSを実行するもので、プロプライエタリなOSは利用できないなど制限が生じてしまうのが難点であると言えます。
さくらのVPSが仮想環境として選択したのは完全仮想化方式であり、Linuxカーネルに標準搭載されているKVMが使われています。これにより「提供されているOSを自由に運用できる」だけでなく、「OS自体を入れ替えることが可能」という柔軟性の高いサービスを実現しているのが特徴です。
- 「商用の仮想化ソフトウェアはライセンス料が発生する上、専用サーバと同じように使えてさらにいいサービスに仕上げるという面においてプロプライエタリであることがネックになる可能性がありました。こうしたことから、さくらのVPSで選択したのがKVMです」
単に安価なだけでなく、ハードウェアスペックの高さにも注目です。仮想サーバのCPUは2コアで、メモリ容量は512MB、ストレージ領域も20GBが割り当てられています。大きなデータベースを構築するなど、極端にリソースを要求する用途でなければ必要十分なスペックと言えるのではないでしょうか。
単に個々の仮想環境のスペックが高いだけでなく、それを物理ハードウェアが高スペックであることもさくらのVPSのメリットと田中氏は説明します。
- 「多くのVPSサービスは、実メモリよりゲストOSに割り当てたメモリの合計の方が多いというのが基本で、パフォーマンスの低下につながるオーバーセリング状態となっています。しかしさくらのVPSの場合、現物理メモリ量の7~8割しかゲストOSに割り当てていません。KVMでは空いているメモリ空間をディスクキャッシュとして利用するため、余裕があればそれだけディスクアクセスの高速化につながります」
当然、ユーザがOS上でスワップ領域を拡張することも可能で、この場合にも大容量のメモリが実環境に搭載されているメリットが大きな意味を持ちます。ゲストOS上でスワップしたとしても、それがHDDに書き込まれず、実環境のメモリにとどまる可能性もあるからです。つまりゲストOSのスペック上は512MBですが、実際にはそれ以上のメモリ空間を利用できる可能性があるというわけです。こうした点を見ると、「同等スペックの専用サーバよりも高いパフォーマンスを提供できていると考えています」という田中氏の言葉にも十分頷けます。
単に仮想化環境を提供しているだけでなく、それを効率的に利用するためのコントロールパネルを提供しているのも、さくらのVPSの強み。特に注目したいのは、Webブラウザ上から利用できるシリアルコンソールを用意している点です。
このシリアルコンソールが提供されていることにより、ネットワークに接続されていない状態でOSの設定を変更したり、OS自体をユーザがインストールしたりするといったことも可能にしています。自由にサーバを「いじりたい」ユーザにとって、シリアルコンソールが提供されている意味は極めて大きいと言えるでしょう。
このシリアルコンソールの提供には、田中社長もこだわっていた部分だと言います。
- 「コンソールは完全仮想化環境でなければ実現が難しく、実際コンソールを提供していないサービスも珍しくありません。しかしさくらのVPSでは、完全仮想化方式を採用することでシリアルコンソールの提供を実現しているため、OSの再インストールや異なるOSのインストールなどが可能です。これにより単にroot権限を提供するのではなく、ハードウェアとしてのサーバを利用するといった使い方ができるようになっています」
さらに注目したいのは今後の発展です。特に期待したいのは、VNCコンソールの提供です。
- 「最初のリリース段階ではシリアルコンソールのみとなりましたが、実はVNCコンソールの実装も進めており、近いうちに提供する予定です。これを使えばX-Windowも動かすことが可能になり、グラフィカルな画面を使ってOSをインストールすることも可能になるでしょう」
そのほか注目したいのは、他のOSの提供も順次進めていく予定としている点です(※)。現在でも田中氏のブログ、あるいはさくらのVPSユーザのブログなどにおいて別OSをインストールするための手順が紹介されていますが、今後はより簡単に利用するOSを選択できるようになることでしょう。これは大いに期待したいサービスです。
- さくらのVPS
- URL:http://vps.sakura.ad.jp/