連載継続にあたって
これまでは「サーバ運用の実践テクニック」として実例中心のノウハウを紹介しましたが、今回からは筆者が仕事をするにあたって「こういう知識を持っておいたほうがいいな」とか「もっとこういう分野の勉強をしておけばよかった」と思ったことを中心に紹介していきたいと思います。
今回は「エンジニアと英語」というテーマで、就職時の採用条件に「英語必須」などと一言も書いていなかった職場で働いていた筆者の経験を紹介しようと思います。
日本で働くエンジニアに英語が必要となるシチュエーションは?
「IT業界は英単語に触れる機会が多いから…」「マニュアルやサイトなどで調べるにあたって英語が…」といった理由から真剣に英語を勉強することはあまりないと思います。では、英語が必要になるような機会にはどんなケースがあるのでしょう? 置かれている立場によって可能性は変わってきますが、筆者の場合は次のような状況でした。
それは突然やってくる
1990年代前半、筆者がとある企業に務めていたときのことでした。当時はネットワーク機器[1]を比較的大規模に使って日本全国津々浦々を結ぶシステムの設計、構築をしていました。担当している顧客は公官庁、全国展開をするような上場企業がメインで、英語とは無縁の環境で働いていました。
ある年の4月、期が変わり年次を重ねるも仕事内容は変わることはなく、目の前の仕事を黙々とこなしていまいた。そこに上司がやってきました。
上司「高岡、ちょっといいか?」
筆者「はい、なんでしょうか?」
と声をかけられ、やや大きな会議室に呼ばれました。
上司「米国にX社という会社があって、そこのネットワーク機器をうちでOEMで使えるかどうか検討することになった。」
筆者「聞いたことはあります。実機を触ったことはありませんが、コマンドラインで構成定義が入力できて比較的わかりやすいので、この業界のスタンダードになりつつあるらしいですね。」
上司「そうなんだ。で、ここに実機があるので軽く使ってみてくれるか?」
そう言い残して、小型冷蔵庫ほどの大きさかと思われる筐体をもつ、まだ木枠にはまったままの機器を残して上司は去っていきました。
英語マニュアルとの戦い
さっそく開梱してセットアップしようと木枠を外し、段ボールから筐体を出してみました。ある程度は直感でなんとか操作できるにしても、やはり説明書に書かれている内容が気になります。筐体の大きさから見て少なめの冊子を手に取って最初に気づいたことが「英語だけ?」でした。
今でこそ、インターネットを利用して作業の手順をイメージしたり、コミュニティへの質問などを通じて操作法の目星をつけることができますが、当時はインターネットの普及もそれほどではなかったため、検索サイトやネット上のコンテンツ自体が仕事上の疑問を解決するには少々物足りない状態でした。また、マニュアルもCD等で電子化されておらず、小冊子のマニュアルを片手にひたすら実機を触って検証することになりました。
この時点で「もう少しまじめに英語を勉強しておけば……」と後悔しましたが、このときは不幸中の幸いというか「目的」がはっきりとしていました。「現状と目的」がはっきりとしていて、残る「プロセス」の部分が全て英文だったというわけです。さっそく「自社製品で対応するとしたら?」という観点での手順をまとめ、「それをクリアしていくために何をしなければならないのか?」という現代のプロジェクト管理等では当たり前のタスク整理を行い、そのタスクを消化するべく英文マニュアルを訳しては実機で試しました。やったことはこれだけなのですが、本人は英語漬けになった気分でした。
もともとIT業界は他の業界と比べると専門用語に英単語などが登場することが多く、英語が浸透しているといえます。全く英語を勉強していなかったとしても、ある程度の感覚はつかめると思います。そのわずかなヒントをもとに文法を少し勉強すれば、マニュアル類程度でのものなら英和辞典片手に制覇することができると思います。
このように仕事で突然英文解読の壁に当たった場合、立ち向かうためのポイントとしては、そもそもプライマリの言語が違うので、読解力に時間がかかるのは当たり前と考え、全てに余裕を持って取り組むことです。結果は必ずついてくると信じ、いつものパフォーマンスが出ていないという気持ちを抑えるなど、モチベーションをコントロールすることが重要となります。
さて、他社製品、英文マニュアルと悪戦苦闘しながら、自社製品と同様のシステムを構築するための差分をまとめ、上司へ報告プレゼンをし、この案件は一旦は終了しました。
想定外の米国行き
しばらくして、再び上司から呼ばれました。
上司「先日はご苦労だったな。OEMを検討するメンバーがみんな興味深く読んでいたぞ。」
筆者「それはどうもありがとうございます。」
上司「で、急で悪いのだが、数週間後にうちの人間が米国で実際に先方と話をすることとなった。君も同行して技術担当としていろいろとサポートしてもらえないかな?」
筆者「いやいやいやいや、僕、英語無理ですし、技術担当ならもっともーっと相応しい方がいらっしゃるではないですか!!」
上司「これは技術的にどうということじゃなくて、先日新しいものなのに検証に挑戦してくれたのを見込んでのお願いだ。頼むよ。」
筆者「(絶句)」
突然のことで軽いパニック状態だったのと同時に、こうなっては仕方がないと妙あきらめがあった事を今でも覚えています。
こうして英会話が全くできず、英語の仕事を希望もしていなかった筆者が米国へ飛ぶことになりました。その後、今さらながら少しでもと思い、駅前の英会話教室に通いまくりました。今思えば英会話に備えるというより不安を打ち消すためだったような気がしますが、必死に通った甲斐あって「ある程度は大丈夫」と思えるレベルまで成長することができました。
そんなに甘いわけがない!
海外は全てが未知なる出来事でした。パスポートやビザ、チケット手配などは、日本にいるのだからなんとかなるに決まっていますが、それすら1つ1つドキドキしていました。現地へは訳あって一人で向かいました。当たり前ですが、今思えば全くお勧めできません。不安をかき消すべく飛行機の中でも英語の勉強をしていました。JFK国際空港に到着したとき、飛行機の扉の向こうの自分の視界に入る全てが合衆国だと思うと舞い上がってしまいました。恐らくこの時点で負けだったと思います。
最初の試練は入国管理局です。ここでパスポート等を提出し入国審査を受けます。初めて会話しなければならないネイティブは、ここの担当の人だと思います。しかも筆者の時はその入国管理官がやや高台に座っていて、更に上から目線にも見えてしまい、完全に萎縮してしまいました。後から聞いたのですが、ここでは本人チェックと目的について2、3会話するだけです(「あなたが高岡さん?」とか「今回はどのような目的で?」など)。現在はセキュリティレベルが上がっているようで少し異なるかもしれません。当然英語ですが、何を言っているのか全く理解できず、今まで必死に勉強した知識は一瞬にして消え去ってしまいました。
筆者の場合はここで開き直って全て日本語で勝負(?)した所、最後には担当の方が「オーケー」と言ってゲートを抜けていいというジェスチャーしました。全く英会話をしていなかったのに、自信がついた気がしたのを覚えています。それから出口まで行った後、現地の担当者と会う事ができ、タクシーに乗ってホテルまで同行してもらい、チェックイン等もお世話になってしまいました。もちろん、一人だったらタクシーで行き先を伝えることもできず、ホテルでも何しに来たか説明できなかったでしょう。
ちなみに筆者が現地で経験した仕事のコミュニケーションは、どちらかと言えばゲスト的な立場だったため、英会話は挨拶程度、内容はあらかじめ作成されていたドキュメントを中心に、読み合わせレベルの英語スキルがあれば大丈夫でした(その他不足部分は同行された方々にお世話になってしまいました)。
あらためて「エンジニアと英語」とは
こんなほろ苦体験(もとい失敗談)ではありましたが、日本で働くエンジニアに英語力は必要か?と思っていた私には、どんな形で英会話が突如必要になるかわからないと考えさせる教訓にもなりました。
その十数年後、逆に日本国内のプロジェクトにもかかわらず、(その業務の特性から)メンバーがほとんど外国の方という過酷なプロジェクトを経験したこともあります。その時はメールが英語でした。日本にいるにも関わらず非常に辛かったプロジェクトとして記憶に残っています。
そうした体験から得た個人的な印象ですが、英文/英会話を「いつでも大丈夫!」というレベルまで高めても、それを維持することは結構大変なのではないかと思っています。筆者は趣味でジョギングをしていますが、キロ4分台で15キロや20キロを続けられる走力を維持するのは結構大変で、定期的なトレーニングが必要です。それと同じような積み重ねが英語にも必要だと思います。
そして仕事をするにあたって大事なことの1つは(最初から)拒絶をしない事だと思っています。自分のキャリアに確実にプラスになることでも、場所が国外だったり、メンバー、パートナーとの会話が英語というだけで拒絶反応を起こすのは絶対にもったいないと思います(身近なところでは「いや、それはアプリだから」とか「インフラはうちじゃないので」と尻込みするのに似ている気がします)。もし皆様の中で、いつかこのようなチャンスが巡ってきた方がおられましたら、ぜひとも興味をもって挑戦してほしいと思います