エンジニアに捧げる起業幻想

第6回エンジニアはチームづくりが下手

今回も前回に引き続いて起業がうまくいかない原因について考えてみたいと思います。

前回は主に事業の成算について取り上げました。儲かる事業を考え出せない、もしくはうまくマネタイズできない、などです。

事業を構成する「アイデア」「仕組み」

会社の本質、言い換えると中核は事業であるため、一番重要なのは「儲かる事業」を手に入れることになります。この⁠事業⁠というのは大きく2つの構成に分けることができます。1つは「ビジネスモデル⁠⁠、もう1つは「仕組み」です。違う言い方をすれば「アイデア」「体制」です。

前回の内容は事業の成算の中でも、⁠エンジニアは良いアイデアを考えるのが苦手だ」と説明しました。ここで言う良いアイデアというのは、たとえば良いWebサービスという意味ではなく、あくまで儲かるかどうかという視点での話です。

儲かるかどうかというのはそれはそれで奥深い話で、自分だけ儲かればいいのか、短期的に儲かるが長期的にはどうかなど、単に「目先で儲かる」だけではダメなのですが、それでも「目先で儲けることすらできない」ケースのほうがはるかに多いように思います。

良いアイデア(ビジネスモデル)とは何か?

では、良いアイデアとは具体的にどういうものになるのでしょうか。たとえば、検索連動型広告(リスティング広告)などは大変素晴らしいアイデアです。ユーザが検索したキーワードに応じて広告を出す、これはまさにインターネットがあるからこそ実現したものであり、かつユーザ、媒体、マーチャントのいずれもメリットがあるビジネスモデルであると言えます。

他にもリバースオークションも素晴らしいアイデアと言えるでしょう。筆者は、いわゆるネットサービスの会社の中で、Priceline(プライスライン)は最も素晴らしい会社の1つであると考えています。古くからオークションは売り手に対して買い手が競るというものでしたが、それを逆にして買い手に対して売り手が競るという逆転の発想だけで、これまた売り手、買い手、オークショニア(事業者)のいずれもが損をしない素晴らしいビジネスモデルとなるわけです。

このような素晴らしいケースが稀にあることにより、それに憧れて起業する人がいるというのは悪いことではありません。むしろ問題なのは「憧れて」⁠良いアイデアがあるわけでもないのに、ただ起業してしまう」ケースが多いことなのです。

よく耳にする「とりあえずやってみろ」というフレーズは、⁠良いアイデアがあるけどそれを事業化できるかどうか」という状況に対して言うべきものであり、良いアイデアがあるわけではない、もしくは、そこまで良いアイデアというわけではないけど起業してとにかく頑張りたい、という状況に対して言うべきものではありません。

そしてもし仮に良いアイデアを思いついて起業するケースがあったとします。検索連動型広告やリバースオークションほどのホームランではなくても、そこそこ儲けることができるビジネスモデルを思いつくことはありえないことではありません。

ほかにも、自分では思いつかなくても他者が思いついて展開しているビジネスモデルが後発で参入しても充分成算があるようなケースもまた然りです。

仕組み(=体制)について考える

こうしたケースで必要となるのが、⁠仕組み」もしくは「体制」になります。この、仕組みと体制は若干違います。仕組みとは人に限ったものではなく、体制は主に人を対象にするものだからです。体制はチームと呼んでも良いでしょう。

アイデアを現実のものとするためには、さまざまな要因・要素が必要になります。

Webサービスであれば開発者であったり運用者であったり、マーケティングや広告であったり、場合によっては営業であったり、また事業にまつわる法律や税務、経理処理などもそうです。

前回はエンジニアは良いビジネスモデルを思いつくことが苦手(金勘定が苦手)という内容でしたが、同様に「エンジニアは仕組みづくりも苦手」なことが多い傾向にあります。

⁠面白いWebサービスを作ればなんとかなるだろう」というのは、⁠それが良いビジネスモデルかどうか考えていない」だけではなく、⁠仮に良い(=儲かる)アイデアであったとしてもそれを事業として実現できるのかも考えていない」と言えます。

ちなみに初回でも取り上げた「起業支援をビジネスとする人たち」が正しい意味で必要とされるのは、後者のようなケースです。ビジネスモデルは魅力的だが実現するお金や手立てがないようなケースでお手伝いすることです。

でも起業支援をする人の多くは「そのビジネスモデルが良いかどうか」はまずわかっていません。ですから、前者でも支援しますし、後者を見送ることもままあります。比率でいえば前者のほうが多いでしょうから、結果的にはうまくいかないビジネスを支援しているケースのほうが多いのでしょう。

成功につなげるための仕組みづくり・チームづくり

仕組みを作る難易度はビジネスモデルの影響を受けます。すなわち、仕組みづくりが簡単かどうかというのも、ビジネスモデルが良いかどうかの1つの要素になります。本連載は主にネットサービスのエンジニアを想定していますので、その前提で考えてみます。

まず必要になるものは人というリソースでしょう。

社内(社員)である場合もありますし、社外(契約先)である場合もあります。社内の場合には採用とマネジメントが必要になります。後者の場合には選定と交渉が必要になります。後者の場合、たいがいその社外リソースというのは起業した人よりも経験が多いプロフェッショナルである場合が多いため、まだマシであるといえます。

こういう人材をふまえ、ぶっちゃけて言えば、エンジニアが起業してうまくいかない要因として「チームづくりが下手くそ」と言っても過言ではないかもしれません。

⁠良いチーム」とはなにか? それは「稼げるチーム」のことです。気の合う仲の良い優秀な人たちの集まりのことではありません。

事業の実現に必要なものを判断して、それを役割分担し、時にはモチベーション管理や教育もしながら、自分が不得手な部分については任せるかどうかの判断もして、必要に応じて増強や入れ替えをする、これらのことがエンジニアは概して苦手なケースが多いということです。

エンジニアはなぜチームづくりが下手なのか?

なぜ苦手な場合が多いのでしょうか。これは前回の金勘定が苦手というトピックで仕事柄お金の流れを意識することが少ないというのと同様、仕事柄他人と協議したり交渉したり駆け引きしたりすることが少ないからというのもあるでしょうし、また他人とのやり取りがさほど好きではないためエンジニアを選択していることもあるでしょう。

もちろんエンジニアリングに関してはチームづくりが好きだったり、協議というかディスカッションは大好きだったりするかもしれませんが、事業の仕組みづくりのそれとは異なります。求められるのは他の職種とのやり取りです。

ですから、エンジニアの目線に立ったとき、

  • チームに自分の考えが伝わらない
  • 営業やマーケティングを任せたのに成果が出せない

こうなるのは、ストレートに言えば自分(エンジニア)の問題です。他人のせいにしている限り、うまくはいかないでしょう。

筆者は営業とエンジニアの両方を経験する機会がありましたが、大きな違いとして「相手の判断が結果を左右するかどうか」というものがあります。営業は取引先の判断という、他人の意思が結果に影響します。エンジニアの場合、バグとかトラブルがあるのはほぼ100%自分の責任で、つまり自分がきっちりやれば思い通りになるということができます。

これを「営業は思い通りにならないことがある」という受け止め方をするのは間違いです。⁠他人の意思を望ましい方向に向けることができないのも自分の責任」ということなのです。たまたまエンジニアの場合には、そういったケースが少ないというだけで、この事実は変わりません。ただそういうケースが少ないがために、他人が原因の失敗は他責にしがちなところがあるのだと、筆者は考えています。

次回も起業がうまくいかない場合の原因について探ってみます。

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