来たる2025年8月9日に、Ubuntuの母であるDebianの新しい安定版Debian 13
Why Debian?: Ubuntuの母体、切っても切れない関係
「Ubuntu Weekly RecipeなのにDebianの話なんですか?」
Debian Projectは、
Debianの最大の特長は、その
2004年に誕生したDebianベースの派生ディストリビューションが、本連載のタイトルにもなっているUbuntuです。Ubuntuは、Debianの開発者の一人でもあったMark Shuttleworth氏が
Ubuntuは半年毎のリリースの度にDebianの最新開発版のパッケージをベースに変更を行ない、バイナリパッケージ群を再構築しています。UbuntuはDebianの広範なパッケージ群と安定した基盤システムを享受しつつ、最新の技術や特定のターゲットユーザーに合わせた最適化を追求できるのです。また、Debian ProjectはUbuntuに限らず、多くの派生ディストリビューションと成果を交換できる開発フローを用意しており、Ubuntuの
以上のことから、Ubuntuユーザーにとっても、自身の愛用するディストリビューションの
Debian 13: "Trixie"の概要
Debian 13 "Trixie"は冒頭で述べたとおり、2025年8月9日にリリースされる予定です。以前の安定版であるDebian 12 "Bookworm"のリリースが2023年6月10日であったことから、約2年2ヶ月での安定版リリースとなります。
Debian Projectはリリース作業のうち
Debianのコードネームは映画
サポートアーキテクチャ
まずはアーキテクチャのサポート状況についてまとめてみます。Trixieでは、サポートするハードウェアアーキテクチャにも重要な変更が加えられました。公式にサポートされるアーキテクチャは以下の7種類です。
- 64-bit PC:
amd64
- 64-bit ARM:
arm64
- ARM EABI:
armel
- ARMv7(EABI hard-float ABI):
armhf
- 64-bit little-endian PowerPC:
ppc64el
- 64-bit little-endian RISC-V:
riscv64
- IBM System z:
s390x
Debian 12 "Bookworm"からの変更点として、新たにriscv64
」
また、以下のサポートが縮小・
- 32bit PC:
i386
- MIPS little-endian:
mipsel
- MIPS 64bit little-endian:
mips64el
注意点として、32bit-PC: i386
のサポートについては、いきなりi386
にて提供されるパッケージは、古いコードをamd64
上で動作させるi386
のパッケージはamd64
上で動作することを目的としている都合上、命令セットにSSE2サポートを必要とするため、Debian 12 "Bookworm"でサポートされていた32-bit CPUの多くで動作しません。
そのような状況であるため、i386
アーキテクチャを利用しているユーザーはDebian 13 "Trixie"にアップグレードすべきではありません。Debian Projectとしてはamd64
としてシステムを再インストールするか、該当ハードウェアの利用をやめることを推奨しています。
主な収録ソフトウェア
Debian 13 "Trixie"ではDebian 12 "Bookworm"と比べて、収録パッケージは新規に14,116個増えて、合計で69,830個となっています
主要なデスクトップ環境
Debian 13 "Trixie"では、これまで同様に複数のデスクトップ環境が提供されており、ユーザーが好みのデスクトップ環境を選択できるようになっています。
主なデスクトップ環境は以下のとおりです。
- GNOME 48
- 2025年3月に最新版としてリリースされた、GNOME 48が提供されます。
- KDE Plasma: 6.
3 - Debian 12 "Bookworm"で提供されていたPlasma 5.
27から、大幅なメジャーバージョンアップとなるKDE Plasma 6. 3.5が提供されます。KDEユーザーにとって大きな変化となるでしょう。Qt 6(6. 8.2)とQt 5(5. 15. 15)の両方が提供されますが、KDE Frameworks以外のライブラリではQt5/ Qt6のデュアルビルドは行われません。これは、新旧の互換性を保ちつつ、将来を見据えた移行戦略を示しています。
その他にも、Xfce 4.
Linux カーネル
Linux kernel 6.
主要ソフトウェアパッケージバージョン比較表
主な収録ソフトウェア等のバージョンは以下のとおりです。
パッケージ名 | Debian 13 "Trixie" での収録バージョン |
Debian 12 "Bookworm" での収録バージョン |
---|---|---|
Apache | 2. |
2. |
Bash | 5. |
5. |
BIND DNS Server | 9. |
9. |
Cryptsetup | 2. |
2. |
curl/ |
8. |
7. |
Emacs | 30. |
28. |
Exim(default email server) | 4. |
4. |
GCC, the GNU Compiler Collection | 14. |
12. |
GIMP | 3. |
2. |
GNOME | 48 | 43 |
GNUcash | 5. |
4. |
GnuPG | 2. |
2. |
Inkscape | 1. |
1. |
KDE Plasma | 6. |
5. |
LibreOffice | 25 | 7. |
Linux kernel | 6. |
6. |
LLVM/ |
19(デフォルト), 17, 18 も提供 | 14(デフォルト), 13. |
LXDE | 13 | 12 |
LXQt | 2. |
1. |
MariaDB | 11. |
10. |
Nginx | 1. |
1. |
OpenJDK | 21 | 17 |
OpenLDAP | 2. |
2. |
OpenSSH | 10. |
9. |
OpenSSL | 3. |
3. |
Perl | 5. |
5. |
PHP | 8. |
8. |
Postfix | 3. |
3. |
PostgreSQL | 17 | 15 |
Python 3 | 3. |
3. |
Rustc | 1. |
1. |
Samba | 4. |
4. |
Systemd | 257 | 252 |
the GNU C library(glibc) | 2. |
2. |
Vim | 9. |
9. |
Xfce | 4. |
4. |
いくつかのソフトウェアは現在upstreamが提供している最新版にくらべて1世代古い版となっています。この理由はDebianのフリーズのタイミングとupstreamのリリースのタイミングがズレてしまったからです。これらソフトウェアや悲しいことにリリース作業に間に合わなかったいくつかのパッケージは、今後backportsにて提供される予定です。
Debian 13での主な変更点と注意点
収録ソフトウェア以外のDebian 13 "Trixie"の主な変更点を見ていきましょう。リリース間隔が短かったことに起因して、ユーザーにとっての使い勝手が大幅に変わる更新はないと思っています。

2038年問題の対応: 64-bit time_t
ABI移行
Debian 13 "Trixie"では2038年問題への対応が行なわれました。
2038年問題とは、2038年1月19日午前3時14分7秒
この問題に早々に対応するために、時刻の型time_
)
- Linux kernelでの対応
- libcでの対応
- 各種基盤ライブラリでの対応、予期せぬ衝突を避けるために必要ならパッケージのリネーム
- ソフトウェアの対応:必要ならばパッチを作成し、対応済のライブラリに依存する形でパッケージをリビルド
作業と対応状況の詳細についてはReleaseGoals/
このように諸々の作業によって、サポートが限定的となっているi386
を除くすべてのアーキテクチャについて64ビットtime_
ABIへの移行、すなわち2038年問題への対応がなされています[6]。なお、32bitアーキテクチャであるarmel
およびarmhf
についてはライブラリのsoname
の変更が行なわれていませんので、サードパーティ制のソフトウェアや自分でコンパイルしているプログラムは再コンパイルする必要があるかもしれないことに注意してください。
amd64
およびarm64
アーキテクチャ向けのセキュリティ強化
Debian 13 "Trixie"ではamd64
およびarm64
のハードウェアレベルでの防御策が
具体的にはReturn-Oriented Programming(ROP)とCall-Oriented Programming(COP)/Jump-Oriented Programming(JOP)に対する防御策を、amd64
についてはIntel Control-flow Enforcement Technology(CET)、arm64
についてはPointer Authentication(PAC)とBranch Target Identification(BTI)を活用することで実現しています。これは単なるソフトウェアパッチではなく、CPUレベルでのセキュリティ機能を積極的に活用している点が重要です。従来のソフトウェアベースの防御では難しかったメモリ破損系のエクスプロイトに対する耐性が大幅に向上しています。
Debianインストーラの進化
Debian 13 "Trixie"のインストーラでは以下の改善が行なわれています。
- HTTPブートのサポート
- ネットワークブートにおいて
(UEFIが対応していれば) HTTPプロトコルがサポートされるようになり、PXEブート環境などでの柔軟性が向上しています。 - Debian Pure Blendsの直接インストール
- 特定の用途に特化したDebianのフレーバーである
「Debian Pure Blends」 のインストールがインストーラから直接選択できるようになっています。 - クラウド・
コンテナ・ 仮想マシン用のイメージの提供強化 - AWS、Microsoft Azureなどといったクラウド環境向けのイメージはDebianクラウドチームにより、これまで以上に積極的に提供されるようになります。
また、Debianインストーラに関する日本人・ttf-cjk-compact
からfonts-droid-fallback
へ切り替えられました。このため、いわゆるHan Unification問題が発生していたわけですが[7]、当時はインストーラのサイズ削減が目的となっていたため、粛々と作業が進められました。時は流れ、今回のDebian 13 "Trixie"のインストーラでは、日本語環境を選択時にモトヤLシーダのサブセットを追加パッケージとして読み込む修正がなされました。この対応によって、日本語環境でも特に違和感なく説明文が表示されるようになっています[8]。
Debian 13での主な注意点: 廃止・非推奨事項
Debian 13 "Trixie"での主な注意点と廃止・
- i386サポートの縮小とMIPSアーキテクチャの削除
-
前述のとおり、これらはユーザーに直接影響する重要な変更点でしょう。
/tmp
のtmpfs化-
一時ファイルのディレクトリ
/tmp
がデフォルトでtmpfs(RAM上に作成される一時ファイルシステム) に配置されるようになりました。これによりパフォーマンスが向上しますが、その一方で再起動時に /tmp
の内容が消去されます。あまりないかもしれませんが、自作のスクリプトやソフトウェアが/tmp
に永続的なデータを保存している場合には問題が発生するでしょう。同様に/var/
も定期的にクリーンアップされるようになります。tmp - OpenSSHの変更
-
openssh-serverが
~/.pam_
を読み込まなくなります。各ユーザーの環境変数設定をenvironment ~/.pam_
で行なっている場合には別の方法を考える必要があるでしょう。environment また、OpenSSHがDSA鍵をサポートしなくなります。鍵として、2048bit以上のRSA、ECDSA、Ed25519への移行が推奨されます。また、当然ながら古いSSH鍵を使用しているシステムでは接続ができなくなる可能性があります。
- いくつかのコマンドの置き換え
-
last
,lastb
,lastlog
コマンドが新しいものに置き換えられました。これらのコマンドが2038年問題に対応していないためです。必要に応じて自作スクリプトの修正や、wtmpdbパッケージの提供するwtmpdb
コマンドやlastlog2パッケージの提供するlastlog2
コマンドへ移行してください。また、util-linuxパッケージの提供するlslogins
コマンドを用いてlslogins --failed
とすることでlastb
と同様の情報が得られます。 - 暗号化されたファイルシステムの利用
-
暗号化されたファイルシステムを使用する場合、systemd-cryptsetupパッケージが必要になります。暗号化されたボリュームを使用している場合に依存関係を確認しましょう。
- MariaDBのメジャーバージョンアップグレード
-
MariaDBのメジャーバージョンアップグレードは、クリーンシャットダウン後にのみ確実に動作します。データベースサーバーの運用者にはアップグレード作業中に注意してください。
- セキュリティサポートとしてバージョンが更新されるパッケージ群
-
Firefox、ChromiumといったWebブラウザ、Thunderbird、Go言語関連、そしてRust関連のパッケージは、バージョンを変更せずにセキュリティサポートをすることが困難であるという点から、Debianの通常のセキュリティ更新ポリシーとは異なり、アップグレードによってバージョンを更新することでセキュリティサポートが提供されます。
Debian 13 "Trixie"を使ってみよう!
Debian 13 "Trixie"を使ってみるにはライブイメージが便利です。Debian Liveのページでは
また、Debianクラウドチームのページでは各種クラウド環境向けのイメージやQEMUなどの仮想環境で実行するためのイメージも配布されています。これらの環境で試用してみるのも良いでしょう。
なおDocker Hubにおいて、複数のアーキテクチャ向けのDebian 13 "Trixie"のDockerイメージ、および必要最低限のパッケージのみを導入した"slim"イメージも提供される予定です。
最後に
本稿ではDebian 13 "Trixie"についての主な変更点と注意点を紹介しました。他にも開発者向けの細やかな改善点がたくさんありますので、詳細についてはリリースノートを参照してください[10]。
また、Debianに関する日本語の情報源としてはDebian JP ProjectのWebサイトや各種メーリングリスト、だいたい月に1回のペースで主にオンラインで開催されている東京エリアDebian勉強会があります。なお、来たる2025年9月6日
最後になりますが、普段Ubuntu一辺倒の人も、その基盤となっているDebianを是非を触ってみてください。