Ubuntu Weekly Recipe

第874回Debian 13 "Trixie"登場! Ubuntuユーザーが押えておくべき新機能と変更点

来たる2025年8月9日に、Ubuntuの母であるDebianの新しい安定版Debian 13(コードネーム"Trixie")リリースされる予定です。今回のUbuntu Weekly Recipeでは、このDebian 13 "Trixie"の主な変更点について紹介します。

Why Debian?: Ubuntuの母体、切っても切れない関係

「Ubuntu Weekly RecipeなのにDebianの話なんですか?」という疑問を持たれた方もいるかと思いますので、UbuntuとDebianの関係をごく簡単におさらいしてみましょう。

Debian Projectは、⁠The Universal Operating System(普遍的なオペレーティングシステム⁠⁠」という理念を掲げ、完全に自由なソフトウェアのみで構成されるOSの提供を目指しています。OSとしてのDebian GNU/LinuxはDebian Projectの成果物の一つであり、Linuxディストリビューションとしてはかなりの老舗となっています[1]

Debianの最大の特長は、その「安定性」「堅牢性」にあります。徹底的なテストと厳格な品質管理を経てリリースされるDebianの安定版は、サーバーからデスクトップ、そして組み込みシステムに至るまで、幅広い環境で信頼性の高い基盤を提供しています。この強固な基盤こそが、Ubuntuを含む数多くのLinuxディストリビューションがDebianをベースに選択する理由です[2]

2004年に誕生したDebianベースの派生ディストリビューションが、本連載のタイトルにもなっているUbuntuです。Ubuntuは、Debianの開発者の一人でもあったMark Shuttleworth氏が「誰にでも使いやすい最新かつ安定したOSを提供すること」を目指し、Debianをベースにして作成したLinuxディストリビューションです[3]

Ubuntuは半年毎のリリースの度にDebianの最新開発版のパッケージをベースに変更を行ない、バイナリパッケージ群を再構築しています。UbuntuはDebianの広範なパッケージ群と安定した基盤システムを享受しつつ、最新の技術や特定のターゲットユーザーに合わせた最適化を追求できるのです。また、Debian ProjectはUbuntuに限らず、多くの派生ディストリビューションと成果を交換できる開発フローを用意しており、Ubuntuの「誰にでも使いやすい」という目的のための変更の多くの部分はDebianにも反映されています。まさにWin-Winの関係と言えるわけです。

以上のことから、Ubuntuユーザーにとっても、自身の愛用するディストリビューションの「母体」であるDebianの動向は、単なる他ディストリビューションのニュースに留まらない、将来のUbuntuの方向性や基盤技術の動向を理解する上で不可欠な情報源となるでしょう。本記事では、リリース直前のDebian 13 "Trixie"について紹介します。

Debian 13: "Trixie"の概要

Debian 13 "Trixie"は冒頭で述べたとおり、2025年8月9日にリリースされる予定です。以前の安定版であるDebian 12 "Bookworm"のリリースが2023年6月10日であったことから、約2年2ヶ月での安定版リリースとなります。

Debian Projectはリリース作業のうち「フリーズ[4]という期間を2年毎に設けているため、ここのところの安定版のリリースは約2(+α)年毎となっています。Ubuntuのように4月・10月とリリース月を決め打つほどスケジュールが厳格なわけではないですけれども、それでもリリース時期が予測しやすいのはユーザーにとっては有用かと思います。また、リリースの間隔が短いことは、より新しいソフトウェアを提供できるうえ、ソフトウェアのバージョン間差異が小さく(=変更点も小さく⁠⁠、ユーザーの負担も減るはずなので良い事ずくめではありますね。

Debianのコードネームは映画「Toy Story」のキャラクターからつけられており、Debian 13のコードネーム "Trixie"は、パソコンに詳しくゲーム好きなトリケラトプスの人形です。なお、Debian 14のコードネームは"Forky"、Debian 15のコードネームは"Duke"に決定しています

サポートアーキテクチャ

まずはアーキテクチャのサポート状況についてまとめてみます。Trixieでは、サポートするハードウェアアーキテクチャにも重要な変更が加えられました。公式にサポートされるアーキテクチャは以下の7種類です。

  • 64-bit PC: amd64
  • 64-bit ARM: arm64
  • ARM EABI: armel
  • ARMv7(EABI hard-float ABI): armhf
  • 64-bit little-endian PowerPC: ppc64el
  • 64-bit little-endian RISC-V: riscv64
  • IBM System z: s390x

Debian 12 "Bookworm"からの変更点として、新たに「64-bit little-endian RISC-V: riscv64が追加され、これまで実験的なサポートに留まっていたriscv64アーキテクチャが、Trixieで初めて正式にサポートされることとなります。

また、以下のサポートが縮小・廃止されました。

  • 32bit PC: i386
  • MIPS little-endian: mipsel
  • MIPS 64bit little-endian: mips64el

注意点として、32bit-PC: i386のサポートについては、いきなり「廃止」ではなく「縮小」という扱いになります。具体的には、ユーザーランドのパッケージは提供されるものの、インストーラおよびカーネルイメージは提供されなくなります。i386にて提供されるパッケージは、古いコードをamd64上で動作させる(延命させる)ことを目的として提供することになっています。これらi386のパッケージはamd64上で動作することを目的としている都合上、命令セットにSSE2サポートを必要とするため、Debian 12 "Bookworm"でサポートされていた32-bit CPUの多くで動作しません。

そのような状況であるため、i386アーキテクチャを利用しているユーザーはDebian 13 "Trixie"にアップグレードすべきではありません。Debian Projectとしてはamd64としてシステムを再インストールするか、該当ハードウェアの利用をやめることを推奨しています。

主な収録ソフトウェア

Debian 13 "Trixie"ではDebian 12 "Bookworm"と比べて、収録パッケージは新規に14,116個増えて、合計で69,830個となっています(Bookwormで提供されていたパッケージの63%にあたる44,326個のパッケージが更新されます⁠⁠。一方で、Bookwormに収録されていたパッケージの約14%にあたる8,844個のパッケージが、様々な理由(上流での開発中止やセキュリティ対応不足など)で削除されます。

主要なデスクトップ環境

Debian 13 "Trixie"では、これまで同様に複数のデスクトップ環境が提供されており、ユーザーが好みのデスクトップ環境を選択できるようになっています。

主なデスクトップ環境は以下のとおりです。

GNOME 48
2025年3月に最新版としてリリースされた、GNOME 48が提供されます。
KDE Plasma: 6.3
Debian 12 "Bookworm"で提供されていたPlasma 5.27から、大幅なメジャーバージョンアップとなるKDE Plasma 6.3.5が提供されます。KDEユーザーにとって大きな変化となるでしょう。Qt 6(6.8.2)とQt 5(5.15.15)の両方が提供されますが、KDE Frameworks以外のライブラリではQt5/Qt6のデュアルビルドは行われません。これは、新旧の互換性を保ちつつ、将来を見据えた移行戦略を示しています。

その他にも、Xfce 4.20, LXDE 13, LXQt 2.1.0, MATE 1.26などが利用できるようになっています。

Linux カーネル

Linux kernel 6.12 LTSが提供されます。特定のハードウェアをサポートするためのfirmwareパッケージについては、Debian 12 "Bookworm"から提供され始めた"non-free-firmware"セクションのパッケージ群をインストールすることで利用可能です。

主要ソフトウェアパッケージバージョン比較表

主な収録ソフトウェア等のバージョンは以下のとおりです。

Debian 13 "Trixie"の主な収録パッケージとそのバージョンの比較
パッケージ名 Debian 13 "Trixie"
での収録バージョン
Debian 12 "Bookworm"
での収録バージョン
Apache 2.4.64 2.4.62
Bash 5.2.37 5.2.15
BIND DNS Server 9.20 9.18
Cryptsetup 2.7 2.6
curl/libcurl 8.14.1 7.88.1
Emacs 30.1 28.2
Exim(default email server) 4.98 4.96
GCC, the GNU Compiler Collection 14.2 12.2
GIMP 3.0.4 2.10.34
GNOME 48 43
GNUcash 5.10 4.13
GnuPG 2.4.7 2.2.40
Inkscape 1.4 1.2.2
KDE Plasma 6.3 5.27
LibreOffice 25 7.4
Linux kernel 6.12 series 6.1 series
LLVM/Clang toolchain 19(デフォルト), 17, 18 も提供 14(デフォルト), 13.0.1, 15.0.6 も提供
LXDE 13 12
LXQt 2.1.0 1.2.0
MariaDB 11.8 10.11
Nginx 1.26 1.22
OpenJDK 21 17
OpenLDAP 2.6.10 2.5.13
OpenSSH 10.0p1 9.2p1
OpenSSL 3.5 3.0
Perl 5.40 5.36
PHP 8.4 8.2
Postfix 3.10 3.7
PostgreSQL 17 15
Python 3 3.13 3.11
Rustc 1.85 1.63
Samba 4.22 4.17
Systemd 257 252
the GNU C library(glibc) 2.41 2.36
Vim 9.1 9.0
Xfce 4.20 4.18

いくつかのソフトウェアは現在upstreamが提供している最新版にくらべて1世代古い版となっています。この理由はDebianのフリーズのタイミングとupstreamのリリースのタイミングがズレてしまったからです。これらソフトウェアや悲しいことにリリース作業に間に合わなかったいくつかのパッケージは、今後backportsにて提供される予定です。

Debian 13での主な変更点と注意点

収録ソフトウェア以外のDebian 13 "Trixie"の主な変更点を見ていきましょう。リリース間隔が短かったことに起因して、ユーザーにとっての使い勝手が大幅に変わる更新はないと思っています。

Debian 13 "Trixie"の公式Art work Ceratopsian by Elise Couper

2038年問題の対応: 64-bit time_t ABI移行

Debian 13 "Trixie"では2038年問題への対応が行なわれました。

2038年問題とは、2038年1月19日午前3時14分7秒(UTC)以降に、時間が桁溢れして様々なプログラムが誤動作する(可能性がある)問題です。これは計算機内の時刻の表現としてUNIX TIME、すなわち1970年1月1日0時00分UTCからの経過秒数による時刻の表現を利用しているシステムにおいて、秒数を32bitの符号付き整数で表現していたことに起因します。32bitの符号付き整数の上限は 2 31 1 = 2 , 147 , 483 , 647 秒≒68年程度となりますので、この問題が懸念されています[5]

この問題に早々に対応するために、時刻の型time_tを64bitに拡張する対応が行なわれました。安直に「型を大きくすればエエだけやん」と思いがちですが、スムーズにパッケージを移行するために、以下の順番で粛々とパッケージの入れ替え作業・更新作業が行なわれました。

  • Linux kernelでの対応
  • libcでの対応
  • 各種基盤ライブラリでの対応、予期せぬ衝突を避けるために必要ならパッケージのリネーム
  • ソフトウェアの対応:必要ならばパッチを作成し、対応済のライブラリに依存する形でパッケージをリビルド

作業と対応状況の詳細についてはReleaseGoals/64bit-time - Debian Wikiに記載があります。

このように諸々の作業によって、サポートが限定的となっているi386を除くすべてのアーキテクチャについて64ビットtime_t ABIへの移行、すなわち2038年問題への対応がなされています[6]。なお、32bitアーキテクチャであるarmelおよびarmhfについてはライブラリのsonameの変更が行なわれていませんので、サードパーティ制のソフトウェアや自分でコンパイルしているプログラムは再コンパイルする必要があるかもしれないことに注意してください。

amd64およびarm64アーキテクチャ向けのセキュリティ強化

Debian 13 "Trixie"ではamd64およびarm64のハードウェアレベルでの防御策が(対応していれば)自動的に有効になります。

具体的にはReturn-Oriented Programming(ROP)とCall-Oriented Programming(COP)/Jump-Oriented Programming(JOP)に対する防御策を、amd64についてはIntel Control-flow Enforcement Technology(CET)、arm64についてはPointer Authentication(PAC)とBranch Target Identification(BTI)を活用することで実現しています。これは単なるソフトウェアパッチではなく、CPUレベルでのセキュリティ機能を積極的に活用している点が重要です。従来のソフトウェアベースの防御では難しかったメモリ破損系のエクスプロイトに対する耐性が大幅に向上しています。

Debianインストーラの進化

Debian 13 "Trixie"のインストーラでは以下の改善が行なわれています。

HTTPブートのサポート
ネットワークブートにおいて(UEFIが対応していれば)HTTPプロトコルがサポートされるようになり、PXEブート環境などでの柔軟性が向上しています。
Debian Pure Blendsの直接インストール
特定の用途に特化したDebianのフレーバーである「Debian Pure Blends」のインストールがインストーラから直接選択できるようになっています。
クラウド・コンテナ・仮想マシン用のイメージの提供強化
AWS、Microsoft Azureなどといったクラウド環境向けのイメージはDebianクラウドチームにより、これまで以上に積極的に提供されるようになります。

また、Debianインストーラに関する日本人・日本語話者向けの大きな変更点は、グラフィカルインストール向けに日本語フォントの改善でしょう。事の発端はDebian 9 "Stretch"のリリースまで遡ります。この時、インストーラのサイズ削減のために、CJK環境向けのフォントがttf-cjk-compactからfonts-droid-fallbackへ切り替えられました。このため、いわゆるHan Unification問題が発生していたわけですが[7]、当時はインストーラのサイズ削減が目的となっていたため、粛々と作業が進められました。時は流れ、今回のDebian 13 "Trixie"のインストーラでは、日本語環境を選択時にモトヤLシーダのサブセットを追加パッケージとして読み込む修正がなされました。この対応によって、日本語環境でも特に違和感なく説明文が表示されるようになっています[8]

Debian 13での主な注意点: 廃止・非推奨事項

Debian 13 "Trixie"での主な注意点と廃止・非推奨事項を以下に挙げます。

i386サポートの縮小とMIPSアーキテクチャの削除

前述のとおり、これらはユーザーに直接影響する重要な変更点でしょう。

/tmpのtmpfs化

一時ファイルのディレクトリ/tmpがデフォルトでtmpfs(RAM上に作成される一時ファイルシステム)に配置されるようになりました。これによりパフォーマンスが向上しますが、その一方で再起動時に/tmpの内容が消去されます。あまりないかもしれませんが、自作のスクリプトやソフトウェアが/tmpに永続的なデータを保存している場合には問題が発生するでしょう。同様に/var/tmpも定期的にクリーンアップされるようになります。

OpenSSHの変更

openssh-serverが~/.pam_environmentを読み込まなくなります。各ユーザーの環境変数設定を~/.pam_environmentで行なっている場合には別の方法を考える必要があるでしょう。

また、OpenSSHがDSA鍵をサポートしなくなります。鍵として、2048bit以上のRSA、ECDSA、Ed25519への移行が推奨されます。また、当然ながら古いSSH鍵を使用しているシステムでは接続ができなくなる可能性があります。

いくつかのコマンドの置き換え

last, lastb, lastlogコマンドが新しいものに置き換えられました。これらのコマンドが2038年問題に対応していないためです。必要に応じて自作スクリプトの修正や、wtmpdbパッケージの提供するwtmpdbコマンドやlastlog2パッケージの提供するlastlog2コマンドへ移行してください。また、util-linuxパッケージの提供するlsloginsコマンドを用いてlslogins --failedとすることでlastbと同様の情報が得られます。

暗号化されたファイルシステムの利用

暗号化されたファイルシステムを使用する場合、systemd-cryptsetupパッケージが必要になります。暗号化されたボリュームを使用している場合に依存関係を確認しましょう。

MariaDBのメジャーバージョンアップグレード

MariaDBのメジャーバージョンアップグレードは、クリーンシャットダウン後にのみ確実に動作します。データベースサーバーの運用者にはアップグレード作業中に注意してください。

セキュリティサポートとしてバージョンが更新されるパッケージ群

Firefox、ChromiumといったWebブラウザ、Thunderbird、Go言語関連、そしてRust関連のパッケージは、バージョンを変更せずにセキュリティサポートをすることが困難であるという点から、Debianの通常のセキュリティ更新ポリシーとは異なり、アップグレードによってバージョンを更新することでセキュリティサポートが提供されます。

Debian 13 "Trixie"を使ってみよう!

Debian 13 "Trixie"を使ってみるにはライブイメージが便利です。Debian Liveのページでは「GNOME」⁠KDE」⁠LXDE」⁠LXQt」⁠Xfce」⁠Cinnamon」⁠MATE」それぞれのLiveイメージがダウンロード可能です。このLiveイメージにはインストーラとして「Calamaresインストーラ」が同梱されており、DesktopへDebianを導入する際には非常に直感的に利用できるでしょう[9]

また、Debianクラウドチームのページでは各種クラウド環境向けのイメージやQEMUなどの仮想環境で実行するためのイメージも配布されています。これらの環境で試用してみるのも良いでしょう。

なおDocker Hubにおいて、複数のアーキテクチャ向けのDebian 13 "Trixie"のDockerイメージ、および必要最低限のパッケージのみを導入した"slim"イメージも提供される予定です。

最後に

本稿ではDebian 13 "Trixie"についての主な変更点と注意点を紹介しました。他にも開発者向けの細やかな改善点がたくさんありますので、詳細についてはリリースノートを参照してください[10]

また、Debianに関する日本語の情報源としてはDebian JP ProjectのWebサイトや各種メーリングリスト、だいたい月に1回のペースで主にオンラインで開催されている東京エリアDebian勉強会があります。なお、来たる2025年9月6日(土)MiniDebConf Japan 2025を北海道旭川市にて開催予定です。これらイベントへも是非ご参加ください。

最後になりますが、普段Ubuntu一辺倒の人も、その基盤となっているDebianを是非を触ってみてください。

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