SF小説の歩き方

第1回エンジニア出身の方が書く小説 「コードを書く」「小説を書く」との共通点

まずはご挨拶

はじめまして、池澤春菜と申します。

声優、書評家、エッセイスト、脚本家、駆け出しの小説家、履いている草鞋わらじはいろいろあれど、ここ2年で一番大きな肩書きといえば、第二十代日本SF作家クラブ会長。

子どものころから本がとにかく大好き。1日3~4冊、年500冊ほど読みふけり、今でもほぼ1日1冊は読みます。大好きなのは、もちろんSF。SFおもしろいよね、と言っていたら、日本SF作家クラブに入れていただき、SFいいよね、と言っていたら、理事になり、SFってすごいね、と言っていたら、会長になりました。子どものころのわたしに「SF好きだと、いいことあるよ」って教えてあげたい。

SFってなんの略称?

サイエンス・フィクション?

もちろん正解。でも、それだけじゃないんです。たとえば藤子・F・不二雄さんは「すこし・ふしぎ」と言っていたし、⁠スーパー・フィクション」⁠フューチャー・シミュレーション」なんて言い方もあるかもしれない。

わたしの好きな言い方は「スペキュレイティヴ・フィクション⁠⁠。スペキュレイティヴとは思弁、⁠理性的、空想的、形而上けいじじょう学的思索⁠⁠、つまりは「思考実験」のこと。だから宇宙が舞台でなくとも、未来のお話でなくとも、いわゆるサイエンスを扱っていなくとも、SFなんです。わたしはSFは、IFの文学だと思っています。

わたしたちの知っている世界や考え方、当たり前だと思っていること、そのどこかにIFを入れる。それによって変化していく世界を描いた物語、それがSF。現実をベースにした小説が箱庭だとしたら、その壁をぱたんと倒し、どこまでも想像力を働かせて飛躍する。物理的にも心理的にも、あらゆる法則に縛られない最も自由な文学、それがSF小説なんじゃないかと。

だから、SFが大好き。

この連載では、世界の見え方が少し変わるような、より不思議で魅力的な明日が見えるような、そんなSF作品をたくさんご紹介していきたいと思っています。

それでは本題

第1回目のプレゼンテーションポイントは、⁠SFはエンジニアリングである⁠⁠。

実はね、ここ最近、エンジニア出身の作家さんの書く小説がめっぽうおもしろいのです。もともと理系文系といった差があまりないのがSFのおもしろさ(わたしは100%文系なのですが……⁠⁠。さらに新しいSF作家世代は、その垣根をぶっ飛ばし、もっと自由に、もっと楽しい小説をどんどん産みだしています。

たとえば、藤井太洋さん。ソフトウェア開発会社で海外勤務などを経て、Gene Mapper -core-[1]でセルフパブリッシングデビュー。原稿執筆は当初はScrivener、その後、Visual Studio Codeに移り、原稿はGitで管理しているバリバリの理系小説家。また、最近ではVisual Studio Codeの小説執筆向け拡張機能を自ら開発されたりも。短編ハロー・ワールド[2](プログラマーにはおなじみの言葉!!⁠⁠。藤井さん自身を投影した主人公が開発した広告ブロックアプリが、思わぬ国で爆発的に売れ始める。その陰に隠された国家を揺るがしかねないある秘密とは。行き先は特異点[3]の舞台は、Googleの自動運転やAmazonの配達ドローンが実装された、すぐ近くの未来。小さなバグから世界中に波及した大きなエラー。Bitcoinや、SNSといった、⁠今、ここ」にある世界から一歩先を描いた作品集。おそらく、非常に身につまされるお話が多いのではないかと。

ハロー・ワールド
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現役エンジニアとしては、ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞してデビューした安野貴博さん。東大卒、最前線のソフトウェアエンジニアが書いたのは、ノンストップ自動運転サスペンスサーキット・スイッチャー[4]

サーキット・スイッチャー
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レベル5の自動運転が実装された近未来。完全自動運転アルゴリズムを開発した坂本が乗る車が、ムカッラフと名乗る男にカージャックされた。ムカッラフは60分以内に首都高を封鎖しなければ、坂本ごと車を爆破すると脅す。一部始終は配信され、多くの人が見守る中、完全に公平だとされる自動運転がはらむ危険性、そして欺瞞ぎまんが暴かれていく……

自動運転ものでは、八島游舷さんの短篇Final Anchors[5]も秀逸。避けようのない衝突事故まで、あと0.5秒、2台の車のAIは仮想法廷を開き、どちらの車が死に至る強制停止アンカーを打ち自壊するべきかを話し合う。いわゆるトロッコ問題に直面したときに、何を基準にし、どう判断を下すのか。八島さんはエンジニアではないけれど、非常にリアリティのある近い未来を描き出しています。

こちらも現役エンジニア、オーラリメイカー[6]が第7回ハヤカワSFコンテスト優秀賞となった春暮康一さん。最新作は、まるで罪と罰を理解しているかのように振る舞う、鹿に似た不思議な異星生物を描く法治の獣[7]。短編3本には、それぞれおもしろい生態の異星人が出てきます。ここは物質・生命工学を専攻していた作者の得意分野。アンソロジー2084年のSFに寄せた混沌を掻き回すは、収録作の中でも飛び抜けたスケールの力作。

オーラリメイカー
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海外だとアンディ・ウィアーがサンディア国立研究所でプログラマーとして働いていた経歴の持ち主です。Webサイトに上げた火星の人[8]が大変な話題となり、映画化までされました。困難な状況や不可解な謎を、限られたツールと自身の持つ知識でもって一つずつ解きほぐしていく。この過程がとてもフェアで、でもSF的ワクワクに満ちていて良いのです。

プロジェクト・ヘイル・メアリー[9]は主人公が記憶喪失になったところから始まる、まさにリバースエンジニアリング小説。

新しい人たちを紹介してきたけれど、大ベテランの中にももちろんエンジニア出身の方がいらっしゃいます。土木工学科を卒業し宅地造成の施工管理者として働いていた経験をお持ちの谷甲州[10]さん。機械工学エンジニアの堀晃さんの書かれるものは、さすがの理論構築のハードSF。

作家ではなく、登場人物がエンジニアなのはジョージ・R.R.マーティンのタフの方舟[11]。環境エンジニアを名乗る、ぶっちゃけ詐欺師で宇宙一あこぎな商人タフ。いろいろな星の問題を神テクで見事に解決するかと思いきや、毎回確実に事態は悪化。

食糧問題に悩む人口過密惑星には無限に増殖する栄養満点の食糧を与え、海洋惑星に出没する海の怪獣退治に乗り出し、名家が選りすぐりの魔獣を戦わせる競技に最強の魔獣を提供、かと思えばエセ宗教家と対決し……エンジニアリングとはなんなのか、と思わずチベットスナギツネ顔になるシリーズ。


エンジニアリングと小説って根本は同じなのかもしれない。作家は言葉、エンジニアは知識やスキルを使って、世界を構築し、より良いものを目指す。扱うツールは違えど、目指すものは似ている。

「SFはエンジニアリングである⁠⁠。SFを読むことによって、その先を想像する力を養う。思考を柔軟にし、さまざまな解決策や未来のパターンを思い描くことができる。

あなたの毎日にワクワクする何かをもたらしてくれるSF。池澤春菜のSF小説の歩き方、ぜひお役立てください。

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