2023年のWebアクセシビリティ

あけましておめでとうございます。株式会社ミツエーリンクスの中村直樹です。昨年と同じく、2022年のWebアクセシビリティに関連する出来事を振り返りつつ、2023年のWebアクセシビリティの展望について俯瞰していきたいと思います。

WCAG 2.2

2022年9月版のWCAG 2.2で、文書のステータスとしてはようやく勧告候補(Candidate Recommendation)にまでたどり着き、仕様文書として完成する勧告(Recommendation)が見えてきた…と思っていたところですが、12月になって達成基準4.1.1構文解析を削除するという話が急浮上してきました。

達成基準4.1.1がどういったものなのか、改めて振り返ってみましょう。この達成基準については、もとはWCAG 2.1原文参考日本語訳と同じものであり、WCAG 2.0とも同一です。達成基準4.1.1は、マークアップ言語で実装されるコンテンツに対して以下の4点を求めています。

  1. 要素には完全な開始タグ及び終了タグがある
  2. 要素は仕様に準じて入れ子になっている
  3. 要素には重複した属性がない
  4. どのIDも一意的である

おおまかにこれは、構文を遵守したHTMLを記述すれば満たすことができます。

歴史を振り返ってみますと、WCAG 2.0が勧告となったのは2008年のことでした。一方で、W3Cが発行したHTML5は、のちの2014年のことでした。2008年当時はHTML5の策定をW3CがWHATWGと共同で行っていた時代であり、発展途上であったといえます。

この当時はHTMLを解析するときにHTMLの構文エラーを検出した場合、エラーの処理方法が十分に規定されていなかったために、達成基準4.1.1が必要とされていました。しかし、今日ではHTML Standardとしてエラー処理の方法が規定されているため、もはや不要であるというのがAGWG(Accessibility Guidelines Working Group)の主張のようです。

WCAG 2.2から達成基準4.1.1を削除した場合、WCAG 2.0や2.1と整合性が取れなくなることが容易に予想できるわけですが、これについてはWCAG 2.0と2.1からも削除してしまう方向のようです。

この達成基準が削除されたときに、これまで達成基準4.1.1として報告していた問題をどのように処理すればよいのかが気になるところです。Adrian Roselli氏のThe 411 on 4.1.1という記事では、別の達成基準にマッピングするというアプローチが提示されています。これによると、概ね達成基準1.3.1と達成基準4.1.2に当てはめることができるとされます。

いずれにせよ、達成基準4.1.1が削除されるのか、削除されたときにどのようにマッピングするのかについては、AGWGからのアナウンス待ちといったところになります。勧告までに達成基準の取り扱いについて明らかにされる必要があるわけですが、その勧告スケジュールについては、原稿執筆時点では⁠early 2023⁠と具体的な時期がぼやかされています。それでも、2023年内には勧告となる公算が大きいのではないかと考えます。

なお、JIS X 8341-3の改正について気になる読者もいると思いますが、典型的な流れとしては、ISO化を待ってJIS化するという手続きになります。仮に2023年にWCAG 2.2が勧告されたとして、W3C勧告のISO化に1年、ISOのJIS化にもう1年かかるとすれば、2025年にJIS改正となり、少し先の話になってくることになります。

WCAG 3.0

2022年はWCAG 3.0の作業草案(Working Draft)の更新がなく、文書という意味では表だった動きはありませんでした。もっとも表だった動きがなかっただけで、議論自体は活発に行われている様子がAGWGの議事録からは見てとれます。

9月に行われたTPACでは、多方面にわたって議論が行われた様子が伺えます。議論の概要はTPAC SummaryとしてGoogleドキュメントで提供されています。その内容については議論そのものが途上という印象であり、詳細についてはここでは触れません。

さて、WCAG 3.0全体のスケジュールの構想について見ていきましょう。2022年6月時点に提出された憲章(Charter)では、3年でAGWGの外部に広範なレビューを求める草案を作成し、そこから3年で安定した文書を発行できるような青写真が垣間見られます。とはいえ、WCAG 3.0自身が先にも述べたように議論の途上ですし、文書策定というものは往々にして遅延が発生するものです。

事実として、2020年のWebアクセシビリティでは、WCAG 2.2の勧告予定が2020年11月と記していたわけですが、現実にはそこから2年以上遅れが生じています。WCAG 3.0の策定自体がWCAG 2.2以上に難航することが予想されること、また必要に応じてWCAG2系列のメンテナンスも発生することが予想されることから、現時点でのスケジュールはあってないようなもので、ある程度の形になるのも当面は先であると捉えておくのが適当と思われます。

WAI-ARIA

WAI-ARIA周辺については、毎年5月の第3木曜日に行われるGlobal Accessibility Awareness Day (GAAD)にあわせて、WAI-ARIA Authoring PracticesをリデザインしたARIA Authoring Practices Guideが公開されたのが2022年の目に見える出来事といえます。

WAI-ARIA 1.2に関しては、2022年での更新はありませんでした。その一方で、実装側の仕様書と位置づけられるCore Accessibility API Mappings 1.2が2022年11月に勧告候補に到達しました。WAI-ARIA 1.2の勧告案(Proposed Recommendation)の準備は整ってきているように見えており、2023年内には何らかの動きがあるのではないかと思われます。

Webアクセシビリティの学習に関する文書・書籍

Webアクセシビリティに言及するブログ記事などを見かける機会は、日増しに増えてきているという感触があります。しかし、英語圏のまとまったWebアクセシビリティの解説文書が翻訳された形で複数存在するものの、最初から日本語で書かれた資料については、不足しているように思えるのが正直なところでしょう。

そのような中で、デジタル庁がウェブアクセシビリティ導入ガイドブックを2022年12月に公開しました。⁠ウェブアクセシビリティに初めて取り組む行政官の方や事業者向けに、ウェブアクセシビリティの考え方、取り組み方のポイントを解説する、ゼロから学ぶ初心者向けのガイドブック」と謳ったWebで利用できるリソースであり、個人的にはかなりインパクトのある出来事でした。

内容については、謳い文句のとおり、Webアクセシビリティにこれから取り組もうとする方にお勧めできるものとなっています。主に行政の担当者を念頭に作成されたものであり、Webアクセシビリティの行政機関へのさらなる浸透が期待できます。また、行政とは関係なく民間事業者でも利用できる内容です。こういった文書が官公庁から出されることは大きな意義があると考えます。

このガイドブックではまた、文字サイズの変更や、アクセシビリティ・オーバーレイについて非推奨として言及しています。非推奨とされるものは原理的に、ブラウザーやスクリーンリーダーのような支援技術で実現するのが望ましい、あるいは実現可能な機能ですが、これをWebサイトで実現しようと試みるものです。特に文字サイズ変更ボタンについては、公共団体等ですでに導入されているケースが多いと思われ、思い切った記述だと感じました。

さて、2022年には、Webアクセシビリティに言及している書籍がいくつか出版されました。筆者と太田氏による共著HTML解体新書は、HTMLを本格的に取り上げた書籍です。太田氏はWebアクセシビリティ界隈ではよく知られているデザイニングWebアクセシビリティの著者でもあり、Webアクセシビリティに精通した執筆陣でHTMLを解説しています。随所でWCAGの達成基準との関係性も取り上げています。

柴田氏による武器になるHTMLもWebアクセシビリティに言及したHTMLの書籍です。HTML解体新書が中・上級者を意識した書籍である一方で、⁠武器になるHTML』は豊富なスクリーンショットが掲載されており視覚的にもわかりやすい構成であり、初級者を意識した書籍といえます。

WebアクセシビリティとHTMLの関係性について、改めて少し触れておきましょう。本記事の「WCAG 2.2」でも少し言及したように、スクリーンリーダーのような支援技術は、HTMLから情報構造を読み取って、その構造をユーザーに伝えます。ですから、Webページで提示される情報の構造が伝わるようなHTMLでマークアップすることが重要となるわけです。

このように、HTMLはWebアクセシビリティで大きな役割を果たしていますが、一方でWebページのデザインもアクセシビリティで大きな役割を果たしています。間嶋氏の見えにくい、読みにくい「困った!」を解決するデザインは、主にダイバーシティやインクルージョンに取り組んでいくためのデザインについて解説をしていますが、Webアクセシビリティについても言及しています。デザインの観点からWebアクセシビリティを考えることができる書籍といえます。

Webアクセシビリティに初めて取り組むときに、何から手を付ければよいのかわからないという声がありますが、これに対する解として、鮮度の高い役立つ文書や書籍が登場してきています。Webアクセシビリティを推進する側にとっても心強いものです。

障害者政策とWebアクセシビリティについて

法律的な観点からは、障害者権利条約、障害者基本法、障害者差別解消法がWebアクセシビリティに対して中心的な役割を果たしているといえるわけですが、これらの条約・法律に関係する活発な動きが見られます。

障害者権利条約と国連審査

2022年の8月から9月にかけて、国連の障害者権利委員会によって、障害者権利条約の取り組みに対する審査が行われ、日本に対する総括所見が出されました。これは、これまでの我が国の障害者施策の取り組みに対して、評価できる点と改善を求める点について勧告という形で出されるものとなっています。

総括所見の中ではアクセシビリティに関していくつものコメントがなされていますが、その中の1つにaccessibilityやinclusiveを含むいくつかの用語の翻訳が不正確であるという指摘がなされています(総括所見の7(d)⁠⁠。現に、権利条約の第3条の一般原則では、accessibilityを「施設及びサービス等の利用の容易さ」と翻訳しています。

条約の和文について、accessibilityをアクセシビリティという翻訳にアップデートすることがひとつの望ましい姿であると考えます。それと同時にアクセシビリティとは何なのか、アクセシビリティの概念、役割や意義を改めて足固めする必要があるように感じます。

第5次障害者基本計画と情報アクセシビリティ自己評価様式

障害者基本法関連では、第5次障害者基本計画について、12月に障害者政策委員会での取りまとめが行われました。今後は、パブリックコメントを経て閣議決定され、今年4月から実施される予定です。原稿執筆段階の計画案では、みんなの公共サイト運用ガイドラインの見直しについて明示されているのが1つのポイントといえますが、⁠デジタル機器・サービスが情報アクセシビリティ基準(JIS X 8341シリーズ等)に適合しているかどうかを自己評価するチェックシート」についての言及も気になるところではあります。

これは、総務省で情報アクセシビリティ自己評価様式として提示されているものであり、議論が進みつつあります。米国において、製品がリハビリテーション法508条の基準にどのように適合するかを示すVPATという枠組みがありますが、この枠組みを日本でも採り入れようという試みです。

筆者が所属しているウェブアクセシビリティ基盤委員会でも情報アクセシビリティ自己評価様式について話題に上がってきています。筆者の聞き及ぶ限りでは、どうやら自己評価様式の内容は、技術的に固まっている状態ではないようです。その一方で、この様式を推進すること自体は決まっているような感触があります。

筆者の個人的な意見としては、そのような枠組みを導入しようとすること自体はよいことだと考えます。しかし、自己評価様式を使ってどのようにアクセシビリティを前進させていくのかのビジョンがあまり見えないことと、この様式を推進する法的な根拠が明瞭ではないことが懸念材料であると考えます。

障害者差別解消法と基本方針改定案

障害者差別解消法により策定される、障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(改定案)のパブリックコメントが1月13日まで受け付けられています。

この基本方針の改定案では、合理的配慮の提供と環境の整備について、Webサイトの例が以下のように明示されています。

オンラインでの申込手続が必要な場合に、手続を行うためのウェブサイトが障害者にとって利用しづらいものとなっていることから、手続に際しての支援を求める申出があった場合に、求めに応じて電話や電子メールでの対応を行う(合理的配慮の提供)とともに、以後、障害者がオンライン申込みの際に不便を感じることのないよう、ウェブサイトの改良を行う(環境の整備⁠⁠。

まだパブリックコメント募集の段階ですので、文言が確定したわけではありませんが、Webアクセシビリティについて、基本方針で具体的な考え方が示されることは大いに評価できるところです。

ここで注意したいのは、⁠ウェブサイトの改良」の技術的な観点については、基本方針ではなんら示していないことです。みんなの公共サイト運用ガイドラインではJIS X 8341-3:2016のレベルAAへの準拠こそ求めていますが、特に民間企業に対して、技術的な基準が決まっているわけではありません。

改正法の施行を前にして、Webアクセシビリティへの機運が高まっていくのは望ましいことではありますが、WebサイトでWCAGへの対応が必須であるというような、不正確な解釈のもとにアクセシビリティ対応を謳っていくような動きも一部で見られます。正確な情報をもとにWebアクセシビリティに取り組んでいきたいところです。

なお、改正差別解消法の施行ですが、改正法の施行を定める政令について準備が進んでいるという話です。基本方針の改定を受けて、対応指針の策定についても行われていくわけですが、これと並行して改めてスケジュール等が提示されるのではないかと思われます。

Webアクセシビリティ施策のゆくえ

2022年5月には障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法が施行・公布されました。この法律がWebアクセシビリティにどのように影響してくるのかは未知数ですが、2022年末に推進法に基づく協議の場が設けられました。まずは成り行きを見守りたいところです。

防災分野での動きとして、国土交通省ではハザードマップのユニバーサルデザインに関する検討会が行われています。Webアクセシビリティについても触れられているのですが、残念ながら正確さに欠ける理解が見受けられます。Webアクセシビリティの専門家がこうした場にコミットできていないという問題もありますが、オブザーバーとしてデジタル庁が参加できていないという問題もあります。デジタル社会の実現に向けた重点計画では、⁠医療・教育・防災・こども等の準公共分野のデジタル化」を掲げており、ハザードマップが密接に関係すると解釈できますが、いずれにせよ分野をまたいだWebアクセシビリティでの連携についての課題が浮き彫りとなった格好です。

読書バリアフリー法との絡みでは、電子書籍フォーマットEPUBのアクセシビリティに関するJISとして、2022年8月にJIS X 23761が制定されたのは大きな動きでしょう。11月に行われた日本DAISYコンソーシアムと共催で行われた日本電子出版協会(JEPA)のセミナーは、EPUBアクセシビリティにスポットを当てたものでした。

筆者がこのセミナーを録画視聴した限りでは、JIS X 23761対応のシステム作りはこれからであるという印象を受けました。また、JIS X 23761は、JIS X 8341-3つまりWCAG 2.0を参照しています。しかし、Webアクセシビリティ技術仕様としてのWCAG 2への理解についても、これからであるように見受けられました。

総務省による令和3(2021)年度の通信利用動向調査(企業編)によれば、⁠ホームページのJIS規格への準拠の状況」の設問に対して「この規格およびアクセシビリティとは何かを知らなかった」という回答が54.0%にのぼっており、Webアクセシビリティの認知そのものが、まだまだ企業に浸透していない状況が窺えます。

このようにさまざまな分野でWebアクセシビリティが取り上げられつつあるわけですが、まだまだ省庁や企業へのWebアクセシビリティの認知や理解が途上であるということを改めて認識しています。

そのためにも、まずはWebアクセシビリティを知ってもらうという働きかけを継続的に取り組んでいく必要があります。そのようなWebアクセシビリティの周知とともに、省庁や分野の垣根を越えた、横断的なWebアクセシビリティ政策の必要性を訴えていきたいところです。

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