Linux Daily Topics

そのパッチは受け取れない ―ロシアの半導体メーカーに在籍する開発者、カーネルパッチを拒否される

オープンソースの開発は国籍や人種、宗教、さらにはイデオロギーや政治的立場も超えて中立であるべきだ ―こう考える開発者は少なくないだろう。実際、多様性はオープンソースの美点のひとつでもある。とくにLinuxカーネルのような巨大なオープンソースプロジェクトの場合、さまざまなバックグラウンドをもつ開発者を公正に包摂していくDE&I(Diversity, Equity & Inclusion)の概念をコミュニティに浸透させていくことはプロジェクトにとっての使命といってもいえる。

だが、現在進行中の国際紛争の、それも侵略国側のテクノロジに関連した企業に所属するエンジニアが、他国のエンジニアと同様にオープンソースプロジェクトの開発に貢献することは認められるべきなのだろうか。

ロシアのファブレス半導体メーカーであるBiKal Electronicsはロシアではじめて国防以外の商用プロセッサ「Bikal-T1」を開発したことで知られている。もっとも同社はロシア軍にも通信機器用に集積回路などを提供しており、重要な国策企業の1社に数えられているため、ロシアによるウクライナ侵攻にともなって同社も西側諸国による経済制裁を受けている。台湾TSMCなど世界の主要ファウンドリーはBikal Electronicsやその他のロシアのファブレスへの出荷を止めており、きびしい調達事情は今後も続くと見られる。同社のWebサイトも1年以上に渡って⁠Under Construction⁠の状態だ。

このBikal Electronicsに所属するSerge Seminという開発者が3月14日、Linuxカーネル開発者メーリングリスト「LKML.org」にBikalチップのドライバコードの修正を含む13のパッチを連投した。だが13番目のパッチを共有したあとにメンテナーのひとりであるJakub Kicinski(Meta所属)から返ってきたのは、それらのパッチに対する短い、しかしはっきりとした拒絶であった。

我々はあなたが所属する組織(Bikal Electronics)が製造したハードウェアに関連したパッチを受け取ることに不安を覚えている。追って通知するまではネットワークへの貢献を控えてほしい。

We don't feel comfortable accepting patches from or relating to hardware produced by your organization. Please withhold networking contributions until further notice.

明らかにパッチの品質ではなく、開発者が所属する組織を問題視していることがうかがえる。

なお、このLKML.orgの対応に対して、ITニュースメディアの「The Register」「ロシアのオープンソース開発者の貢献を拒絶することは、ロシアの国家や組織にダメージを与えるものではなく、ロシアが悪行を再考するきっかけにもならない」として「⁠⁠LKML.orgは)時代遅れな対応」厳しく批判している

ロシアのウクライナ侵攻以来、国際的な競技大会や金融ネットワークにおけるロシアの締め出しは現在も続いているが、DE&Iを掲げるオープンソース開発の世界でも同じように開発者の⁠締め出し⁠は正当化されるべきなのか、それとも本件は例外的な対応なのか ―戦争は当事国以外の開発者にも答えを出すことが難しい問題を投げかけている。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧