AI時代のインフラエンジニアリングとインフラエンジニア⁠SREの価値 ――スリーシェイク代表取締役社長 吉田拓真氏に訊く

スリーシェイクは「インフラをシンプルにしてイノベーションが起こりやすい世界を作る」をミッションに、インフラエンジニアリングを中心とした事業に取り組む企業です。

2015年に設立して以来、SREコンサルティング支援事業の「Sreake(スリーク⁠⁠」をはじめ、利用企業にとってエンジニアリングの最適化・安定化を実現するサービスを提供し続けてきました。

2020年からのコロナ禍、そして、2022年末からの生成AIの登場など、世の中が目まぐるしく変わる中で、スリーシェイクはこの変化をどのように捉えているのか、そして、このAI時代におけるインフラエンジニアの価値はどうなるのか、同社代表取締役社長 吉田拓真氏にお話を伺いました。

株式会社スリーシェイク代表取締役社長 吉田拓真氏。
2011年DeNA入社後、インフラエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、ソーシャルゲーム/IoTスタートアップの立ち上げを経験。
2015年1月にスリーシェイクを設立後、SRE特化型コンサル「Sreake」、DXプラットフォーム「Reckoner」、セキュリティプラットフォーム「Securify」、エンジニア紹介事業「Relance」の立ち上げを行う。
株式会社スリーシェイク代表取締役社長 吉田拓真氏。

スリーシェイクが目指しているもの――実務レベルで求められる「インフラ」

――まずはじめに、企業としてのスリーシェイクについて、吉田さんご自身のこれまでのキャリアとともに教えていただけますか。

吉田:私は、2011年に株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に新卒として入社しました。DeNAでは、金融系やグローバル開発環境など幅広い分野のインフラエンジニアを担当し、金融系ではおもにオンプレミスでの構築・運用を、グローバル開発環境ではクラウドでの構築・運用業務を担当していました。

補足すると、私は入社するまでITエンジニアリングに取り組んだことは実は1度もなく、新卒の3ヵ月間のエンジニア研修が初めての経験でした。そこで、いろいろ触れる中で、インターネットの仕組みがわからなかったので、そこを深掘りしたいと思って、インフラエンジニアリングの領域を選びました。

2011年当時は、ちょうど3.11のあとでもあり、AWSをはじめとしたクラウドへの注目度が高まっていた時期でもありました。その点も含め、サーバサイド・インフラへの興味が強かったと記憶しています。

それから、2013年にゲーム系スタートアップへ転職し、システム統括や事業戦略をさせてもらった際に、実際に自分の強みと感じ始めていたビジネスとインフラ実務をつなげていく部分に注力し、それを事業とした企業を立ち上げたいと考え、2015年1月にこのスリーシェイクを起業しました。

重要なのは「ユーザにとっての価値を提供すること」

――学生時代にITエンジニアリングの経験がない中で、インフラ領域へ興味を持ったというのは珍しい気もしますし、ユニークですね。

吉田:はい。まったくゼロベースだったというのもあって、〇〇が良いという意識や先入観がなかったことが、逆にインフラ領域に対して、素直に興味を持って選んだんだと思います。

――そして、スリーシェイクが誕生したわけですね。今では「Sreake」をはじめ、4つのサービスを提供しています。とくにSREに関しては、早くから取り組まれていたとのこと、ここまでの事業展開について教えてください。

吉田:起業当時はAWSを中心としたパブリッククラウドが普及し、AnsibleやTerraformなどのIaC(Infrastructure as Code)を用いたDevOpsの導入が盛んでしたので、まずはDevOpsにフォーカスしたコンサルティング事業を始めました。

一方で、当時はまだまだインフラエンジニアとサービスのユーザーとの距離感は遠く、システムのコストや可用性、冗長性をしっかり守る人、という印象が強かったです。⁠縁の下の力持ち」とよく言われていました。

しかしパブリッククラウドの機能が進歩する中で、インフラエンジニア自身も関わるサービスがどういうユーザーが使い、どんな価値を提供するのかに合わせて、システム構成、いわゆる「インフラデザインパターン」を考える必要が出てきました。またDevOpsが浸透し、アプリケーション開発のリリース頻度がどんどん増えてきたことで、⁠高頻度のリリースをインフラサイドでどう支援していくか」という点も大事になってきました。ここがインフラエンジニアの思考回路の分岐点だったと思います。

単純に技術的に優れていて、可用性や冗長性、コストパフォーマンスが素晴らしくとも、サービスのリリース速度が重要になるスタートアップでは、インフラがボトルネックになってしまえば、結局のところ、リリース頻度は落ち、ユーザーの信頼は得られないですよね。同様にどんなに素早くインフラを提供しても、ミッションクリティカルなシステムでは可用性や冗長性が詰められていないとユーザーからの信頼は得られません。

つまり「関わっているサービスに求められるインフラの信頼とは何なんだろう」っていうのを意識しながら、優先度をつけて取組む必要性がでてきました。ここを重点的にコンサルティングとして提供したのがスリーシェイクの原点です。

そんな中、2016年にGoogleがSREの概念をまとめた『Site Reliability Engineering: How Google Runs Production Systems』を発表して、徐々に日本でもSREの考え方、システムの信頼性をソフトウェア・エンジニアリングでどう解決しようか、というところが注目され始めてきたときに、まさに我々が行っているインフラコンサルティングの延長線上の概念だなと思っていたので、⁠Sreake」という事業に変更し、改めてSREの基本理念に則って、クラウドネイティブなSREを推進するコンサルティングとして今に至ります。

株式会社スリーシェイクのサービス。
株式会社スリーシェイクのサービス

SREをはじめ⁠インフラエンジニアにとって必要なスキルセット⁠マインドセット

――設立当初から、SREの意識を持っていたことが、今のスリーシェイクにつながっているわけですね。それではここから、企業独自というよりは、幅広くインフラエンジニアリング、SREの観点でお話を伺わせてください。

まず、吉田さんのこれまでの経験を元に、2024年現在のインフラエンジニア、⁠エンジニア)としてのSREに求められるスキルセットやマインドセットについて、教えてください。

ネットワークやOSの基礎知識は必ず必要

吉田:非常に難しい部分ですね。私自身の経験とスリーシェイクが目指す部分と合わせて説明させてください。

スキルセットに関しては、インターネットやインフラの基本知識は絶対必要です。たとえば、TCP/IPやHTTPの仕組み、また、OS部分としてLinuxの知識など、いわゆる低レイヤと呼ばれる技術については、絶対知識として身に付けておく必要があります。この基本的な理解なくしてクラウドやコンテナ技術を理解することは難しいです。

一方で、つねにキャッチアップやアップデートが必要と考えるのが、アプリ開発に必要な技術、アプリの仕組みですね。

インフラエンジニアやSREの場合、ユーザが利用する機能を直接開発することはありませんが、クラウドの技術進化とともにアプリ開発に必要なクラウドの機能が多数出てきて、最初からその機能をフル活用したアプリケーション開発が重要になってきました。ですから、自分が担当するアプリの全体機能がなんなのか、その中でどういうシステムのデザインパターンが必要なのか全体像を理解しておく必要があります。

また、DevOpsと呼ばれる、サーバ運用管理についても、自動化、CI/CD、IaCの考え方など、自分が関わるシステムで利用されるものについて、その時代時代に合わせた最新技術を知っておかなければいけません。

ただ、数年前と比べて、今挙げたアプリケーション側だったり、サーバ運用管理に関わる部分の知識は、体系化したナレッジがブログや書籍などで存在しますし、深い個別の技術解説記事もネット上で増えてきました。ですから、最初から細かく理解するのは難しくても、薄くでも広く、まずはインフラエンジニアリングの全体感を掴むことことが重要と私は考えています。

サービスを支え続けるという責任感

マインドセット部分については、これはずばり「サービスを支え続けるという責任感」でしょうか。インフラだから直接ユーザが触れる機能には関係ない、であったり、依頼通りに構築・運用すれば良い、ではなく、私が考えるインフラエンジニアやSREは、⁠このサービス・システムは自分が支え続けるんだぞ」という意識を持つことが大事と考えます。

ここから先はスリーシェイクだから、という部分も含まれますが、この「自分が関わっているサービス・システムを支え続けるという」意識を持つということは、エンジニアと言えどもビジネスに対する興味を持つことだと思います。すなわち、顧客のビジネスがそもそもどういうものなのか、ビジネス自体への興味や理解をすること、また、そのために顧客のビジネスサイドとも信頼構築を試みるプロセスが非常に重要です。

プロセスにおいてはとくにコミュニケーションやプロジェクト管理といったソフトスキルが重要となりますし、スリーシェイクではソフトスキルに関してのスキルマップを用意して、それぞれに身に付けてもらうよう取り組んでいます。

実際、顧客のサービスをサポートする際には、単に要件をヒアリングするだけではなく、インフラエンジニアの立場から一歩踏み込んだ質問をして、ビジネスの課題や目的をより明確にするよう、心がけています。場合によっては、それはうちのSRE(サービス)を使わなくても良いのではと回答するケースもありました。

エンジニアリングがビジネスの成功の鍵を握る大きな要因になった時代だからこそ、どんな領域のエンジニアでもビジネス思考を持つことが必須と考えます。

生成AI時代のインフラエンジニア⁠SRE

――年々技術が進化していく中、押さえておかなければいけない基礎知識と、また実際のビジネスにおいて求められるそれぞれの領域での知識、さらに、そこに関わる人間の立場としての能力(ソフトスキル)が必要ということがわかりました。

ところで、最後の部分、人間の能力に置き換わるのではないかとも言われている技術として、今、生成AIに注目が集まっています。その進化のスピードと社会への浸透には目を見張るものがある一方で、人間の働き方に大きな影響を与えていると考えられます。

この点について、吉田さんご自身はどのように捉え、また、それをふまえて生成AI時代のインフラエンジニア・SREについてお考えがあれば教えてください。

生成AIで知識習得の初動スピードが格段に上がった

吉田:まず、一エンジニア、一ビジネスマンとしての立場での率直な感想は「やっと来た!」ですね笑

今のご質問にもあるように、生成AIさらにはさまざまな技術やトレンドの進歩のスピードが早く、その知識の習得が追いつかない時代になったと思います。そんな中での(実用性のある)生成AI登場は本当にありがたかったですね。

たとえば、何か新しいシステムを構築しようとしていてベストプラクティスを知りたかったり、世の中で新しい技術、例えば自分が知らないOSSに注目が集まった場合、生成AI以前は詳しいエンジニアに質問したり、Googleで調べつつ、英語のドキュメントを読んだり、海外のSNSを調べたりという作業が必要で、かなりハードルがありました。

しかし、生成AIの登場により、たとえばChatGPTに「〇〇について教えてほしい」とプロンプトを問いかければ、ある程度コンテキストを含めて回答してくれるので、生成AI以前に必要だった情報収集作業が一気に効率化されました。この点では、人間の労働を一気に楽にしてくれるソリューションの登場と言えますね。

その結果、これまで0→1に求められるスキルや労力は非常に難易度が高かったものが、その障壁が解消されてきています。そして、プロフェッショナルやエキスパートは0→1の部分ではなく、1→100に詰めていく部分に注力できる時代となりました。

さらに技術進化スピードに加えて、新技術の登場はビジネスの多様化・複雑化を促進しています。もし生成AIがなければ、多様化・複雑化に比例して、人間の業務量は増え続けていたはずですが、それも生成AIによって効率化されています。

現時点での私自身の感覚では、この1、2年で扱う業務範囲と量は倍以上になったと思いますが、スリーシェイク全体で見ると社員の残業の全体量は大幅に軽減されました。

他にも、たとえばコードレビューなどで相手に意見をしたり指摘する際、人間同士ではどうしても立場や関係が影響してしまいますが、生成AIが行うとその情緒的な部分がごっそり削ぎ落とされて、心理的安全性が確保された状態で行えるメリットを感じています。

最終判断の責任は人間が持つべき

次に、インフラエンジニア・SRE視点から見た生成AIの登場と影響についてお話します。

結論から言うと、インフラエンジニアやSREの本質部分については、今の時点では大きく変わらないです。前述のような面での効率化は一気に進んでいますが、業務に関してはまだまだ人間の目と頭で確認して判断する必要があるからです。

たとえば生成AIがアウトプットしたAnsibleやTerraformのコードをそのままコピペして、システムが作れるケースは本当に限られています。実際は、そこから要件や課題に合わせて、インフラエンジニアが1つ1つ作り込んでいく、運用していく必要があります。また障害やエラーに遭遇したときに、どこに問題があるか、どこに注目するかなど俯瞰的な判断が求められる部分は、人間が必要ですし、その前提として、扱っているシステム全体の特徴を理解していなければいけないからです。

変化があると感じる効率化の部分は、ドキュメント生成などの日常業務はもちろん、それ以外に最も大きな影響を受けているのが勉強の仕方ではないでしょうか。先ほどもご紹介しましたが、知らないOSSに触れたときの情報収集は本当に簡単になりました。

これはキャリア問わずですが、とくにキャリアがまだ浅いエンジニアにとっては大きな変革だと思います。これまで、ネットで調べたり、本を読んだり、詳しい人に聞いたりといったことをしていたかと思いますが、今はまず生成AIに聞いて、というアクションが起こせます。

だからと言ってネットの記事や本の価値が下がるわけではなく、新しい情報収集における最初のステップが変わったという点に注目しています。最初に全体像をつかめるので、知識習得の進み方が早くなっていると、私は考えています。まずは何となく生成AIで全体像を掴みながら、ネットの記事や本の情報から正確な情報を得て、知識をアップデートしていく流れが効率的だと思います。生成AIが生み出す情報は、必ずしも正確ではない、という大前提をしっかり持つことも大事です。

このように、部分部分での影響はありますし、今後それがもっと進むとも考えています。それでも「最終判断の責任は人間が持つべき」と、今は考えています。

生成AIを活用したSRE的サービス

その他、経営者の立場で言えば、スリーシェイクとしては生成AI、ChatGPTやGeminiは積極的に活用していくよう、推奨しています。先ほどのレビューもそうですし、生成AIの得意領域がわかってきたので、その部分はどんどん利用を推奨しています。

次の動きとしては、昨年(2023年)10月からテスト的に始めている「SRE業務の生成AI化」です。こちらについてはまもなく具体的なサービスとして公式に発表できる予定ですので、楽しみに待っていてください。

株式会社スリーシェイク代表取締役社長 吉田拓真氏。

2024年⁠生成AIがエンジニア不足を解消してくれる?!

――そのサービスはとても興味深いです。発表を楽しみに待っています。それでは最後に、2024年におけるインフラエンジニアリング・SRE業界に関しての展望をお聞かせください。

吉田:

繰り返しになる部分もありますが、今はまず生成AIとの向き合い方が、インフラエンジニアリングやSREにおいてもとても重要だと考えます。

その中でも1つ具体的な話をさせていただくと、今、どの分野、どの領域でもITエンジニア不足が声高に言われています。実際、これからの日本は人口減少が予想されていますし、その点は避けられないかもしれません。

ただ、生成AIの登場で、これまで一生懸命人間が作業していた業務を生成AIが代わりに担当してくれれば、人材不足解消の1つの答えになると考えています。インフラエンジニアリングやSREの業務は、実際の構築やオペレーション作業だけでなく、ドキュメンテーションやコミュニケーションも非常に大事で大変なのですが、ここが生成AIで一気に楽になると思います。

また、生成AIによって学習コスト・育成コスト、双方が小さくなることで、インフラエンジニアを目指す人たちの障壁を下げてくれるとも考えます。闇雲に知識を積み上げていく学習方法や育成方法ではなく、よりハンズオン型の「手を動かしてイメージを掴みながら学んでいく」というスタイルが定着していくのではないでしょうか。

今はまだまだ「インフラエンジニアリングが好き」⁠最初からSREを目指したい」という方が少ないかもしれません。私自身、最初は覚える知識が多く、プログラマーのほうが楽しそうだなという印象がありました。しかし今ではインターネットの根幹を支えているインフラ領域が一番好きです。今後、学習コストが下がっていくことでインフラエンジニアやSREが増えてほしいと考えています。

そのためにも生成AIを上手に活用して、インフラエンジニアやSREを目指す方を増やしたいですね。

もう一つ、今、インフラエンジニアやSREはエンジニアのキャリアパスにおいて通過点、つまり経験として一度はやってみたいけど、一生やるポジションじゃないなと思っている方もいらっしゃるかもしれません。私自身は、今後もインターネットサービスが拡大していく中で、インフラエンジニアやSREの存在は欠かせなく、むしろ存在感が増していくと思います。技術的にも日々進化していて面白いですしね。ですから経験者の1人として、魅力を伝え続けて、一生のキャリアとして続けてくれる方を増やしていきたいと思います。

――ありがとうございました。

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