BtoB SaaSの開発では、複雑なビジネスプロセスや業界固有の要件に対応することが求められます。また、「 顧客の個別の要望をどこまで取り入れるか」「 機能の優先度、スケジュール、予算などを鑑みて何をプロジェクトのスコープにするか」といった、考慮すべき点が多岐にわたるのも特徴です。BtoB SaaSを提供する企業は、どのような工夫をして開発を進めているのでしょうか。
2024年3月1日にオンラインで開催された「どうすれば、クライアントの要望を適切にプロダクトへと反映させられる? テック企業各社が明かすBtoB SaaS開発の秘訣 」では、ALGO ARTISとMCデータプラス、Asobica、ENECHANGEというテックベンチャー4社が登壇。BtoB SaaS開発に携わる人々が、事例やノウハウを発表しました。ここではそのレポートをお届けします。
高度な個別要求に応えるためのプロダクト戦略
最初に登壇したのは、ALGO ARTIS 取締役/VPoE 武藤悠輔氏。彼は昨年に開催されたスタートアップCTOによるピッチコンテスト「Startup CTO of the year 2023 powered by Amazon Web Services」で優勝し、IT業界内で注目を集めるVPoEです。
ALGO ARTISは「社会基盤の最適化」をミッションに掲げ、複雑な運用計画に特化した計画最適化ソリューション「Optium」や化学業界の生産計画を扱うSaaSプロダクト「Planium|化学」を提供しています。計画業務の課題を解決するためには、それぞれの顧客が持つ個別のニーズを細かいところまでサポートする必要があります。本セッションでは、ALGO ARTISがこうした個別要件をどのようにプロダクトに反映しているのかを解説しました。
BtoB SaaSを開発・運用していくうえで、重要なのは「顧客から寄せられるさまざまな要望のなかから、本質的な課題をとらえて価値提供すること」であると武藤氏は言及。たとえば顧客から「⚪︎⚪︎の機能がほしい」と要求された際、「 それはどのような機能ですか?」と深掘りするのは望ましくありません。
機能の詳細ではなく「どのようなときに、その機能がほしいですか?」と、想定されるユースケースを掘り下げていくのです。「 顧客にとって本当に必要な機能が何か」は、顧客自身も実はわかっていません。だからこそ、こうした深掘りのプロセスを経ることによって、真の課題を特定していく必要があります。
このプロセスを介して機能案を抽出した後には、さまざまな指標に基づいて機能の優先度をつけることが重要です。また、ビジネスモデルとプロダクトマネジメントをどのように連携させるかも考えていかなければなりません。そのための具体的な方法についても、セッション内で語られました。
グリーンサイト通門管理機能における多方面からの要望への対応方法
続いて登壇したのは、MCデータプラス 建設クラウド事業本部プロダクト開発部 エンジニアリングマネージャー 一階武史氏。同社は主に建設業向けのクラウドプラットフォームを構築・運用し、業界の課題解決を行っている企業です。主力プロダクトは、労務・安全衛生に関する管理書類(通称:グリーンファイル)を、インターネット上で簡単に作成・提出・管理できる「グリーンサイト」 。元請会社・協力会社双方の業務効率化を実現できることから、建設業向けのソリューションとして活用されています。
同社はこの「グリーンサイト」に蓄積されたデータと顧客基盤を基点とした、「 建設サイト・シリーズ」と呼ばれるプロダクト群を提供しています。一階氏はそのなかの「グリーンサイト通門管理機能」について、プロダクト開発の知見を解説しました。
通門管理とは、現場へ出入りする作業員の入退場履歴を記録して、安全管理に役立てるための機能です。この機能では取得した履歴情報を建設キャリアアップシステム(以下、CCUS)[1] 」へと連携できます。これにより、CCUS関連の運用の負担を大きく軽減できるのです。
[1] 「 建設キャリアアップシステム」とは、技能者が技能・経験に応じて適切に処遇される建設業を目指して、技能者の資格や現場での就業履歴などを業界横断的に登録・蓄積し、能力評価につなげる仕組み。国土交通省が主導・監督し、一般財団法人建設業振興基金が運営している。
「グリーンサイト通門管理機能」の特徴として、「 グリーンサイト」や各種の入退場管理アプリ、CCUS、MCデータプラスが提供する他のプロダクトのようにAPI連携対象のシステムが多いことが挙げられます。かつ、クライアント企業や入退場管理アプリのアライアンス先、CCUS関係者など、ステークホルダーも多種多様。扱うデータ量が多いことやリリースした機能の変更コストが高いことも特徴です。こうした前提があるなかで、どのように設計・開発の工夫をしているのかが語られました。
様々な粒度、 要望度の顧客要望に対応するための開発体制
次の登壇者はAsobica プロダクト開発部 VPoP 山根直也氏。同社はコミュニティ運営を通してロイヤル顧客の育成・蓄積・分析を行う「coorum」をメインプロダクトとして、「 あらゆる企業の経営を"顧客中心"にシフトする」ことを目指しています。
「coorum」を用いることで、特定の企業や商品などについてオンラインのファンコミュニティを作成できます。コミュニティのなかでブランドロイヤリティを高めて、LTVの最大化や新規顧客獲得の効率化を実現できるのです。
「coorum」では、カスタマーサクセスやセールス、サポートなどのメンバーを経由してクライアント企業から多種多様な要望が寄せられます。それらの要望を整理したうえで、「 価値ロードマップ」を作成していきます。これは、Asobicaがクライアント企業やコミュニティのユーザーに対して価値提供したい項目を並べたロードマップです。ロードマップの策定や実現にあたって、社内ではプロダクトマネージャーやカスタマーサクセス、セールス、マーケターなどの職種の人々がステークホルダーとして挙げられます。
また、これとは別に社内のエンジニアやサポートの人々からは、バグやパフォーマンス、セキュリティに関する改善要望が出されます。加えて、それらの職種の人々とUI・UXデザイナーからはUI・UX改善も立案されるのです。それ以外にも、何らかの理由により特定顧客の要望を優先して開発を行う「コミットメント項目」と呼ばれる機能案があります。
数多くのステークホルダーがいるなかで、さまざまな粒度や内容の要望に優先度をつけて対応していく必要があります。プロダクト開発を進めるうえで生じる課題やその対応策などを、山根氏は解説しました。
信頼を築く、 ウォーターフォールとアジャイルのはざまの開発手法
最後に登壇したのはENECHANGE エネルギークラウド事業部 開発マネージャー 吉川啓史氏。彼が所属するRenewable Energyユニット(通称:REユニット)では、再生可能エネルギー活用に必要な業務支援を行う「エネチェンジクラウドRE」を提供しています。
本プロダクトは、太陽光発電量および電力の需要の予測値計算や電力広域的運営推進機関(OCCTO)へ計画値の提出を行う機能、30分値単位での発電量トラッキング機能、月単位の非化石証書トラッキング機能などを有しています。
大手の電力会社と連携しながら機能開発をしているため、それらの企業からの要望を適切にくみ取りつつプロジェクトを進めることになります。「 REユニットにおいては、電力業界のリーディングカンパニーと信頼関係を築いて、先見性のあるプロダクトを素早く構築していくことが鍵」と吉川氏は言及します。
プロジェクトを進める手法には、大きく分けてウォーターフォール開発とアジャイル開発があります。ウォーターフォール開発は「作りたいシステムが明確で、要件定義を詳細に行えるシステム」「 大規模なプロジェクトで開発期間が長いシステム」に向いているとされます。
REユニットでは、クライアント企業と事前に合意形成をしたり、各種の監査などを行ったりするためにも、プロジェクト序盤で仕様策定やドキュメント整備を行うウォーターフォール開発を採用する必要があります。ですが、REユニットのプロジェクトではその途中で、仕様や計画の調整が発生し得ます。そうした場合の柔軟な対応に向いているのはアジャイル開発であるため、ウォーターフォール開発とアジャイル開発両方のスタイルをうまく取り入れつつ、開発を進める必要があるのです。
言うなれば、ウォーターフォールとアジャイルの“ はざま” と呼べるような開発手法を、REユニットがどのように実現しているのかを吉川氏は解説しました。
おわりに
BtoB SaaSの開発は一筋縄ではいかず、その過程でさまざまな課題に直面します。しかし、それらを解決した結果としてユーザーのビジネス成長に貢献できる、やりがいの大きい仕事であるともいえます。その難しさと面白さが、十分に伝わるイベントとなりました。