アクセシビリティを組織で向上させる ──たった一人から始めて、社内に認知されるまで

第6回アクセシビリティを必要とする人に会う

本連載はWebアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善の第7章「アクセシビリティの組織導入」を公開するものです。
改正された障害者差別解消法や、デジタル庁の取り組みからの影響を受け、アクセシビリティ向上への機運は日ごとに高まっているように感じます。著名な企業がアクセシビリティへのスタンスを表明するケースも増えてきました。
しかし、こうした情報が目に入っているのは、あなたがアクセシビリティに関心がある側の人だからです。多くの場合、社内でのアクセシビリティへの意識はまだまだ高くないのが実態です。
個人や有志による非公式な取り組みでも、アクセシビリティは徐々に改善することは可能です。しかし、いずれは限界を迎えます。企業が提供するWebサイトやWebアプリケーションは組織で開発されており、大規模であり、かつ成長していくからです。
継続的に取り組み、成果を出し続けるためには、こちら側も組織として取り組むことが重要です。組織全体へアクセシビリティを啓発し、開発プロセスに組み込む必要があります。本章「アクセシビリティの組織導入」では、いくつかの場所で筆者が試してきた事例をベースに「一人から始めるWebアクセシビリティ」のステップを解説します。
なお、続編としてアクセシビリティを組織で向上させる─⁠─社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまでも公開しています。


アクセシビリティへの取り組みは、特定の誰かのためではなく、あらゆる状況で利用可能であるという品質を高める活動です。一方で、誰にとって必要なのかがわかりにくい課題も持ち合わせています。活動を継続するには、アクセシビリティを切実に必要とする人と直接に出会う必要があります。

個人的には、これまでのどのアプローチより優先すべき行動だと感じます。しかし、なかなか踏み出せない人が多いのも事実です。アクセシビリティを必要とする人は自分たちと違う世界にいる人であって声をかけづらいと感じたり、相手をよくわからないままで話を聞くのは失礼ではないかと考えたりするからです。

しかし筆者の経験では、アクセシビリティを必要とする人、特に障害当事者は、むしろ自身のことを伝えるチャンスを求めています。自分たちの置かれている状況、経験や工夫、そして「当事者だからこそ見えている視点」を共有したいと考えているのです。ぜひこの一歩を踏み出しましょう。

新たな視点を獲得するには「会う」しかない

筆者を含め、アクセシビリティへの取り組みを継続している人たちは、ほぼ全員が「障害当事者や高齢者といったアクセシビリティを切実に求める人たち」を目の当たりにし、カルチャーショックを受け、そこから活動を本格化させていきました。

障害当事者の生活の不便や工夫は、それを知らない人の想像を超えています。コンビニのおにぎりのパッケージは具材に近い色分けがされているほうが認識しやすい、車椅子でスーパーに行くと角度の問題で値札が見えない。こういった話はそれを聞くまでは考えすらしなかった視点でしょう。

アクセシビリティを必要とする具体的なケースを直接聞けば、⁠あの人にとってこの改善はどういった意味を持つのだろう?」と想像できます図1図5⁠。

図1 障害当事者の利用状況:弱視のため画面を大きく拡大して利用している方の利用状況
写真:図1 障害当事者の利用状況
図2 障害当事者の利用状況:先天性多関節拘縮症のため片手・片肘・指の関節でパソコンの操作を行っている方の利用状況
写真:図2 障害当事者の利用状況
図3 インタビューの様子:先天性の脊髄性筋萎縮症(SMA)があり、マウスとスクリーンキーボードのみでパソコンを使っている方へのインタビュー
写真:図3 インタビューの様子
図4 インタビューの様子:筋萎縮性側索硬化症(ALS)により眼球以外が動かず、視線操作でパソコンを操作している方へのインタビュー
写真:図4 インタビューの様子
図5 noteが実施したユーザーインタビュー:noteではインタビューの様子を記事としてまとめている。:「アクセシビリティ向上にむけnoteが実施しているユーザーインタビュー
スクリーンショット:図5 noteが実施したユーザーインタビュー

何を聞くか⁠どう聞くか

障害当事者へのインタビューは、通常のユーザーインタビューとほとんど変わりません。まず、以下のことを伝えます。

  • インタビューの目的は製品のアクセシビリティを改善するための情報収集である
  • アクセシビリティを必要とする人の生活や経験を聞いて理解したい
  • 話して大丈夫なことだけ話してもられえばよいし、聞かれたくないことは追求しない
  • 自分はまだ知らないことが多いので、間違っていると感じたことは指摘してほしい
  • 時間を拘束する分の謝礼はきちんとお支払いする

聞くべきことはシンプルで、以下のようなものです。

  • ふだんどのような生活をしているのか
  • どういうときにアクセシビリティが必要になるのか
  • どういった方法で課題に対処しているのか

障害当事者に会う方法

「どうしたら障害当事者に会えるのかわからない」という声をよく聞きます。筆者がこれまで実施した方法を紹介します。

アクセシビリティ関連のイベントの登壇者にコンタクトを取る

最もコンタクトしやすいのは、アクセシビリティ関係のイベントで登壇したり発言したりしている人たちです。こういった方々はアクセシビリティ自体の普及啓発活動をしているわけですから、実際に取り組もうとする人たちからのコンタクトは歓迎しています。

障害当事者かつ専門家という人がいたら、話を聞けるとベストです。登壇者が障害当事者ではなくても、アクセシビリティに関する活動をしている人であれば、たいてい障害当事者とのつながりがあります。

社内の障害当事者に話を聞かせてもらう

社内に障害当事者がいる場合は、その人に話を聞かせてもらえるかを検討します。特に色覚特性の当事者や、矯正しても視力が少し弱くなっている人などは、比較的社内にも多くいるはずです。

障害当事者の生活について発信している人にコンタクトを取る

ブログやSNSなどで、プロフィール欄に対して障害の呼称(弱視、ロービジョン、色覚特性、全盲、ろう、失聴、難聴、肢体不自由など)で検索すると、情報発信をしている人に出会える可能性があります。投稿内で、自身の暮らしぶりや困りごと、お勧めツールやアプリケーションなどを紹介している障害当事者の方であれば、こういった依頼にも協力してもらえる可能性が比較的高いでしょう。

障害に関する支援を行っている団体にインタビューを実施する

障害当事者の生活、就労、IT利用に関する支援を行う団体は数多くあります。そういった社会福祉法人、NPO、公的機関が運営する障害者IT支援施設などを検索し、インタビューを申し込むアプローチがあります。

一般のクラウドソーシングサービスの障害当事者ユーザーに依頼する

一般のクラウドソーシングサービスでも、ブログやSNSと同様にプロフィール欄を検索すると、一定数の障害当事者ユーザーがヒットします。自身の生活や仕事についての情報提供を行えると記載している方もいます。

障害者専門のリサーチ会社やクラウドソーシングサービス経由でインタビューを実施する

障害当事者を調査モニターとするリサーチ会社や、障害当事者が働くことに特化したクラウドソーシングサービスも出現しています。こうしたサービス経由でインタビューを申し込めます。

自社サービスの障害当事者ユーザーに会う方法

自社のサービスにも、すでに障害当事者のユーザーがいるかもしれません。コンタクトを取るには、以下の方法があります。

自社サービスのプロフィール欄などから確認する

自社サービスにユーザープロフィール欄などがあれば、検索を実施してみます。インタビューを打診する際は「プロフィール欄を検索してあなたを知った」ということを申し添えます。なお、ユーザーが公開していない情報で検索したり打診したりすることは避けるよう注意します。

サポートへの連絡や問い合わせメールから確認する

ユーザーが能動的に問い合わせをしている可能性があるため、サポートとのやりとりや問い合わせメールの内容などを検索します。ただし、アクセシビリティを必要とするユーザーの多くは、これまでの経験から、問い合わせても返事はこないだろうと思っている可能性があります。そのため、あらかじめアクセシビリティに関する問い合わせを受け付ける旨をフォーム上で明示するなどの工夫が必要です。

アクセシビリティを必要とする潜在ユーザーとの商談に同席する

B2Bのサービスであれば、資料請求やサービス案内からの商談、導入支援といった人が介在する局面で「こういう障害があるので配慮してほしい」という連絡が来るケースがあります。商談のフォローを申し出て、同席させてもらえるか打診しましょう。

Webサイトやサービス上にインタビューしたい旨をお知らせとして掲載する

サービス上にユーザーへのお知らせ欄がある場合は、インタビューの募集を出します。まだサービスがアクセシブルではない場合、サービス利用前の見込みユーザーとの接点として、いわゆるランディングページなどで募集する方法もあります。

障害当事者に会った経験の活かし方

障害当事者に会ったあとには、同じ場を共有して感じたことや、会話を通して知ったことを自身の活動に反映していきます。

障害当事者に会って話を聞くと、それ以降は「今回会った人がサービスを使えなかったときの影響」について考えざるを得なくなります。⁠使えない人がいるかもしれない」と漠然と思っているのと、⁠絶対に使えない人を具体的に知っている」のとでは大きな差があります。

プロダクトを障害当事者が使えるようにするには、上記の方法で知り合った人に「アクセシビリティにフォーカスした」ユーザーインタビューやユーザビリティテストに参加してもらうのが有効です。支援技術を使うユーザーに自社のWebアプリケーションをテストしてもらうと、直接的なフィードバックが得られます。

HTMLの仕様やWCAGで述べられていることはどれも等価に見えるため、力の入れどころの判断が難しくなります。ユーザーの利用状況を実際に見ると、なぜその対応が必要なのかといった背景や、行き詰まってしまうポイントは何か、別の手段で回避できるものは何か、といったことがイメージでき、取捨選択できるようになります。

改善を実施したうえで、こうしたインタビューやテストを重ねていくと、判断が妥当だったかどうか、より適切な対応は何か、といった経験が積み重なります。やがて、支援技術利用時の知覚・操作・理解のシミュレーションを事前に行い、適切なデザインや実装をはじめから検討できるようになります(第8章「アクセシブルなUI設計の原理を導く」は、この積み重ねから導きました⁠⁠。

なお、著者陣はいずれも勤務先に障害当事者の同僚がいます。ともに生活をすると、⁠1人でできること」⁠人のサポートがあればできること」⁠人のサポートがあっても難しいこと」があるのがわかります。そして、1人でできることを増やしていくことに大きな意味があることも感じます。こうしたインクルーシブな環境を目指していくのも、ひとつの目標です。

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