最大の差別化要因はWebAssemblyの採用 ―― Fastly共同創業者Tyler McMullen氏に聞く次世代CDNの最前線

クラウドインフラやCDN(コンテンツ配信ネットワーク)の分野において、エッジコンピューティングとWebAssemblyの融合は今、大きな注目を集めています。その最前線を走る企業の1つがFastlyです。創業以来、速度と柔軟性を軸に独自のアーキテクチャを追求してきた同社は、AIやセキュリティ、オープンソースといった領域でも積極的な挑戦を続けています。

今回、Fastlyの創業者の1人であり、現在はFellowを務めるTyler McMullen氏に、同社の強みやAIへの取り組み、オープンソースコミュニティへの支援活動などについてお話を伺いました。

Fastly創業者の1人であり、現在はFellowを務めるTyler McMullen氏
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WebAssemblyでエッジのセキュリティはもっと進化する

—⁠— はじめに、Fastlyの強みについて教えてください。Fastlyのアーキテクチャは、競合他社のCDNなどと比べたとき、どのような根本的な違いがあり、それがどのような形でエンドユーザの体験や運用効率に結びついているのでしょうか?

Tyler McMullen氏(以下T):その質問には、従来型の回答と、最新の状況を反映した回答の2つがあります。

まず、2010~11年ごろの創業時から、Fastlyは競合他社のCDNとはまったく異なるものだという自負がありました。アーキテクチャの観点では、以前のCDNはISP向けでバックボーン的なものを回避していました。

しかし現在では、バックボーンは非常に大規模で高性能になっています。その結果、少ないデータセンターでも、より興味深い分散型システム的なプロダクトが可能になりました。

その中で最も際立っているのは、当社のインスタントパージ・システムです。これは、CDNにキャッシュされたコンテンツのミリ秒単位での削除を可能にするもので、誤ったコンテンツの削除や新しいコンテンツの更新に迅速に対応できます。

さらに、Fastlyではハードウェアとソフトウェアの極めて高い使用効率を実現しており、小規模な企業でも大企業と戦えるほどの効率的なソフトウェアを開発できます。

そして最新の状況を反映した回答ですが、最大の差別化要因の1つは、WebAssemblyのようなテクノロジーを採用していることだと私は考えています。

これには多くの理由がありますが、私にとって最も大きな理由の1つはセキュリティです。WebAssemblyのランタイムは強固なサンドボックスを採用しているので、他のプログラムへの干渉や機密性の高いシステムリソースへのアクセスを防ぎ、高い安全性を保証することができます。

—⁠— 近年、エッジ側でのセキュリティ対策がますます重要になってきています。Fastlyとしては、アーキテクチャや製品設計の中でどのような対策を講じているのでしょうか?

T:エッジがセキュリティにとって非常に重要であるという考えに皆が気づき始めているのは、私にとっても喜ばしいことです。というのも、私たちにとっては、2011年の創業当初からあたりまえの考えの1つだったからです。

根本的な質問にお答えすると、FastlyにはDDoS攻撃対策、ボット対策、WAF(Webアプリケーションファイアウォール)といった基本的な対策があり、そしてさらに進んだ話としてWebAssemblyを使ったセキュリティ対策などがあって、特定の種類の攻撃を根本から防ぐことができます。私はそういった高度なセキュリティの分野に特に注力しています。

また、当社のセキュリティ製品を担当しているのはケリー・ショートリッジという女性で、⁠アクティブ・ディセプション」のような分野で世界的に有名な専門家です。これは、ボットに対して本物のサイトとやり取りしていると思わせつつ、実際はそのコピーとやり取りさせるという手法です。この技術はエッジコンピューティングと非常に相性が良く、私たちは大規模に展開することができます。

高効率なセマンティックキャッシュを実現する「AI Accelerator」

—⁠— 昨年リリースされたFastly AI Acceleratorについてお聞きします。これは一体どういったもので、どのようなインパクトを与えるのでしょうか。

T:AI Acceleratorの背後にある考え方は非常にエキサイティングなものです。LLMやその他のニューラルネットワークとのやりとりは、一見プレーンテキストのように見えますが、実際にはベクトル空間と呼ばれる空間に存在します。物事をベクトル空間にマッピングすれば、ベクトル空間内の任意の2つのベクトル間の距離を瞬時に測定できます。

これをLLMに応用した場合、ユーザがLLMに送信した質問やプロンプトをベクトル空間にマッピングすることで、一種のセマンティックキャッシングが可能になります。

つまり、LLMが1つの質問に対する回答を返した後、それに非常に近い2番目の質問が来た場合、瞬時に同じ回答を返すことができるのです。LLMのコストとエネルギー消費量を考えると、このような効率的なキャッシュ化は非常に価値があります。

2010年に事業を始めたころ、私たちはCDNに対してWebサイトを効率的にキャッシュする方法を見つけました。それと同じように、私たちはインターネットの変化に伴って、常に効率化を図るための新しい方法を見つける必要があります。これは非常に大変ですが、やりがいがある仕事です。

—⁠— Fastlyのようなインターネットの根幹を成すシステムを提供している企業が、AIを活用してまったく新しい仕組みを作ってくれることに非常にわくわくしています。そのような新しい技術を率先して取り入れていく企業文化というのは、どのように培ってきたのでしょうか。

T:Fastlyの創業時に最初に掲げたモットーの1つは、私たちの仕事はお客様が最新の技術を利用できるよう支援することだ、というものでした。当時、HTTPやTCPといった基本的なインターネットプロトコルに対して大幅な見直しと変更が行われていました。そうした変化に数人の技術チームで対応するのは大変ですが、私たちならできると信じて事業を始めました。

そういう背景があるので、私たちはずっと常に最新の技術を取り入れることにこだわってきました。インターネットで起こっているあらゆることに注目し、その上で何らかの新しいプロダクトを構築することを大切にしています。それが企業文化の根本だと言えるかもしれません。

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Fast Forwardに込めた思いと⁠Fastlyがオープンソースを支援し続ける理由

—⁠— Fastlyは「Fast Forward」イニシアティブを通じて、オープンソースやオープンプロトコルへの取り組みを支援していますね。こうした活動はFastlyの企業文化やプロダクト戦略とどのように結びついているのでしょうか?

T:オリジナルのFast Forwardはオープンソースプロジェクトを支援する非営利のプログラムで、14年前に私が立ち上げました。なのでこの件について聞いていただいて本当に嬉しいです。

私がFast Forwardを立ち上げた理由の1つは、他の企業と同様に、Fastlyの多くの部分がオープンソース・プロダクトの上に構築されているからです。私たち自身が開発しているものもありますが、大半はコミュニティによる成果物を利用することでFastlyは成り立っています。

Fast Forwardは私たちなりのコミュニティへの還元なのですが、しかし、開発者やお客様を含めたマーケティングの観点からも理に適った活動と言えるでしょう。私たち全員が使っているツールをサポートすること以上に、開発者とコミュニケーションを取る良い方法はありませんから。

—⁠— このFast Forwardのような活動を通じて特に重視していることは何ですか。

T:私たちが目指しているのは、オープンソースを実際に継続可能な活動にすることです。オープンソース・プロジェクトの成果物はインターネット上のほぼすべてのサービスで使われていますが、多くの場合、その開発者は必要な支援を受けられていないのが現状です。

なので、彼らがインターネット上で生き残れるように支援し、セキュリティ・サービスなどを提供して彼らを守ることこそが、私たちができる最低限のことだと考えています。

製品販売にとどまらない⁠日本市場に根差した事業を展開

—⁠— Fastlyのビジネスにおいて、とくに日本市場に対してどのようなポテンシャルを見出しており、今後どういった戦略でアプローチしていくのかを教えてください。

T:私たちが日本に進出してもう10年以上になりますが、その間に大きな進歩を遂げてきましたし、素晴らしいお客様にもたくさん出会ってきました。その間、私たちのアプローチはそれほど変わっておらず、つねに高い専門性を持って、ベストプラクティスを提供できるように努めてきました。同時に、常に謙虚でないといけないという姿勢も学んできました。

私たちは日本を、単に製品を販売する市場としてではなく、きちんと拠点を置いてチームを作り、エンジニアを雇用し、ここで製品全体を構築する場所として捉えています。

FastlyのWebサーバの主力は奥一穂氏が開発したオープンソースの「H2O」ですが、彼は今Fastlyで私たちと一緒に活動しています。

—⁠— Fastlyで現在特に力を入れている技術などがあれば教えてください。

T:会社としてはつねにさまざまな技術にチャレンジしていますが、私個人としては、依然としてエッジコンピューティングとWebAssemblyコミュニティの活動に、引き続き重点的に取り組んでいきます。

私は今もBytecode Alliance(WebAssemblyの普及と発展を目指す非営利団体)の理事を努めていますが、そこでは依然として大きな進歩が遂げられており、コミュニティへの貢献者の数も大幅に増加しています。

Fastlyのエッジコンピューティングは、この技術の上に非常に緊密に構築されているため、このコミュニティにおける開発者の増加と成長は、私たちにとっても喜ばしいことであり、とても興奮しています。

—⁠— 最後に、1人のエンジニアとして、そしてFastlyのFellowとして、それぞれの立場から読者に向けてメッセージをいただけるでしょうか。

T:1人のエンジニアとして言いたいことは、メモリ安全でないプログラムを書くのはやめてくださいということです。もちろんこれは半分は冗談ですが、しかしWebAssemblyを使うのは本当に良い方法だと思います。WebAssemblyはプログラムを高速化し、より安全に多くの場所で実行できるようにする優れた方法です。

そしてFastlyのFellowとしてですが、Fastlyは長い間日本で事業を展開しており、ここに留まって、チームを成長させていくつもりです。東京、そして日本全体のテクノロジー・コミュニティの一員であり続けられることを楽しみにしています。

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