この本に、プロみたいに描く方法は載ってません!
これは『イラストをそれっぽく描くコツ』(以下、本書)のキャッチコピー。目標を徹底的に下げた「異色のイラスト入門書」として好評を博しています。
本書の特徴は何と言っても、「それっぽくでOK!」という「開き直り」にも似たスタンス。この考えは一体どこからやってきたのだろうか……。著者の96こげさんに素朴なギモンをぶつけてみると、「アマチュアとして描き続けることの難しさ」という隠れたテーマが見えてきました。
一度折った筆と、その先に見つけた「それっぽく」でも描き続けることの意味。96こげさんのイラスト人生を振り返りながら、本書に込めた思いを赤裸々に語っていただきました。
プロフィール: 96こげ 
イラストの描き方の解説が「わかりやすい」とバズった人。イラストを「楽しく」描きたいという人を応援するため、徹底的にハードルを下げた「それっぽい」描き方をXやFANBOXで解説している。
厚紙に描いたロックマン
—— せっかくの機会なので、「それっぽく」という概念が生まれる過程を一から追ってみたいと思います。96こげさんにとって、イラストの原体験はどういったものだったのでしょうか?
96こげ:絵は小さいころから大好きで、幼稚園くらいでもう描いていました。はっきりと思い出せるのは、小学生のときの記憶ですね。今思い返すと、あのころから今と同じ活動をしていたように思います(笑)
—— 小学生のころから??? どういうことでしょうか?
96こげ:小学校だと図工の時間があって、いろんなモノをつくるじゃないですか。すると、「自分の作品にキャラを載せたい!」という子が必ず出てくる。そういった友達に代わって、イラストを描いてあげるということをやっていました。ロックマンやポケモンが人気でしたね。とても喜んでくれるので、描くのがとにかく楽しかった。
でも、私ひとりで描ける数には限界がある。だから、「イラストを描くための資料」を配布していました。漫画やゲームは学校に持ち込み禁止なので、家で厚紙にイラストを描いておく。図工の時間になると、それを友達に貸してあげるんです。お手本さえあればある程度描ける子には、これを見て自分で描いてもらっていました。
—— たしかに、今のご活動と重なるところがありますね。

96こげさんのXでの投稿例。「汎用性が高い&自分でも描いてみたくなる」イラストの資料がたくさんあるのも人気の理由。なお、無理を承知で捜索をお願いしたが、小学校時代のロックマンは残っていなかった(残念)。
漫画の挫折とデジタルイラスト
96こげ:小学校では「イラストが描ける子」というポジションを確立できていたので、中学生ぐらいになると「絵を仕事にしたいなぁ」と思い始めました。そして漫画に手を出して、見事に挫折する(笑)
やってみたことある人ならわかると思うんですけど、漫画って「ちょっと絵が描ける」だけじゃどうにもならない部分がありますよね。当然、背景も描かないといけないし、ストーリーだって練る必要がある。漫画を描きたい男の子あるあるで、「必殺技のシーンだけ描いておしまい」みたいな状態でした。
—— なるほど……(笑) それでしばらく、絵からは離れていたのでしょうか?
96こげ:暇なときは描くけど……みたいな感じでしたね。転機になったのは高校への進学です。工業系の高等専門学校だったので、授業には当たり前のようにパソコンが使われていました。そんな環境もあって、「パソコンでゲームをつくろう!」という話がどこからか上がる。当時は、『月姫』や『ひぐらしのなく頃に』といった、自作のノベルゲームが流行った時期でもありました。
ただ、小説を書ける子とプログラミングに強い子はいるけど、キャラの立ち絵を描ける子がいない。そこで、私が手を挙げました。高校の同級生には絵を描くことを言ってなかったので、「実はちょっと描けるよ」といった感じで。
—— ゲームの立ち絵となると、デジタルイラストでしょうか。それまでと比べてどうでしたか?
96こげ:漫画に比べると断然楽で、本当にありがたかった記憶があります(笑) ただ、ここでネックになったのがお金の問題ですね。
「デジタルでイラストを描くぞ!」となったときに出てくる選択肢が、当時はPhotoshopとPainterくらいしかなくて。これが学生にとっては、めちゃくちゃ高かったんですよ。さらに板タブも必要だったので、そりゃもう必死にアルバイトしました。
iPadでもイラストが描ける今と比べると、昔はやはりデジタルイラストのハードルが高かったですね。「高価な趣味」という側面は確かにあったと思います。
自作ゲームで使われていたイラストのデータは残っていなかったとのことで、代わりにそのころに描いたというオリジナルキャラの画像を提供いただいた。
「絶対黒字」がマイルールの同人時代
96こげ:それからしばらくして20歳になったとき、『げんしけん』という漫画を通して「同人誌」の存在を初めて知りました。自分がずっとやりたいと思っていた、「絵を商品にする」ということが、同人誌ならできるのではないか。
ちなみにその少し前、「電撃イラスト大賞」(ライトノベルの表紙を描くイラストレーターを募集するコンテスト)などに応募して、ことごとく撃沈しています(笑) やはり画力勝負ではどうしようもない部分があると感じていました。何とかしてコミケに出てみたい、そう思った記憶があります。
—— 1人でコミケに出るのは、なかなか大変ではなかったですか?
96こげ:幸運にも、コミケに参加する人を「絵チャ」(複数人で絵を描くことができるオンラインチャットサービス)で見つけたので、そのグループにお邪魔させてもらいました。ゲスト原稿1枚、背景やポーズを頑張らなくても成立する4コマ漫画。これが初めての同人体験でした。
そのあと、2回目は2人で本を出し、1人で活動を始めたのは3回目からですね。
—— 活動時に心がけていたことはありますか?
96こげ:「とにかく黒字」です。コミケに参加するには、印刷・デジタル機材の費用だけでなく、参加費や東京に行く新幹線代も必要です。もちろん、「趣味だから金に糸目をつけない」という考え方もあると思うのですが、同人活動をはじめたきっかけからして、私はそういったスタンスを取れませんでした。
利益が出ないなら活動を続けられないし、続ける意味もない。だからこそ、「どうしたら買ってもらえるか」という問いを軸にして、売るためにできることはトコトンやりましたね。初回はトントンでしたが、それ以降は活動をやめるまでずっと黒字でした。
当時の同人誌も見せていただいた。このころは、今とは違うハンドルネームで活動されていたとのこと。オフセット本でこだわりが感じられる。
同人活動を辞めた理由とApple Pencil
—— 不躾な質問で恐縮ですが、同人活動を辞めた理由をお伺いしてもよいですか?
96こげ:それは簡単で、子どもが生まれたからです。絵を描くには膨大な時間が必要ですし、コミケ前には徹夜も当たり前。家族の時間を大切にしようと思えば、どうしても無理が出てきます。子どもを見ている必要があるので、そもそもお絵描きソフトが入ったパソコンの前に座ることもできませんでした。
繰り返しになりますが、「生活」を犠牲にするような活動は、私にとって本末転倒です。「お金」の問題はなんとかなっても、「時間」の問題を解決できなくなった。ならば活動を継続する意味もない。「もう絵を描くことはないだろうな」と、当時は思っていました。
—— そうだったのですね……。では、再び筆を執るようになったきっかけは何だったのでしょうか?
96こげ:活動をやめて5年くらい経ったころでしょうか。Apple Pencilが発売されたんです。Apple PencilとiPadがあれば、リビングで家族と話しながらでもイラストが描ける。昔のお絵描き友達に紹介されてから、すぐに購入を決めました。
まぁ、同人活動はやらないので、意味がないと言えば意味がないんですけどね。結局のところ、「絵を描くこと自体の楽しさ」から逃れきれなかったのかなと思います。最近はもう、「線」を引くだけで楽しくなっちゃう(笑) 「こことここの線をつなげるだけで印象が変わるんだ!」みたいな発見があふれているので。
—— なるほど。「デジタルイラスト」のハードルが下がったことで、「趣味としてのイラスト」に戻ってきた、ということでしょうか。
96こげ:「時間」もそうですし、「お金」の問題も楽になりましたよね。最近は無料・安価で使えるお絵描きソフトも充実してきています。
オトナの趣味って、何かとお金がかかりがちじゃないですか。その点、お絵描きは最強ですよね(笑) そもそも、デジタルでないといけない理由もなくて、紙とペンさえあればいつでも楽しめる。一度イラストから離れたことで、その気づきを得られたのは大きかったと思っています。

Apple PencilとiPadでの作業風景(左)。立って描くスタイルが基本で、リビングにも同じラックがあるとか。96こげさん曰く、「最近は子供が大きくなり、自分の時間がとれるようになりましたが、猫には邪魔されます」とのこと(右)。
リビングで描くために生まれた「それっぽく描くコツ」
96こげ:ただ、それまでの方法では描き続けることができなくなったのも事実です。「寝る前の30分で描こう!」と思い立っても、同人時代の感覚だとまったく終わらない。完成しないとやっぱり面白くないし、ダレてしまいますよね。
だからとにかく、「早く完成する」描き方を模索していました。「速く」だと「すごいスピードで描き込む」イメージになりますが、そうじゃなくて「1つの作品がサクッと描き終わる」という意味です。
How to系の動画や書籍も漁ったのですが、どうしても「プロになる方法」といった内容が多くて。「今の自分が知りたいのは、これじゃないんだよな……」と思った記憶があります。
—— まさに本書のタイトルである、「それっぽく描くコツ」を探し求めていた時期ということでしょうか。
96こげ:そうですね。結果たどりついたのが、「アニメ私塾」さんの「10分で写真を模写する」という動画でした。詳しくはぜひ動画を見てほしいのですが、これが本当にすごい。
「アニメ私塾」さんのやり方だと、最初に「全体」を整えるんです。「まず頭を描いて、次に手足を生やして……」といったように「内側から外に広げていく」描き方が多かった中で、それを逆転させたアプローチは衝撃的でした。
「全体」から整えると、最終的にバランスが崩れない。そして、バランスが崩れていないから、描き込まなくても「説得力」がある。実際に描いてみて、「これだ!」と思いました。本書で紹介している「シルエット→アタリ→ディテール」という3ステップは、この考え方を参考にさせていただいています。
本書ではすべてのイラストを「3ステップ」で描いていく(本書P.24~25より引用)。最初に「シルエット」を調整するので、全体のバランスが崩れにくい。
シルエットから描く方法の強みは「描き込まなくてもそれっぽく見えること」(本書P.14~15より引用)。書籍内では「サボって描いてもまったく問題なし!」というスタイルを貫いている。
—— 描き込まなくても成立するから、「早く」描けるということですね。そういえば、本書のカバーイラストをお願いしたときに、小一時間くらいでお姉さんが出てきて驚愕した記憶があります。「本当に今描きましたか?」って(笑)
96こげ:実はあのイラストは、いろんなところを「サボって」いるんですよ(笑) 例えば、帯で隠れる下半身の部分は、どうせ見えないから手を抜いてもいい。それよりも大事なのは、タイトルの近くにある「目」や「手」の表現です。
こういったように、「かけられる時間」や「自分のこだわり」に応じて頑張る箇所を選ぶことができるのも、「全体のシルエット」がある程度整っているからです。「それっぽく描くコツ」を覚えてから、イラストを描くことが一段と楽しく、そして楽になりました。

本書の表紙を飾るお姉さんのイラスト(左)。実は「影アリ」バージョン(右)もあったが、「楽に描く」というコンセプトに合わせて最終的に「影ナシ」になった。目がチャーミングでとても可愛い。
コミュニケーションツールとしてのイラスト
96こげ:「それっぽく描くコツ」を修得してから、もう1つ発見したことがあります。それは、「絵を使ったコミュニケーション」の楽しさです。例えば、SNS上のネタにちょっとしたイラストを添えれば、もっと話が盛り上がったりする。これは、昔の描き方ではできない体験でした。描き込んだイラストが完成したころには、話題がもう変わってしまっているので(笑)
そもそも、「面白さを共有するツール」としてイラストを捉えるならば、完成度はそこまで求める必要がないはず。むしろ、大事なのは日常の体験やアイデアといった「ネタ」であって、イラストは「最低限伝わればOK」ですよね。絵を描くことには様々な「目的」があっていいし、「目標」はその目的に合わせて設定すればよいと思うんです。
絵にすれば(意識が)飛んでいるのが視覚的にわかる。かわいい顔にうっすらと長州力さんの面影が浮かぶのも面白い。
—— 「この本に、プロみたいに描く方法は載ってません!」というキャッチコピーには、「あなたがイラストを描くワケに、そんな高い目標は必要ですか?」という問いかけも含まれている。今までの話を踏まえると、そんな気がしてきました。
96こげ:「はじめに」で真っ先に書きましたが、プロレベルの上手いイラストを描けるようになりたい人は、他の本を読んだ方が絶対によいです。何よりも、私自身が描けないので(笑)
ただ本書では、イラストを「無理せず」楽しみたい方にとってヒントになりそうなことを、同じ目線で提案することができたのではないかと思っています。結果としてイラストの仲間を増やすことができたなら、著者として嬉しい限りです。
……そういえば、最近は「プレゼントするためにイラストを描く」のも楽しいんですよ! SNSのスペースでお話しながら、アイコンで使われているキャラを描いたりする。数十分で描くので拙いイラストですけど、その人が好きなキャラであることは間違いないので、結構喜んでくれるんです。相手が喜んでくれたら私も嬉しいし、キャラについての話もさらに弾みます。
—— ロックマンを描いていたあの頃の楽しさに、一周して戻ってきたのかもしれませんね(笑)
スペースでお話しながら描かれたというイラストの例(カワイイ)。言葉では表現しきれない愛も、イラストなら伝わる、かもしれないですね。