鈴木たかのり(@takanory )です。2025年5月14日~22日にアメリカのピッツバーグで開催された、プログラミング言語Pythonの国際カンファレンス「PyCon US 2025」に参加してきたので、その様子をレポートします。
初回は、カンファレンスの概要とカンファンレンス1日目までの様子をお届けします。
PyCon US 2025とは
PyCon USはアメリカで開催されるPythonに関するカンファレンスです。毎年アメリカの各都市で開催され、2025年は2024年に続きペンシルベニア州のピッツバーグで開催されました。
PyCon US 2025のイベント概要は以下の通りです。
PyCon US 2025 Webサイト
なお、筆者はPyCon USの現地参加は2019(クリーブランド) 、2023(ソルトレイクシティ) 、2024(ピッツバーグ)に続いて4回目となります。過去のPyCon USの様子については以下のレポートを参照してください。
カンファレンス前日まで
筆者はカナダのトロント経由で、カンファレンス2日前の5月14日(水)の深夜にピッツバーグに到着しました。今回のホテルは会場すぐ近くのThe Westin Pittsburghです。PyCon JP Associationでも一緒に理事をやっている吉田さん(@koedoyoshida )と同室でした。
Opening Reception
カンファレンス前日に会場のDavid L. Lawrence Convention Center を訪れ、受付で名札を受け取ります。名札にはリボンを付けてデコります。私はスピーカーなので「SPEAKER」というリボンを付けました!!
名札をデコるリボンを配るコーナー(左)とさまざまなリボンでデコられた名札(右)
その後はOpening Receptionというイベントで、ビールを片手に企業ブースを回ります。今年もさまざまなスポンサー が企業ブースを展開しています。
たくさんの企業ブースが準備中
アジアのPythonコミュニティを支える組織、Python Asia Organizationもコミュニティとしてブースを出していました。日本から参加した寺田さんもそのメンバーの一人ですが、営業担当としていろいろな人に「ブースに来てね」と精力的に声をかけていました。Guidoさんに声かけしているところを見かけたので写真を撮っておきました。
PyCon USに来るとGuidoさんは全然普通にいるんですよね。
Guidoさん(手前)にPython Asia Organizationブースを宣伝する寺田さん
この日の夜はスポンサー企業であるAnaconda のハッピーアワーがあったので参加してみました。会場はSocial House 7 というアジア料理のお店です。看板に「七」の漢字が書いてあるので「あれはsevenって意味の漢字なんだよ」という説明をしたりしてました。
看板に「七」の文字
Column: WebAssembly Summit
橘祐一郎(@whitphx )です。今年初めてPyCon USに参加しました。
トークの行われる3日間の前に、チュートリアルなどのための期間が2日間あり、Summitというタイプのイベントもそこで行われます。ここではカンファレンスのメイン日程でやるには若干ニッチだけど重要なテーマに関して、興味ある人が集まって発表や議論を行います。私はその中の一つ、WebAssembly Summitに参加しました。若干背伸び気味の参加でしたが、自分と同じような関心を持っている方と繋がれたりと実りのある体験でした。
自分はもともとPyodide (WebAssembly向けにビルドされブラウザやNodeJSで動くCPython)を利用したOSSをいくつか開発しています。そんな中でPyCon USのイベント情報を眺めていたら“ WebAssembly Summit” の名前が目に入り、その存在を知りました。イベント情報の説明文には初心者向けではない旨、Pythonに限らずC、JS、Wasm、コンパイラなどに関する知識があればより楽しめる旨が注意書きされていて気後れしましたが、気になっているのに参加しないのも後悔するだろうと思い、申し込みました。
希望者には発表の機会が設けられます。せっかくの初参加なので、自己紹介を兼ねて、発表を申し込みました。自分の開発している、Pythonだけで書けてサーバサイド不要で動作するWeb UIフレームワークStlite とGradio-Lite の紹介と、そこから派生して最近取り組み始めている、ブラウザで実行する機械学習(WebML)関連の話題などを軽く話すトークです。
いざ部屋に行ってみると、参加者は10名ほどでした。午前中は希望者が発表する時間で、午後にそれを踏まえて自由に議論を膨らませるという構成でした。
他の方の発表は、注意書きの通り技術的に尖った発表が多かったです。たとえば、Pyodideのアプローチ(CPythonインタプリタをWasm向けにビルドする)の代わりに、より実行時オーバーヘッドを減らすためにPythonのバイトコードを直接Wasmにコンパイルするという研究が紹介されました。発表者は大学で研究されている方で、アカデミックな学会の雰囲気でした。また当然のごとくPyodideの作者の方も発表していて、直近の進捗や今後の展望について話されていました。
自分の発表はWasm Pythonそのものに関連する技術に触れるものではないためどう捉えられるか不安でしたが、司会の方が親切に進行してくれました。また、この場にはAnacondaのPyScript プロジェクトの方が多く参加していて、その中の1人がかなり興味を持って話しかけてくれました。その方はPyScriptの文脈で、ツールチェインやAIなどを含めたアプリケーションの拡充などに関心があるようで、自分の興味・発表内容ともかなり親和的でした。
発表後の議論タイム(unconference)ではWasm周辺の技術的な話題が中心で、正直自分はほとんど聞くだけでしたが、小さいテーブルの方で上記の PyScript の方と議論を深められたのが収穫でした。
総じて、Summitの名の通りかなり少数精鋭の感があるイベントで若干場違いな気持ちを勝手に感じてしまったものの、場の雰囲気は包摂的でそれなりに受け入れてもらえたと思います。自分と重なる興味関心のある方とも繋がれました。勇気を出して参加してみて良かったと思います。
カンファレンス1日目
カンファレンス1日目です。今回宿泊しているホテルはカンファレンス会場とつながっており、外に出ないで会場に行けるのでとても楽です。
朝食
カンファレンス中は、毎日会場で朝食が提供されます。ベーグル、フルーツ、ヨーグルト、コーヒー、紅茶などが提供されており私には十分です。
カンファレンス会場で朝食
ディスプレイボードには各部屋で今日どんなトークがあるかが表示されています。Room 301-305のところに私の発表「How to learn Japanese with Python」も表示されています。実感が湧くとともに、だんだん緊張してきました。
タイムテーブルが書かれたディスプレイボード
Welcome、 PSF Welcome
朝は「Welcome」というタイトルでカンファレンスのオープニングです。ConferenceのChairであるElaine Wong氏から参加者へ歓迎のあいさつがありました。Co-Chair、PSFスタッフ、スポンサー、Committee Chairsなど、イベント開催に尽力してくれた関係者への感謝が述べられました。
開会あいさつを行うElaine Wong氏
会場案内や各種イベントが紹介され、カンファレンスの前に開催されたチュートリアルや各種イベントについても簡単に報告がありました。オープンスペース(その場で申し込んでディスカッションなどができる場)とライトニングトークは申し込みが電子化されました!! いままでは付箋を貼ったりボードに書き込んでいましたが、公式Webサイトから書き込めるようになりました。
次に、NVIDIA、Metaのスポンサートークと、オープンソースのセキュリティの向上を目指すAlpha-Omega プロジェクトのトークがありました。
続いてPSF(Python Software Foundation)のExecutive DirectorであるDeb Nicholson 氏による「PSF Welcome」です。PyPIでのダウンロードが伸びていること、PyPIでの組織アカウントが増えているという話がありました。また、PSFからの助成金(Grants)プログラムについても述べられました。各地域への助成金での支援が増えているようです。
Deb Nicholson氏
その後はWeird (奇妙な)をキーワードに、いろいろ予測不能な奇妙な時代だけど、私たち奇妙な人たちが、一緒にPyCon USで奇妙な時間を過ごしましょう!!というトークがされました。確かに、自分も含めて奇妙な人たちが奇妙な時間を過ごしているよな、と感じました。
後半ではPSFスタッフやPSFのボードメンバーなどが紹介されましたが、「 世界中にたくさんのボランティアがいます」というスライドで、PyCon JP 2024のライトニングトークの出番待ちの写真が使われていました。これにはびっくりです。当日司会をしていたJonasさん や、LT待ちの中神さん がPyCon USデビューしていました。
「数千人のボランティア」を紹介するスライド
キーノート: Cory Doctorow
最初の基調講演はCory Doctorow氏によるものです。Cory氏はSF作家、活動家でジャーナリストであり、この日の講演は活動化とジャーナリストの側面からの発表でした。スライドはなく謎の風刺画のスライドショーが表示され、Cory氏は紙の原稿を確認しながらものすごいスピードでしゃべっており、話についていくのが大変でした。
Cory Doctorow氏
講演の内容は以下のページで紹介している内容とだいたい同じです。「 Enshittification」という言葉(この言葉もCory氏が作ったようです)を使って、テクノロジー企業が持つ巨大なプラットフォームを劣化(shit:クソ)させている、という内容です。
例として、Googleの検索が劣化して検索回数が増えたり広告が増えていることや、看護師の債務情報を元に看護師に対して低賃金を提示するアプリについて紹介をしていました。債務が多い看護師は通常より低い賃金でも仕事を受けるだろうという考え方で、これはエグいなと感じました。Appleについてもサードパーティーからの監視を外すチェックを入れたが、その裏ではApple自身がユーザーを監視するシステムを入れているそうです。
Cory氏はこのようになった原因は技術そのものではなく、政策の変化によるものであると指摘しています。そのため、より良い政策を選択できればこの状況を脱することができると考えています。
このトークで印象的なのは、Google、Facebook(Meta) 、AmazonといったPyCon USの大手スポンサー企業を名指しで批判していることです。おそらくPyCon US側がCory氏にこのトークを話して欲しいと依頼したと思われるので、PyCon USも思い切ったことをしたなと思いました。今後どのように変わるのか変わらないのか、注目したいと思います。
How to learn Japanese with Python
筆者の発表です。私がPyCon USの現地でフルのトークを行うのは初めての経験です(2024年はライトニングトークをしました) 。ついにこのときが来たか、と感慨深いのとともに、発表前は緊張しました。
筆者の発表の様子
発表内容は日本語の学習に興味がある方に対して、日本語の難しい点(3種類の文字、単語間のスペースがない、漢字に複数の読みがある)を紹介し、これらの問題をPythonのNLP(Natural Language Processing:自然言語処理)ライブラリを使用して解決するというものです。
この発表自体はPyCon APAC 2025などでも行っていましたが、せっかくUSで発表するので内容にも少し手を入れました。大きな変更点は、「 漢字に複数の読みがある」の例で使用する漢字を「日」から「人」に変更したことと、JLPT(日本語能力試験)のレベルごとの漢字に対応したふりがな出力コードの追加です。
実際の発表では笑って欲しい所ではある程度ウケていたし、日本語に興味のある参加者が当然多いので、日本語の難しい点やPythonで学習がサポートできそうというところは伝わったかなと思います。発表が時間いっぱいになってしまい質疑応答の時間は取れませんでしたが、休憩時間にたくさんの方から質問やコメントをもらいました。他にも会期中に私の発表に対して多くの方から声をかけられて、PyCon USに爪痕を残すことができたかなと感じました。
発表後のディスカッションの模様
503 days working full-time on FOSS: lessons learned
このトークではRodrigo氏が503日間フルタイムのオープンソースの開発者として働いた経験を元に、自身がどのようなことを学んだかを紹介するトークです。現在はPythonの講師として活動しており、OSS開発者として働いていたのは過去の話だそうです。
トーク中のRodrigo Girão Serrão氏
最初に共有する情報として以下の4点を挙げました。
技術の仕事に就くこと
自分のエゴの管理
ユーザーとの交流
大きなコードベース上での作業
技術の仕事に就くためにはオンライン上の全てが良くも悪くも宣伝になるということです。自身はブログなどの発信をすることでオンラインでやりとりをし、最終的には開発者として雇われたとのことです。
自分のエゴの管理では、自分は最高の開発者ではないため、自分より詳しい人から学ぶ機会がある、そして質問をする準備をしようという話をしていました。「 賢い人は質問をする、質問によって失うものはなく、得るものしかないからだ」という考えを伝えていました。
ユーザーとの交流では、ユーザーは大事だが、やりとりはとても時間がかかり難しいという話がされました。トーク全体で最も重要なポイントとして「CREATE A CONTRIBUTING GUIDE」( 貢献ガイドを作成する)というスライドが示されました。このガイドはただ読むことが目的ではなく、さまざまな場面で役立つとのことです。
たとえば、バグを報告するときにMRE(Minimal Reproducible Example:再現可能な最小限の例)[1] があるが、バグ報告をする人が必ずしもMREを記述してくれるわけではありません。そこで、GitHubのIssueテンプレートを作成し、その中で「貢献ガイドを読む」ように伝えます。
また、すぐに返事をすることも大事だと語られていました。プルリクエストやバグ報告が作成されたら、すぐに「バグレポートありがとう」と返すということです。情報が足りない場合は「貢献者ガイドを読んでください」と伝えることができます。
大きなコードベース上での作業をするときには、常に4つのポイントを心にとどめていたそうです。そのポイントとは「どの方法がユーザーにとって最善か」「 課題の本質はなにか」「 全体がやりやすくなるように、自分が困難を引き受ける」「 合理的なものを妨げていないか」の4つです。
発表内容としてはオープンソースでの開発だけでなく、業務としてのチーム開発でも参考になる点がありました。業務のプロジェクトでも「貢献者ガイド」的な文書をまとめるのは有効そうだなと感じました。
Column: PAOブース
このコラムはPython Asia Organizationの寺田(@terapyon )がお届けします。
Python Asia Organization (略称:PAO)は、東アジアと東南アジアのPythonコミュニティを発展させるために2024年10月に立ち上がった法人です。昨年までは、任意の集まりとしてPyCon APACコミュニティーがPyCon USでPyCon APACブースを運営していました。今回からPAOが立ち上がったことで、名前をPAOブースに変えてコミュニティーブースを出展しました。
PAOブース
今回のPAOブースにはいくつかの目的がありました。
PAOの存在を知ってもらう
寄付を集める
アジア地区に多くのPyConがあることを知ってもらう
アジア地区のコミュニティーメンバーの相互コミュニケーションを促進する
最初の2つの目的についてですが、法人が立ち上がったばかりで認知度が低い状況です。また、法人の資金も乏しく寄付やスポンサー集めが喫緊の課題になっています。PyCon USでは例年、コミュニティーブースで寄付を集めてTシャツを配布するということが行われています。特に、PyLadiesコミュニティ(女性のPythonユーザの集まり)では、毎年ブースでPyLadiesの紹介と共に寄付を集めています。PyLadiesと同じように、PAOでも寄付を集めてTシャツを配布しました。
アジア地区に多くのPyConが存在していることは、まだまだ知られていません。昨年までのAPACブースに来る方に各国のPyConを紹介すると、時期や使用言語をはじめどんな雰囲気なのかを聞かれることが多くありました。今回は、各地のPyConなどのロゴをまとめたステッカーを配布したり、PAOの説明リーフレットの裏側で、「 シンガポール」「 韓国」「 台湾」「 日本」「 タイ」で開催されるPyConを紹介しました。
また、ブースに来てくれた方には、アジアのお菓子を無料で配布をしました。これらのお菓子は、アジアからの参加メンバーが有志で持参したものです。お菓子を目当てにブースに来てくれる方もいて、アジア文化の話が盛り上がるポイントになっています。
ブースを担当すると、各国の方と話ができることや、アジアに興味を持ってくれる参加者がブースに立ち寄ってくれる方が多いことを感じます。各国の話が聞けることや、コミュニティーメンバーの相互コミュニケーションが促進され、有意義な時間を過ごすことができました。
PAOブースのにぎわい
Duolingoのパーティー
この日は企業主催のパーティーがいくつかありました。筆者が把握している範囲だとDuolingo 、MongoDB 、Astral のパーティーがあったようですが、Duolingoのパーティーに申し込んで参加しました。Duolingoの本社はピッツバーグにあり、今回初めてPyCon USをスポンサーし、その本社オフィスでパーティーが開催されました。会場からは少し距離があるため、用意してくれたバスに乗って移動です(手厚い!) 。
地元っぽいフードとビールを飲んで参加者同士の交流です。私が座ったテーブルには、なんと3日目のキーノートスピーカーであるKari L. Jordan博士が座っていました。びっくり。
パーティーの案内メールに「スペシャルグッズがおみやげにあるよ」と書いてあって期待して行ったところ、内容はパイントグラス、クージー(ドリンクの保冷カバー) 、グミでした。これ以上パイントグラスが増えても困るのですが、とはいえDuolingoロゴのグラスは超レアなのでうれしいです。ありがとうございます!
Duolingoスペシャルグッズ
パーティーの中盤にはDuolingoのマスコットキャラクターであるDuoの着ぐるみが登場しました。みんな列にならんで記念撮影大会です。これはこのパーティーに来ないとできない経験だったので、めちゃめちゃテンション上がりました!!
Duoと記念撮影
Duolingoのパーティーが終わった後は、別のスポンサー(MongoDB)のパーティーに参加したメンバーと合流してビールを飲みました。MongoDBの方は参加者が多すぎてあまりご飯にありつけなかったそうです。Duolingoの方はご飯は結構良かったけどビールは普通だったので、ここで現地のクラフトビールを楽しみました。
別パーティーに行った日本メンバーと合流