数理モデルの力を引き出す書籍ガイド

データサイエンスを用いてビジネスで価値を創出したい、と考えたとき、多くの人が「どうやって分析するか」⁠どの機械学習モデルを使うか」といった「解き方」に注目しがちです。しかし、ビジネスの現場で本当に重要なのは、目の前にある曖昧な「課題」を、どのようにしてデータサイエンスで扱える具体的な「問題」に落とし込むか、というプロセスです。

『ビジネス課題を解決する技術』カバー画像

筆者が2025年6月に刊行した『ビジネス課題を解決する技術』では、そのための統一的なアプローチとして、以下の3ステップフレームワークを提案しています。

  1. ビジネス課題を数理最適化問題として定式化する
  2. 数理モデルを構築し、未知のパラメータをデータから推定する
  3. 数理最適化問題を解いて最適なアクションを導出する

このフレームワークは、データサイエンスを用いて曖昧なビジネス課題から具体的なアクションを導出するための一連の流れを示したものですが、各ステップで必要とされるスキルセットは異なります。

そこで本記事では、この3ステップフレームワークの各段階で、スキル習得の助けとなるであろう書籍をご紹介します。この記事が、数理モデリングの力を引き出し、みなさんのビジネス課題解決の一助となれば幸いです。

ステップ1⁠ビジネス課題を数理最適化問題として定式化する

最初のステップは、解決すべきビジネス課題を数理最適化問題として明確に定義することです。

「売上を伸ばしたい」⁠コストを削減したい」といった漠然とした目標を、数式を用いて「何を最大化または最小化したいのか(目的関数⁠⁠そのためにどのようなアクションがとれるのか(決定変数⁠⁠守らなければならない条件は何か(制約条件⁠⁠」という構造で具体的に表現します。

このプロセスを通じて、課題の核心が明らかになり、分析の方向性が定まります。この「定式化」のスキルを磨くために、参考となる書籍をいくつか紹介します。

ビジネス課題を数理最適化問題として定式化するためには、まず目の前の現象を数式で表現することに慣れる必要があります。

『数理モデリング入門:ファイブ・ステップ法』(Meerschaert, 2015)は、さまざまな分野の現象がどのように数理モデルとして定式化されるか、豊富な事例とともに紹介されています。多様な領域のモデリングアプローチに触れることで、定式化の「引き出し」を増やすことができるでしょう。

また、数式で考える訓練として、ご自身の専門分野や学生時代に学んだ分野の教科書をあらためて紐解くのも有効です。私自身は、経済学を学んできた経験が、ビジネス課題を構造的に捉える上で大きく役立ちました。

例えば、『ミクロ経済学の力』(神取, 2019)『経済学のためのゲーム理論入門』(Gibbons, 2019)は、人々の合理的な意思決定や戦略的な相互作用を、数理的なモデルを用いてどのように表現するかを紹介しています。これらの書籍を通じて、複雑な状況を数式という共通言語で整理し、分析する作法を身につけることができます。

ステップ2⁠数理モデルを構築し⁠未知のパラメータをデータから推定する

ステップ1で課題を定式化できても、そのままでは解けないことがほとんどです。なぜなら、多くの場合、アクションと成果の関係性(例えば「広告出稿量を増やすと、売上はどれだけ増えるのか?⁠⁠)が未知で、データから推測する必要があるからです。

そこで、ステップ2では、この未知の関係性を明らかにするために、数理モデルを構築し、手元のデータを用いてモデル内の未知のパラメータを推定します。このステップの鍵は、分析対象のデータが生成される背景(データ生成過程)に対するドメイン知識を活用し、分析者の仮説を数理モデルに反映させることです。これにより、現実に即した妥当性の高い推論が可能になります。

この「数理モデルの構築と推定」のスキルを磨くための書籍を紹介します。

まず、数理モデルそのものに親しむための入門書として、『その問題、数理モデルが解決します』(浜田, 2018)がおすすめです。対話形式で読みやすく、数理モデルがどのように社会のさまざまな問題を解き明かすのかを楽しく学ぶことができます。

次に、ドメイン知識を数理モデルに活かす方法です。これは対象とする分野によって異なりますが、例えばマーケティング領域であれば、マーケティング・サイエンスの知見が役立ちます。『マーケティング・サイエンス』(片平, 1987)や、『マーケティング・サイエンス入門 新版』(古川他, 2011)は、消費者の購買行動や広告効果といった現象を、どのような数理モデルで捉えられるかを体系的に解説しており、モデル構築の良いお手本となります。

同時に、統計モデリング、特に確率分布の考え方に習熟することが不可欠です。この領域の基礎を固めるには、まず良質な数理統計学の教科書を一冊通読するのが良いでしょう。例えば、『現代数理統計学の基礎』(久保川, 2017)は、統計的推測の理論的背景を丁寧に解説しています。

さらに、より柔軟なモデリングを可能にするベイズ統計学のアプローチも強力な武器になります。『Statistical Rethinking』(McElreath, 2020)『A Student's Guide to Bayesian Statistics』(Lambert, 2018)は、ベイズ統計学を用いたモデリングを丁寧に解説しています。

重要なのは、いきなり複雑なモデルに挑戦するのではなく、まずは簡単なモデルでも良いので、自分自身の課題に対して「どのようなデータ生成過程が背景にあるだろうか?」と考え、確率分布を組み合わせて表現する訓練を積むことです。

ステップ3⁠数理最適化問題を解いて最適なアクションを導出する

最後のステップでは、ステップ2で関係性が明らかになった数理最適化問題を実際に解くことで、ビジネス課題に対する最適なアクションを導出します。

これにより、勘や経験だけに頼るのではなく、データに基づいた客観的で合理的な意思決定を行うことが可能になります。

この「数理最適化問題を解く」スキルを身につけるための書籍を紹介します。

このステップでは、数理最適化のさまざまな問題タイプと、それらを解くためのアルゴリズムについて学びます。

まず実践的な入門書として、『Pythonではじめる数理最適化(第2版⁠⁠』(岩永他, 2024)がおすすめです。具体的なケーススタディを通じて、Pythonライブラリを使いながらモデリングから実装までをハンズオンで学ぶことができます。手を動かしながら学ぶことで、数理最適化がビジネスの現場でどのように活用されるかの具体的なイメージをつかむことができるでしょう。

一方で、より深く理論的な背景を理解したい場合には、『しっかり学ぶ数理最適化』(梅谷, 2020)が最適です。さまざまな最適化問題の構造やアルゴリズムの原理について、数学的な基礎から丁寧に解説されています。なぜその解法で最適解が求まるのかを理解することで、より複雑な問題にも応用できる力が身につきます。

ご自身の興味や目的に合わせて、実践的な書籍と理論的な書籍を使い分けるのが良いでしょう。

おわりに⁠3ステップフレームワークを武器にするために

本記事では、ビジネス課題を解決するための3ステップフレームワークと、各ステップで役立つ書籍を紹介してきました。

ステップ1で課題を数式に落とし込み、ステップ2で未知の関係性をデータから推定し、ステップ3で最適な答えを導き出す。この一連の流れを使いこなすことで、皆さんが日々直面しているビジネス課題を、より構造的かつ定量的に解決へと導くことができるはずです。

この3ステップフレームワークの全体像と、各ステップをどのように連携させてビジネス課題を解決していくのかを、一気通貫で体系的に解説したのが、筆者の新刊『ビジネス課題を解決する技術』です。本記事で紹介したような断片的な知識をつなぎ合わせ、実践的な課題解決のワークフローとして昇華させることを目指しました。特に、ステップ1とステップ2の間にある「ドメイン知識をいかに数理モデルに反映させるか」という、多くの分析者が悩む部分について、豊富な具体例とともに詳説しています。

もし、あなたが「データ分析の結果が、なかなかビジネスインパクトにつながらない⁠⁠、⁠数理的なアプローチに挑戦したいが、どこから手をつければよいかわからない」と感じているのであれば、きっと本書がお役に立てるはずです。

ご興味のある方は、ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献

  • Meerschaert, Mark M. (2015)『数理モデリング入門:ファイブ・ステップ法⁠⁠,佐藤一憲・梶原毅・佐々木徹・竹内康博・宮崎倫子・守田智訳,共立出版.
  • 神取道宏 (2019)『ミクロ経済学の力⁠⁠,岩波書店.
  • Gibbons, Robert (2019)『経済学のためのゲーム理論入門⁠⁠,ダイヤモンド社.
  • 片平秀貴 (1987)『マーケティング・サイエンス⁠⁠,東京大学出版会.
  • 古川一郎・守口剛・阿部誠 (2011)『(新版) マーケティング・サイエンス入門: 市場対応の科学的マネジメント⁠⁠,有斐閣.
  • 浜田宏 (2018)『その問題、数理モデルが解決します : 社会を解き明かす数理モデル 入門⁠⁠,ベレ出版.
  • Lambert, Ben (2018) A student’s guide to Bayesian statistics: SAGE.
  • McElreath, Richard (2020) Statistical rethinking : a Bayesian course with examples in R and Stan, Texts in statistical science: CRC Press, 2nd edition.
  • 久保川達也 (2017)『現代数理統計学の基礎⁠⁠,第 11 号,共立出版.
  • 岩永二郎・石原響太・西村直樹・田中一樹 (2024)『Pythonではじめる数理最適化(第2版⁠⁠:ケーススタディでモデリングのスキルを身につけよう⁠⁠,オーム社.
  • 梅谷俊治 (2020)『しっかり学ぶ数理最適化 : モデルからアルゴリズムまで⁠⁠, 講談社.

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