“11年間⁠魚をどうもありがとう” ―Fedoraプロジェクト前リーダー マシュー⁠ミラーが語るオープンソースプロジェクトの魅力とチャレンジ

「42という数字は僕にとってとても大切な数字。そしてプロジェクトは現在とても好調に進んでいる。だからこそ、このタイミングでリーダーを降りるのが自分にとってもプロジェクトにとってもいちばん良い」―2025年5月、米ボストンで開催されたRed Hatの年次カンファレンス「Red Hat Summit 2025」の会場には、Fedoraプロジェクトリーダーとして最後の仕事をアクティブにこなすマシュー・ミラー(Matthew Miller)氏の姿がありました。

2014年6月にFedoraのプロジェクトリーダーに就任したミラー氏は、それから11年という長い期間に渡り、実に20を超えるリリースを世に送り出してきましたが、この6月でもってプロジェクトリーダーの座を降り、友人で長年のFedora開発者でもあるジェフ・スパレタ(Jeff Spaleta)氏にそのバトンを渡しています。

オープンソースプロジェクトの運営のスタイルはプロジェクトごとに異なりますが、Fedoraのような規模の大きなプロジェクトにおいて、創設者ではない人物が11年もの長い期間に渡ってリーダーシップを発揮してきたケースはほとんど例がありません。公私に渡って長い時間をFedoraプロジェクトに費やしてきたミラー氏に、オープンソースプロジェクト運営の魅力と課題について、ボストンのカンファレンス会場でお話をうかがいました。

僕は本当にFedoraのことが心から好きで⁠リーダーの仕事もやろうと思えばきっと永遠にできると思う

――11年間という長い時間をFedoraプロジェクトのリーダーとして過ごしてこられたわけですが、リーダーに就任されたときはこんなに長く務めることは想像されていましたか?

マシュー・ミラー氏(以下MM):まったくもって想像していなかったよ。せいぜい2、3年くらいだと思っていたし、僕の前のリーダーたちもだいたいそれくらいの期間で交代していたから、考えてみるとやっぱり長かったね[1]

インタビューに答えるマシュー・ミラー氏(左)とジェフ・スパレタ氏
インタビューに答えるマシュー・ミラー氏(左)とジェフ・スパレタ氏

――2、3年のつもりのリーダー在任期間が11年まで伸びた理由は何でしょうか?

MM:就任当初は「⁠⁠前任者の)ロビンと同じ2年くらい、長くても5年を目処にがんばってみよう」と思っていた。それから2年、3年と過ぎ、5年経ったころに「もしかしてこれからが本番なのかも」と気づいたんだ。当時(2019年ごろ)はようやくFedoraのすべてのエディションでモジュラーリポジトリを利用できるようになったばかりで、コンテナホストに特化したエディションの「Fedora Atomic Host」⁠のちにFedora CoreOSに統合)もまだリリースから時間が経っていなかった。

モジュール化の推進は僕がFedoraのリーダーに就任する前から実現したかったミッションで、2018年10月にリリースした「Fedora 29」でようやく大きなマイルストーンを達成できたように見えたけど、実はここはまだスタートの段階だと気づいたんだ。だからもう少し、モジュール化やコンテナOSといったトレンドとともに、Fedoraというプロジェクトがどう変化していくのかを見守っていくことにしたんだよ。そこからさらに6年もリーダーを続けるとは思っていなかったけどね。

――逆に、ここまで長く務めてきたリーダーの座をなぜいまになって降りようと思われたんですか?

MM:最初に言っておきたいんだけど、僕は本当にFedoraのことが心から好きで、リーダーの仕事もやろうと思えばきっと永遠にできると思う(笑⁠⁠。でもやはり長すぎたし、少し疲れたというのはある。幸い、Fedoraコミュニティの中には優秀なリーダー候補はたくさんいたので、後継者がいないという事態にはならないことはわかっていた。どんな物事にも終わりは必ず来る。ただそのタイミングをうまく見極めることはそんなに簡単じゃない。しかもFedoraプロジェクトそのものは絶好調で、コミュニティメンバーはみんなパッションにあふれていて、僕が「もう、こんな仕事やってられるかよ!」と投げ出すようなことは起こりようもないしね。

だから4月にリリースした「Fedora Linux 42」は僕にとってもFedoraプロジェクトにとってもちょうど良いタイミングをもたらしてくれたと感謝している。僕は『銀河ヒッチハイク・ガイド(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy⁠⁠』というSF小説が心の底から大好きなんだけど、そこに出てくる大事な数字に「万物の答え」である⁠42⁠というのがあって「これだ!」と思ったんだ。僕の人生にとって本当に大切な2つの存在(Fedoraと「銀河ヒッチハイク・ガイド⁠⁠)が交わる⁠42⁠という数字、このナンバーでFedoraをリリースできるタイミングこそが、新しいリーダーと代わるのにベストだったと思っている。

――新しいリーダーには長年のFedora開発者でもあるジェフ・スパレタ氏が就任することになっています。ジェフさんにFedoraプロジェクトを託した理由を教えてください。

MM:ジェフはRed HatがFedoraに関わる前からFedoraコミュニティで活動してきた、本当に長年に渡るFedoraの貢献者だよ。2007年ごろには、現在のFESCo(Fedora Engineering Steering Committee: Fedoraプロジェクトの方針を決定する最高意思決定機関)にあたるFedora Board(Fedora理事会)のメンバーも務めていた。20年近くに渡ってFedoraとFedoraのユーザを見てきたジェフが、新しいリーダーを引き受けてくれたことを本当にうれしく思っている。ジェフの話をするなら、ここでジェフにも話に加わってもらおうよ。

――ジェフ・スパレタ氏がインタビューに参加(以下JS)――

マシュー・ミラー氏(左)とジェフ・スパレタ氏

――ジェフさん、あらためてFedoraプロジェクトの新しいリーダーに就任するにあたっての思いを聞かせてもらえますか?

JS:そうだね、僕はつい最近(2025年5月⁠⁠、Red Hatの社員として採用されたんだけど、それまではアラスカのフェアバンクスに長く住んでいて、オーロラの研究をしていた。研究のために南極に滞在していたこともある。Fedoraに関してはまだ「fedora.us」と呼ばれていた時代から関わっていて、まあ、いまとはだいぶ雰囲気は違うけど、わりと積極的にコミュニティ内で発言してきたほうだと思う。

ここ数年は研究で忙しくしていて、Fedoraの活動からは離れていたんだけど、マシューがそろそろリーダーから降りることを考えていると聞いて、何か手伝えれば……と思って連絡したんだ。結局、Red Hatとも話し合いを重ねて僕が6月からリーダーを務めることが決まったけど、マシューがこれまで築いてきた方針を大きく変えるつもりはない。Fedoraというすばらしいオープンソースプロジェクトをより発展させていくことに全力を尽くしていきたい。

Fedoraプロジェクトは⁠“全員がリーダーである”

――Fedoraは数あるオープンソースプロジェクトの中でもさまざまな点でユニークであると思うのですが、Fedoraの特徴をひとことで言うならどう表現できますか?

MM⁠インテグレーションプロジェクト⁠⁠、これに尽きる。ゼロから開発したプロダクトではなく、すでに存在する膨大な数のパッケージを組み合わせ、最先端のLinuxディストリビューションを構築する、それがFedoraプロジェクトの基本的なあり方なんだ。だからこそエコシステムの構築とパッケージの選択はもっとも重要な作業であり、議論が尽きない部分でもある。

Fedoraを構成するパッケージには当然ながらアップストリームが存在するし、アップストリームの意向はリスペクトすべきものだ。一方でFedoraにはRed Hatというスポンサーが存在する。アップストリームやコミュニティとRed Hatの方向性には違いが生じることもあるから、リーダーはその違いの落としどころを調整していかなくちゃならない。たくさんのステークホルダーに対して、つねに誠実に向き合っていく姿勢が求められるけど、そこはこの11年でだいぶ鍛えられたかな(笑)

――Fedoraは技術的な方向性を決定する際、FESCoの多数決でもって決めるルールになっていますが、この「大事なことはみんなで決める」という姿勢もFedoraの特徴のひとつのように思えます。

MM:そう、Fedoraは基本的に「全員がリーダーである」という意識をもったメンバーが多いし、僕自身、この11年はそうしたメンバーの姿勢にすごく助けられてきた。たとえFESCoのメンバーでなくとも、ユーザや開発者のひとりひとりがリーダーシップを意識して開発に参加している、つまり全員がプロジェクトの当事者として行動しているということが、Fedoraがこれまで取ってきた選択を正しいものにしてきたんだと実感している。

オープンソースプロジェクトのなかには、ファウンダーなど独裁的なリーダーがすべてを決めている場合もわりと多くて、それがうまく回っているケースもある。でも僕はFedoraをそういうプロジェクトにはしたくなかったし、メンバーも望んでいなかった。大事なことはみんなで決める、できるだけたくさんの人々の意見を尊重し、反映する、リーダーはその調整をする、それがぼくの11年のすべてだったかもしれない。

――リーダーの業務でいちばん大変だったのもやはり調整ですか?

MM:まさに⁠ピープル(people)⁠はいつも僕の仕事の中心だったよ! パッケージの調整よりもピープルの調整の毎日だったなあ…心がけていたことといえば、とにかくよく話を聞くこと。それも発言の多いアクティブコントリビュータだけじゃなく、入ってきたばかりのメンバーやあまり積極的に発言しないパッケージ担当者の声も拾っていくようにしていた。僕はFedoraという組織はできるだけ多くの人々に対してドアを開けておくべきだと思っている。古くからのメンバーも活動しやすく、新しい人々も参加しやすい環境を作るには、とにかく聞くこと! と行動してきたことは間違っていなかっと思っている。

――この11年の間にはスポンサーのRed HatがIBMに買収されたり、RHELのダウンストリームのCentOS Linuxがサポートを終了したり、それに伴ってFedoraもCentOS Streamのエコシステムに組み込まれるなど、さまざまな変化がありましたが、これらはプロジェクトの活動にどれくらい影響したのでしょうか?

MM:CentOS Streamの登場はたしかに大きく変わった部分だったかもしれない。Fedoraの特徴のひとつにRHELのアップストリームであることが挙げられるんだけど、CentOS StreamがFedoraとRHELの間に入ったことでFedoraからRHELまでの進化のプロセスが劇的に透明化されたと思う。

かつてのRHELはFedoraとどう連携しているのか、ユーザや開発者のフィードバックは反映されているのかが見えづらい部分が多かったけど、CentOS Streamが入ったことで次のRHELの方向性がすごくわかりやすくなった。同時にRHELのコードに早くからアクセスできる人も大幅に増えたと思う。オペーク(opaque)からトランスペアレント(transparent)へ、というのがCenOS Streamの果たした役割を表しているんじゃないかな。

自分が関わる最後のリリース“42”“so long, and thanks for all the fish”が使えて⁠とても良かった

――今回のカンファレンスと同時に「Red Hat Enterprise Linux 10」が発表されましたが、RHEL 10にもCentOS Streamの良い影響が反映されていると感じますか?

MM:えーっと、そうかもしれない。実をいうと、RHEL 10って僕にとってはもうずいぶん昔の話というか、Fedoraはつねに先を走り続けていないといけないので、RHEL 10にFedoraのどんな機能が反映されているか、もう覚えていなくて……。

――たとえばRHEL 10の特徴のひとつであるイメージモード(Image Mode: アプリケーションコンテナのように、OSをブート可能なコンテナイメージとしてビルド/デプロイ/管理が可能に)は、最初に言われていたコンテナOSのトレンドと大きく連携しているように思えるのですが……。

MM:すっかり忘れていたけど、たしかにそうだね。いままではFedoraの仕事でめいっぱいだったけど、これからはもう少しRHELのことにも目を向けて、質問されてもちゃんと答えられるるようにするよ(笑⁠⁠。

――これからの話が出ましたが、今後はどんな業務を担当されるんでしょうか。

MM:Fedoraのプロジェクトリーダーを降りてもRed Hatの従業員であることには変わらないし、さっきも言ったようにしばらくはジェフのサポートをしながらFedoraプロジェクトにも関わり続けていく。数年後のことはわからないけど、コミュニティエンジニアリングのマネージャとして、これからもFedoraやオープンソースプロジェクトの健全な発展に貢献していきたいと考えている。

――Fedora 42のアナウンスメントでも「さようなら、魚をありがとう(so long, and thanks for all the fish⁠⁠」という『銀河ヒッチハイク・ガイド』のフレーズを引用しつつ、⁠Feodoraから)遠くに離れるつもりはない、宇宙の果てまでFedoraに関わっていく」と言われていましたね。

MM『銀河ヒッチハイク・ガイド』の話を振られたら、ずっとその話しかしないけど、それでもいい? そう、いま言ってくれた⁠so long, and thanks for all the fish⁠もすごく好きなフレーズで、イルカが宇宙の果てのレストランでお別れを言うんだけど、自分が関わる最後のリリース42でこれを使えたのはとてもよかった。

――このRed Hat Summitが終わってから、6月にチェコのプラハで「Flock」⁠Fedoraのユーザイベント)があって、そこでジェフさんとリーダーを交代すると聞いています。そのあとはすこし休めそうですか?

MM:たしかにこの11年はプライベートの時間よりもFedoraを優先していたことがわりと多かったから、しばらくは家族との時間を大切にしたい。娘を旅行にも連れていきたいし、アジアや日本にも行ってみたいと思っている。日本はまだ行ったことがないんだよ。

――機会があったらぜひ娘さんを連れて日本に来てください。そのときにまたお話をうかがえたらうれしいです。

最後に記念撮影

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