GitLabが紐解く:AI時代のソフトウェア開発

エンジニアリングチームを戦略的に成長させるための行動指針

スケーリングの方法というのは、すべてのリーダーが考えるべきテーマです。チームや製品、インフラ、そして私たちが管理し活動するエコシステムを、どのように拡大していくべきでしょうか?

私はこれまで、エンジニアリングチームを数十万円規模から数億円、さらには数兆円規模のプロジェクトに対応できるまでに成長させる経験を積んできました。その中で交流した様々な業種業界のCTOとの会話では、⁠数百人、数千人規模のエンジニアや確立された開発プロセスを備えているのだが、複雑さに圧倒されてしまっており、それらを十分に生かせていない」という課題がよく話題になります。各事業部が長年かけて独自のツールやプロセスを積み上げてきたにもかかわらず、バラバラなツールやプロセスを個別に管理しているために機能の重複やサイロ化が発生し、結果としてエンジニアを増やせば増やすほど、むしろ開発スピードは落ちてしまっているようです。

エンジニアリングチームのリーダーは、チーム、ビジネス、そしてエコシステムをスケールさせるために必要な要素を理解しなければなりません。システム上の制限かビジネス上の限界かなどの制約条件を理解することで、チームのエネルギーを集中すべき方向性が決定するのです。まず、必要なリソースや規制の状況などの前提条件を定期的に見直してください。前提条件はたびたび「今でなければ、いつなのか?」という状況を認識するための警告となります。また、過剰なスケーリングの設計は避けましょう。100万円規模のチームが10億円規模を想定したスケーリングの設計を試みることは、確実に目標を逸する悪手です。必要なものから順に構築するべきです。

AIがソフトウェア開発を変革し続ける中で、エンジニアリングチームのリーダーにはこれまで以上に意図を持った取り組みが求められています。こうした変化の中、組織は成長や人材についての考え方を初期段階から見直す必要があります。そうすることで、この変革がもたらす価値を真に引き出せるのです。

戦略的スケーリング⁠3つの成長課題

スケーリングを進める際には、次の通り、多くの組織が直面する3つの共通の課題があります。

  1. チームやツール間に一貫性がない
  2. エンジニアリング全体の可視性・メトリクス・リスク把握が不足している
  3. 組織の拡大に伴い、複雑性が急激に増大する

スケーリングに失敗する理由を理解するには、チームのダイナミクスが規模に応じてどう変化するかを確認する必要があります。チームの規模に応じて以下のような変化が起こりうるでしょう。

  • 小規模組織:チームが担当領域のフルスタックを受け持ちます。信頼関係を築きやすく、目標のすり合わせも直接のやり取りで容易に行えます。
  • 中規模組織:専門分化が進み、サイロ化が発生します。⁠すべてを把握できる」状態は崩れ、部門横断的な調整は四半期単位に移行します。依存関係の管理が難しくなります。
  • 大規模組織:チームは完全な自律性を持ち、事業部ごとにサイロ化します。信頼は築きにくく、優先順位の衝突が頻発します。調整は年単位で行われ、既存プラットフォームの後付け改修はほぼ不可能です。

こうした各段階で、多くの組織は目先の課題を解決するために場当たり的に新しいツールを導入しがちです。しかし、これがスケーリングの落とし穴です。カスタムソリューションは維持コストを生み、断片化したメトリクスは組織の学習を妨げ、業務負担はチームの規模拡大以上に膨らみます。

スケーリングのためのプラットフォーム思考

スケーリングを成功させるための答えは「非効率を受け入れること」ではありません。初期段階から製品ではなくプラットフォームを中心に技術作業を組み立てることが重要です。具体的なステップは以下の通りです。

1. 現在のツールスタックを棚卸しする
チームが使っているすべてのツールを洗い出し、機能の重複を特定します。それぞれの運用負荷を時間軸で追跡すると、ほぼ必ず「維持コストが利点を上回る転換点」に到達します。⁠個々の目的に最適なツールは何か?」ではなく「スケーリング可能な機動力を保ちながら、会社のミッション達成に最適な選択は何か?」を問い直す必要があります。
2. プラットフォームリーダーシップ思考へ移行する
「チームのためにどう解決するか?」ではなく「組織全体のために一つの仕組みでどう解決するか?」を考えます。個々のチームの生産性最適化から、組織全体の効率最適化へシフトします。ポイントソリューションを積み重ねるのではなく、開発ライフサイクルを端から端まで可視化し、冗長性や抜けを特定し、成長に合わせて拡張できるプラットフォームを選択します。
3. AI主導のワークフローオーケストレーションに備える
GitLabが2025年7月に発表した調査The Economics of Software Innovation: $750B+ Opportunity at a Crossroads(ソフトウェアイノベーションによる経済効果)によれば、経営層の99%はソフトウェア開発における人間の役割を価値のあるものと考えていますが、現状では作業の約75%を人間が担い、AIの割合は25%に留まっています。つまりAIの進展によって、エンジニアの役割は「個人のコントリビューター」から「人間とAIが協働する複雑なシステムを調整する存在」へ移行しているのです。この移行を支えるため、ワークフローを一元的に調整できるプラットフォームを選ぶ必要があります。
4. 重要な指標を測定する
個人単位の生産性メトリクスではなく、DORAメトリクス(デプロイ頻度、リードタイム、変更失敗率、リカバリー時間)を注視します。
5. データ戦略を優先する
データは極めて重要なリソースであり、明確な戦略が不可欠です。データ戦略の不在はスケーリングにおける最大の壁となります。
6. システム管理を自動化する
常に人の手を必要とせず、自律的に維持できる運用体制を構築します。

継続的な取り組み

スケーリングに「完了」はありません。常に再評価と適応を繰り返す必要があります。プラットフォームを基盤とするアプローチは、重複作業やサイロ化を最小限に抑えつつ、組織が成長に応じて進化するための俊敏性を支えてくれます。

スケーリングに成功するのは、最も高度なツールを積み上げてきた企業ではありません。初めから技術とチームのあり方を意図的に設計し、持続可能な成長には技術的な課題だけでなく「複雑さ」という組織的課題に体系的に取り組むことが不可欠であると理解している企業です。

エンジニアの役割が「人間とAIが関わる複雑なシステムの調整役」へと進化するにつれて、プラットフォームを基盤とするアプローチの重要性はさらに増していきます。エンジニアがバラバラなツールを個別に管理するのではなく、プラットフォームを通じて複雑なワークフローを調整し、品質を担保することに集中できるようになります。今日からプラットフォーム思考を取り入れれば、将来のエンジニアリングチームはその効果を実感できるでしょう。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧