業務プロセスや日々のExcel作業。その「本質」を構造化して設計できるようにしたい。この課題に取り組むため、武内俊介さん執筆の『業務設計の教科書』と吉田拳さん執筆の『たった1日で即戦力になるExcelの教科書』という2冊の書籍が技術評論社から出版されています。
その2冊をテーマにしたイベントである「本当に効く、真の業務改善とは〜 業務設計とExcel仕事術で学ぶ実践的アプローチ」が2026年1月29日に書泉ブックタワーで開催されました。イベントでは、武内俊介さんと吉田拳さんの2人による、DX・AI時代における業務改善の本質とこれからのビジネスパーソンに求められるスキルについて語られました。本稿ではその模様をレポートします。
プロフィール:武内俊介
1981年生まれ。業務設計士®、税理士。株式会社KEELL及び株式会社リベロ・コンサルティング代表取締役。金融、会計事務所、スタートアップを経て、2018年に業務設計コンサルティングを開始。DX推進プロジェクトにおける「業務の可視化と構造化」を中心にさまざまな企業を支援している。
プロフィール:吉田拳
1975年、愛知県出身。 東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。 Excel専門の業務改善支援を行う株式会社すごい改善を2010年に設立、代表取締役に就任。 著書『たった1日で即戦力になるExcelの教科書』(技術評論社)がシリーズ累計50万部を突破。
DX・AI導入における「手段の目的化」という罠
イベントの冒頭、武内さんは現在のDX・AI導入について、かつてのExcelやRPAの流行と同じ構図が見られると指摘しました。多くの企業では、トップダウンの指示が降りてくるものの、現場では何を解決すべきかが定まっておらず、手段が目的化してしまうケースが後を絶たないといいます。
この指摘に対し、吉田さんは具体例をあげて応えました。大阪の中小企業の社長の方々に向けた講演でDXについて語った際、あえて「DXとはGoogleフォームの導入です」と言い切ったそうです。これは極論ではありますが、紙で行っていた有給申請をExcelで再現してメール添付するような非効率なデジタル化ではなく、最初からデータベース化されるWebフォームを使うことこそが、中小企業における身の丈に合ったDXの第一歩であるという本質を突いたものでした。
こうした「部分最適に陥りがちなDX」の問題について、武内さんは名著『ザ・ゴール』の一節を引用しました。主人公の工場長が「ロボット導入で生産性が30%上がった」と報告するものの、恩師から「工場の生産量は本当に増えたのか?」と問われるシーンです。個別の作業効率が上がっても、全体のボトルネックが解消されていなければ、ビジネスとしての成果は上がらない。AIを導入して処理が高速化しても、前後の確認作業やコミュニケーションが整っていなければ、組織全体のアウトプットは変わらないのです。
AI時代に求められる「業務設計力」
では、AIが台頭する時代に人間にはどのようなスキルが求められるのでしょうか。武内さんと吉田さんが共通して強調したのは、業務を「地図」として描く力でした。
武内さんはこの力について「カレーの作り方を説明できるか」という身近な例で解説します。「カレーを作ってください」と言われたとき、多くの人はすぐに「野菜を切る」といった作業から説明しがちです。しかし、仕事ができる人は「材料はあるか」「予算はいくらか」「誰が食べるのか」といった前提条件の確認から入ります。さらに、ご飯を炊く工程が抜けていればカレーライスにはなりませんし、具材を煮込んでいる間に洗い物をするような「並列処理」の概念も必要です。
このように、一見単純に見える業務であっても、それをプロセスに分解し、依存関係(玉ねぎを切らなければ炒められない等)を整理し、構造化して説明できる能力こそが、DX人材に求められるスキルです。
吉田さんもこちらの考えに同意し、Excelのマクロ作成においても同様の視点が必要だと語ります。マクロにおける変数の定義は、料理で言えば「調理を始める前に材料と道具をすべて調理台に並べておくこと」に似ています。頭の中で業務の全体像をシミュレーションし、どのようなデータ(素材)が必要で、それをどう加工すれば最終的な成果物になるのかを設計図として描く力。これがあれば、実際のコーディングはAIに任せることができる時代になっています。
AIに任せられること、任せられないこと
話題はAIの役割分担へと移ります。「AIに仕事を奪われるのか」という問いに対し、2人は「今のところ、ちゃんと仕事をしている人は奪われない」と楽観的な見方を示します。
吉田さんは、AIの位置づけを「再現性のある仕事を実行するプログラムを書くためのブースター」と定義します。間違えてはいけない財務データや仕訳データの作成をAIに一気通貫で任せることは、未来永劫リスクが高いでしょう。しかし、その処理を行うための「プログラム(マクロなど)」を書かせる相手として、AIは非常に優秀です。これまで専門的な勉強が必要だったコーディングのハードルが劇的に下がり、やる気さえあれば誰でも業務効率化ツールを作れるようになりました。
一方で武内さんは、AIの弱点として「文脈(コンテキスト)の理解」や「責任能力」の欠如をあげます。例えば、契約書の作成をAIに任せることはできますが、最終的なリーガルチェックや微妙なニュアンスの調整、相手との関係性を踏まえた判断は人間が行う必要があります。「AIが作ったので間違えました」という言い訳はビジネスでは通用しないため、人間はAIの成果物をチェックし、責任を持つ「品質管理者」としての役割を担うことになります。
また、AIは「壁打ち相手」としても有効です。これまで上司や先輩が時間をかけて行っていた「この説明をもっと分かりやすくするには?」「この案の欠点は?」といったフィードバックを、AIは瞬時に大量に行ってくれます。人間はこの大量の案の中から最適なものを「選ぶ」という、意思決定のプロセスに集中することができるようになります。
業務最適化に必要な3つの視点
続いて、業務を最適化していく上で、武内さんは3つの視点が重要だと説きます。
- 虫の目(ミクロの視点):現場の細かな作業を見る目
- 鳥の目(マクロの視点):全体を俯瞰して見る目
- 魚の目(流れの視点):業務のフロー(流れ)を見る目
特に難しいのが「魚の目」です。業務は点ではなく線でつながっています。自分の作業が終わった後、そのデータが誰に渡り、どう加工されるのか。前工程の遅れがどう影響するのか。これらを把握するためには、トヨタ生産方式で言われるような「現地現物」の観察が必要です。
武内さんは、こうした現場理解の重要性を強調したうえで、「なぜ?」を5回繰り返すトヨタの手法についても触れました。これは単に部下を詰めるためではなく、エラーが起きた真因(Root Cause)を探るための思考法です。AIにはこうした「現場の空気感」や「人間臭い事情」を汲み取ることは難しく、ここにも人間が介在する価値が残ります。
吉田さんも、組織全体への意識付けの難しさを認めつつ、個々の作業者が「自分の作っているネジが何に使われるのか」を知ることで、仕事の質やモチベーションが変わると指摘します。しかし、現実的には全員に経営視点を持たせるのは難しく、まずは「2:8の法則」の通り、意欲ある2割の人材が業務の全体像(地図)を描き、変革をリードしていくのが現実解ではないかと述べました。
思考をアップデートする推薦図書
イベントの終盤、2人から「今の時代にこそ読むべき本」が紹介されました。これらは単なる技術書ではなく、思考のOSをアップデートするための書籍です。
吉田さんの推薦図書には、データの見方を養う『FACTFULNESS』(ハンス・ロスリングほか著)や、会計の数字を通して経営を見る『稲盛和夫の実学』(稲盛和夫著)、そして小さな改善の積み重ねが大きな差を生むことを説く『複利で伸びる1つの習慣』などがあげられました。特に「運」を科学的に捉えた『運気を磨く』(田坂広志著)は、ネガティブな情報に触れすぎず、良い流れを引き寄せるマインドセットとして紹介されました。
一方、武内さんは、全体最適の理論を物語形式で学べる『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著)シリーズを強く推薦されました。また、『具体と抽象』(細谷功著)は、AIが得意な具体的処理と人間が得意な抽象的概念を行き来するための必須スキルを学べる一冊として挙げられました。さらに、ホワイトカラーの生産性向上に正面から切り込んだ『ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか 日本型BPR 2.0』(村田聡一郎著)や、エンジニア視点から組織論を再構築した『エンジニアリング組織論への招待』(広木大地著)、『人月の神話』などのエンジニア向けの古典をベースに分かりやすくアジャイル開発を解説した『人が増えても速くならない』(倉貫義人著)など、エンジニアリングの視点から業務を見直すための書籍が並びました。
価値を生むためのテクノロジー活用
対談を通じて浮き彫りになったのは、「DXやAIは魔法の杖ではない」という現実です。しかし同時に、それらを適切に使いこなすための「設計図」を描ける人間にとっては、これほど強力な武器はないという希望も示されました。
吉田さんが語ったように、かつては専門家にしかできなかったことが、今や月額数千円のSaaSやAIツールで実現可能です。中小企業や個人であっても、大企業並みの生産性を持つことができるチャンスが広がっています。
重要なことは、ツールに使われるのではなく、ツールを使う側の視点に立つこと。そのためには、自身の業務をイベント冒頭で武内さんが語った「カレーの作り方」の例のように分解・構造化し、AIという優秀なアシスタントに的確な指示を出す「業務設計力」を磨くことが、これからの時代の生存戦略と言えるでしょう。
書泉ブックタワーでのこの対談は、DX・AI時代を生き抜くための本質的な視点を提示するものとなりました。2人の著書『業務設計の教科書』と『たった1日で即戦力になるExcelの教科書』は、この「設計図を描く力」を実践的に学べる格好の入門書となるはずです。
対談にてお二人に選書いただいた書籍は、以下でお買い求めいただけます。