AI時代のインフラはどう変わるのか⁠SUSE CSO Frank Feldmann氏が語るITコスト⁠デジタル主権⁠エンジニアの役割

AIの普及やクラウドの拡大により、企業のITインフラは大きな転換期を迎えています。仮想化基盤のコスト問題、AIワークロードの急増、そして「デジタル主権」といった新しい概念が、企業のIT戦略に影響を与えています。LinuxディストリビューションやKubernetes管理基盤などを提供するSUSEは、こうした変化の中でどのような戦略を描いているのでしょうか。SUSEのChief Strategy Officer(CSO)であるFrank Feldmann氏に、現在の技術トレンド、AI時代のインフラのあり方、そしてエンジニアに求められる役割について話を聞きました。

Chief Strategy Officer Frank Feldmann氏

企業はAI投資のためにITコストの見直しを迫られている

Q⁠まず⁠現在SUSEが最も重視しているテーマが何なのかを教えてください⁠

Frank Feldmann氏: SUSEのCSOとしての私の役割は、会社の将来を見据えて技術戦略を描くことです。これはよく⁠水晶玉をのぞき込むような仕事⁠と表現されることがあるのですが、実際、未来を予言するような仕事と言えるかもしれません。今の技術トレンドだけを見るのではなく、数年後にどのような技術が重要になるのかを考え、それに向けて会社としてどのような準備をすべきかを決める必要があるからです。

具体的には、将来の技術領域を見据えながら、どのようなパートナーシップを築くべきか、あるいはどのような企業を買収するべきかといったことを検討します。新しい技術を自社のポートフォリオにどう追加していくかも考えなければなりません。

それをふまえて、現在、短期的な枠組みとしてSUSEが最も重視しているテーマは「仮想化」です。もちろん仮想化自体は新しいものではありませんが、BroadcomによるVMware買収の影響もあり、多くのお客様が仮想化基盤の維持にかかる価格高騰などの課題から脱却したいと考えています。私たちはこの領域で、お客様に新たな選択肢を提供するための投資を行っています。

同様のパラダイムシフトは、私たちの出発点であるLinuxの領域でも起きています。特定のベンダが市場を支配的にコントロールしている状況に対し、SUSEでは、Linuxを利用するユーザの痛みの緩和を図りたいと考えています。

仮想化やLinuxは確立された技術ですが、コストがかさむ領域でもあります。多くのエンタープライズ企業は将来のためにAIへ投資したいと考えていますが、それと同時に、既存のITインフラに多額のコストが固定されているという問題も抱えています。そのコストを削減してAIへの投資を可能にすることが、SUSEの役割だと考えています。

Q⁠企業が抱えるコスト削減とAIへの投資という課題に向けて⁠SUSEはどのような役割を担っていますか⁠

Frank Feldmann氏:いろいろな角度で貢献できると考えていますが、ひとつ代表的なものを挙げるとすれば、Kubernetes管理プラットフォームの「SUSE Rancher」があります。Rancherは、エッジからクラウドまで、ベンダに縛られずあらゆるコンテナ環境を統合管理できるプラットフォームです。AIの導入を考える企業にとって、Kubernetesは非常に重要な基盤になります。AIモデルのトレーニングや推論をスケーラブルに実行するためには、コンテナベースのアーキテクチャが非常に適しているからです。そのランタイムとしてRancherをお使いいただくことで、プラットフォームのコストを最適化し、より多くの予算をAIソリューションに振り向けることが可能になります。

また、SUSEでは「SUSE AI」というソリューションも提供しています。これは、Rancher上で生成AIのワークロードを導入して実行するためのオープンなプラットフォームを提供します。SUSE AIを利用すれば、企業は大規模なAIワークロードを安全かつ効率的に実行・管理することができます。

AIエージェントがインフラを操作する時代が始まる

Q⁠AIなどの新技術へ投資する前に⁠多くの企業がレガシーシステムからのモダナイゼーションという課題を抱えています⁠

Frank Feldmann氏:レガシーシステムのモダナイゼーションは、非常に難しいテーマです。企業ごとに状況が異なるため、万能の解決策は存在しません。とくに金融や医療のような規制の厳しい業界では、モダナイズの歩みが遅くなりがちで、日本でもいまだUNIXベースのシステムが稼働している企業があったりします。

私はモダナイゼーションを「玉ねぎの皮」に例えることがあります。システムには複数のレイヤがあって、顧客と接する外側の部分は新しいテクノロジを使って比較的容易にモダナイズできますが、中心にあるコアのバックエンドシステムを変えるのは非常に困難です。

モダナイゼーションを成功させている企業の共通点は、レガシーとモダンが共存する期間が必ず発生するという前提で取り組んでいることです。一度にすべてを取り替えるのは現実的ではないので、比較的変更しやすい「外側の皮」から順番に取り組んでいくのが効果的です。

このとき、特定の管理ツールや運用プロセスにロックインされていると、そのシステム同士を繋ぐ部分を変えるのに莫大なコストがかかるので、オープンなインターフェースを選択してコントロールを失わないことが重要です。

また、モダナイゼーションにおいて重要なのは、⁠将来のトランザクション増加を見据えたスケーラビリティの確保」「セキュリティの維持」の2点です。たとえば銀行のシステムでは、将来トランザクション量が大幅に増える状況を考慮する必要があります。このとき、セキュリティを維持しつつ、安定性や柔軟性を高めるアーキテクチャを選択できるかどうかが鍵になります。

Q⁠AI時代のインフラについて⁠長期的にはどのような変化が起こると予想していますか⁠

Frank Feldmann氏:長期的な視野に立つと、私たちが提供するソフトウェアのユーザが人間だけではなくなることを考えなければなりません。まもなく、人間ではなくAIエージェントが直接ソフトウェアを操作する時代が到来しています。映画『アイアンマン』に登場するAIの「J.A.R.V.I.S.」を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。

現在のソフトウェアは人間が操作することを前提に設計されていますが、もしJ.A.R.V.I.S.のようなAIがインフラを操作するならば、人間向けのUIとはまったく違うインターフェースが必要になるはずです。

そういった状況に対応できるように、SUSEでは、MCPサーバなどを通じてAIエージェントがLinuxやKubernetes全体を統合的に管理できる仕組みを開発しています。AIエージェントが仕事をする世界に備えて、インフラやオーケストレーションツールをアップグレードしていくことが重要だと考えています。

デジタル主権の本質はITシステムのコントロールを取り戻すこと

Q⁠今⁠ヨーロッパでは「デジタル主権」が重要なテーマになっていますが⁠これについて日本企業はどのように取り組むべきでしょうか?

Frank Feldmann氏:デジタル主権という言葉は、現在非常によく使われていますが、国や地域によって少しずつ意味が異なるので注意が必要です。私の考えでは、デジタル主権とは「自分のデジタル資産とデータを、自分の条件でコントロールできる能力」を意味しています。このコントロールこそが重要なテーマです。

ヨーロッパでは、この言葉はとくに米国企業のテクノロジへの依存を意味することが多いですが、日本ではそれとは少し違う問題があります。自社でITエンジニアを抱える欧米の企業とは異なり、日本企業はITシステムの開発や保守を外部のベンダにアウトソースしているケースが多々あります。これは、自分たちのシステムの運命を第三者に委ねてしまっていることになります。これでは、AIのような破壊的で魅力的なテクノロジーを導入したいときに、迅速な動きがとれません。

デジタル主権を取り戻すには、特定の委託先への依存から脱却し、自社にコントロールを取り戻す必要があります。そのためには、企業自身が受け身の姿勢を止め、もっと能動的に動く顧客へと変わらなければなりません。仕様を丸投げするのではなく、自ら仕様を作り、実装にも深く関わる姿勢が重要です。

Losant買収でエッジコンピューティングの全領域を網羅

Q⁠最近SUSEは⁠IoTプラットフォーム企業のLosant社を買収しましたね⁠これはSUSEの戦略においてどのような位置付けになりますか?

Frank Feldmann氏:SUSEはもともとエッジコンピューティングの分野も積極的にサポートしてきました。エッジコンピューティングには、大きく分けて「ニア(near⁠⁠、⁠ファー(far⁠⁠、⁠タイニー(Tiny⁠⁠」の3つの領域があります。ニアは通信事業者のデータセンターなどの領域、ファーは船舶上など限られた範囲のデータセンターの領域、タイニーは工場のセンサーや医療端末などといった組込みシステムに近い領域です。

Losantはこのうちのタイニーの領域に強い企業です。とくに、MQTTやModbusといったさまざまな業界プロトコルに依存せず、あらゆるメーカのデバイスデータを取得できるという点は大きなアドバンテージです。さらに、ローコード/ノーコード環境も持っており、PowerPointで図形を描くような感覚でワークフローを構築できます。これによって、工場設備からのイベントデータを元に予測分析を行い、予防保守のアクションを自動化するといった、デバイス、データ、ワークフローの3つを連携させた活用が可能になります。

SUSEではこれまでニアとファーのソリューションは持っていましたが、タイニーの部分が欠けているという課題がありました。今回Losantを買収したことで、この3つの領域すべてを単一のプラットフォームに集約し、同じテクノロジー、同じ管理手法で横断的にカバーできるようになったわけです。

AI時代におけるエンジニアの役割とは

Q⁠AIが普及する時代において⁠エンジニアの役割はどう変わっていくのでしょうか?

Frank Feldmann氏:「人がソフトウェアを書く時代は終わった」といった声もありますが、私は決してそうは思いません。AIが普及した後でも、既存のシステムは存在し続け、進化を遂げていきます。それを維持するには、システムを知り尽くしている人間の存在が絶対に必要です。

また、AIはコードを書く能力を持っていますが、それだけでシステムを作れるわけではありません。とくに金融やエネルギーのような重要なインフラでは、人間による検証が不可欠です。少なくとも今後5年以内に、100%AIだけで作られた金融システムに規制当局が承認を出すことは考えにくいでしょう。AIのアウトプットが一定の基準を満たしているか、目視で検証・保証する役割のエンジニアが必ず求められます。

ただし、業界全体で見れば、エンジニアの役割は大きく変化すると思います。これからのエンジニアは、コードを書く人というよりも、コードをオーケストレーションする人になっていくと思います。AIが生成したコードを組み合わせ、システムとして機能させる役割です。そのためには、ネットワークの仕組み、データの移動、セキュリティなどの理解や、システム全体を見渡す幅広い専門知識が引き続き重要になります。また、アプリケーションが「何をすべきか⁠⁠、そして「何をしてはいけないか」を明確に言語化して伝える能力も求められるようになるでしょう。

私は一人のエンジニアとして生成AIの進化を非常にポジティブに捉えています。AIによって、アイデアを試すスピードが大きく向上しました。以前は新しいアイデアを実装するのに数ヵ月かかることもありましたが、現在は数日でプロトタイプを作ることができます。これはエンジニアにとって大きなチャンスだと思っています。

Q⁠最後に⁠インフラやクラウドの世界に携わる日本のエンジニアに向けてメッセージをお願いします⁠

Frank Feldmann氏:まずこれからエンジニアを目指す人や、ひとつ先のステップに進みたい人には、オープンソースから始めることをお勧めします。これはSUSEでも他のオープンソースソフトウェアでもかまいません。オープンソースの世界には、エンジニアとして何をすべきか、何をしてはいけないかというナレッジが溢れており、そこから多くのことを学べるからです。

次に大切なのは、高いレベルの好奇心を持ち続けることです。AIが多くの作業を自動化する時代だからこそ、ソフトウェアの内部で何が起きているのかを理解しようとする姿勢が重要になります。表面的な部分だけを見るのではなく、仕組みを理解しようとすることが大切です。

そして最後に、変化を恐れないでください。これからソフトウェア開発の方法は大きく変わります。インフラの世界にも大きな変革が訪れます。もし私が若いころの自分にアドバイスするとしたら、⁠これから起きる大きな変化に備えておけ」と言うでしょう。エンジニアにとってAIの進化は大きなチャンスです。SUSEとともに新しい時代を実現していきましょう。

Chief Strategy Officer Frank Feldmann氏と日本法人カントリーマネージャー 渡辺元氏

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