ATmosphereConf2026レポート

ATmosphereConf 2026レポート: Blueskyの先にある⁠ATプロトコルエコシステムの現在地点

2026年3月26日から29日にかけて、カナダ・バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学(UBC)キャンパスでATmosphereConf 2026が開催されました。2025年シアトルでの初開催に続く2回目で、コミュニティ主導のイベントです。

4日間の日程には通常のセッションやワークショップに加え、研究者向けのサイエンストラックやジャーナリズム・メディア関連のセッション群も設けられました。Blueskyはイベントスポンサーとして参加し、日本から参加した3名の開発者の旅費サポートも行いました。

「Atmosphere」とは、ATプロトコル上で動作する1,000以上の相互運用可能なアプリやサービスのエコシステムの総称です。Blueskyはその中で最大かつ最も知られたアプリケーションですが、唯一のアプリケーションではありません。

gihyo.jpでは2023年にmattn氏によるATプロトコルの技術解説、そして、syui氏によるBlueskyの紹介記事が掲載され、2024年には馮富久氏がBluesky開発助成金について報じています。

あれから約3年、ATプロトコルをめぐる状況は大きく変わっています。本記事では、ATmosphereConf 2026で見えてきたエコシステムの広がりと、プロトコルの技術的な進化を紹介します。

リードオーガナイザーのBoris Mann氏。Drupal初期のカンファレンス運営に深く関わっていた経歴も持つ。
リードオーガナイザーのBoris Mann氏。Drupal初期のカンファレンス運営に深く関わっていた経歴も持つ。

広がるATプロトコルエコシステム

筆者がATmosphereConf 2026で最も印象的だったのは、Blueskyの「外」でATプロトコルがどう使われているかを示すプロジェクトの多さでした。

ソーシャルグラフの可搬性

ATプロトコル上に構築されたアプリケーションでは、ユーザのIDがプラットフォームではなくユーザ自身に属しています。これにより、あるアプリで築いた人間関係(いわゆるソーシャルグラフ)を別のアプリにそのまま持ち込めます。

たとえば、写真共有アプリのFlashesやFlipboardチームが開発したコンテンツリーダーのSurfにBlueskyアカウントでログインすると、フォローの関係がそのまま引き継がれます。新しいアプリを使い始めるたびにゼロからフォロワーを構築し直す必要がありません。

これは「アカウントの可搬性」というATプロトコルの設計思想が、実際のユーザ体験として機能していることを意味します。

会場では、この構成可能性を体現する出来事がありました。参加者同士をATプロトコルのプロフィールとQRコードで接続するアプリyouandme.atがカンファレンス直前に開発され、会期中に急速に広まりました。

さらに、別の開発者たちがアドオンアプリを構築し、接続ネットワークのグラフ化やリーダーボードの作成を行いました。1つのアプリの上に、許可なく別のアプリが積み重なる、これこそがATプロトコルの設計が可能にする体験です。

分散は理念から現実へ

ATプロトコルの分散設計を最も体現しているのが、コミュニティ主導のインフラ構築です。

Blackskyは、Rudy Fraser氏が2021年に開始した、黒人コミュニティのためのオープンソースのデジタル公共インフラプロジェクトです。キュレーションフィードとモデレーションツールを提供し、Rustで構築された独自のATプロトコル「rsky(リスキー⁠⁠」を実装しています。Blueskyのインフラとは独立して運営されながらも相互運用が可能で、Blueskyの許可を必要としないプロトコルレベルで構築されています。

カンファレンスではFraser氏がコミュニティ構築の教訓を語りDr. KaLyn Coghill氏がBlackskyのモデレーションツールを紹介しました

Euroskyは欧州の非営利団体が運営するPDS(Personal Data Server)です。欧州法の下でユーザデータをホスティングしており、公共インフラとしてのATプロトコルについての発表が行われました。また、カナダではGander Socialが同様の取り組みを進めています。

ユーザ数ではBlueskyが圧倒的な存在感を持つ一方で、インフラ層では複数の独立した実装が並立し始めています。分散は理念の段階を超え、実装の多様性という形で現実になりつつあります。

Blackskyプロジェクト創始者のRudy Fraser氏。
Blackskyプロジェクト創始者のRudy Fraser氏。

ソーシャルレイヤの追加: npmxの事例

SNSが主体ではないサービスにおけるソーシャルレイヤの追加にATプロトコルを活用した事例も出てきています。

こういった例での最も興味深かった発表は、今年3月に公開されたばかりのnpmパッケージの検索・共有プラットフォームnpmxに関するものでした。npmxはATプロトコルをソーシャル機能の基盤として統合しており、実装を担当した@zeu.devによると、⁠サービスにソーシャルレイヤを追加する最も簡単な方法だったから」というのがATプロトコルを選んだ理由とのことでした。

パッケージへの「いいね」はプライベートなデータベースではなくatprotoレコードとして保存されます。ユーザのアイデンティティはポータブルであり、npmx上での活動はATプロトコルのエコシステム全体から参照可能です。

npmxは、Nuxtコアチームを率いるDaniel Roe氏が最初のコミットを行い、翌日Blueskyでnpmの改善点を問いかけたところ大きな反響が集まって生まれたプロジェクトです。約2週間で1,000以上のイシュー・PRと105人以上のコントリビューター、1,500以上のGitHubスターを獲得しました。npmパッケージを探すという日常的な開発行為の中にATプロトコルを自然に組み込みむというエコシステムの広がりを象徴する事例であり、それを率いるMatias Capeletto (@patak.cat) 氏がBluesky上で開発をオープンに語ることで多くの開発者の興味を集めた面も非常にユニークです。

動画でぜひチェックしてみてください。

npmxプロジェクト共同管理者のMatias Capeletto氏。
npmxプロジェクト共同管理者のMatias Capeletto氏。

SNSの枠を超える応用: パブリッシング⁠コード協業⁠データ共有

ATプロトコルの応用はソーシャルメディアの枠に留まらず、多様なアプリケーションが次々に生み出されています。ATプロトコル上のブログプラットフォームとしては日本人開発者のK-NKSM氏が開発したWhiteWindが初期から存在し、その後LeafletPcktOffprintなど選択肢が広がっています。

たとえばLeafletではBlueskyへのクロスポスト機能を備え、Bluesky上の「いいね」がLeaflet側にも反映されるなど、アプリ間でインタラクションが流通する仕組みが生まれています。

Smoke Signalはイベント管理とRSVPのプラットフォーム、Roomyはグループメッセージングとコミュニティ協業のためのアプリで、いずれもATプロトコル上のアイデンティティを共有しています。RoomyはATmosphereConf 2026自体のバーチャル体験基盤としても使われ、カンファレンスのインフラをエコシステムのアプリが担うという形が実現していました。

Tangledはフィンランド発のATプロトコル上に構築されたGitHubのようなコード協業プラットフォームで、それ自体もATプロトコル上で開発が進められています。2026年3月にはbyFounders主導で380万ユーロ(約7億円)のシード資金を調達しており、ソーシャルメディアの文脈ではなく開発者インフラとしてのATプロトコルに経済的価値が認められ始めていることを示す事例です。

それ以外にも、ソーシャルメディアとは全く異なる領域のプロジェクトも多数発表されました。米国消防の山火事連携ツール分散型AIと生物医学ナレッジネットワーク天文台の観測データを共有する研究基盤など、ATプロトコルの「組織を超えてオープンにデータを構造化・共有する」という特性が、社会課題や科学研究の分野にも応用され始めています。

2026年3月にBluesky創業者であるJay Graber氏(Chief Innovation Officerへ異動)の後任として暫定CEOに就任したToni Schneider氏は、自身のブログでこうした動きを「プロダクトロードマップではなく、街が埋まっていく感覚」と表現しています。誰かがコーヒーショップを開き、向かいに本屋ができ、気づけばそこに街ができているというような風景は、本記事で紹介してきたプロジェクトの数々からも感じていただけるのではないでしょうか。

Graber氏と交代しBlueskyの暫定CEOとなったSchneider氏。過去にはWordPress.comの親会社AutomatticのCEOも務めた経験を持つ。
Graber氏と交代しBlueskyの暫定CEOとなったSchneider氏。過去にはWordPress.comの親会社AutomatticのCEOも務めた経験を持つ。

IETF標準化とプロトコルの進化

エコシステムの広がりと並行して、ATプロトコルそのものにも大きな動きがありました。

IETF ATP作業部会の発足

IETF(Internet Engineering Task Force)は、HTTPやTLS、DNSなどインターネットの基盤となる技術仕様を策定してきた国際的な標準化団体です。ここにATプロトコルの作業部会が設置されたということは、ATプロトコルが一企業のプロジェクトではなく、インターネットインフラの一部として認識され始めたことを意味します。

2025年11月、モントリオールでの「IETF 124」にて、作業部会設立の前段階にあたるATプロトコルに関する議論セッションが開催されました。そして2026年3月、ATP作業部会が正式に承認されました。

初期スコープには、公開リポジトリのデータ構造(マークル検索木⁠⁠、同期メカニズム(firehose⁠⁠、AT URIスキーム、アカウント識別子解決システムの要件が含まれています。一方、非公開データ、アプリケーション固有のスキーマ(Lexicon⁠⁠、ラベリングやモデレーションの仕組みはまだ含まれていません。

なお、IETFでの標準化に至るまでに、ATプロトコル自体も当初の仕様から大きく進化しています。同期プロトコルはSync 1.1へ刷新されてRelayの運用コストと信頼性が改善し、ID管理の中核であるdid:plcディレクトリは完全なレプリケーションをサポートして中央への問い合わせなしにローカルでのID解決が可能になりました。

スキーマ定義(Lexicon)もプロトコル上で公開・解決できるようになり、アプリケーションの認証には権限の範囲を限定するAuth Scopesが導入されています。標準化の対象となるプロトコルは、すでに実運用を通じて大幅に成熟したものです。

ATプロトコル公式ブログは、この動きを「コアプロトコルがBluesky PBCの外部に、独立した居場所を持つことになった」と表現しています。これは技術的な意味だけでなく、ATプロトコルの基盤部分が一企業の管理下からインターネット標準化団体の枠組みへ移行するという、ガバナンスの観点でも重要な変化です。次のIETF会議は2026年7月のウィーン(IETF 126⁠⁠、11月のサンフランシスコ(IETF 127)で予定されています。

Relay / Sync 1.1への移行

2026年1月、bsky.networkのRelay(firehoseエンドポイント)が新しい実装に移行しました。RelayはATプロトコルネットワーク上のイベントを集約・配信するコンポーネントで、エコシステム全体のデータ同期を担っています。

新実装ではSync 1.1プロトコルに対応し、#syncメッセージタイプやMST inversion(MSTデータ構造の効率的な差分同期)をサポートしています。また、新Relayは全アカウントのリポジトリデータを完全にミラーしない「非アーカイブ型」に移行しました。Paul Frazee氏のカンファレンス発表によれば、この移行により運用コストが劇的に低下し、開発者のFIG氏は月額5ドル未満で動作するRelayを実証しています。同期の信頼性も全般的に向上し、現在ネットワーク上では12以上のRelayが稼働しています。

非公開データ⁠次の大きな課題

ATプロトコルは当初、公開データを前提に設計されました。公式ロードマップによれば、公開データに関するプロトコルコンポーネントは「おおむね完成」した段階にあります。

次の大きな技術課題は、非公開データの仕組み(Permissioned Data)です。アクセス制御を備えた非公開データを、同じATプロトコルエコシステム内でどう扱うかという問題で、DM(ダイレクトメッセージ⁠⁠、非公開グループ、限定公開のコンテンツなどの実現に不可欠です。

すでにこの領域に取り組むプロジェクトも現れています。GermはATプロトコル上のE2EE(エンドツーエンド暗号化)メッセージングアプリで、ATmosphereConf 2026ではTessa Brown氏が暗号化と同意の設計について発表しました

Blacksky、Northsky、Habitatなど複数の独立チームが並行して設計を進めており、Blueskyプロトコルチームも設計提案を公開済みです。2026年夏にかけて実装と実験が進む見込みで、Daniel Holmgren氏がプロトコルガバナンスと分散化に関するセッションでこの方向性を議論しました。

BlueskyのCTO、Paul Frazee氏によるATプロトコルの過去1年を振り返るセッション。
BlueskyのCTO、Paul Frazee氏によるATプロトコルの過去1年を振り返るセッション。

日本から見たATプロトコル

冒頭でgihyo.jpの記事をいくつか言及しましたが、2023年には、Blueskyは「iOS限定の招待制SNS⁠⁠、ATプロトコルは「Blueskyのためのプロトコル」として紹介されていました。2024年には招待制廃止、連合(Federation)機能の実装、開発助成金プログラムの開始が報告されています。

2026年現在、ATプロトコルはIETFの標準化プロセスに入り、Bluesky以外にも多数のアプリが動作するエコシステムへと成長しています。

構造的な変化として押さえておくべきは、ATプロトコルが「Blueskyの内部技術」から「複数の独立組織が参画するオープンなインターネットプロトコル」へ移行しつつあるという点です。

日本のATプロトコル開発者コミュニティも活発です。他のSNSで自分がフォローしているユーザがBlueskyに存在するかチェックできるChrome拡張のSky Follower Bridgeを開発する川俣氏は今回のカンファレンスでライトニングトークに登壇しました。

また、4月には四谷ラボとBluesky共催のBlueskyハッカソンが開催され、初めてATプロトコルに触った参加者からも「可能性に気づいた」⁠開発が楽しい」といった声が寄せられています。

サービス連携の面では、イラストコミッションプラットフォームのSkebがatproto APIを使ったソーシャル連携を実装し、数日で1万人以上が利用しています。

今後、Permissioned Dataの仕様が固まれば、DM、グループ、非公開コミュニティなどの機能がプロトコルレベルで実装可能になり、ATプロトコル上のアプリケーション開発の幅がより大きく広がることになるでしょう。

Blueskyユーザに人気のChorme拡張「Sky Follower Bridge」作者の川俣氏。日本から参加し、登壇を行った。
Blueskyユーザに人気のChorme拡張「Sky Follower Bridge」作者の川俣氏。日本から参加し、登壇を行った。

おわりに

ATmosphereConf 2026のセッション録画は、ATプロトコル上に構築されたライブ配信プラットフォームStreamplaceを通じて配信され、YouTubeおよびATmosphereConfのサイト内で公開されています。リモート参加者もStreamplaceを通じてカンファレンスに参加しました。

ATプロトコルの開発に興味がある方には、カンファレンスで実施されたワークショップConsuming the ATmosphereCreating the ATmosphereの教材GitHubリポジトリが公開されています。日本語版も有志により公開されており、実際に手を動かしながらATプロトコルを学べます。

3年前、ATプロトコル上のアプリは、その可能性を示すために生まれたBlueskyだけでした。今、ATプロトコルはIETFの標準化プロセスに入り、1,000以上のアプリが動くエコシステムへと成長しています。

土地の整備が完了しつつあるとも言えるこの「街」にこれから何が建つかを決めるのは、固定されたロードマップではなく、このエコシステムに参加する人々です。可能性を秘めたプロトコルとコミュニティがこれからどう変化していくのか、引き続き注目していきたいと思います。

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