SUSECON2026レポート

予測不可能な時代を生き抜くSUSEの戦略⁠レジリエンスを実現するデジタル主権と選択肢

2026年4月20日から23日にかけて、SUSEはチェコ・プラハで年次カンファレンス「SUSECON 2026」を開催した。キーノートで繰り返し強調されたのは、不確実性が前提となる時代における「レジリエンス」の重要性だ。そしてその議論を追っていくと、同社が提示する戦略の輪郭が浮かび上がってくる。本稿では、⁠レジリエンス」⁠デジタル主権」⁠選択肢」という3つのキーワードを手がかりに、その戦略を読み解く。

SUSECON 2026(チェコ・プラハ)

流動化する時代に問われる「レジリエンス」

AIの急速な進化やサプライチェーンの不安定化、地政学的な緊張の高まりにより、企業を取り巻く環境は、かつてないスピードで変化し続けている。技術の進歩は大きな機会をもたらすが、その裏側には、従来の前提が次々と崩れていく現実もある。この1年だけを見ても、生成AIの爆発的な普及や量子コンピューティングの進展など、数年先の話と思われていた技術が一気に現実のものとなった一方で、サプライチェーンやセキュリティに対する脅威も同時に高度化している。

こうした環境の変化に対応するために、企業に求められているのは単なる⁠安定性⁠ではない。変化に耐え、適応し、進化し続ける力、すなわち「レジリエンス」である。レジリエンスは、単純に強固なシステムを構築すれば得られるというものではない。むしろ、変化を前提とした柔軟な構造と、自らコントロールできるIT基盤があって初めて成立する概念といえる。

2026年のSUSECONは、この「レジリエンス」をメインテーマに掲げて開催された。SUSE CEO(Chief Executive Officer)のDirk-Peter van Leeuwen氏は、現在の企業が置かれている予測不可能な状況を「まるで流砂の上を走るような環境に置かれている」と表現し、そのような環境でどのようにレジリエンスを築くのかが最大の課題だと語った。

SUSEはこの課題に対して、⁠デジタル主権」「選択肢」という2つの概念を軸にした明確な戦略を提示している。本稿では、⁠レジリエンス⁠⁠、⁠デジタル主権⁠⁠、そして「選択肢」の3つのキーワードを軸にして、SUSEの戦略を読み解く。

SUSE CEO Dirk-Peter van Leeuwen氏

“耐える力”から“適応する力”

レジリエンスという言葉は、これまでは主に「障害に強いシステム」「災害時にも止まらないインフラ」など、外部からの衝撃に耐えて元の状態に戻る回復力といった文脈で語られることが多かった。しかし、現在のビジネス環境において、この定義はもはや十分ではない。

技術の進化や環境の変化のスピードが飛躍的に高まり、ビジネスの前提そのものが短期間で移り変わっていく現代では、元に戻る回復力よりも、むしろ変化を受け入れ、状況に応じて構造そのものを進化させていく能力の方が求められている。SUSEは、こうした時代認識のもとで、レジリエンスの定義そのものを再構築している。Leeuwen氏は次のように語る。

「2026年には、硬直的で静的な姿勢ではレジリエンスは得られません。耐え、適応し、動き、進化できるビジネスを構築する必要があります。そのためには選択肢を増やすことが不可欠です。ITパートナーは、あなたを束縛するのではなく、解放してくれる存在でなければなりません。」

単一ベンダーへの依存や、長期間にわたって固定化されたアーキテクチャは、安定した環境であれば効率性やコスト削減につながるが、その一方で環境の変化への対応力が弱いという欠点がある。これは、現在のような不確実性の高い世界では大きなリスクとなる。こうした状況において、企業が真にレジリエントな状態に到達するためには、柔軟に動ける構造、依存関係から解放されたアーキテクチャ、そして自らの意思で技術を選択できる環境を構築することが必要となる。

では、その前提条件となるものは何だろうか。SUSEは、真のレジリエンスに至る道筋として、次の5つの要素を掲げている。

  • オープンスタンダードによるデジタル主権の確保
  • ハイブリッドクラウドアーキテクチャの管理・保護
  • 運用効率とコストの最適化
  • 環境全体にわたるワークロードの近代化
  • AIとエッジコンピューティングによるイノベーションの実現
レジリエンスに至る5つの道筋

このうち、最も核心となるのがデジタル主権だ。なぜ今、このデジタル主権が不可欠とされているのだろうか。

なぜ今⁠「デジタル主権」が求められるのか

日本国内では、デジタル主権と言えば「データ主権」について語られることが多いが、ここでSUSEが掲げているデジタル主権とは、単にデータの所在や所有権を管理することではない。自社のIT環境において、どの技術を採用し、どのように運用し、いつ変更するかといった、意思決定の主導権を自らが握り続けることを意味する。すなわち「コントロールを誰が持つのか」という問題である。

近年になってこの問題が急速に重要性を増している背景には、ビジネス環境そのものの変化がある。グローバル化は依然として進んでいるものの、国家間の関係は常に流動的であり、規制や制裁、サプライチェーンの断絶といったリスクが、企業活動に直接影響を及ぼすようになった。こうした環境の下では、特定のベンダーやプラットフォームに依存すること自体が、ビジネス上の重大なリスクになってしまう。

直近で特に大きな問題となっているのがベンダーロックインだ。一度特定のプラットフォームに深く依存してしまうと、価格や方針の変更、あるいはサービスの終了といった要因に対して、企業側ではほとんど選択肢を持つことができなくなる。Leeuwen氏は次のように語っている。

「私たちが知っているグローバル化は、今まさに危機に瀕しています。これまで当然のことと考えていたサプライチェーンは、もはや100%盤石とは言えなくなりました。パートナーシップはどうでしょうか。かつては、単一のプロプライエタリベンダーに依存することが合理的だと考えられていました。しかし、その前提が崩れたとき、私たちは迅速に対応できる能力を持たなければなりません。」

このような変化は、単なるリスクの増大にとどまらず、ITインフラそのものが企業戦略の中核へと位置付けられつつあることを意味している。こうした変化を裏付けるように、企業側の意識も大きく変わり始めている。SUSEが実施した調査によれば、ITリーダーの多くがデジタル主権を重要課題として認識していることが明らかになったという。さらに興味深いのは、多くの経営者が、デジタル主権を単独のテーマとしてではなく、柔軟性やポータビリティと不可分のものとして捉えられている点である。ワークロードを必要に応じて移動できるかどうか、自社の意思で配置を変えられるかどうかなどは、すべてデジタル主権の具体的な現れである。

この観点で見れば、ロックインは単なるコストや技術の問題ではなく、デジタル主権そのものの喪失を意味することになる。特定のベンダーやプラットフォームに依存することで、企業は自らの意思で動く力を失い、外部の判断に従わざるを得なくなるからだ。

こうした状況から脱却するためには、依存関係そのものを見直し、いつでもそこから離脱できる状態を作ることが重要となる。SUSEはこれを、⁠Exit velocity(どれだけ速く抜け出せるか⁠⁠」と「Pivotability(どれだけ速く方向転換できるか⁠⁠」という概念で説明している。SUSE Global Head of Sovereignty SolutionsのAndreas Prins氏はキーノートで次のように語っている。

「重要なのは、そこからどれだけ速く抜け出せるか、そしてどれだけ速く新しい方向に移れるかです。この2つを戦略に組み込まなければなりません」

SUSE Global Head of Sovereignty Solutions Andreas Prins氏

この段階では、デジタル主権は単なる理念ではなく、より実務的な要件となってくる。依存関係を可視化し、移行可能性を担保し、選択の自由を確保すること。これらがすべて主権を維持するための具体的な条件になるわけだ。

そしてこの主権を現実のものとするために不可欠なものとして、SUSEがビジネス戦略の中心に据えているのがオープンスタンダードによる「選択肢」の提供である。

デジタル主権の実装に向けてSUSEが提供する「選択肢」

SUSEが「選択肢」を戦略の中核に据える背景には、長年にわたる一貫した技術思想がある。それが、オープンスタンダードとオープンソースへのコミットメントだ。同社は創業以来、特定の製品やベンダーに依存しない設計や、標準に基づいた相互運用性の確保といった原則を重視して技術を提供してきた。その結果として、特定の環境に縛られず、必要に応じて別の選択へ移行できる状態を当たり前のものとして実現できる。

SUSEにとって選択肢とは、後から付け加えられた機能ではなく、当初から設計思想として組み込まれているものにほかならない。この思想は、現在SUSEが掲げるデジタル主権の考え方とも一致している。デジタル主権とはコントロールできる力であり、そのコントロールは選択肢によって担保できる。そして選択肢は、オープンで標準化された技術によって成立する。

その意味で、SUSEの戦略は決して新しいものではなく、これまで積み重ねてきたオープンなアプローチが再評価されたものとも言えるだろう。

自社でコントロールできる力を持つことが重要

具体的なソリューションとしては、まずLinux領域において、複数のディストリビューションを横断的にサポートし、既存環境を維持したまま移行の主導権をユーザーに委ねる仕組みを提供している。これにより、ユーザーは既存環境を維持したまま、移行のタイミングや速度を自身でコントロールできる。

仮想化の領域では、異なるハイパーバイザーやクラウド環境の混在をサポートする。SUSEの仮想化基盤では、これらの混在環境でワークロードの移行を自動化し、シームレスに環境の切り替えを行うことができる。

さらにクラウドおよびコンテナの分野では、複数のKubernetes環境やクラウド基盤を統合的に管理することで、ワークロードの配置を柔軟に最適化できるようにしている。

こうした取り組みを通じて、SUSEは選択肢を単なる代替手段ではなく、企業が自らの意思で環境を選び取り、変化に対応するための基盤として提供している。

AI時代におけるレジリエンスと主権

こうした主権と選択肢の重要性は、AIの領域においてさらに高まっている。生成AIの普及により、企業は自社の中核データをAIに取り込み、競争力へと転換する段階に入ったが、このときに外部のプロプライエタリなサービスにロックインすることには大きなリスクが伴う。AIにおけるロックインは、単なるインフラの問題にとどまらない。分析や意思決定といったビジネスの行方を左右するプロセスが外部に委ねられる可能性がある点で、企業にとってはより本質的なリスクになり得る。

そのため、AIにおいてもデータの所在や処理のコントロールを自ら確保する、すなわちデジタル主権の確立が不可欠になるというのがSUSEの立ち位置だ。どの環境でAIを動かすのか、どのモデルを採用するのかなど、AIインフラを構成する要素を自社で選択できることが、レジリエンスの前提条件となる。そしてSUSEはこの領域においても、従来と同様に選択肢を軸としたアプローチを取っている。

この考え方を実現する取り組みの一つが、同社がNVIDIAと共同で開始した「SUSE AI Factory」である。これは、企業が自社の環境内でAIモデルの開発から運用までを一貫して行うことができる基盤であり、オンプレミスからクラウド、エッジに至るまで柔軟に展開することが可能となる。

ここで重視されているのは、⁠プライベート・バイ・デザイン」という設計思想だ。すなわち、最初からデータ主権とセキュリティを前提とし、外部依存を最小限に抑えた形でAIを活用できるようにすることである。

「もしプロプライエタリなブラックボックスモデルに依存しているのであれば、それはレジリエンスがあるとは言えません。それは他者から知性を借りているようなものだからです。AIの時代においては、自分のデータのコントロールを失うことが最も大きなリスクになります。SUSEはその主体性を維持するための選択肢を提供します。」⁠Leeuwen氏)

このように、AIの領域においても、主権と選択肢は不可分の関係にある。どのモデルを使うか、どこで実行するか、どのデータを投入するか。それらを自ら決定できることが、AI時代におけるレジリエンスの本質となる。

そしてこれは、これまで見てきたSUSEの戦略と矛盾するものではない。むしろ、オープンスタンダードと選択肢を重視するアプローチが、AIという新しい領域においてその価値をさらに強めていると言える。

SUSEの戦略が示すもの

ここまで見てくると、SUSEが提示している戦略の全体像が浮かび上がってくる。それは単なる製品戦略でも、個別技術の優位性でもない。レジリエンスを最終目標とし、その前提としてデジタル主権を据え、さらにそれを実現する手段として選択肢を提供するという、一貫した設計思想である。

SUSEの提供価値は製品やサービスそのものではなく、顧客が「選択できる状態」を実現することにあるわけだ。オープンスタンダードに基づく技術と、スタック全体にわたる選択肢の設計によって、企業は自らの意思で環境を選び、変化に対応できるようになる。そして、その選択肢こそがレジリエンスの源泉となる。

不確実性が前提となる時代において、求められるのは最適化された環境ではなく、変化に応じて動ける構造である。SUSEの戦略は、その構造をどのように設計すべきかを示している。

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