SUSECON2026レポート

SUSEは「Linux運用基盤企業」進化する —⁠—ロードマップから見えてきた次世代Linux戦略

2026年4月20日から23日にかけて、SUSEはチェコ・プラハで年次カンファレンス「SUSECON 2026」を開催した。

SUSEはもともとLinuxディストリビューション「SuSE」⁠後のSUSE Linux)を提供するディストリビュータ企業として発足し、以来長年にわたってエンタープライズLinux市場を牽引してきた。現在でもSUSEの製品ラインナップの中核は「SUSE Linux Enterprise Server(SLES⁠⁠」だが、その立ち位置はすでに単一Linuxディストリビューションのベンダーではなく、複数Linux環境を長期運用するためのプラットフォーム企業へと進化している。

本稿では、SUSECON 2026で実施されたロードマップセッションや関連インタビューをもとに、SUSEが進めるLinux戦略についてレポートする。

オープンソースをエンタープライズ品質へ変換する

同社のLinux戦略は、オープンソースコミュニティによって開発されたSUSE Linuxをビジネスに活用する「円環モデル」を基本としている。これについてSUSEのSr. Product ManagerであるMichal Švec氏は、⁠単にオープンソースをパッケージングするのではなく、企業利用に耐えるエンタープライズ品質のソリューションに変換することこそがSUSEの役割」だと説明する。

オープンソースとビジネスをつなぐ円環モデル

この考え方は非常に重要だ。オープンソースコミュニティによるSUSE Linuxや関連するツール群の開発は活発であり、その成果物は高速に進化を続けている。一方で、企業システムには10年単位で安定稼働することが求められる。SUSEはこのギャップを埋める存在として自らを位置付けている。

Švec氏はSUSE Linuxに求められる要件として以下の要素を挙げている。

  • 長期サポート
  • スケーラビリティ
  • ハードウェア普遍性
  • セキュリティ
  • コンプライアンス
  • レジリエンス
  • 選択の自由

Švec氏の説明でとくに印象的だったのは「顧客の選択を制限しない」というポリシーだ。SUSEでは、自社のコンポーネントを他社ソリューションへ置き換えることすら認めており、それを「True Open Source Spirit(真のオープンソース精神⁠⁠」と呼んでいる。これは単なる理想論ではなく、後述するマルチLinuxサポート戦略に直結するものだ。つまりSUSEは、顧客をSUSE Linuxへ囲い込むのではなく、⁠Linux全体の運用基盤」になることを目指しているのだと言える。

SLES 16で始まる新しいライフサイクル

現在のSLESの最新メジャーバージョンは2025年11月にリリースされたSLES 16だ。このSLES 16における最大の変化の一つが、長年続いてきたService Pack文化からの脱却である。これまでのSLESは、⁠SLES 15 SP1」⁠SP2」のようにService Packベースでアップデートされてきた。

しかしSLES 16からは、⁠16.0」⁠16.1」⁠16.2」といったマイナーアップデートを決められた期間ごとにリリースする方式に移行する。リリースは毎年11月を予定しており、より予測可能なライフサイクルが提供される。

SLES 16の新しいライフサイクルとロードマップ

このリリースモデル変更の背景には企業におけるIT環境の変化がある。従来はOSの更新そのものが巨大プロジェクトとされてきたが、現在はクラウドの利用に加えて、コンテナやCI/CD、自動化の普及などによって、OSの更新サイクルをある程度短くしながら安定性を維持する必要性が生まれている。

SLES 16の新リリースモデルでは、2年間の通常サポートと、3年間の長期サポート(LTS)を組み合わせることで、長期間の顧客サポートを提供する。

各バージョンのサポート期間には1年間のオーバーラップがあるため、顧客は余裕を持って自社の環境をアップデートできる。SLES 16系全体としては2041年までサポートが継続される予定であり、超長期運用にも対応できるとしている。

なお、SLES 15系についてはサポート期間が2037年末までとなっているが、これは「2038年問題」に起因するものだという。長年UNIX系OSが時刻管理に用いてきた32ビットの符号付き整数は、2038年1月19日3時14分7秒(UTC)を過ぎた時点でオーバーフローする。SUSEでは、SLES 16でOSレベルの修正を進めているが、SLES 15に対しては後方互換性維持のためにすべての修正を適用できないとのことだ。

SLES各バークジョンのサポート期間

SLES 16は「次世代Linux基盤」として再設計された

SLES 16は単なる機能追加ではなく、設計思想そのものが大きく変化している。

まず、長年SUSE Linuxの象徴だったYaST中心の運用モデルが大きく見直された。YaSTはインストールから設定、運用までを広くカバーするオールマイティなツールだったが、SLES 16ではこのような万能管理ツール型アプローチをやめ、専門ツールへの分離が行われた。これは、単純な機能を持つ小さなプログラムの連携でシステムを構成するという、伝統的なUNIX哲学に基づくものだ。

具体的には、インストールは「Agama」が、運用管理は「Cockpit」が、構成管理は「Ansible」がそれぞれ担当する。とくにAgamaは、単なるインストーラではなく、API中心設計、自動化前提、JSONNetベース設定など、Infrastructure as Code時代を前提にした設計になっている点が大きな特徴だ。これは、管理者がGUIで設定を行う従来の方式から、ツールによって自動展開される方式への転換を意味している。

さらにSUSEは、SLES 16.1で「Immutable Mode」を正式機能として統合する予定だ。これは、SUSE Linux Microで培った技術をSLES本流へ取り込むもので、実行中システムを読み取り専用とし、更新をアトミックに適用することで、高い安定性とロールバック性能を実現する。Kubernetesや大規模クラウド環境では、⁠壊れにくく、簡単に戻せるOS」が重視されつつあり、SUSEはImmutable Linuxを特殊用途ではなく、次世代の標準運用モデルのひとつとして位置付けようとしている。

セキュリティフレームワークも大きく変わった。SLES 16では、長年採用してきたAppArmorではなく、SELinuxが標準となった。背景には、Immutable OSやAIエージェント、Kubernetes統合などのニーズによって、より高度な強制アクセス制御(MAC: Mandatory Access Control)が必要になったことが挙げられている。

AIの導入については、AIワークロードを動かすための基盤としてSLESを進化させることに加えて、日々のLinux運用をAIで支援する仕組みを提供することにも力を入れている。後者については、MCP(Model Context Protocol)のサポート、Ansible Playbookの自動生成、AIによるログ解析、AIエージェントのサポート、ポリシーベースの制御などが、とくに重視しているポイントだという。

重要なのは、SUSEが決して「AIによる完全自律運用」を目指しているわけではないという点だ。むしろSUSEは、AIを監査可能かつ制御可能な形で導入することを重視している。これはエンタープライズITらしい慎重なアプローチだと言える。

SUSEは「Linux全体」をサポートする

冒頭で触れたように、SUSEがサポート対象とするのはSUSE Linuxだけではない。その姿勢を象徴するものとして、最近同社は、Linux環境管理ツールの「SUSE Manager」の名称を「SUSE Multi-Linux Manager(MLM⁠⁠」に変更した。もともとSUSE ManagerではRed HatをはじめとするSUSE Linux以外のディストリビューションを管理対象にできたが、名称変更によってその方針をさらに前面に押し出した形だ。

MLMは現在、SUSE Linuxに加えて、Red Hat系、Ubuntu系、Debian系、Raspberry Pi OSなどをサポートしており、異なるLinux製品群を統合的に管理できるプラットフォームに進化している。

マルチLinuxサポートはSUSEのミッション

SUSEのマルチLinuxサポートは、ツールによるものだけでなく、顧客向けのサービスとしても展開されている。それが「Multi-Linux Support(MLS⁠⁠」である。これは、従来のLinux移行支援サービスとは意味が大きく異なるものだ。

一般的な移行サービスは、他社ディストリビューションをSUSE Linuxへ置き換えるようなOS移行を前提とすることが多い。しかしSUSEのMLSは、既存のLinux環境そのものを維持しながら、サポート提供者だけをSUSEへ切り替えるという仕組みを採用している。

つまり、既存のRHEL系や他社Linuxをそのまま利用しつつ、署名済みパッケージやサポート体系だけをSUSE側へ移行し、SUSEが長期サポートや運用支援を提供するというモデルなのだ。SUSEのProduct Management Multi-Linuxを務めるStefan Behlert氏はこのモデルを、⁠"Operating System Change⁠ではなく⁠Support Provider Change⁠である」と明確に説明している。

SUSE Multi-Linux Support

SUSEがこのような戦略を取る背景には、近年のLinux市場の変化がある。Red Hatがライセンス方針を変更して以降、多くの企業が単一ベンダー依存へのリスクを意識し始めている。一方で、既存のLinux環境を全面的に再構築することは容易ではなく、とくに金融系システムのような長期運用基盤では、OSの変更そのものが大きなリスクになる。

SUSEはそのような企業に対して、今使っているLinuxを維持したまま運用・サポートを引き受けるという現実的な選択肢を提示しているわけだ。

みずほ銀行が示したMLSの実践例

SUSECON 2026では、マルチLinuxサポートが現在のSUSE戦略の中核に位置付けられていることを強く印象付ける出来事があった。日本のみずほ銀行によるMulti-Linux Supportの採用が、2026年のSUSE Customer Awardsに選ばれたのだ。

みずほ銀行は現在、10年規模の大規模モダナイゼーション計画を進めているが、OSサポート期限が迫る約20システムのレガシー環境を抱えていた。その中核的な施策の一つとして200台以上のレガシーサーバをMLSへ移行した。

とくに重要なのは、このプロジェクトが単なるOS移行ではなく、従来の環境をそのまま維持しながら、サポート基盤と運用モデルだけをSUSEへ切り替えたという点だ。

みずほ銀行のプラットフォームエンジニアリング部ディレクターを務める森圭司氏によれば、従来型のOSアップグレードでは、OSだけでなく関連システムやミドルウェア、周辺ソフトウェアまで含めて移行範囲が拡大し、莫大なコストと長期間の移行作業が必要になるのが大きな課題だったという。

金融システムではセキュリティパッチ適用を止めることは許されない一方で、ミッションクリティカルな基盤を短期間で全面刷新することも現実的ではない。⁠SUSEのMLSはこれら複数の課題を一気に解決できる最適解でした」と森氏は語る。

興味深いのは、みずほ銀行ではMLSを単なる延命策ではなく、クラウドネイティブ時代への橋渡しとして位置付けている点だ。同行では、将来的にはレガシーシステムを順次モダナイゼーションしていく計画を持っており、MLSはその移行期間を支える現実解となっている。

SUSE日本法人のカントリーマネージャである渡辺元氏は、この事例を「守りの投資を攻めの投資へ転換する象徴的な事例」だと強調する。MLSを使えば、既存システムを継続運用するコストを抑え、その分のリソースを新しいクラウドネイティブ基盤やコンテナ化への投資に振り向けることができる。渡辺氏に言わせれば、これはいわば「SUSE式の二刀流」とのことだ。

みずほ銀行のAwards受賞からは、SUSEがMLSを単なるサポートサービスではなく、企業の長期モダナイゼーションを支える次世代Linux運用戦略として位置付けていることが見えてくる。

みずほ銀行がSUSE Customer Awardsを受賞

「どのLinuxを使うか」から「どう運用するか」

Linux市場ではこれまで、⁠どのLinuxディストリビューションを採用するか」が重要なテーマとされてきた。しかし、クラウドネイティブ化やAI活用、長期運用コストの増大などを背景に、今後は複数のLinux環境をどう安全かつ持続的に運用していくかがより重要になっていくと考えられる。

SUSEは、SLES 16による次世代Linux基盤の再設計や、MLS/MLMによるマルチLinux戦略を通じて、その変化を先取りしようとしている。

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