ステーブルコインは「決済」超えて何を変えるのか
――JBA Blockchain Hackathon 2026 Demo Dayレポート

一般社団法人日本ブロックチェーン協会(JBA)は2026年3月、学生・若手社会人エンジニアを中心とした開発者を対象に、⁠JBA Blockchain Hackathon 2026」を開催しました。テーマは「ステーブルコイン⁠⁠。3月7日のアイデアソン、3月8日のAI駆動開発ワークショップ、そして3月15日のDemo Day・懇親会という3日構成で行われ、参加者は短期間でアイデアを具体化し、実際に動作するデモの開発に挑みました。

JBAの開催報告でも、本ハッカソンは次世代のブロックチェーンエンジニアの育成とコミュニティ形成を目的とし、実社会での活用を見据えたプロダクト開発に取り組む場として位置づけられています(出典:JBA開催報告⁠。

第1部 ハッカソン本選――若手開発者が示したステーブルコインの社会実装

Demo Day当日は、発表チームによる予選ピッチを経て、本選が実施されました。会場では、JBA理事であり株式会社ガイアックスChief Web3 Officerの峯荒夢氏が司会進行を務め、イベントの趣旨やルール、審査基準を説明しました。本稿では、最終ピッチとして行われた本選の内容を中心に、各チームの発表と審査員からのコメントを紹介します。

JBA理事 峯荒夢氏

本選の冒頭では、主催者であるJBAの紹介に続き、スポンサー・協力企業の紹介が行われました。スポンサーはDigital Platformer株式会社、JPYC株式会社、株式会社シーエーシーの3社。協力企業・団体として、ジオテクノロジーズ株式会社、Curvegrid株式会社、Dsrv labs(DSRV⁠⁠、日本学生アンバサダー協会が参加しました。スポンサー紹介では、各社の取り組みや賞の内容も説明されました。Digital Platformer賞は1,000USD相当のUSDC、JPYC賞は現金10万円、シーエーシー賞はAmazonギフト券10万円分が副賞として贈呈されます。

審査員は、Digital Platformer株式会社の五十嵐太清氏、JPYC株式会社の岡部典孝氏、株式会社シーエーシーの薮下智弘氏の3名。本選では、各チームが10分間のプレゼンテーションとデモを行い、その後5分間の質疑応答に臨みました。評価基準は、課題の強さ、独自の価値・新規性、市場規模、実現可能性、ステーブルコインの活用度の5点です。イベント告知ページでも、同様の審査基準が示されています(出典:JBAイベントページ⁠。

審査員3名:左からDigital Platformer株式会社 五十嵐太清氏、JPYC株式会社 岡部典孝氏、株式会社シーエーシー 薮下智弘氏

Node Stay――遊休マシンをトレード可能な計算資産へ

最初に登壇したのは、⁠Node Stay ~遊休マシンをトレード可能な計算資産へ~⁠⁠。

発表者Moose氏は、ネットカフェやeスポーツ施設にある高性能PC、特に稼働していない時間帯のGPUや計算資源に着目しました。

Moose氏

ネットカフェの市場縮小が進む一方で、施設内には一定の性能を持つPCが存在します。そこで、これらの遊休マシンを「使用できる権利」⁠計算能力を使う権利」⁠収益を受け取る権利」に分け、それぞれをブロックチェーン上で取引できる資産として扱う構想を示しました。

プロダクトでは、店舗がマシンと利用可能時間を登録し、その利用権をユーザーがJPYCで購入します。ユーザーは購入した利用権を自分で使うだけでなく、マーケットに再出品することも可能です。利用開始時にはQRコードを読み込み、実際の使用時間に応じて決済する設計が示されました。

NodeStayの仕組み

発表では、Gmailログインを起点にウォレットアドレスを生成し、ユーザーが暗号資産ウォレットの操作や手数料の支払いを意識せずに利用できるUXも紹介されました。ブロックチェーンを使ったサービスでは、取引内容をブロックチェーン上に記録する際に、通常はネットワーク手数料が発生します。また、ユーザー自身がウォレットを用意し、取引内容を確認して承認する操作が必要になることもあります。暗号資産に慣れたユーザーにとっては一般的な手順でも、ブロックチェーンを意識せずに使いたい一般ユーザーにとっては、大きな利用ハードルになり得ます。

利用権を市場に出品する場面

Node Stayでは、こうした手数料の支払いや取引承認の負担をできるだけサービス側で吸収し、ユーザーが通常のWebサービスにログインする感覚で使える設計を目指していました。ブロックチェーン上に記録される権利や決済の仕組みを裏側に置きつつ、利用者にはできるだけ複雑さを見せない点が特徴です。


質疑では、ネットカフェを初期市場に選んだ理由、計算資源を借りるユーザー像、現実世界の利用実績をどうオンチェーン上の権利と対応させるかが問われました。ここでいう「オンチェーン」とは、取引や権利の移転などをブロックチェーン上に記録することを指します。発表者は、ネットカフェには時間課金モデルや来店導線がすでに存在するため、初期検証に向いていると説明。また、可能性がある計算資源の利用先の案として、小規模なAIモデルの学習、3Dレンダリング、ゼロ知識証明の生成などを例示しました。

審査員からは、現実世界の利用時間や権利消化をどう検証するか、GPUスペックのばらつきをどう標準化するかといった指摘がありました。一方で、遊休資産をブロックチェーン上で流通させるという発想は評価され、同プロダクトはシーエーシー賞を受賞しました(出典:JBA開催報告⁠。

GovWatch――政治資金透明化プロダクト⁠透明性とプライバシーの両立

2番目の発表は、政治資金の透明化とプライバシー保護を両立させるプロダクト「GovWatch」でした。発表者のSCSK株式会社・江口力哉氏は、政治資金をめぐる課題として、資金移動の透明性不足、記載内容の真実性の担保不足、寄付者の個人情報公開によるプライバシー負担を挙げました。

江口力哉氏

提案された仕組みでは、政治資金の移動をステーブルコインで行い、ブロックチェーン上に記録します。一方で、寄付者の氏名や住所などの情報はそのまま公開せず、Verifiable Credentials(VC:検証可能なデジタル証明書⁠⁠、BBS+署名、ゼロ知識証明、閾値暗号といった技術を組み合わせ、必要な属性だけを選択的に開示します。通常時は寄付者情報を秘匿し、不正調査時には複数者の承認によって復号できる設計です。

時代遅れのプライバシー保護に暗号技術も駆使して解決を図る

このプロダクトの特徴は、単に「すべてを公開する」のではなく、⁠検証可能だが、むやみに個人情報をさらさない」点です。政治資金のように公共性の高い分野では、透明性とプライバシーがしばしば衝突します。発表では、その両立を暗号技術によって実現しようとする意欲的な設計が示されました。

開示請求の詳細を設定できる

もっとも、政治資金というテーマでは、技術的に実現できることと、実際に制度として導入できることの間には大きな距離があります。質疑では、JPYCで政治献金を行う場合の現行制度上の位置づけ、VCの発行主体を誰が担うのか、証明書の失効や更新をどう管理するのかが論点となりました。

特に、政治資金の透明化は、既存の政治資金規正法や総務省の運用、寄付者情報の公表義務、政党・政治団体側の実務負担と正面から関わります。仮にブロックチェーン上で資金移動を記録できたとしても、それを法制度上の正式な記録として扱えるのか、既存の収支報告書制度とどう接続するのか、個人情報を秘匿したままどこまで説明責任を果たせるのか、といった課題は残ります。

また、秘匿された情報を不正調査時に開示する仕組みを設ける場合、誰が復号権限を持つのか、その権限者をどう信頼するのかも重要です。運営主体がVCを発行する場合、その主体がどのように公的信頼を得るのか、地方公共団体や公的機関との連携が必要になるのか、制度改正を伴うのかといった実装面のハードルも大きいと考えられます。


審査員からは、技術的な作り込みを評価する声があった一方、社会実装には制度面・ガバナンス面の整理が不可欠であるとの指摘もありました。政治資金の透明化は、⁠技術的には面白いが、実際に政治の現場で使えるのか」と疑問を持ちやすいテーマです。その意味で、この発表は完成されたサービス案というより、政治資金の透明化に必要な論点を技術側から可視化する提案だったといえます。

TraceRelief――透明な寄付で⁠届く支援を

3番目に登壇したのは、⁠TraceRelief~透明な寄付で、届く支援を~⁠⁠。TraceReliefは、災害支援や寄付における資金の流れをブロックチェーン上で可視化し、寄付者が「自分の寄付がどこに届き、どのように使われたのか」を確認できるようにするプラットフォームです。発表者「チームB」は、本ハッカソンの期間中に参加者同士で結成されました。

チームB

現在の寄付の課題として、寄付金の使い道がわかりにくいこと、銀行送金では時間や手数料がかかること、寄付した事実を後から証明しにくいことを挙げました。これに対して、JPYCなどのステーブルコインを使えば、即時送金が可能になり、寄付履歴をブロックチェーン上で検証できます。さらに、寄付証明をNFTとして発行することで、寄付者にとっての証明やインセンティブにもなると説明しました。

本選のデモでは、支援先プロジェクトを選び、寄付額と用途タグを指定し、代表的な暗号資産ウォレットであるMetaMaskで承認・送金を行う流れが示されました。寄付完了後にはNFT証明書が発行され、履歴画面で寄付内容を確認できます。さらに、ブロックチェーンに詳しくないユーザーにも理解しやすいよう、トランザクションの内容にカーソルを当てると説明が表示されるUIの工夫も説明されました。

デモの流れ1:支援先選択
デモの流れ2:寄付内容のタグ付け
デモの流れ3:MetaMask送金

このUIのわかりやすさは、最終的にJPYC賞を受賞するうえで重要な評価ポイントになったと考えられます。TraceReliefのチームには、株式会社シーエーシーの若手社員も参加していました。同社は後日公開した記事で、TraceReliefについて「ステーブルコインを用いるメリットがわかりやすいこと」⁠ブロックチェーンを知らない方でも直感的に理解できるUIであること」⁠ハッカソンの企画段階で突発的にチームを組み、デモを完成させたこと」などが評価されたと説明しています(出典:株式会社シーエーシー「JBA Blockchain Hackathon 2026」で当社若手社員がJPYC賞を受賞⁠。単に寄付をオンチェーンで処理するだけでなく、利用者がアドレスやネットワークを意識しなくても、画面上のステップに従って寄付できるようにした点が評価されたといえます。


質疑では、NGO側の権限管理、寄付金の使用用途を誰が記録するのか、NFTを譲渡可能にする必要があるのか、SBTの方が寄付証明として適切ではないかといった点が議論されました。

SBTは「Soulbound Token」の略で、簡単にいえば、他人に譲渡できない証明用トークンです。NFTは通常、他人に売ったり譲ったりできます。しかし、寄付証明のように「その人が寄付した事実」を示す用途では、他人に移転できてしまうと証明としての意味が弱くなる可能性があります。さらに、譲渡や換金ができる証明を寄付者に渡すと、⁠寄付」ではなく何らかの対価を得た取引と見なされる余地もあります。そのため、審査員からは、寄付証明としては譲渡できないSBT型の設計も検討できるのではないか、という示唆がありました。

発表者からは、ブロックチェーンに詳しくない立場だからこそ、一般ユーザーにとってわかりやすいUIを重視したとの回答がありました。一方で、NGO側の管理権限や、寄付金の使用実績を誰がどのように記録するのかについては、今後の開発課題として整理する必要があるという受け止めでした。

つまり、TraceReliefは、寄付金の最終用途を完全に保証する仕組みまで完成していたわけではありません。むしろ、ハッカソン段階では、寄付者がステーブルコインで寄付し、その履歴をわかりやすく確認できる体験を短期間で実装した点が大きな成果でした。透明性を高めるための入口となるUXを示しつつ、NGO側の権限管理や使用用途の記録、NFTの規格選定などは今後の改善テーマとして残された形です。

こうした課題はありながらも、ステーブルコインの即時性と寄付の透明化というテーマの相性がわかりやすく、初心者にも使いやすいUIが評価され、TraceReliefはJPYC賞を受賞しました(出典:JBA開催報告⁠。

AI Vending Machine――AIが人間の顧客になる時代

4番目の発表は、⁠AI Vending Machine ~AIが人間の顧客になる時代~⁠⁠。これは、AIや機械が自律的にウォレットを持ち、人間に作業を発注し、ステーブルコインで報酬を支払うという未来像を提示するプロダクトでした。

goda氏

デモでは、AIが管理する棚にビールが1本しか残っていない状況を想定し、AIが「2本補充してほしい」というタスクを発行。作業者はスマートフォンでタスクを受注し、商品のバーコードと棚の画像を確認します。正しく補充されたとAIが判断すると、作業者のウォレットにJPYC報酬が支払われるという挙動が示されました。実際のデモでは、残高が600JPYCから700JPYCに増える形で、報酬の反映まで確認されました。

デモの流れ:カメラ起動
デモの流れ2:欠品検知とJPYCでの報酬設定
デモの流れ3:ビール缶認識

このプロダクトは、アプリ単体で見れば、まだ改善の余地が多い試作品、という印象を受けました。現実の自販機補充や小売流通のオペレーションをそのまま置き換えるには、在庫確認の精度、不正防止、作業者の本人確認、報酬の法的性質、商品の仕入れ方法など、多くの課題があります。アプリの動作だけを確認すると、率直に「単なる自販機補充アプリではないか」とも感じられるかもしれません。

それでも、この発表が興味深かったのは、地方や離島などで生活インフラの維持に人手がかかるという課題を、AIとステーブルコインを組み合わせて解こうとした点です。発表者は、自販機や無人店舗の補充に限らず、太陽光パネルの点検、災害時の現地情報収集、地域住民の隙間時間を活用したインフラ保守などへの展開可能性を示しました。


審査員からも、プロダクトとしての完成度だけでなく、地方の人手不足やインフラ維持の負担という課題意識に対して前向きなコメントがありました。例えば、離島や地方では一人が複数の仕事を担うケースもあり、細かな作業を地域住民に依頼できる仕組みには実証の余地があるという指摘がありました。また、少額報酬を即時に支払うマイクロペイメントや、AIによるクラウドソーシングとの接続可能性も示唆されました。

AI Vending Machineは、完成された商用アプリというより、AIが現実世界の作業を検知し、人間に依頼し、報酬を支払うという流れを最小構成で示したプロトタイプ、といえそうです。アプリ自体には改善の余地が多く残るものの、地方インフラ維持や人手不足という現実的な課題に対して、ステーブルコインの即時決済性を組み合わせようとした点が評価され、Digital Platformer賞を受賞しました(出典:JBA開催報告⁠。

SENQ――日本ローカル予測市場⁠集合知をJPYCで可視化する

最後に登壇したのは、日本ローカルの予測市場を構想するチーム。発表者「予測市場チーム」は、PolymarketやKalshiのような海外の予測市場が注目を集める一方、日本の政治、地域課題、経済指標などを扱う市場は乏しく、海外市場で日本テーマが扱われても、日本事情を知らない参加者によって予測精度が低くなると指摘しました。

予測市場チーム

ただし、日本で予測市場を展開するには、法規制上の大きなハードルがあります。特に、将来の出来事の結果に応じて金銭や換金可能な価値を得る仕組みは、賭博規制や金融規制との関係が問題になり得ます。そのため、海外の予測市場をそのまま日本向けに展開するのではなく、参加方法や報酬設計、対象テーマ、結果判定の仕組みを慎重に設計する必要があります。

提案されたプロダクトでは、JPYCを使って日本円建てで参加できる予測市場を構築します。特徴は、単に金額の大小で予測を重みづけするのではなく、居住地や専門性、属性情報に基づいてベットに重みを付ける点。たとえば、宮城県の地方選挙に関する予測であれば、当該地域の居住者や関係者の予測をより重く扱う、といった設計が考えられます。

SENQ独自の「Betの重み付け」

一方で、審査員からは賭博該当性や金融規制への対応が最大の課題として指摘されました。発表者は、金銭を直接賭ける形ではなく、電子ポイントを用いた段階的な導入や、KYC、シーズン成績に応じた報酬設計など、法規制を意識したアプローチを検討していると説明しました。

もっとも、電子ポイントを使えば直ちに法的な問題がなくなる、というわけではありません。ポイントの取得方法、換金性、景品や報酬との関係、参加者が負担する対価の有無などによって、法的評価は変わり得ます。そのため、実際に事業化するには、賭博規制、景品表示法、資金決済法、金融商品取引法などとの関係を含め、専門家による法務整理が欠かせません。

同チームは受賞には至らなかったものの、ステーブルコインを「集合知のインセンティブ設計」に用いるという切り口は、本選の中でも異彩を放つ提案でした。

第2部 ステーブルコインとAIの開発動向――「人間の決済」から「機械の決済」

今回のハッカソンを取材して印象的だったのは、ステーブルコインが単なる送金手段としてではなく、権利、証明、報酬、寄付、予測、AIエージェントの行動基盤として扱われていた点です。これは、国内外のステーブルコイン開発動向とも重なります。

国内動向――円建てステーブルコインの実装が進むJPYC

日本では、2025年以降、円建てステーブルコインの社会実装が大きく進んでいます。本ハッカソンで審査員を務めた岡部典孝氏が代表取締役を務めるJPYC株式会社は2025年8月、資金決済法に基づく資金移動業者として登録され、日本円と1対1で連動する電子決済手段を発行可能な国内初の資金移動業者になったと発表しました(出典:JPYC株式会社プレスリリース⁠。さらに2025年10月には、日本円ステーブルコイン「JPYC」と発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」を正式リリースしています(出典:JPYC株式会社プレスリリース⁠。

その後もJPYCの利用基盤は拡大しており、2026年6月には、JPYC EXの累計口座開設数が1万9,000件、累計発行額が30億円を突破したことが公表されました。発行上限ルールの緩和や、LINE上で利用可能なweb3ウォレット「Unifi」がサポートするKaiaチェーンへの対応開始なども発表されており、JPYCは単なる実証段階から、利用者や連携先を広げる段階へ移りつつあります(出典:JPYC株式会社プレスリリース/PR TIMES⁠。

JPYCの特徴は、日本円と1対1で価値が連動し、ブロックチェーン上で送付・受領できる点にあります。JPYC EXでは、日本円の入金によってJPYCを発行し、JPYCを送付することで日本円への償還を受けることができます。裏付け資産は日本円の預貯金や国債で保全され、Avalanche、Ethereum、Polygon、Kaiaなど複数のチェーンで発行されています。こうした国内の制度整備と実サービスの登場により、開発者がステーブルコインを使ったプロダクトを構想しやすい環境が整いつつあります(出典:JPYC EX⁠。

海外動向――AIエージェント決済を支えるx402⁠L402⁠AP2

一方、海外では、ステーブルコインがAIエージェント時代の決済基盤として注目され始めています。代表例が、Coinbaseが2025年5月に発表したx402です。x402は、HTTPの「402 Payment Required」を活用し、API、アプリ、AIエージェントがHTTP経由でステーブルコイン決済を行えるようにするオープンな決済プロトコルです。Coinbaseは、x402によってAIエージェントやWebサービスがAPIアクセス、データ、デジタルサービスに対して自律的に支払えるようになると説明しています(出典:Coinbase Developer Platform⁠。

このx402は、突然現れたわけではありません。先行する発想として、BitcoinのLightning Networkを用いたL402も存在します。L402は、HTTP 402とLightning Networkの少額決済を組み合わせ、APIやデジタルリソースへのアクセスに対して、ユーザーやAIエージェントが都度支払えるようにする仕組みです。x402がステーブルコインをHTTP決済に組み込もうとする動きだとすれば、L402はBitcoinとLightning Networkを使って、同様にインターネット上のAPIやサービス利用に支払いを結びつける試みといえます(出典:Lightning Engineering Documentation「L402」L402 Documentation⁠。

さらにGoogle Cloudは2025年9月、AIエージェントと加盟店の間で安全かつコンプライアンスに適合した取引を行うための共通プロトコル「Agent Payments Protocol(AP2⁠⁠」を発表しました。英語版の公式ブログは2025年9月16日に公開され、日本語版は9月24日に公開されています。AP2は、カード、銀行送金、ステーブルコインなど複数の支払い手段をサポートし、x402との連携も想定されています(出典:Google Cloud Blog⁠。

また、当メディアgihyo.jpのAP2紹介記事では、Google、Coinbase、Lowe's Innovation Labsが構築した概念実証デモ――AIエージェントがDIY相談を受け、商品を選び、カートを作成し、ステーブルコインで決済する――が紹介されています。AIエージェントが「情報を集める」だけでなく、⁠購入や支払いまで行う」方向の実験は、すでに始まっているのです(出典:gihyo.jp「Google、Agent Payments Protocol(AP2)を発表」⁠。

こうした動向を見ると、AIエージェントが決済を行う未来は、ステーブルコインだけでなく、既存のカード決済、銀行送金、トークン化預金など、複数の決済手段が競合・併存する形で進んでいく可能性があります。

ハッカソンで示されたプロトタイプの意義

この流れを踏まえると、JBA Blockchain Hackathon 2026で発表されたAI Vending Machineのような「AIが人間に仕事を発注し、ステーブルコインで支払う」構想は、少なくともステーブルコインに一定程度期待された役割の1つといえます。ただし、これは「近い将来すぐにAIが勝手に人間を雇う社会が来る」という意味ではありません。現実には、本人確認、責任分担、労務・委託契約、税務、不正防止、物理世界の状態確認など、多くの論点があります。むしろ、AI Vending Machineの発表は、AIエージェント決済という抽象的なテーマを、地方インフラや小さな現地作業という現実的な課題に引き寄せた点に意義がありました。

同様に、TraceReliefは、ステーブルコインの即時性とブロックチェーンの透明性を寄付に応用した例です。Node Stayは、遊休計算資源の利用権をオンチェーン化することで、エッジコンピューティングや遊休資産活用の文脈とつながります。政治資金透明化プロダクトは、資金移動の透明性とプライバシー保護を両立する公共インフラの実験であり、日本ローカル予測市場は、ステーブルコインを集合知のインセンティブ設計に用いる試みです。

もちろん、これらのプロダクトには課題も多くあります。寄付や政治資金では、資金の最終用途を誰がどう記録・検証するかが問われます。AIによる発注では、本人確認、報酬の法的性質、不正防止、物理世界の状態をどう信頼できるデータとして扱うかが課題です。予測市場では、賭博規制や金融規制との関係を避けて通ることはできません。Node Stayのような遊休資産の流動化でも、現実世界の利用実績とオンチェーン権利の対応、機器スペックの標準化、トラブル時の責任分担が必要になります。

ステーブルコイン万能論への懐疑――本命は「配管」

もっとも、ステーブルコインがあらゆる決済の主役になるという見方には、慎重な声もあります。フィンテック企業 Suby(@subyhq⁠⁠ の共同創業者Gaspard Lezin氏は、自身のX上で、ステーブルコインは米国や欧州の消費者向け決済では主流にならない、との見解を示しています。カード決済やFedNow、SEPA Instantといった既存の決済レールがすでに即時かつ低コストで広く使える市場では、トークン化されたドルに置き換えても、利用者にとって速さやコストの面で大きな改善が生まれにくい、という趣旨です。

一方で同氏によれば、ステーブルコインが本当に強いのは、銀行システムが遅く高コストな領域――国境をまたぐ送金、企業間(B2B)決済、通貨が不安定な国・地域との「送金回廊」であり、送金手数料が6%を超えることもあるインドやナイジェリア向けの送金では、すでに実需が伸びています。

そのうえで同氏は、ステーブルコインが置き換えるのは店頭のカード決済ではなく、⁠カードの裏側にある口座⁠⁠、すなわちフィンテック企業が顧客資金を置く残高インフラだと論じています。同氏によれば、フィンテック企業がこれを狙う最大の理由は「フロート(預かり残高⁠⁠」にあります。従来は銀行が預金を保有してその利回りを得ていましたが、自前のステーブルコインを発行すれば、銀行という仲介者を省いて、その利回りをフィンテック企業が直接得られるようになる、という見立てです(参考:Gaspard Lezin氏のX投稿⁠)⁠。

似た見立ては金融メディアにも見られます。

Reuters Open Interestに寄稿したBrookfieldのAnuj Ranjan氏は、2026年6月の記事「The real stablecoin play is plumbing」で、投資対象として大きいのはステーブルコインそのものではなく、それを動かす「配管(plumbing⁠⁠」だと論じました。

ここでいう配管とは、ステーブルコインの発行プラットフォーム、決済処理、デジタルウォレット、カストディ(資産管理⁠⁠、法定通貨とデジタル通貨を相互に交換するオン/オフランプ、さらにKYC(本人確認⁠⁠・AML(マネーロンダリング対策⁠⁠・取引モニタリングといったコンプライアンスツールまでを含む、既存の金融システムとステーブルコインを接続する基盤全体を指します。同氏は、19世紀の産業化で富を生んだのは鉄道そのものだけではなく、その周囲に張り巡らされた鉄鋼・物流の網であり、電化の本質も電球ではなく送電網だったという歴史の類推を示しながら、ステーブルコイン時代の利益もインフラ層に集まると予測します。

ステーブルコインが現に浸透しつつある用途としては、クロスボーダー決済、企業のトレジャリー(資金管理)業務、暗号資産取引の決済、通貨が不安定な経済圏での価値保存が挙げられます。また、同記事では、CitiとBrookfieldの調査に基づく「流通額は2030年までに最大15倍に拡大する」との推計も紹介されています(参考:Reuters Open Interest「The real stablecoin play is plumbing」⁠。なお同記事は、Reutersニュースの見解ではなく、寄稿者個人の意見であると明記されています。

この「配管」をめぐる主導権争いには、米国の大手銀行も参戦しています。PYMNTSの報道によれば、JPMorgan Chase、Bank of America、Citigroup、Wells Fargoなどの大手銀行は、各行が共同出資するリアルタイム決済会社The Clearing Houseを運営主体として、2027年前半にトークン化預金ネットワークを立ち上げる計画です。

トークン化預金とは、銀行預金そのものをブロックチェーン上のトークンとして表現する仕組みです。ステーブルコインと異なり、信用リスクや規制・会計上の扱いは従来の預金と変わらず、資金は銀行システムの内側にとどまります。このネットワークは、既存の決済レールとデジタル資産のインフラを接続し、トークン化預金を24時間365日、ブロックチェーン上で即時決済できるようにするものです。初期の主な利用者としては大手多国籍企業が想定され、ユースケースとしては、プログラム可能なトレジャリー運用、リアルタイムの流動性管理、クロスボーダー決済などが挙げられています。

同報道では、この構想は、暗号資産企業が銀行業の中核領域へ踏み込んでくることに対する大手銀行側の対抗策と位置づけられています(出典:PYMNTS「Big Banks Launch Tokenized Deposit Network to Fight Off Stablecoin Threat」⁠。

これらの議論や動きを重ね合わせると、今後の決済インフラが「ステーブルコインだけ」に一本化されるわけではないことが見えてきます。むしろ、ステーブルコイン、トークン化預金、既存の銀行送金、カード決済が、用途ごとに使い分けられる将来が訪れるかもしれません。ハッカソンで示されたプロトタイプを評価する際にも、ステーブルコインが万能の決済手段になると見るより、⁠どのユースケースなら、ステーブルコインの即時性・プログラム可能性・検証可能性が本当に効くのか」を見極める視点が重要といえそうです。

まとめ――ハッカソンの意義

ここまで見てきたように、ハッカソンで発表された各プロダクトは制度面・運用面の課題が多く見受けられました。しかし、ハッカソンの価値は、完成された事業計画を示すことだけではありません。むしろ重要なのは、制度や市場が整いきる前の段階で、開発者が技術の可能性を実装し、社会側の課題を可視化することにあります。今回のDemo Dayでは、ステーブルコインが「速く安い送金」だけでなく、検証可能な寄付、AIエージェントの報酬支払い、遊休資産の流動化、公共資金の透明化、集合知の市場化といった幅広いテーマに接続し得ることが示されました。

JBA公式の開催報告では、今回のハッカソンを通じて、参加者が短期間の開発プロセスの中でアイデアを形にしていく姿から、次世代のブロックチェーン人材の創造性と実装力を実感する機会となったと総括しています(出典:JBA開催報告⁠。実際、Demo Dayの会場では、参加者の多くが必ずしもブロックチェーン開発の熟練者ではなかったにもかかわらず、AI駆動開発を活用しながら、短期間で動くデモを作り上げていました。

ステーブルコインは、今後、決済インフラとしての普及だけでなく、AI、IoT、デジタルID、ゼロ知識証明、クラウドファンディング、公共サービスなど、さまざまな技術領域と結びついていく可能性があります。JBA Blockchain Hackathon 2026は、その未来を大規模な完成品としてではなく、若手開発者による粗削りですが具体的なプロトタイプとして見せたイベントでした。

本選で発表された5つのプロダクトは、それぞれ完成度や事業性に差はあるものの、共通していたのは「ステーブルコインを社会のどこに埋め込めば、新しい価値移転が可能になるのか」という問いです。ステーブルコインの本格的な社会実装は、制度、UX、信頼、事業モデルのすべてを必要とします。その難しさを含めて、今回のハッカソンは、ステーブルコインが次に進むべき応用領域を浮かび上がらせる場となりました。

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