「本物の恋愛」からはじめるAI倫理
「AIと親密になる時代の哲学――信頼と責任をめぐる対話」イベントレポート

2026年7月26日、AI倫理などを研究する清水颯氏の新刊AIに恋しちゃダメですか?―⁠―AIと生きるための倫理と哲学の刊行を記念して、丸善ジュンク堂書店池袋本店にてトークイベントが行われた。登壇者は著者の清水氏と、哲学者であり『スマートな悪 技術と暴力について』⁠恋愛の哲学』などの著作がある戸谷洋志氏の2名。

2022年にChatGPTが登場して以降、ある種のパートナーとしても広がりを見せる対話型の生成AI。AIと結婚したというニュースがセンセーショナルに報道もされた一方、⁠チャッピー」なる愛称が生まれたように擬人化された受け入れられ方は広くされている。道具であるはずのAIと「恋愛」ができるのだろうか? そもそも恋とは何なのだろうか? イベントのうち、主に前半の「AIとの恋愛は⁠本物⁠なのか?」という問いをめぐる両氏の白熱した対話を抜粋し、技術と人間の謎めいた関係を探っていく。

7/26 AIと親密になる時代の哲学――信頼と責任をめぐる対話 – MARUZEN JUNKUDO Online Service
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『AIに恋しちゃダメですか?』の狙い――現実から出発するAI倫理

イベントは『AIに恋しちゃダメですか?』への戸谷氏の感想からスタートした。戸谷氏は、親密さという切り口の新しさを指摘。先行研究がバランス良くまとまっており、AI倫理の良い入門書となっていると評価する。また、すでにAIとのつながりを感じている人が存在するという現実から出発し、そうした人々を含めた「人間同士の関係」を考えるものとしてAI倫理を書いている点にも注目していた。

清水氏としては、執筆にあたり英語圏におけるAIの哲学的議論を広く紹介することを意識したと語る。バランスの取れた内容になった背景には、ドイツでのAI倫理研究の経験が影響しているという。ドイツでは、⁠AIと親密になるのは、子どものごっこ遊びにすぎない」⁠AIとの関係性は欺瞞的なものであり、価値を見出すべきではない」といった厳しい意見を言われることもあった。しかし、それは現にAIを必要としている人に対するスティグマになるのではないかとの思いも、執筆時には抱いていたという。そうした抵抗感からスタートしつつ、中立的なガイド本へとなったのが『AIに恋しちゃダメですか?』とのことだ。

清水颯氏(左)と戸谷洋志氏(右)

「本物の恋愛」の定義の難しさ

イベントのなかで論点の一つとして浮上したのが、⁠AIとの恋愛は本物なのか?」というテーマである。

清水氏は、戸谷氏の著書『恋愛の哲学』の内容に触れつつ、「恋愛」を普遍的に語ること自体が難しいと指摘。たとえば古代ギリシアでは恋愛とは基本的に年長の男性による少年愛であったが、一方で異性愛のみが「本物」という理解もバイアスがかかっている。清水氏は著書内でAIとの恋愛の是非を断定していないが、こうした前提を踏まえると「ダメかどうか一概には語れない」という点にこそ大きなポイントがある。

さらに清水氏は「本物の恋愛」観のなかでも「相互性」の問題をピックアップした。両者がお互いのことを想っており、心があり、感情がある――こうした相互的で、平等なやり取りのうえに恋愛が成り立っているというのが一般的な理解だろう。そこで問題になるのが「AIは私のことを想っているのか?」という点だ。

相互性の欠如はロバート・スパローをはじめとするAIとのつながりに批判的な論者の代表的な主張でもある。しかし「本物の相互性」とは何か? そして「本物の相互性」があったとしてそれは必要なのか? 人間同士であっても相手の本当の心を確かめようがないのであれば、AIとの関係だけを「偽物」と切り捨てることはできないのではないか――これが清水氏の問いかけだった。

「本物の恋愛」は事後的に作り上げられたのではないか

こうした清水氏の問いかけに応えるかたちで戸谷氏が示したのは、⁠恋愛に⁠本物⁠はない」そして「AIという技術が生まれたことで、あたかもそれに先行して存在したかのように、⁠本物の恋愛⁠が事後的に作り出されているのではないか」という見方だった。

これは現代のテクノロジー一般に言える傾向だろうと戸谷氏は指摘する。例に挙げたのは哲学者のジャック・デリダによる「リアルタイム」についての思索だ。テレビの中継技術などの発達によりリアルタイムで情報を得られるようになったが、こうした技術の登場によって、たとえばこうしたイベントの配信を「リアルタイムなもの」と人は感じるようになった。さらには、技術が登場する以前の人たちも同じようにリアルタイムという感覚を持っていた……かのように事後的に認識が作り上げられるのだとデリダは指摘したという。

これと同じことがAIにも起きているのでは、と戸谷氏は分析する。AIと本当に恋愛ができるのか?と問いかけることで、AI以前から行っていた恋愛にすら「真実性」が要求されるようになったのではないか、と。

『恋愛の哲学』に登場する七人の哲学者の考えのように、⁠恋愛とは何か」に統一された答えはない。にもかかわらずAIとの恋愛には「本物」が求められてしまっている。戸谷氏はこうした態度にある問題点を指摘した。それはAIを通じた得られた恋愛の「真実性」が人間同士の関係にも適用され、AI以前は通用していた恋愛までも格下げされてしまうことだ。

こうした問題は恋愛や友情などの人間関係に留まるものではない。「本当の心」⁠本当の人格」⁠本当の意識」などまでAIを通じて定義されると、AIに求められていた基準が人間そのものに投影されかねない(たとえば「⁠⁠本当の人格⁠にはAIと同等以上の知的レベルが必要」など⁠⁠。これは社会に新たな分断をもたらす引き金になるのではないかと、戸谷氏は深い懸念を示した。

「本物ではないが⁠本物である必要がない」在り方を目指して

この議論を受け、清水氏は著書にも引用した哲学者・大森荘蔵の「ロボットの申し分」を紹介。これは、人間に心の有無を問われたロボットが、逆に「人間には心がある」と証明してほしいと返すものである。人間同士の間では心の有無は問題にならない。⁠ある資格を満たさないと⁠本物⁠と言えない」という問い自体が、基本的に事後的に出てくるのではないかと述べた。

また清水氏は著書の最終章で「AIの権利」を取り上げた意図についても語った。⁠権利(人権⁠⁠」も人間同士の関係であれば普段は意識されず、⁠戸谷さんには人権があるから殴っちゃダメだ」という考え方はしないはずだと説明。これが人権の根拠を問い直すことで、AIは条件(意識、痛みなど)を満たしていないと看做されてしまう。しかし清水氏は、⁠他者が何者であるかさえわかれば、自ずと扱い方が決まる」というこうした考えに疑いの目を向けている。

清水氏は今後考えるべきこととして、人間との関係とは別のしかたでAIとの親密さを考える必要があると述べた。⁠人間との本物の恋愛」のような枠組みで捉えようとすると、AIとの関係は「偽物」と思われる。本物ではないかもしれないが、本物である必要がない。こうした在り方を問い直すことが「AIに恋しちゃダメですか?」という問いを実践することになるだろう。

どうして哲学が必要なのか

AIは目まぐるしく変化するが、そうした状況だからこそ時代を超える哲学に意味があるかもしれない――これはイベントの締めに戸谷氏から語られた言葉だ。

イベントのなかでも「本物の恋愛」をめぐる議論を取り上げたのは、AIを通じて「本当の心」の基準が決められてしまうかもしれない危険性が浮き彫りになると同時に、⁠本物ではないかもしれないが、本物である必要がない」という新しい関係性への可能性も示されたからである。私たちがAIといかに向き合うかによって、悪い未来も良い未来も、どちらの道もあり得るだろう。

ここで紹介した内容はあくまでイベントの一部にすぎない。ほかにも「ELIZA効果(AIに感情移入してしまう現象)は人間に対してもあるのではないか」⁠ハイデガーの思想からAIに対して何が言えるか」⁠AIに恋愛機能を実装するのは倫理的に問題なのか」など、AIをめぐって多岐にわたる議論が展開された。本イベントは2026年8月10日までアーカイブ購入・視聴が可能なので、興味があるかたは是非ご視聴していただきたい。また、議論の出発点となった書籍『AIに恋しちゃダメですか?』も好評発売中なので、こちらも併せて手に取ってみてはいかがだろうか。

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