AI時代のクラウドネイティブを支えるOSS⁠人材⁠インフラ
――KubeCon + CloudNativeCon Japan 2026記者発表会レポート

Linux FoundationとCloud Native Computing Foundation(CNCF)は2026年7月29日、KubeCon + CloudNativeCon Japan 2026にあわせて記者発表会を開催した。会見では、AIを支えるオープンソースソフトウェア(OSS)の現状、日本でのクラウドネイティブ技術の普及、人材育成、AIインフラの標準化などを取り上げた。

本稿では、この記者発表会の模様をレポートする。

Jim Zemlin氏「AIスタックを支えるOSSとセキュリティ」

最初に登壇したLinux Foundation CEOのJim Zemlin氏は、AIを巡って進む大規模なインフラ投資と、その技術スタックを支えるOSSについて説明している。

Jim Zemlin氏

同氏の資料では、2026年の大手テック企業によるAIインフラ投資額を9000億ドルとし、2027年についてはThe Economistの予測として1兆4000億ドルを示している。こうした投資はデータセンターや半導体にとどまらない。AIの開発と運用には、インフラ、学習、推論、モデル、エージェントという複数のレイヤーがあり、それぞれでOSSが利用されているとZemlin氏は述べている。

AIインフラへの投資規模を示すスライド

インフラ層ではLinux、Kubernetes、containerd、Volcano、学習ではPyTorch、DeepSpeed、Ray、Kubeflow、推論ではvLLM、SGLang、llm-dなどが使われている。エージェントの領域でもMCP、A2A、AGENTS.mdなど、実装間の接続や情報共有を支えるオープンな技術が広がっている。Zemlin氏は、AIが特定のモデルだけで成立するのではなく、基盤となるインフラからアプリケーションまでを含む広いソフトウェアスタックの上で動いていることを示している。

AIスタックの各レイヤーで使われるOSS

オープンウェイトモデルについては、最先端のクローズドモデルと同等の性能に達するまでの期間が短くなっていると説明している。発表資料では、Epoch AIの分析をもとにその期間を3~6カ月程度とし、オープンモデルの経済性に関する研究などを踏まえ、オープンウェイトモデルならコストを抑えながら最先端モデルに近い性能を得られるという。Zemlin氏は、日本企業がオープンウェイトモデルを出発点とし、製造業などで蓄積してきた固有のデータや知見と組み合わせることで、活用の可能性が広がると述べ、最先端モデルを一から開発して競うのではなく、既存のオープンなモデルを用途に合わせて調整すれば、日本の産業が持つ強みを活かせるとしている。

発表の後半では、AIがソフトウェアセキュリティへ与える影響を取り上げている。AIは脆弱性の発見だけでなく、悪用にも使われる可能性がある。Zemlin氏が示した「M-Trends 2026」のデータでは、脆弱性の悪用までの平均日数は年々短くなり、2026年にはパッチが公開される平均7日前から悪用が始まる「マイナス7日」の状況に至ったという。脆弱性の公表後にパッチを作成し、利用組織が時間をかけて適用する運用では、攻撃の速度に追いつくのが難しいと述べている。

脆弱性の悪用までの時間を示したスライド

Zemlin氏は、これに対するLinux Foundationの取り組みとして、Project Akritesを紹介している。クラウド事業者、AI企業、金融機関、セキュリティ企業、OSSコミュニティなどが参加する同プロジェクトは、AIなどによって見つかった重要なOSSの脆弱性情報を検証し、機密性を保ちながら対応と開示を調整したうえで、修正を上流のプロジェクトへ還元する仕組みの構築を目指している。

発表後、Zemlin氏は、重要インフラを運用する組織ではパッチの適用に時間がかかる場合があると補足した。攻撃が自動化されるなか、パッチの作成だけでなく、安全性の検証から本番環境への反映までを迅速化する必要があると述べている。

福安徳晃氏「日本のAI活用を支えるソフトウェア基盤と人材」

続いて登壇したLinux Foundation日本担当バイスプレジデントの福安徳晃氏は、日本でのクラウドネイティブ技術とAI活用の現状を説明している。

福安徳晃氏

福安氏によると、日本ではKubeCon + CloudNativeCon Japanが初めて開催された2025年以降、Kubernetes関連資格への関心が高まった。発表資料は、日本でのKubernetes認定資格の販売が250%増加したことを示している。その背景には、資格そのものの普及活動よりも、企業のAIアプリケーション需要があるという。AIワークロードを本番環境で安定して動かすにはコンテナやKubernetesを扱う技術者が必要になり、それが学習や資格取得を後押ししていると説明している。

日本での認定資格の伸びを示すスライド

一方、発表資料は、CNCFのクラウドネイティブ開発者調査Linux Foundation Researchの技術人材調査をもとに、コンテナオーケストレーションの導入率を世界全体で72%、日本で57%とし、AIの実運用で見られる世界との差や、今後の導入計画、エンジニア需要も取り上げている。福安氏によると、日本企業がAIに消極的なのではなく、実装を担う人材と基盤の整備が追いついていない状態にある。

日本のAI導入意欲とインフラの差を示すスライド

福安氏は、AI投資の配分を課題に挙げている。日本では、データセンターやGPUなどの物理設備に加え、国産大規模言語モデルの開発が注目を集めている。その一方で、ハードウェアとAIモデルを接続し、学習や推論のワークロードを配置・監視・更新するソフトウェアインフラへの関心は十分ではないという。Kubernetesをはじめとするクラウドネイティブ技術が、この「中間層」に当たる。

ソブリンAIについては、データセンターを国内に置くだけで成り立つものではないと説明している。インフラを構成するソフトウェアを理解し、特定の事業者に依存せず、その基盤を自ら構築・運用できる人材の必要性にも触れている。設備の所在地だけでなく、技術を選び、変更し、障害や外部環境の変化へ対応できる能力まで含めて考える必要があるという。

ソブリンAIに必要な条件を示すスライド

日本の産業がAIで強みを発揮できる領域として、福安氏は「フィジカルAI」を挙げている。米国のAI投資がクラウドサービスやソフトウェアへ集中するのに対し、日本は自動車、家電、鉄道、電力など、物理的な製品や社会インフラに強みを持つ。こうした設備とAIを結び付けるには、モデルの性能だけでなく、データ処理、ネットワーク、コンテナ、運用自動化を含むソフトウェア基盤も必要になる。福安氏は、日本のものづくりの強みをAIに活かすには、この領域への投資と人材育成が必要になると述べている。

Jonathan Bryce氏「約95万人のクラウドネイティブ開発者とAI実用化への道筋」

3人目に登壇したCNCFエグゼクティブディレクターのJonathan Bryce氏は、日本のクラウドネイティブ開発者に関する調査結果を紹介し、AIを事業で実用化するための道筋を示している。

Jonathan Bryce氏

CNCFが公開した調査報告書は、2026年第1四半期の日本のクラウドネイティブ開発者を約95万人と推計し、国内の開発者全体の41%を占めるとしている。世界全体の39%とほぼ同水準で、2024年第1四半期の24%から大きく伸びたという。また、クラウドネイティブ開発者のうち、AI開発にも携わる人を約10万人と推計している。Bryce氏は、日本にはAI活用の基礎となる開発者コミュニティが形成されつつあると述べている。

日本のクラウドネイティブ開発者に関する調査結果

一方、PyTorchや基盤モデルの採用率に比べ、本番運用を支えるコンテナオーケストレーションの導入は遅れている。Bryce氏は、日本のAI活用への意欲が、その基盤となるインフラの整備を追い越していると表現している。

この隔たりを埋める方法として、Bryce氏は「AI Activation」と呼ぶ3段階の考え方を示し、第1段階を強固なインフラの構築、第2段階を経営戦略としての人材育成、第3段階を主権と拡張性を備えた設計としている。

AI Activationの3段階

Bryce氏は、人材確保では外部から専門家を採用するだけでなく、社内の技術者を育成する選択肢も挙げている。Linux Foundation Researchの「2026年 日本の技術系人材の現状レポート」によると、日本企業が優先度の高い技術領域で既存人材のアップスキリングを選ぶ可能性は、新規採用を選ぶ可能性の平均9.3倍に上る。また、技術者を新規採用してオンボーディングするには、既存社員を育成する場合より約81%長い時間がかかるという。

人材の育成に加えて、定着を支える環境にも触れている。日本のクラウドネイティブ技術者は、OSSへ参加・貢献できる企業文化を重視しているという。資格取得を技術者の成長機会とし、業務時間内のコミュニティ活動や上流プロジェクトへの貢献を組織として支援することが、人材の定着にもつながると説明している。

第3段階の「Sovereignty by Design」は、すべてを自前で所有するのではなく、ワークロードやデータの性質に応じて外部サービスも利用しながら、必要な場合に別の環境へ移れるよう、オープンソース、相互運用性、標準仕様を設計段階から取り入れる考え方を指している。

Chris Aniszczyk氏「AIインフラの標準化とCNCFプロジェクト」

最後に登壇したCNCF CTOのChris Aniszczyk氏は、AIワークロードに関係するCNCFの技術動向を紹介している。

Chris Aniszczyk氏

Aniszczyk氏は、中心となる取り組みの一つとして、Kubernetes AI Conformanceについて説明している。CNCFは、異なる事業者が提供するKubernetes環境でも共通の仕様に従ってワークロードを動かせるよう、適合性プログラムを整備してきた。現在は同様の考え方をAIへ広げ、学習、推論、エージェントなどのワークロードを、パブリッククラウド、プライベートクラウド、GPU基盤を提供する新興クラウド事業者の間で一貫して扱うため、要件と認証制度の整備を進めている。

Kubernetes AI Conformanceの概要

CNCFは、この標準化によって、特定のクラウドやハードウェアだけに依存せず、必要に応じて実行先を選べる環境を目指している。Aniszczyk氏は、AIを動かすために必要な機能をひとまとまりにした構成を「AI Factory in a Box」と表現した。主要なクラウド事業者やハードウェア企業も適合性の議論に参加している。こうした適合性の整備は、福安氏とBryce氏が取り上げたソブリンAIを技術面から支えることにもつながる。

CNCFプロジェクトの成熟度については、Cloud Native BuildpacksKubeflowがGraduatedプロジェクトに移行したことも取り上げている。Cloud Native BuildpacksはアプリケーションのソースコードからOCIコンテナイメージを作成する仕組みで、KubeflowはKubernetes上で機械学習の学習やパイプライン、推論などを扱う。

Cloud Native BuildpacksとKubeflow

AI活用の現場が抱える課題に対応するプロジェクトとして、KubeElastiLimaにも触れている。KubeElastiは、AI推論用のPodを必要に応じてゼロまでスケールダウンし、待機時のGPU利用を抑えることを目指している。Limaは、AIエージェントをローカル環境で分離して実行するためのサンドボックス機能を備える。

Aniszczyk氏は、CNCFのIncubatingプロジェクトとして、GPUを複数のワークロードで利用するためのHAMiと、実行中のデータを保護するConfidential Containersを取り上げている。Sandboxプロジェクトとしては、コンポーザブルインフラのCoHDIと、Kubernetes上で分散推論を実行するllm-dを紹介した。各プロジェクトは、GPUの利用効率、AIワークロードの分離、機密データの保護、推論処理の拡張といった課題に取り組んでいる。

HAMiとConfidential Containers

Aniszczyk氏は、CNCFとIOWN Global Forumの連携拡大についても説明している。IOWNのAll-Photonics Network(APN)とCoHDIを組み合わせ、サーバーやラック、データセンターをまたぐコンピューティング資源を扱う「Scale-Across AI」の実現を目指している。この構想では、電力や設置場所に制約があるAIインフラを、光ネットワークを介してより広い単位で構成する。

CNCFとIOWN Global Forumの連携

Aniszczyk氏は、日本企業による実運用例も紹介している。SUBARUでは、次世代EyeSight向けのAIモデル開発で使う30GBを超えるコンテナイメージの取得時間を、約3時間から約3分へ短縮した。サイボウズは、VM中心だった基盤から、1000台を超えるベアメタルサーバー上で動くKubernetesへワークロードを移行し、ネットワーク基盤にCiliumを利用している。Infosysによる国内製薬会社向けの事例では、Keycloakで200万人以上が利用するアプリケーション群の認証を統合し、750を超える薬局と20万人を超える利用者を支える電子薬局プラットフォームを構築した。

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