GitLabが紐解く:AI時代のソフトウェア開発

AIエージェントプラットフォームに潜む見えないコスト[前編]

今回は前後編にわたり、金融や保険をはじめとする規制の厳しい業界の企業が、AIエージェントを導入するときに必ず突き当たる「自社で構築するか、製品を導入するか」という選択を取り上げます。前編では、なぜ社内でツールの断片化が進むのか、そしてAIエージェントの難しさがどこに潜んでいるのかを解説します。

新しい技術が登場するたびに、企業の現場では同じことが繰り返されてきました。チームがそれぞれ、目の前の課題を片づけるために、その時々の新しいツールを導入する。気づけば、社内には互いに連携することを想定していない十数種類のツールがひしめく事態に。エンジニアは、本来の開発よりも、それらをつなぎ合わせる作業に時間を取られていきます。とりわけ金融や保険のような規制の厳しい業界では、よく見られる光景です。

かつてDevOpsのツールチェーンでも、まったく同じことが起きました。そして今、AIエージェントをめぐっても、再び始まろうとしています。

自社構築というプラットフォームが抱える⁠緩やかなコスト

AIコーディングツールが実際に成果を出し始めると、多くの組織は「もう一歩踏み込もう」と考えます。ある部署はコードアシスタントを入れ、別の部署は社内向けのAIゲートウェイを立ち上げる。そこにオープンソースのモデルをいくつか加え、独自のオーケストレーションでつなぐ。こうして寄せ集めた仕組みを、チームはいつしか「プラットフォーム」と呼び始めます。

この流れは理解できます。技術者はもともと、本能的に「作る」ことに惹かれる性質を持っており、それ自体は決して間違っていません。作ることを通じて、エンジニアは学び、チームは力をつけ、これまで誰も解いたことのない課題を解いていきます。DevOpsの>黎明期れいめいきにわたり、金融や保険をはじめとする規制の厳しい業界の企業が、AIエージェントを導入するときに必ず突き当たる「自社で構築するか、製品を導入するか」という選択を取り上げます。前編では、なぜ社内でツールの断片化が進むのか、そしてAIエージェントの難しさがどこに潜んでいるのかを解説します。

新しい技術が登場するたびに、企業の現場では同じことが繰り返されてきました。チームがそれぞれ、目の前の課題を片づけるために、その時々の新しいツールを導入する。気づけば、社内には互いに連携することを想定していない十数種類のツールがひしめく事態に。エンジニアは、本来の開発よりも、それらをつなぎ合わせる作業に時間を取られていきます。とりわけ金融や保険のような規制の厳しい業界では、よく見られる光景です。

かつてDevOpsのツールチェーンでも、まったく同じことが起きました。そして今、AIエージェントをめぐっても、再び始まろうとしています。

自社構築というプラットフォームが抱える⁠緩やかなコスト

AIコーディングツールが実際に成果を出し始めると、多くの組織は「もう一歩踏み込もう」と考えます。ある部署はコードアシスタントを入れ、別の部署は社内向けのAIゲートウェイを立ち上げる。そこにオープンソースのモデルをいくつか加え、独自のオーケストレーションでつなぐ。こうして寄せ集めた仕組みを、チームはいつしか「プラットフォーム」と呼び始めます。

この流れは理解できます。技術者はもともと、本能的に「作る」ことに惹かれる性質を持っており、それ自体は決して間違っていません。作ることを通じて、エンジニアは学び、チームは力をつけ、これまで誰も解いたことのない課題を解いていきます。DevOpsの黎明《》れいめい)期を築いたのも、まさにこの「自分たちの手で作り上げよう」という熱量でした。

ただし、各チームがそれぞれ手探りで試作を重ねるやり方は、組織全体の利益にはなかなか結びつきません。組織が本当に望んでいるのは、一部のチームや人だけがAIを使いこなす状態ではないからです。目指すのは、ガバナンスを維持しながら、社員の誰もが同じ品質で、必要に応じて使う範囲を広げられる形でAIを活用できる状態です。一部のチームだけが先行する状態と、組織として足並みをそろえるガバナンスと、この二つのせめぎ合いこそが、いまあちこちで交わされている「自社構築か、製品導入か」という議論の正体です。

自社構築を選ぶと、組織は多くのものを自前で組み上げることになります。エージェントのフレームワーク、それらを束ねるオーケストレーション、独自のガバナンス、さらにはこれらを動かす基盤、つまり計算資源、ストレージ、データベース、ネットワークまで、すべてが対象です。このとき組織は、プラットフォームを「提供する側」に回ります。

一方、製品を導入すると、組織は出来合いの製品をそのまま使えます。モデルもツールもオーケストレーションもガバナンスも、ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)全体にわたって一つにまとまった製品です。このとき組織は、プラットフォームを「使う側」でいられます。

どちらを選ぶか。この違いは、規制の厳しい業界では、想像以上に重い意味を持ちます。

本当の複雑さは⁠オーケストレーションの層にある

AIエージェントの、これまでのツールとの違いは何でしょうか。それは、AIモデルそのものではありません。モデルの手前でその働きを取り仕切る「オーケストレーション」です。

このオーケストレーションを担うのが、エージェント型フレームワークです。最新のAIシステムにおいて、その重みはますます増しています。どのツールを、どの順番で、どんな安全装置(ガードレール)のもとで呼び出すか。そして、それを判断したロジックの記録をどう残すか。こうした一連の段取りを決めるのが、フレームワークの役割です。

ツールの断片化は、まさにこのフレームワークの層で静かに進行していきます。各チームが、それぞれ良かれと思って、独自のフレームワークやコーディングツールを導入する。一つひとつは筋の通った判断です。しかし、その判断は時とともに積み重なっていきます。フレームワークが一つ増えるたびに、それをつなぐ新たな手間が生まれ、統制の抜け穴ができ、組織が抱え込むか避けて通るかしかないサイロが一つ増えていくのです。

たとえば、銀行や保険会社が社内にAIエージェントのプラットフォームを構築しようとすれば、数年がかりのオーケストレーション開発が必要になります。しかも、そこで向き合わなければならない範囲は、規制対応まで含めると、多くの組織が考えている以上に広いのです。

まず、フレームワークそのものの管理があります。どれを選び、どう統合し、エージェントの挙動のずれ(ドリフト)をどう監視し、いつ役目を終えさせるか。この管理に終わりはなく、途中でスイッチを切ることもできません。

次は、セキュリティの強化です。コードやインフラに触れるエージェントには、通常のSaaS連携をはるかに超える水準が求められます。プロンプトインジェクションへの防御、動作を切り離すサンドボックス化、SIEM(セキュリティ情報イベント管理)やDLP(データ損失防止)との連携、そして攻撃を模した検証、いわゆるレッドチームテストまで、対応すべきことは尽きません。

さらに、規制対応が重くのしかかります。たとえば、EUの枠組みであるDORA(デジタル・オペレーショナル・レジリエンス法)やEU AI法のもとでは、社内のAIシステムもまた、規制の対象として扱われます。組織は、そのAIシステムのリスク区分を自ら定め、必要な文書をそろえ、システムが動き続ける限り、監査に耐える証跡を示し続けなければなりません。加えて、SDLCに組み込んだエージェントは、一つひとつが小さな製品のようなものです。ツールの更新、フレームワークの変更、組織の再編をまたいで、チームはそれぞれのエージェントを保守し続けることになります。

そして、こうした負担の先には、当初の見積もりにはまず入ってこないコストが控えています。プラットフォームの構築に人手を割けば、そのエンジニアは、その間、老朽化したパイプラインの刷新にも、たまったセキュリティ上の課題の解消にも、急ぎの開発案件にも手を回せなくなるかもしれないのです。

DevOpsが普及した時代から学ぶ

この構図を、私たちはすでに一度、経験しています。DevOpsという考え方が広まり、開発と運用の自動化ツールが一気に普及していった時期のことです。

あのときも、誰かがばらばらのツールチェーンを作ろうとしたわけではありません。各チームは、ある場面では性能の良いCIツールを選び、別の場面では使いやすいSCM(ソースコード管理)を採用しました。そこにセキュリティスキャナーを追加し、専用の機密情報管理ツールを入れ、さらに別のデプロイ管理の仕組みを投入する。どれも、その場では理にかなった判断でした。

一つひとつの判断は、各チームの中では正しかったのです。ところが、組織全体を見渡すと、それらの積み重ねが、収拾のつかない乱立を生んでいました。連携の負荷、ばらばらのガバナンス、重複した作業、そして開発全体で何が起きているかを一望できる視点の欠如です。

この乱立は、費用がかさむうえに、監査もしにくいものでした。だからこそ業界は、およそ10年をかけて、あらためてプラットフォームへの集約を進めてきたのです。AIエージェントも、いま同じ道をたどりつつあります。個別のツールを一つずつ選び続けるのではなく、早い段階で「プラットフォームに一本化する」と決めた組織は、本来なら何年もかかるはずの遅れの取り戻しを、数か月に縮められるはずです。

まとめ

今回は、規制の厳しい業界でAIエージェントの断片化がなぜ起きるのか、そしてその難しさがオーケストレーションの層に潜んでいることを見てきました。個々のツール選びは、単独では合理的でも、積み重なれば統制の効かない乱立を招きます。これは、DevOpsが普及した時代に業界が一度通った道でもあります。後編では、この状況を踏まえて、⁠自社構築か、製品導入か」を見極めるための3つの問いと、統合されたプラットフォームが実際に何をもたらすのかを解説します。

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