本書について

『正規表現技術入門――最新エンジン実装と理論的背景』
(技術評論社、2015)の前書きより転載

プログラミングの世界には実に多くの技術や方法論が溢(あふ)れていますが、その中でも「正規表現」はかなり特別な存在です。文字列のパターンを簡単な式で記述できる正規表現は、文字列処理をはじめ、さまざまな場面で活躍してくれるとても便利な道具です。たとえば正規表現を使うことで......っと、そのあたりは本編でたっぷり解説しますので、この前書きでは本書の特徴についてまとめておきます。

本書では、正規表現の基礎/入門から始まり、正規表現の歴史/しくみ/実装/理論などなど幅広い話題を取り上げています。各話題を、その道のエキスパートが解説していきます執筆担当一覧⁠。

正規表現の話題がここまで網羅的に纏められている書籍は、本書の他にはありません。とくに、正規表現を上手に使いこなす上で重要な「正規表現エンジンのしくみ」については、実際のソースコードレベルで詳細に解説を行っており、本書の大きな特徴となっています。

初学者の方々でも本書を読むことで正規表現を使いこなせるよう、⁠正規表現とは何か?」という基本から、一貫してわかりやすく丁寧な解説を心懸けました。また、正規表現の歴史/しくみ/理論、さらには正規表現を処理するVMの設計方針からJITによる高速化まで扱い、日頃から正規表現に慣れ親しんでいるプログラマや正規表現の深いところまで知りたいという熟練者、そして言語処理系の開発に興味のある読者も楽しめる内容になっています。加えて、理論にも興味のある読者の方々を想定し、巻末のAppendixには「正規表現の数学的背景」として、正規表現の裏側に潜む数理の解説を盛り込みました。

プログラミング言語の公式マニュアル、プログラマ向けの技術解説記事、ブログ、情報共有サービスなどが充実している現在、正規表現に関するさまさざまな情報はWebなどで検索/閲覧できます。しかし、とりわけ初学者の方々にとって、それらの情報は断片的なものも少なくないのが現状です。

そんな中、⁠1冊の本」として軸を通した正規表現の解説は、むしろ「今」だからこそ価値がある存在になり得ると思い、本書を執筆しました。本書を片手に、身近なようでいて意外と知られていない、そんな正規表現の世界を巡ってみてもらえたら、またさらなる発見につながれば、と願っています。

2015年3月
著者を代表して 新屋良磨

新屋良磨(しんやりょうま)

東京工業大学 数理・計算科学専攻 博士課程学生。学部4年生の頃に正規表現の魅力に取り憑かれ研究を始める。世界最速のgrep開発(サイボウズ・ラボユース支援プロジェクト),正規表現を使った文字列圧縮などの応用研究を経て,現在は正規言語の本場フランスのパリに留学し正規表現の数理構造を研究中。とくに,言語と代数と論理の繋がりや,正規表現の公理的解析に興味がある。