動画編集にはルールがある

みなさんが一口に「動画」といっているものは、実はいくつかの種類に分かれています。一つは現実をそのまま伝える「報道系動画」で、ニュース映像やドキュメンタリーがこれに該当します。もう一つは伝えたいことをストーリーにして、映像でストーリーを描く「番組系動画(もしくは「ストーリー動画」とでも⁠⁠」で、これにはドラマ(映画)だけではなく、一般番組(バラエティ番組など)も該当します。なぜストーリーにするのかといえば、印象的になり、訴求力が強くなるから、要は「おもしろくなるから」です。つまり“最強のメディア”と呼ばれているのは、この番組系動画のことです。だって報道系動画は、おもしろくする必要がありませんよね。また、映像が動くのではなく文字が動くだけのものを「テキスト動画」といいますが、これは映像を作れないアマチュアの苦肉の策であり、本来はとても動画とはいえないものです。さらに、模様が動くものをモーション・グラフィックといいます。ストーリーを作る必要もなく撮影もしなくていいのでアマチュアにも気軽に作れるため、インターネットを中心に大流行していますね。これも一般には“動画“とされていますが、実はグラフィック・アートやデザインといった分野のもので、テレビ局ではテロップやパターン(フリップ⁠⁠、大道具小道具などを担当する“アートさん”が作るものです。テレビ番組ではタイトルやエンド・クレジットなどで飾りとして使われていますね。“動く模様“ですから、何かを訴えるといったことはできません。だから何かを伝えたいなら、文字や言葉で伝えることになります。

この本は、映像でものを伝える本来の“動画”である「番組系動画」「報道系動画」の編集理論を解説するものです。カットの順番の法則(文法)やその入れ替え方といった「編集による演出の仕方⁠⁠、カットの長さの決め方、さらにはストーリーをつづらず、コンセプトやナレーションに画を合わせる報道系動画特有の編集法も解説します。種類による編集ルールの違いを本で解説するのは、世界でも初めてのことかもしれません。動画の種類によって編集ルールが違うって、みなさんはご存知でしたか? ニュースではやって良い編集方法も、映画ではやってはいけないということはたくさんあります。そればかりか、映画ではやっていいのに一般番組ではやってはいけない編集もあります。当然超短尺であるCMや番組宣伝での編集方法は、尺が十分にあるものではやってはいけないものばかりです。ですから、動画編集は見よう見まねでやってはいけません。

「編集」という言葉は広辞苑(第7版)によると、⁠資料をある方針・目的のもとに集め、書物・雑誌・新聞などの形に整えること」だそうですから、これを動画に当てはめると「カットをある方針・目的のもとに並べ、番組(厳密には「シーン⁠⁠)という形に整えること」となります。ほら、そもそも「ある方針・目的」という大前提となる“ルール”がなければ、編集のしようがないじゃないですか。そして番組制作において「編集しろ」といわれたら、その言葉の意味は「カットを、台本に書いてあるストーリーを映像で表すように並べ、番組という形に整えろ」という意味以外にはありません。それはまさに、台本に書いてある文章を動画に“翻訳する”という作業です。当然、カットの順番をまちがえれば台本と違うストーリーになってしまうわけですから、こちらにはこちらで「この順番で並べなければこのストーリーにならない」というルールがあるわけです。こちらのルールは直接に「カットの順番を支配しているルール」だからこそ、これを文法と呼ぶことにしました。

たとえば最初のカットは、最低限それがいつなのか、どこなのか、どんな状況なのかがわかるカットにしてください。1カットで入らないのならばもっと長くなってもかまいませんが、必ず冒頭で「いつなのか、どこなのか、どんな状況なのか」がわかるようになっていなければいけません。これもルールです。動画編集にはそういうルールがちゃんとあるのです。ルールや文法という言葉にアレルギーがある方は、法則、原則、お約束、決まり事、などなどお好きな言葉に置き換えてください。これらのルールは、映像制作者と視聴者との間に交わされた「お約束=暗黙のルール」です。たとえば、最初にアップで写された登場人物を主人公だと思うのも、世界の視聴者に共通の「お約束」です。だれもそんなことを教わってもいないのに、自然にそう思うのです。

もちろん、これらのルールは破ったって逮捕されたり、編集機が爆発したりするわけではありません。だから一見、罰則はないように見えますが、でも本当はあります。⁠視聴者を惹(ひ)き込むことができない」⁠わけがわからない・面白くないと言われてしまう」⁠より多くの人に見てもらえない(話題にならない⁠⁠」という恐ろしい罰則です。ましてプロには、OKとNGがはっきりとあります。このOKとNGを分けるものこそルールにほかなりません。⁠このルールを無視してNGを出せば立派なパワハラです)

大丈夫。ルールにしたって文法にしたって、まったく難しいものではありません。この本の対象は、駆け出しのプロを想定してはいますが、中学生程度以上の人なら理解できるように書いたつもりです。しかし「難しくない」とはいってもルールというものは、映像を作る側の立場の人にとっては意識の表面でしっかり理解していないと使うことはできません。⁠絵画の良い悪いがわかる」のと「良い絵を描ける」のが違うのと同じです。あるいは、英語を読むのは文法を知らなくても単語だけ訳せばなんとなく意味の見当が付いたりしますが、書くのは文法を知らないと書けませんよね? 他人のデタラメ英文を正しく直せるようでなければ英語ができるとはいえないように、デタラメ動画をみたときになぜわけがわからないのか? どこをどう直せばいいのか? それがわかるようにならないと編集ができるとはいえません。

それはまちがいなく世界トップクラスの放送局で25年以上にわたり放送され、日本中の視聴者をBSに動員した実績(ちゃんと伝わっているという証拠)のある方法です。15秒、30秒、1分(ストーリーが必ず必要となる最短の尺)という究極の短さの中で、最低限どのカットが必要なのか、どうつなげば成立するのか。それはたとえば、このカットはあと何フレ切れるか? 3フレ切ったら成立しないから、2フレだけ切ってほかのカットを1フレ切ろう、といった顕微鏡レベルの世界です。すべては成立するかしないか、そして視聴者からのクレームという点においても最も厳しいギリギリの最前線で、少なく見積もっても1万番組以上を制作・編集してきた経験から導き出したものです。

本書の内容は、映画やTV番組のみならず、ネットの動画でも大いに役に立つでしょう。たとえばユーチューバーなら、思いついたことの面白さを正しく伝えられるようになるので、ファンを増やす助けになるはずです。大したことのない企画・内容でも、うまく編集すればかなり面白くできたりします。それが演出というものです。実際、テレビの番組なんk……、おっとだれか来たようだ。

また、プロの方にとっては、最低限これだけは知っていないとプロとして通用しないと思われることが書いてあります。この本を読んで、すべて知っているなら大丈夫。自分のスキルをチェックするのにお役立てください。上級の方には「わかってはいるけどうまく言葉にできないために、今まで他人に教えられなかったこと」「言葉にするとこうなるのか」と感じ入ってもらえると思います。

神井護(かみいまもる)

本名 荒磯昌史(あらいそまさし)。1964年生まれ。成蹊大学経済学部卒業。父親は,日本初のCMタレントで「ズバリ!当てましょう」の司会やナショナル(現パナソニック)のCMなどで活躍した俳優・司会者の泉大助。
映像制作歴40年以上,NHKでのディレクター歴=(番組宣伝という広告動画の制作歴)25年。1995年~98年ごろはBS1,BS2の2波の先物番宣すべてを1人で担当。NHKらしからぬ番宣で,「ブーム」といえるほど新規契約者を殺到 * させたことから「スポット(短尺番組)の神様」とあだ名され,NHK会長賞(海老沢会長)も受賞。
当時の番組制作本数は年間1,000本弱程度,25年間でオンエアされた番組総本数は少なく見積もっても10,000本を越える。

*この時期にBS契約者は1,000万世帯を大きく突破。ちなみに当時は全国4,000万世帯と言われていた。