著者の一言

多様な人たちとものごとを前に進めないといけない時代

「どうも、いままでのコミュニケーションのやり方ではうまくいかない……」

そのようなお悩み相談を、私は連日のように企業の管理職や担当者などから受けています。

  • 会議が毎度お偉いさんのリサイタル
  • 突然、意見を求められて「シーン」
  • 話が脱線したっきりで、戻ってこない
  • 結論ありき。予定調和な定例会(だったらチャットやメールでよくないですか?)
  • みな活発に意見を出してくれるのだが、まとまらない
  • 司会者だけが空騒ぎするオンライン会議
  • 沈黙の1on1
  • 何かが決まった試しがない
  • 後でちゃぶ台返し
  • 毎度、延長、延長、また延長の汗と涙の甲子園模様
  • なぜ自分が呼ばれたのかわからない(そもそも、これ何する会議なんでしたっけ?)

こんな具合に。

時代の変化にともない、その場にいない人たちとコミュニケーションをしたり、所属組織や立場の異なる人と越境して協働する機会も増えてきました。

  • 「オンラインで、業務検討のグループディスカッションをしなければならない」
  • 「チームの月次定例会。出社しているメンバーと、テレワークをしているメンバーが混在している状態で進行する必要がある」
  • 「時短勤務の人の声を反映したい」
  • 「中途入社の人や、育休中のメンバーにキャッチアップしてもらえるようにしたい」
  • 「社員と派遣社員と外部パートナーの混成チームを率いることになった」
  • 「行政職員と民間企業の社員と学生が参加するワークショップの司会進行役を仰せつかった」

さまざまな側面での多様化が進む時代、⁠必ずしも時間や空間を常にともにしているわけではない人たち」⁠同じ釜の飯を食ってこなかった人たち」と景色を合わせ、信頼関係を構築しながら、ものごとを前に進めていく必要があります。そのスキルを「ファシリーテーション⁠⁠、ものごとを前に進める人を「ファシリテーター」といいます。

私は、日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などグローバル企業で、国内外のグローバルプロジェクトの立ち上げや推進、事業企画などを手掛けてきました。2014年9月に起業してからは、作家活動と併行して、自社および複数の企業の取締役と顧問、および400を超える企業・自治体・官公庁のワークスタイル変革、マネジメント改革、組織開発を支援しています。⁠組織変革Lab』という名の、複数の企業の人事部門、経営企画部門、DX推進部門などの変革推進者が集う越境学習プログラムの主宰とファシリテーターもしています。⁠デジタルワークシフトコンソーシアム浜松」など行政と民間企業連携の取り組みも始めていますし、国交省と川根本町と民間企業のコラボでダムおよび周辺の施設をワーケーションスポットとして活用する #ダム際ワーキング も推進、2022年4月に長島ダムでのトライアルが始まりました。この文章も、長島ダムの #ダム際ワーキング スポットで書いています。

私自身がいままで大小さまざまな会議や組織のファシリテーションをしてきて、なおかつ優秀なファシリテーターを観察してきて、⁠これだ」と思った要素を原理原則としてまとめたのがこちらの図です。具体例は本章で各論とともに解説しますが、ここで概要を説明します。

▼【沢渡あまね流】ファシリテーション7つの原理原則

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コアアクション3つ:「観察」「対話」「期待役割の合意」

中心となるのが、ファシリテーターがメンバーに対して直接働きかけるコアアクション。ここでいうメンバーとは、会議や組織の参加者や構成要員のみならず、関係する人たちも含みます。

コアアクションは「観察」⁠対話」⁠期待役割の合意」の3つからなります。この3つは、すべて同一線上にあるプロセスです。

①観察

その人は、どんな興味関心、能力、特性、個性があるか?

だれに、どんなタイミングで、どのように意見を振るか?

メンバーを直接または間接的によく観察し、本人および組織の問題や課題を特定します。

②対話

メンバー個々に向き合い、意見を受け止めながら、ものごとの進め方や「もっていき方」を組み立て、実践していきます。

なお、ここでいう対話は、必ずしも対面のコミュニケーションに限定されません。

③期待役割の合意

会議などの場において、どうふるまってほしいか?

チームやプロジェクトなどの組織体やそのミッション、テーマに対して、どういうスタンスで関わってほしいか?

期待や役割(これを総称して期待役割と呼ぶことにします)を言語化し、メンバーと合意形成します。

戦略アクション4つ:「ビジョンニング」「ストーリー設計」「偶然設計」「環境セットアップ」

ファシリテーターとは、いわば「場のプロデューサー」です。メンバーへの直接的な働きかけや、その場の盛り上げや司会進行をするだけではありません。

「ゴール到達に向けてどのようなコミュニケーションを発生させ、メンバーをどのような行動に導くか?」

その筋書きを作ったり、地ならしをする役割も担います。そのための戦略アクションが4つあります。

④ビジョンニング

会議の目的、その組織やプロジェクトやコミュニティのビジョン、ミッション、バリュー、パーパスなどゴールをメンバーにかみ砕いて伝え(または一緒に言語化し⁠⁠、見失いそうになったら立ち返ります。

⑤ストーリー設計

ゴール到達に向けて、どのようなコミュニケーションを発生させるか?

登場人物(すなわちメンバー)にどうふるまってもらうか?

筋書きを作ります。筋書きなきファシリテーションは場当たり的になり、メンバーを迷子にしがちです。

⑥偶然設計

ものごとを前に進めるうえでストーリー設計は大変重要ですが、すべてが事前に描いた筋書きどおりにいくとは限りません。ものごとを進める過程で、思わぬ問題や課題が表出したり、意外なメンバーから、意外な知識やアイディアが出てきたり。そうした偶然の産物を逃さない、あるいは思わぬ偶然の産物が生まれやすい環境をセットアップするのも、ファシリテーターの役割です。

演劇に例えるならば、台本にセリフが一字一句書かれていて、演者は台本に忠実に演じるスタイルも決して悪くはないですが、演者の思わぬアドリブが場を盛り上げたり顧客に感動を与えることがありますよね。また、楽屋裏トークのような、自由度の高い(それでいてテーマから逸脱しすぎない)場でやりとりされる会話が面白かったり、次につながる新たなネタが生まれることもあります。

⑦環境セットアップ

メンバーが意見を言いやすい場を作る。

筋書きに沿って/あるいは筋書きにない偶然の産物が生まれやすい環境を提供する。

そうした環境のセットアップも、ものごとを前に進めるためには欠かせません。

ものごとを前に進めるための道具箱をあなたに

本書は、ファシリテーターのための道具箱です。自らのファシリテーション体験を通じて、そして数々の優秀なファシリテーターの横顔を見て抽出したエキスを凝縮しました。

いきなりすべてに取り組む必要はありません。消化不良を起こしては意味がないですから。

  • まずはコアアクションに関係するものを中心に取り組みつつ、徐々に高度を上げて、戦略アクションに取り組む
  • 足りないと思ったものだけを取り入れる

あなたの課題感に応じて、つまみ食いしてください。

ファシリテーションは楽しいです。人や組織と向き合い、筋書きを描いて人に動いてもらいつつ、筋書きにない想定外の出来事や変化に感動しながら、ゴールに向かって進んでいく。会議や組織を前に進める――その楽しさを分かち合える人が1人でも増えたらうれしいです。

沢渡あまね(さわたりあまね)

作家/ワークスタイル&組織開発専門家。『組織変革Lab』主宰。DX白書2023有識者委員。

あまねキャリア株式会社CEO/株式会社NOKIOO顧問/浜松ワークスタイルLab所長/国内大手企業人事部門顧問ほか。

日産自動車,NTTデータなどを経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で,働き方改革,組織変革,マネジメント変革の伴走・講演および執筆・メディア出演をおこなう。

著書は『職場の問題地図』『新時代を生き抜く越境思考』『どこでも成果を出す技術』『バリューサイクル・マネジメント』『仕事ごっこ』『業務デザインの発想法』(技術評論社)ほか多数。尊敬する人は兼好法師。

趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者。