著者の一言

目先の成果をスピーディーに出すことばかりが優先されていないか?

ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability⁠⁠。耳慣れない方もいらっしゃることでしょう。私も1年前くらいに意識するようになった言葉であり、最初は意味がわからず「ぽかん」となっていました。

ところが、組織のさまざまな病(やまい)に向き合ううえで、ネガティブ・ケイパビリティこそが組織とそこで働く個の状態をより良くするのに欠かせない。さらに言えば、ネガティブ・ケイパビリティは目先の成果一辺倒になりすぎた今の社会に求められているものではないか? そう強く確信し、ネガティブ・ケイパビリティを研究するようになりました。

そもそも、ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)とはどのような考え方を言うのでしょうか?

起源は、18世紀末から19世紀初頭のイギリス、ロマン主義文学の詩人であるジョン・キーツ(John Keats)が発した言葉にあると言われています。キーツは、不確実や未知なものの中にとどまる能力を示すネガティブ・ケイパビリティと記述していますが、そこには世界各国でさまざまな解釈が存在し、日本語訳も「消極的能力」⁠消極的受容力」など複数あり、これといった定義がなされていません。また、精神科医、心理学者、哲学者、経営学者など多種多様な領域の専門家がさまざまな意味づけをしているのも事実です。

ネガティブ・ケイパビリティを解釈するのに、すぐ答えを出そうとせず不確実や未知なものに向き合う力、すなわちネガティブ・ケイパビリティが求められる――なかなかシュールであり、面白くもあります。

とはいえ、やはりものごとを進めるうえでは、何らかの定義が必要でしょう。私は、より良い組織、より良い個を育む観点、すなわち組織開発の専門家(および実践者)の観点で、ネガティブ・ケイパビリティを次のように定義しました。

「すぐ解決しようとしない行動特性および能力」

思い起こせば、学校教育からして、ポジティブ・ケイパビリティ重視に偏っているのかもしれません。先生が出した問題に対し、先生が納得する答えを、短時間で出す。児童や生徒は、その思考パターンや行動パターンを徹底的に鍛えられます。指導という名のもとの育成と、成績(スコア)なる可視化した指標とシステムでもって。いわばポジティブ・ケイパビリティ偏重の教育システムが、勉強は楽しくない、すなわち勉強嫌いを増やしてしまっている負の側面も大いにあると私は考えます。かくいう私も、そのような教育を受けてきた1人ですが。

そして社会人になるや否や、ビジネスや社会を運営する立場で成果や進捗が求められるようになります。単年度の事業計画や四半期決算のシステムの中で、1年や3か月のサイクルで目に見える成果を出さなければならない。それが月次、週次、日次などの細かな単位にブレークダウンされ、人々を管理するようになる。それが職場をギスギスさせ、仕事に対する楽しさを減ずる。ポジティブ・ケイパビリティお化けのような人たちには生きやすいのかもしれないですが、一方で息苦しさを感じ、かつ、せっかくの感性や能力が無力化されてしまっている人たちもいる。

スピード主義、成果主義のカルチャーやマネジメントが、社会と組織に一定の発展をもたらしてきたのは事実です。しかしながら、余裕と余白を人々から奪い、協力を遠ざけ、(メンバー)や地域や社会に対する寛容さを奪ってしまったのも事実であり、私たちは大いに反省しなければなりません。国際連合が実施した調査“World Happiness Report 2022”によると、日本は幸福度ランキングで世界54位、とりわけ「自由度」⁠寛容さ」が上位10ヶ国と比較しても低く先進国では最下位とのことです。

目先の成果をスピーディーに出すことばかりが優先され、そうでないものは軽んじられる。その所作は、時に人々を激しく傷つけます。実際に、心の不調、すなわちメンタルヘルスの不調を訴える人は年々増加傾向にあります。少子高齢化による労働力不足がいよいよ大きな社会課題になってきている今の日本社会の状態を鑑みても、これは由々しき事態です。

脊髄反射だけで目の前の課題をすぐ消すことだけに躍起な組織や人に、真の問題解決やイノベーションが期待できるでしょうか?

見えている事象の原因を素早く特定したり、アイデアを素早く実行に移す。その行動は、もちろん称賛されるべきです。しかし、じっくりものごとを観察し、人々と対話をし、良好な関係を構築しながら真の原因を特定する。あるいは、意外なアイデアや能力と出会い、意外な解決方法を見つける。そのようなオトナな落ち着きを持った探索こそ、VUCAと呼ばれる複雑性、曖昧性、多様性などが増す時代においては求められるのではないでしょうか。なにより、ポジティブ・ケイパビリティ一辺倒の社会も仕事も、息苦しくて楽しくない!

行き過ぎた目先の成果主義一辺倒の世の中で、私たちがどこかに置き忘れてしまった本来大切なものを取り戻す。仕事へのやりがいや楽しさのバリエーションを増やす。その意味でも、ポジティブ・ケイパビリティのみならず、ネガティブ・ケイパビリティにもそろそろ向き合っていきませんか?

沢渡あまね(さわたりあまね)

作家・企業顧問/ワークスタイル&組織開発。『組織変革Lab』『あいしずHR』『越境学習の聖地・浜松』主宰。

あまねキャリア株式会社CEO/一般社団法人ダム際ワーキング協会 共同代表/大手企業 人事部門・デザイン部門ほか顧問。プロティアン・キャリア協会アンバサダー。DX白書2023有識者委員。

日産自動車,NTTデータなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で,働き方改革,組織変革,マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演をおこなう。

おもな著書:『新時代を生き抜く越境思考』『EXジャーニー』『組織の体質を現場から変える100の方法』『「推される部署」になろう』『バリューサイクル・マネジメント』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『業務デザインの発想法』

趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者。

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