著者の一言

プロモーションが届かない時代

人の心を動かすことは、本当に難しい。

メディアの多様化、デバイスの進化、AIの台頭に伴い、私たち現代人は膨大な情報のシャワーを浴び、そのすべてを処理しきれていません。そんな状況の中、あらゆる施策を練り、時間も費用も投じても、⁠なぜ届かない? なぜ響かない? なぜ売れない?」と頭を抱えることが少なくありません。大量に取得できるデータに翻弄され、目まぐるしく変わるトレンドにトライしつつも、なかなか思った成果が出せずに閉塞感を覚えることもあるのではないでしょうか。

特にSNSなどにおいては、情報がパーソナライズ化されていることを無視できません。パーソナライズ化とは、もちろんすべてのコンテンツではありませんが、アルゴリズムによって自分に関係のある、興味がありそうな情報ばかりが流れてくるということです。SmartNewsもXもInstagramも、私たちがポチポチ押している情報を解析して、⁠これあなた好きですよね」といった情報を届けてくれます。たとえば、あるアイドルがミーグリ(ミートアンドグリート)を実施するというニュースは、そのアイドル好き界隈には届くものの、そのアイドルに興味がない人にはまったく知らないニュースになります。もしくは、発売したあるスニーカーが、スニーカー好きの中では話題沸騰でも、スニーカーに興味がない人は発売したことさえ知らないといった状態です。

このように情報が分断された時代に、自社のブランドや商品のプロモーションをしてもまったく届いていないことなんてよくある話です。そうした環境の中で、企業が生活者に自社の商品やブランドを「知りたい」⁠買いたい」といった認知や興味、意欲を醸成することはもちろん、記憶してもらったり、思い出してもらったりするのは非常に困難です。

さらに、商品の機能や効能はコモディティ化し、もはや生活者からすれば競合他社と差別化を図れません。A社もB社もC社も機能効能ではほぼ同一だからです。かといって、価格勝負は企業体力に比例します。

タイアップで効果が生まれない理由

そんな時代でも企業やブランドがおこなうマーケティング手法の1つにタイアップがあります。タイアップといえば、テレビCMやドラマ、映画の主題歌のイメージが強いと思いますが、YouTuber、TikToker、Instagrammerのようなインフルエンサーを起用するのもタイアップといえます。

マーケティングの概念が生まれておよそ114年。諸説ありますが、日本においては約61年の歴史がタイアップには存在します。デジタル革命も相まってマーケティング手法が多様化してきた時代に、タイアップという手法が長らく消えずに存在している理由。それは、自社のブランドや商品の認知や興味の獲得、購買や店頭誘引、ファン化、メッセージの体現などの役割を担えるものとして、今もなお有効と思われているからでしょう。

では、すべてのタイアップが等しく効果を生み出しているかとなると、決してそうではないはずです。これには2つの要因があると私は考えています。

①知名度重視でブランドや商品と関連のないキャスティング

フォロワー数など数値化された影響力「のみ」でタイアップ先を決めてしまう問題です。
もちろん、フォロワーが多いに越したことはないですし、無名よりも有名のほうがいい。しかし、どんなにフォロワー数が多くても、どんなに有名でも、そこに自社のブランドや商品との意味性や文脈性がなければ、望むべきマーケティングインパクトを残すことはできないのです。

②タイアップを戦術的側面でしか活用していない

特にSNS領域では、ブランドや商品のプロモーションとしてでしかタイアップを捉えておらず、短期的な取り組みに終始してしまいがちです。しかし、真の意味で有効なタイアップとは、プロモーション領域のみならず、ブランディング領域にも強い効果を与えることができるものです。

ファンダムマーケティングとは

「正しいタイアップとは、認知から興味、購買、ファン化までをデザインすることができるマーケティング手法である」

そんな考えのもと、本書ではタイアップや従来のインフルエンサーマーケティングの概念をアップデートする「ファンダムマーケティング」をご紹介します。

エンターテインメント業界においても自分たちの熱狂的なファンを作るマーケティングもファンダムマーケティングと言いますが、本書ではエンターテインメントにゆかりのないブランドや商品がエンターテインメントの「推し」を熱狂的に応援、支援、推奨する「ファンダム」の力を活用するマーケティング手法をファンダムマーケティングとして書き記します。

「推し」という言葉は、好きなもの=推しとライトに表現している実態もあり、良くも悪くも一般化され、多くの場所で使用されています。しかし、元来、推しとは、アイドル、ロックバンド、アニメ、キャラクター、スポーツ選手、声優、YouTuber、VTuber、お笑い芸人、俳優など、自分の人生になくてはならない存在、人に勧めたいほどの熱狂的な(時には狂気じみた)愛や憧れを抱くモノやコトやヒトのことを指します。

たとえば、AppleやNIKEのように圧倒的なファンを持つ企業やブランドはあります。趣向性の高いカテゴリー商品、車や時計、ジュエリー、アパレルなどの嗜好性の高い商材にはファンも付きやすいです。また、低価格帯でも3COINSなどのブランドは「推してます!」と明言するファンも多いはずです。つまり、⁠推される」企業やブランドはあるのです。

ですが、⁠推される」「推されない⁠⁠、どちらが世の中に多いかと言われたら、⁠推されない」企業やブランドのほうが多いのが実情です。

重要なのは、どうやってこれから「推される」企業やブランド、商品を作っていくかです。その難易度の高い課題に対して茫然自失することはありません。大丈夫です。今は推されてなくても、⁠推される」企業やブランドになっていくことはできます。

推されるということは、意味のある売上や利益を生み出すこと。この商品「で」いいではなく、この商品「が」いいという、⁠買うべき理由」「推される理由」を達成することです。なぜなら、企業のブランドや商品に取って代えられるものは世の中にいくらでもあるからです。

ファンダムマーケティングは、企業が「推される」存在になるための選択肢の1つとなります。

「今日の売上」「明日の売上」

私はマーケティング会社トライバルメディアハウスにて、企業やブランドのマーケティング戦略やプロモーションやクリエイティブに従事してきました。その中で、どうしても立ちはだかる課題が「今日の売上」「明日の売上」のバランスでした。言い換えれば、⁠今すぐ客」「そのうち客」です。

今日の売上を上げるために、目の前の刈り取り施策に力点を置かざるをえないのは当然です。しかし、刈り取り寄りの施策だけでそのブランドや商品が真の強い競争優位性を獲得できるのか、選ばれるブランドになれるのかと言われると、はたと困ってしまう。⁠そのうち客」も同じくらい大切なのは重々わかっている。

とはいえ、⁠それやっていくら売れるんだ?」という問いに返答する術も持ち合わせていないので、予算的にも空気的にもブランディングには投下しづらい。

こんなお悩みを抱える方は多いはずです。

「今日の売上」「明日の売上」の両立、つまり売れて、愛されるマーケティングは果たしてありえないのだろうか。その問いが本書を執筆することにした1つめのきっかけです。

企業とIPの型にはまった形

私はブランドマーケティングのお仕事と同時に、トライバルメディアハウス内のModern Ageというエンターテインメントマーケティングレーベルで、音楽、映画、テレビ、漫画などのいわゆるエンターテインメント業界へのマーケティング支援やプロモーション、クリエイティブにも携わっています。ブランドマーケティングとエンターテインメントマーケティングの両方を行き来し、世の中の「企業×エンタメのマーケティング」=タイアップを見ていく中で、⁠なんだかすごくもったいない」と感じることが多くありました。

「これって、ファンはうれしいのだろうか?」
⁠これって、企業に価値が還元されているのだろうか?」
⁠これって、そのエンターテインメントである理由はあったのだろうか?」
⁠売れているのかもしれないけど、それで企業の商品やブランドのファンになるのだろうか?」

企業とIPとファンが喜ぶ理想のタイアップの形があるのではないか?
――これが執筆の2つめの理由です。

「売れて、愛される」ために

これまで、タイアップについて論じられた書籍はほとんど存在しません。日本において約61年という長い歴史がありつつ、現代のタイアップ戦国時代においても「タイアップ」とひと括りにして話は閉じてしまっています。

しかし、タイアップと括られるすべてのコミュニケーションデザインは大きく変化しようとしています。

人気のあるアーティストやタレントをキャスティングした、リーチ重視のタイアップ。
企業やブランド、商品の文脈性のないタイアップ。
アーティストやタレントに企業の言いたいことを言わせるタイアップ。
一過性のタイアップ。
ファンを大事にしないタイアップ。
アーティストやタレントを自社の世界観に強制的に組み込んだタイアップ。

そんな従来のタイアップでは、マーケティングインパクトは低下します。たとえ瞬間風速的に企業のブランドや商品が売れたとしても、⁠残念なタイアップ」は長期的に見たとき、ブランドや商品への愛や応援に結びつきません。結果、ブランド資産は残らず、毎回ゼロからターゲットやクリエイティブを作り直して、プロモーションをおこなうことになります。

それで本当にいいのでしょうか?

ファンダムマーケティングにおけるタイアップは大企業だけのものではありません。むしろ、多くの企業やブランドや商品が着手できるマーケティング手法です。

本書が、自社のブランドや商品が売れて愛されていくひと筋の光となればと願っています。そして、有名無名問わず素晴らしいアーティストや作品がより多くの人へ届き、人生を変える一瞬が刻まれ、それなくしては生きていけないかけがえのないファンダムが増えていくことを祈っています。

高野修平(たかのしゅうへい)

1983年,東京都生まれ。株式会社トライバルメディアハウス所属。執行役員,Modern Ageレーベルヘッド。

2015年に日本初のエンターテインメントマーケティングレーベル「Modern Age」を設立。

著書『音楽の明日を鳴らす-ソーシャルメディアが灯す音楽ビジネス新時代-』(エムオン・エンタテインメント)のほか『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』『始まりを告げる《世界標準》音楽マーケティング』など多数。

SONY MUSIC系列M-ON番組審議会有識者委員,昭和音楽大学非常勤講師。セミナーイベント登壇の年間講演回数は70回を超える。

【Modern Age】 https://modernage.tribalmedia.co.jp/
【Tribal Media House】 https://www.tribalmedia.co.jp/
【X】 https://x.com/groundcolor