じめに

本書は、より多くのビジネス成果を生み出す「データ分析基盤」⁠Data Platform for Analytics / Data Analytics Platform、データ基盤)の構築・運用の実践知識を平易にまとめた本です。

生成AIの普及により、分析・開発・運用の多くが支援される時代になりましたが、AIは魔法の杖ではありません。データの意味が曖昧だったり、品質が揺れていたりすると、誤りを「もっともらしく増幅」してしまいます。そのため、データ分析基盤は「AIを安全に使うための前提条件」として、これまで以上に意識されるようになりました。

本シリーズにおける実践編のテーマは「抽象」「具体」の交差です。理解への第一歩は「なるほど、そういうことか」という体験から始まります。本書で目指すのは、単にデータ分析基盤の「使い方」を学ぶことではなく、⁠抽象」「具体」を繰り返しながら「技術の学び方」を身につけることです。抽象的な理解を土台とし、実際に手を動かすことで補強する。そうすることで「理解したつもり」「納得した理解」へと変えることができます。一見複雑に見えるデータ分析基盤も、その本質は基本の反復であり、いかに基本に忠実であり続けられるかという凡事徹底に過ぎません。重要なのは「課題をどう捉え、どのように技術で定式化するか」という思考そのものです。

たしかに、データ分析基盤には多様なコンテキストが存在し、体系的に理解するのは容易ではありません。本書では、構築時にSLO(Service Level Objective)の設定を見落としていないか、フェデレーション時のネットワーク負荷を想定しているか、適切な加工処理をしているかなどの論点を、立ち位置を見失わないための目印として配置しました。実際の構築において、すべてのコンテキストを満たす必要はありません。しかし、それらを「知らずに見逃した」のか、⁠理解したうえで選択しなかった」のかでは大きな違いがあります。⁠検証の結果、規模的に問題ないと判断して採用しなかった」と合理的な理由を添えて言える状態になることが重要です。

本書では、理解をさらに深めるために、ローカル環境やクラウド上で動作する学習用データ分析基盤を提供しています。環境を利用せず読むだけでも理解できる解説を心がけましたが、イメージが湧かない部分があれば、⁠具体」のステップとして実際に試して理解を補強してください。

なお、紹介する技術やミドルウェアはあくまで題材であり、その利用を推奨するものではありません。他にも論点を簡潔に実装・運用できるツールがあるなら、実務では積極的に活用してください。本当に大事なのは、⁠どんな課題があり、どんな対策が存在するのか」というコンテキストを知ること。そして、その課題を理解したうえで技術を用いて実現する。これこそがデータエンジニアリングとしての思考法です。

本書が、データ分析基盤に関わるエンジニアやデータ分析に携わる方々をはじめ、広くデータ活用を考えている方々が新たな基盤の整備や価値創造にチャレンジする機会につながれば幸いです。

斎藤友樹

斎藤友樹(さいとうゆうき)

SIerで官公庁,年金,広告などのシステムの要件定義〜保守運用まで,SEやマネージャーとしてフロントエンド〜サーバーサイドまでひととおり経験。現在は,事業会社にてビッグデータ分析に関するシステムの構築,蓄積したデータの活用を行う仕事に従事している。直近では利用者が数千万を超える環境で,ストリーミングデータの処理や一日あたり5000超のETLジョブを捌くデータ分析基盤のアーキテクチャ設計やデータ活用のためのしくみ作りを担当。また,AWSなどのパブリッククラウドイベントの登壇などを通して積極的に情報発信を行っている。