著者の一言

皆さん、次のような体験はありませんか?

  • 音楽リズムゲームでタイミングが合わなかったり、リズムに乗れなかったり
  • アクションゲームでジャンプの踏み切りが遅れて穴に落ちたり
  • 格闘ゲームで攻撃が届く前に避けられたり、防御が遅れてダメージを受けたり
  • シューティングゲームで敵を撃ち抜けなかったり、敵弾を避け切れなかったり

そのとき合わせて、以下の心当たりもないでしょうか?

  • 久々のプレイだったり
  • よそのおうちでのプレイだったり
  • 通信が混んでいる時間帯だったり
  • いくら練習しても安定しなかったり

いずれかに心当たりがあるようでしたら、それは「遅延」のせいかもしれません。

  • 最適なタイミングからずれている
  • 本来あるべき素早い反応が得られていない

このような状況を、⁠遅延」していると言います。ゲーム中の多少のストレスは、乗り越えたときの達成感で相殺されるものですが、プレイヤーのせいではないストレスはUX(ユーザーエクスペリエンス:利用者体験)を損ないます。特に、格闘ゲームやスポーツゲームのように、一瞬の操作が勝敗を分けるゲームでは、ほんのわずかな「遅延」でも致命的です。

昨今、eスポーツの流れもあり、ゲームが競技化することで、より多くの事業が動くようになってきました。それら競技の公平性を担保する指標としても、⁠遅延」は注目されるようになってきています。

遅れている期間のことは、⁠遅延時間⁠⁠、ラグ、レイテンシーなど、様々な呼び方があります。心地良いUXのためには、⁠1フレーム期間=60分の1秒≒16.7ミリ秒」というオーダーでのタイミング設計や、⁠遅延時間のコントロール=遅延対策」が不可欠です。

視覚、聴覚などと比べて、タイミングを知覚するというのは非常にわかりにくい地味な感覚です。ところが、ゲームを始めとするエンターテインメントの多くは、この一見地味な感覚が非常に研ぎ澄まされて効いてきます。開発者にとっては、ゲームの仕上がりの評価を180度変えかねない、プレイヤーにとっても、初心者から上級者までの勝ち負けを左右しかねない、そんな分岐点となる大事な感覚です。制御の下に置くことは必須でしょう。

開発者もプレイヤーも、⁠遅延を制する者はゲームを制す」のです。

本書はビデオゲーム開発の黎明期からあるゲーム開発会社で、長年暗黙知として培われ蓄積されてきた知見を基に、⁠遅延対策」をテーマにまとめた書籍として執筆したものです。ゲーム開発者達は日々限られた予算と期間の中で、課題解決の落としどころを見付けることを繰り返しています。これまで「遅延対策」として各論の対処法が紹介されることはあっても、考え方や設計手法として体系化され、まとめられたことはなかなかありませんでした。

執筆にあたっては、日本最大のゲーム開発者会議「CEDEC(セデック⁠⁠:Computer Entertainment Developers Conference」における著者の講演を基に、当時は収まらなかった多くの知見を加筆して再構成しました。

「遅延」にまつわる様々な問題に向き合わなければならないゲームクリエイターはもちろん、映像・音声・配信作品の制作者、ゲーミングデバイスの技術者、そして、ヒトの限界が気になるゲーマーの皆さんにも、きっとお役に立てるものを目指しています。

あまりにニッチ過ぎて呆れられる程の知見を詰め込みました。どうぞ興味のある部分だけでもかいつまんで、他の方とも共有してください。

本書そのものが皆さんにとって極上のエンターテインメントになることを願って。

森口明彦(もりぐちあきひこ)

1970年生まれ。大阪大学基礎工学部電気工学科卒。

1995年に旧ナムコ入社。以後,所属会社のM&Aや新設分割を経て,バンダイナムコ研究所には2025年9月まで在籍。

ゲーム開発のハードからソフトまで現場支援の傍ら,新規技術の研究開発に従事。

業務で最初に遅延と向き合ったのは20世紀の頃。横浜の開発拠点と東京と大阪のゲームセンターで,リッジレーサー続編を遠隔対戦可能とする通信事業会社との共同実験にて,映像伝送担当として参画。横浜→大阪の遅延を12ミリ秒未満に抑えることで勘所を掴む。

ゲーム開発カンファレンス「CEDEC」には2010年から2019年の間に4回ほど登壇。2015年には同ネットワーク分野でのCEDEC AWARDSを授かる。

フレーム補間を効かせて大画面でアニメを観るのも楽しみ。