アリと言えば、『イソップ物語』の「アリとキリギリス」の話を思い出す方も多いでしょう。この話の中で、草の実をせっせと集めていたのは、クロナガアリだそうです。日本には1種類しかいないのですが、地中海沿岸から中近東、アジアの乾燥した温帯・亜熱帯にかけて、40種類ぐらい棲息しているそうです。ことに地中海や中近東のものはかなり大きな巣をつくり、そこに蓄えられている植物の実は、相当の量になるとのこと。キリギリスがつい頼りたくなるのもわかる気がします。
さて、このクロナガアリ、実は著者がアリの研究をはじめるきっかけともなったアリでもあります。戦後間もないころ、中学校(旧制)で生物を教えていた著者が、アリの生態観察を思い立ち、軽い気持で掘りはじめたクロナガアリの巣。2、30センチも掘ればなんとかなるだろうと臨んだ穴掘りですが、いくら掘っても実のかけらも出てこない。結局、巣の底まで達したときに、穴の深さは4メートルにも達していました。わずか5ミリぐらいの小さな虫が、こんな深い穴を掘るとは……。当時、クロナガアリの生態などよくわかっていなかったころですから、その驚きたるや大変なものだったことが想像できます。これがきっかけで、一気にアリへの興味がたかまり、爾来60年にわたってアリの研究にのめり込んできた著者が、アリについての「ありとあらゆる話」をまとめたものが本書です。
アリはミツバチ、スズメバチの仲間やシロアリ類と同様に社会生活を営む昆虫で、種類も多く、生活様式もきわめて多彩です。アリの生活は単なる「群れ」ではなく、情報の伝達手段がある「社会」としてよく機能しているので、研究の対象としても優れています。以前には「社会生物学」のブームもあって、多くの論文も発表されてきましたが、それらは専門家でもなければ読みこなすことはできません。
本書は、そういった難解な面にはなるべく触れることなく、アリの生活の一面を、著者の経験を中心に、いわば雑談感覚で、つづったものです。気楽に読んでいただき、少しでもアリに興味をもっていただければ幸甚です。